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ふたり

作者: 葉舞 一風

 今朝、僕はなんとも気持ち良く家を出た。

 空は晴れ渡り(と言っても、二三の雲は、向こうの山の方に掛かってはいたけれど……)、夏を告げる微風そよかぜが僕の髪を悪戯いたずらに揺らして、日に照らされた葉が眩しかったのを覚えている。


 僕は、まるで別世界にいる気分だった。この美しい自然が僕を未だに捨て切っていない、僕をこの世界に存在させてくれている。(何て馬鹿なことを言っているんだ、と君は思っているだろうね。それも仕方のないことかも知れない。僕は最近思っているんだ。僕は、もっと違う時代に生まれるべきだったってね。それは大昔か、それとも二三百年の昔か、数十年前か、または未来なのかも知れない。とにかく現在ではないことは確かだよ)

 『存在』今、僕にとってこの言葉の意味は、とても可笑しく僕の感性を揺さ振るんだ。僕(僕の身体と行動)は、この世界に存在していると言い切れることは確かなんだけど、(今、ふと思ったんだ。この存在も本当は確かではないんじゃないかな?って……)もう一つの僕(僕の精神や心(同じことかな?)は、何処にでも存在している。いや、この世界には本当は存在していないのかも知れない。ただ、僕(身体)が此処にいるからタテマエとして存在しているようなものだと思うんだ。それは、僕の求めるものが、この世界に無いからかも知れない……。


 とにかく話を続けよう。(僕が何とも気分良く家を出たところからだな)

 僕は、この世界に存在していないと考えているから(僕はどちらかと云えば、肉体よりも精神の方を重んじるんだ)なんとも気持ちが良かったんだ。何故かって? 空の青さだって、山々の美しさだって、微風の感じ方だって、すべて素直に感じられるからさ。(素直にってところがポイントだよ)そして家を出て何処に行ったのか……。

 (君に訊いても君には解らないよね?僕の行動なんか……)

 今日は休みではなかった。即ち、僕は学校に出掛けた。(それはタテマエなんだけど……)

 何とも窮屈な制服を着てね。そして、いつもの電車に乗ろうとしたんだ。けれど電車が少し遅れると云うアナウンスがあって、(そこで僕の気分が悪かったら、何の変わりもないいつもの僕だったんだ)僕は余りの気分の良さに反対側の電車に乗り込んだんだ。

 嫌な目つきの駅員(こういう奴に限って下っ端の奴なんだ)が、僕にこう言ったんだ。

「君、君の学校の方向は反対だよ。この電車は君の学校には走って行かないよ」

 僕はすかさず答えたよ。大きなはっきりとした明るい声でね。そう、まるで小学一年生みたいにさ。

「解っているよ、オジサン。空を見たことがあるかい? 今日の空を見てごらんよ。この空は、僕をあっち(学校の逆の方向を指差して……)に誘っているんだよ」

 その駅員は、大きな目を見せて驚いていたよ。なんていったって、堂々とエスケープを宣言したんだからね。そうさ、この僕が……。

 ホームにいた模範生(俗に言う優等生)は、僕の顔を見てどうしたと思う?

 なかなか良い奴だったよ。にっこり笑って、手を振ってくれたんだ。(ねぇ君、ここで厄介なことを思わないでくれよ。彼がこれでまた一人競争相手が減ったと思っているなんてさ。もっと人の気持ちは素直に受けなくっちゃ)


 

 電車は動き始めたよ。

 いつもの学校行きの電車と何の変わりなく……。ただ違うのは、反対の方向に向かっているということだけさ。

 なんとも気持ちの良いものだよ。特にあの波の音。僕はあれが聞きたくてこの電車に乗り込んだのさ。

 車窓から入ってくる気持ちの良い風……。今の僕には全てが素晴らしく感じられるんだ。それこそ本当に素晴らしいことだとは思わないかい? 今まで大嫌いだった女性たちの顔まで凛々しく見えてくるのは、やっぱり僕も大人になった所為せいかな? 僕たちの隣り町(今僕の進んでいる町)にある女子高に通っている女生徒達の顔もちらほら見える。僕と同じように(と云っても彼女達はオーデコロン迄つけて洒落しゃれているけれど……)、窮屈な制服を着て、これまた僕と同じように髪を車窓から入ってくる風になびかせている。そんな彼女達に、僕は急に声を掛けたくなったんだ。なんとなく懐かしいような気持ちでね。(別に彼女達を知っているわけでもなんでもないんだけどね)僕は彼女達の隣りの席に腰掛けて言ったんだ。

「おはよう。お日様の眩しい日だね」って……。

 一瞬、彼女達は僕の顔を疑うように見返してね。でも、その中で飛び切り上品そうで美人だった娘が答えてくれたんだ。

「本当ね。こんな日は素敵な男性と浜辺でも歩きたいわ」

 彼女の髪は、車窓から入ってくる風に揺られて、可愛らしく僕に挨拶していた。

「貴方は、白里高校の方ではなくって?」

 他の女性も口を開いた。

「そう、今日はエスケープさ。だって考えてごらんよ。こんなに天気の良い日に見飽きた先生の顔を見て過ごすのかい? 何とも詰まらないじゃないか。君(一番美人の彼女を指して)だって言ったろう? こんな日には素敵な彼と浜辺でも歩きたいって……。僕は自分に嘘をきたくないだけさ。僕も君に同感だから、学校の詰まらない授業なんて……。でも、僕と一緒に翔べない君達を見てると、可哀想だな」

 僕が自慢気にそう言うと、一番美人の彼女が、

 「私でご不満でなければお伴致しますわよ」

と言ってくれた。

 気持ちの良い日は、何処までも気持ちの良いものだね。

 君に念を押すけど、彼女はなんとも美しいんだ。本当に彼女は輝いてるよ。他の彼女達はしぶしぶと……。

 「私も行きたいけれど……ママが……」

 「私、大学受験を控えているんですもの、少しの時間も惜しいわ」

と言い残し、次の駅で降りた。一等美人の彼女と僕とを残して、彼女達は学校に行った。僕達に、

「私達の分まで楽しんで来てね」

と言い残して……。

 一等美人の彼女が僕に囁いた。

「貴方を好きになりそうよ。とても自分に素直で頼もしいわ」

 僕は嬉しかった。

 美人の彼女を隣りに、こんな台詞セリフを吐いたのさ。

「僕は天にも昇る気持ちさ。声を掛けた君が残ってくれるなんてさ。生まれて初めて声を掛けた女の子が君なんだ。この祝うべき日、何とも素敵だ。君もそう思うだろう?」

 彼女は美しく笑顔を輝かせて頷く様に瞼を閉じた後にもう一度僕を見つめた。

 それからふたり、笑顔のまま窓の外に目をやった。




 「海よ」

 窓の向こうに大きく海が見えた時、彼女はぽつりとそう言った。

「此処は何処?」

 僕が彼女に訊くと、彼女は首を傾げた。

「私初めてよ。学校の駅よりも南に来たの」

「お父さん以外の男の人に声を掛けられたのもかい?」

「ええ……」

 彼女は頬を赤く染めてうつむきがちに答えた。

 窓の外の海は大きかった。

 晴れた空を写した鏡の様に、青く青く光っていた。

 僕ときたら、いつになくはしゃいでしまって……。

 僕が何かを言うたびに彼女は笑っていた。


 彼女の友達が下りた駅から確か(僕の数え方に間違いがなければ……)十三個目の駅で、僕達は降りた。


 見知らぬ小さな駅……。


 駅を出ると、気持ちの良い風が、僕を……そして彼女をも涼ませてくれた。

 大きな、そして青く輝く海。

 僕は、彼女の微笑みを求める様に微笑んだ。

 彼女は一段とにこやかに(君がそんな微笑みに一生を通じて、出会えるかどうか解らないけれど……)微笑みを返してくれた。

 僕は女というものは、低俗な人種だと思い込んでいたんだ。だから、男と女が手を繋ぎながら歩いているなんて、とても信じられなかったし、そんな奴らの気持ちなんて全然解らなかった。けれど、彼女を見ていると、今までの僕の偏見が、まるで馬鹿げた事のように思われたんだ。こんなに良い天気だから、陽気の所為かも知れないけれど、僕は彼女をとっても気に入ったよ。(君も、もしかしたら、以前の僕のように『女』と云うものや、『恋愛』と云うものに対して、偏見を持っているんじゃないのかい? でも、その考えは直した方が良いよ。そんな偏見ばかりの考えからは、絶対に良い思想は生まれて来やしないよ)

 僕はさりげなく彼女の手を取って海岸へ出たんだ。

 大きな水平線が二人の前に拡がって……。

 彼女は一言、こう呟いたんだ。

「素敵だわ」

 本当にその通りだ。

 雲一つない空、(今朝見られた雲は、もう何処かに消えていた)何処迄も青く晴れ渡って、まるで彼女のように海は輝いているんだ。

「貴方って、髪が長いのね」

 彼女は、僕の後ろでそう言ったんだ。

 それが何なのか僕は考えてみようともせず、

「君は、髪の長い男は嫌いかい?」

 と訊いた。

 彼女は首をかしげて、

「その人次第ね」

 と言うと、僕の顔を見て、

「貴方は素敵よ」

 と笑顔を添えて言った。

「どうせエスケープするんだったら、制服なんかで来るんじゃなかったな。制服を着ていると学校に縛られているような気がするよ」

 大きな伸びをしながら僕が言うと、彼女が言った。

「そんなこともなくってよ。制服を制服だと思うからいけないのよ。貴方の学校の制服と、私の学校の制服、よく似ていると思わない?」

「だから、なんだって云うんだい?」

 僕が訊くと、彼女はまたあの素敵な笑みを添えて、

「ペアルックに見えなくって?」

 と応えた。

 成程、女の子と云うのは、面白いところに目を付けるもんだな。君だって考えつきはしないだろう? こんな堅苦しい制服をペアルックに見立てるなんてさ。

 本当によく似ているものだ。制服なんて、何処の制服も大して違わないものだけど、彼女の制服と僕の制服は余りによく似ていたよ。

 僕はワイシャツに紺のスラックス。それに紺のネクタイ。

 彼女の制服も白いブラウスに紺のスカート。(ちょっぴりミニのね)。それに紺の可愛らしいリボンのようなタイ。

 彼女には、その制服が余りに似合っていてね、可愛い彼女を余計に可愛くさせてさ、紺と白の組み合わせって、とっても純に見せるんだよね。

「ただ、此処に立って海を眺めているのも良いけれど、少し歩かないかい?」

 僕がそう言うと、彼女はにっこり笑って、

「ええ、良いわ。それなら、こうさせてね」

 と僕の腕に彼女の白く綺麗な手を掛けて……(何度も、そしてなんともストレートな表現ばかりだけれど、彼女は本当に素敵なんだ。素敵、素敵と押し付けがましい様だけれど、僕は生まれて初めて、こんなに可愛い娘を見たね。今迄この娘と逆の方向に向かって、あの堅苦しい学校に通っていたかと思うと、本当に馬鹿らしく思えて来るよ)僕にもたれ掛かって来る彼女。

「そうだ。名前を訊いていなかったね。君の名前は何て云うの? 僕は……」

 僕の言葉を遮るように、彼女は首を振って言った。

「本当の名前を言ったのではつまらなくってよ。少なくとも今は私、夢の中にいるつもりなの。こんなに気持ちの良い日に十数年使い古された名前を使うのは可笑しいわ」

 なんてロマンチストなんだろう。

 知的な瞳を輝かせて、彼女は僕を見つめ、彼女のオーデコロンの優しい香りは僕を包み込んで……僕はまるで夢心地だ。

「こういうのは、どうかしら?」

 彼女が小さな唇を動かした。

「貴方がアダムで、私がイヴ。今、此処には貴方と私しかいないわ。ここはエデンの園なのよ」

 なんとも可愛い発想だ。

 僕は微笑まし気に彼女を見つめていた。

「でも、此処はまだいけないわ。防波堤の向こうへ一歩出ると、沢山の人々や人家があるんですもの」

「それなら……」

 と、僕が口を切った。

「二人だけの世界に入れるように、あの島まで行こうよ」

 沖合に浮かんでいる小さなその島を指差して僕がそう言った。

 僕としたことが、事もあろうに、今日初めて出会った女の子に、こんな事を言うなんて、きっとこれもこんなに天気の良い所為せいなんだ。


 僕と彼女は、周囲を見渡した。

 すると、運良く、そう遠くないところに誰も使っていないようなボートが置いてあった。(置いてあったと云うより、転がっていたと云う表現の方が良さそうだけど……)

 僕達はすかさず、そのボートのところまで走って行った。

「アダム、どう? 使えそう?」

 彼女は心配そうに、僕に訊ねた。

 僕は、ボートをじっくり眺め、彼女に微笑みを見せた。

「大分塗料は剥げているようだけど、穴は開いてないから、水が入って来る心配はなさそうだ。でも……」

「でも、どうしたの?」

「オールが無い」

 僕が残念そうにそう言うと、彼女はにっこっりと笑って言ったんだ。

「私達の手があってよ。あの島迄、この手で水を掻いて行くの……。オールで漕いで行くより、その方が何倍も楽しくってよ。そう思わないかしら?」

 素敵だ。僕は、彼女をすっかり好きになってしまっている。

「よし、このボートで行こう! あの島迄こうして見ると近い様だけど、割とあるものだよ」

「そんな事、解っているわ。だって、貴方には私が……、私には貴方がいるじゃない」

 彼女は嬉しそうにそう言った。

「さぁ、乗って!」

「ええ、でも……」

「でも?」

「此処から海に入れる迄には大分距離があるわ。私も一緒に波打ち際迄押して行くわ」 


 僕達は、そのボートを波打ち際迄押して行った。押している間、彼女の横顔を盗み見すると、彼女も僕の方を向いて、にっこりと笑ってくれた。それでいて、押している時は二人共真剣だった。

 波打ち際で、僕は靴とソックスを脱ぎ、ボートの中に入れた。

 制服のズボンを膝まで捲り上げ、

「さぁ、イヴ、出発だ!」

 と言って手を広げると、彼女はキョトンとした顔をしたけど、僕が抱き上げてボートに乗せてあげると、目で合図をすると、にっこり笑った。

 彼女はよろめきながらも、ゆっくり腰を下ろした。

 僕は、波打ち際の水を蹴って走り、勢いよく地を蹴り、ボートに飛び乗った。

 ボートは小さな波を超え、水の上を走った。




 「さぁ、始まりだ!」

 僕の言葉に、

「はいっ」 

 と小さな声で応え、制服の袖(と云っても半袖だけど……)を肩迄捲り、海の水を掻き始めた。

 僕はワイシャツを脱ぎ、(勿論、あの堅苦しいネクタイは取ってね)力を込めて掻き始めたんだ。

 でも君、僕のこの腕と、彼女のあの細い腕とでは結果はどうなるか解るだろう?

「イヴ、少し休もうか?」

 暫く経ってから、そう言った僕の声に、彼女は息を切らせながら応えた。

「ああ、駄目ね。これでは前に進みそうにないわ。やっぱり男の人と女の人との力には差があるのね」

 彼女の額には汗が滲んでいた。仄かな美しさを僕は感じずにはいられなかった。

「イヴ、向こうを向いていてくれないか?」

 僕の言葉に彼女は、

「こうかしら?」

 と言って、島の方を見やった。

 僕はシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐと、トランクス一枚になって海に飛び込んだ。

 水飛沫みずしぶきが彼女の髪やブラウスにかかった。ボートはその波立ちに揺れた。

「キャーッ!」

 と彼女は声を上げたが、僕が海の中から微笑みかけると、にっこりと笑って、

「貴方ってやさしいのね」

と言った。

 今迄(少なくとも今朝、彼女を見る迄)僕は同年配の女性に優しさらしきものを感じさせるなんて事は考えたことはなかったし、いや、それは僕にとって蔑視に価するものでさえあったんだ。

 それなのに、ねぇ君、僕はとんだ変わり様さ。

 たった一人の、それも僕ときっと同い年であろうと思われる、名も知らない女の子の為に、裸になり、海に入り、彼女の為にボートをまだ遥か遠くにある島迄引っ張って行こうと云うのだ。

 これもきっとこの何とも気持ちの良い陽気の所為なのだろうか?

 ただ天気が良いと云うだけで、人間はこんなに迄も変わる事が出来るのだろうか?

 そりゃあ今は夏で、海に入れば涼しくもなる。気持ち良いものさ。しかし、僕はその為に水着なんて用意していないんだよ。今迄、自分の為にさえこんな水浸しになった事なんかないんだ。

 それなのに……、それなのに……、僕はどうしてしまったんだろう?




 ねぇ君、君にもなんとなく伝わるだろう? この僕の気持ち。君はやっぱり可笑しいと思うかい? 今迄の僕のように、この行為は蔑視に価すると、そう思っているのかい?

 僕は彼女の乗ったボートをずっと泳ぎながら引いたよ。彼女は済まなそうな顔をしたけれど、僕が笑顔を向けると、惜しげなく笑顔を返してくれた。

 これが最高なんだ。

 君が今迄の僕のような偏見的な、そして、今の社会の組織の一部となりつつある意見を持っているのなら、そんなものは捨ててしまえよ。

 この大きな空こそ、この大きな海こそ、僕達の故郷なんだ。喜びを感じるのに、理論なんて要らないんだよ。その喜びを証明する為の定理や、方程式なんて……。

 ははっ、なんて馬鹿なことを僕は言っているんだろうね。ねぇ君、君はもうすっかり解っているんだろう?

 輝く陽の温もりが……、煌めく彼女の髪の雫がどんなに素晴らしいものかってこと。

 それなのに、僕のこんな戯言につきあってくれたんだろう?

 僕はこの海の中で、彼女の為に脚を動かし、腕を動かしているんだ。

 疲れ? そんなものは感じやしないよ。いや、譬え感じたとしても、僕が許しはしない。

 それに彼女のその微笑ましい程の幼げな、また目を見張る程の美しさが、にっこりと笑みを浮かべると、僕のそれらは全て吹き飛んでしまうんだ。

 ねぇ君、僕を幸福だと思ってくれるかい?

 ねぇ君、あはっ、僕はなんとも嬉しくて仕方がないんだ。なんともたまらないんだ。

 まるで、今迄の夢が『今』のように感じるんだ。

 彼女が身を乗り出して、手で水を掻いている。

 なんて優しい娘なんだ。僕は……僕は……あぁ、僕はこの上ない幸福者なんだ。

 このお礼を空に……。この晴れ渡った空に……。

 そして、気持ちよく輝いているあの太陽に……。

 まさに此処は二人だけのエデンの園さ。僕はアダムで彼女はイヴ。

 あの島は二人だけの……。

 なんて響きの良い言葉なんだろう。

 ふたり……、ふたり……、ふたり……。

 まるで僕が今迄生きて来たのは、全て彼女の為だったような気がしてならないんだ。

 此処には、もう今朝見られた二三の雲は何処にも見えなく晴れ渡っている。

 風は涼し気に、僕を……そして、彼女の髪を揺らしている。


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