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6・イヌとサル

 プロウィンキア家の一行が到着した翌日、両家揃っての会食の時間が設けられる事となった。

 婚家からは前日に対面した首領夫妻の他に、夫となるマナの兄弟達とその伴侶が出席していた。

 だが、休戦協定が結ばれるまでは戦っていた敵同士。おまけに新郎不在とあって、両家共にどことなく居住まいの悪さがあるのは否めない。

 ぎこちなく無難な会話に終始した会食を終えた翌日、父母は不安気な表情を浮かべたまま帰って行った。

 実際不安だったのだろう。出立ギリギリまで、母の小言めいた新婦の心得を聞かされる羽目になったのだから。それはいつもの事なので、半分以上は聞いているふりをして聞き流していたのだが。

 

 それから数日、自室にこもって大人しくしていた訳だが、待てど暮らせどマナに会えないままだ。

 月の影響とやらのせいなのだとしても、いくら何でもこれはない。会える状態にないのだとしても、あとどれくらいの日数で対面できるか等を手紙に書いて寄こすとか、何らかの連絡くらいは欲しいのが心情である。

 婚家に入っているとはいえ、夫不在では何をできるでもない。いや、そもそもがまだ夫婦ですらない。

 自分の立ち位置が微妙過ぎて、何をするにしても二の足を踏む。

 だが、もう部屋に閉じこもってダラけているのもうんざりだ。


 手持無沙汰に、ソファに置かれたクッションを抱きかかえ、白けた顔をしてキャンディスは口を開いた。

「ねぇヴィト、どうして私は山を越えてまでこんなに遠くまでやってきたの?」

「それは、お嬢が嫁に来たからっすねー」

 何が楽しいのかニコニコと笑いながら、至極分かり切った言葉が返って来てイラつく。

「そんな分かり切った事は聞いてないの。何で夫になるはずの人に会えないのかって聞いてんの!」

「何ででしょうねぇ。さすがにちょっと時間かかりすぎてやしねぇかと俺も思わなくはないです」

「いやいや、俺も、じゃなくて誰でもそう思うでしょう」

 ここに来てもう何日経ってると思ってんのよ、と続けてぼやく。


「さすがに私飽きちゃったわ」

 抱えたクッションをボスボスと拳で殴りながら、むくれ顔でそのままソファの上に倒れ込む。

「ひまぁー………」

 その声に、つい今、外から帰って来たジェニーのクスクスと笑う声が重なる。

「今日はお天気も良いですし、お庭の散策などされてはどうですかお嬢様」

「庭の散策、ねぇ」

 ジェニーの提案に、キャンディスは気乗りしないものの席を立った。

 

 本当は邸のある敷地を出てこの地の主でも探しに行きたいが、やって来たばかりのくせに長時間部屋を留守にすれば、嫌になって国に逃げかえったなどと思わせかねない。

 この短期間で父の体面に傷つけるような真似は良くない。

 しばらくはこの部屋の周辺のみで我慢する事にしよう。

「お部屋に籠りきりでは気が滅入ります。さ、行ってらっしゃいませ」

 立ち上がってみたものの、庭の散策になど興味がない事は付き合いの長いジェニーにはお見通しだったのだろう。

 彼女の言葉に背を押される形で、キャンディスは数日ぶりに自室の外へと足を踏み出した。



 自室に面した庭園を歩きながら、背後に付き従うヴィトに向けて声を発する。

「ねぇ、私の夫になる人の部屋はこの邸のどの辺りにあるのかしら」

「お、ようやくそれを言い出しましたか」

 背後にいるから表情は分からないが、どうせまたニヤけた顔をしているのだろう。

 ようやくも何も、こんなに待たされることになるのが分かっていたなら、最初からそう言っていた。

「詳しい場所を探っておいてヴィト。向こうが会いに来ないなら、私から行ってやるんだから」

「さすがのお嬢もとうとう大人しくなったんだとばかり思ってましたが、猫被りも短かったっすねー」

「うるさい。結婚相手をほったらかしにしてる方が悪いのよ」

 ふん、と誰も居ない前方を向いたまま首を振る。


「まぁ、俺は慣れっこだから良いんすけど、もしあちらさんが本当に会えねぇ状態ならどうなさるんで?」

「それならそれで納得するわよ。寝込んでいるなら毎日見舞ったって良いんだし。それが迷惑だと言うのなら、しばらく待つわ。とにかく、どんな状態なのか教えてもらえないから納得できないだけ」

 わかったのかわからなかったのか、背後から「そっすねー」などと軽い調子の相槌が返ってきてため息が漏れ出た。

 ヴィトという男は基本的に主である自分に逆らわない。こちらの言葉を否定するような事もほとんどない。忠実な従者なのはありがたいとは言え、会話に少々張り合いがないのだった。

 

 手入れされた庭は綺麗だが、正直なところそれを眺めてもいても張り合いはない。

 ここが森の中なら野生の動物に遭遇する事もあるが、彼らも人の臭いの強い場所には、余程の事がなければ近づいては来ないものだ。

 アルフィナの森には馴染みになった動物がたくさんいたから、毎日暇を持て余す事などなかったと言うのに。

 本来であれば換毛期にあたる今の時期は、友達をつかまえてはモコモコの冬毛の収穫にいそしんでいた。

 アルフィナの事を考えてしまうと、少し里心がついて寂しい。輿入れまでの準備期間に、気持ちの整理をつけて来たつもりだったのに。

 しんみりしちゃって嫌ね、と心の中で呟いたその時だった。庭の奥から侍女を連れた女が歩いてくる。

 

 あれは会食の時に同席していた女だ。確か、首領の後継とされているスコルの妻フレア。

「あら、マナの番相手じゃない。従者と二人でこんな所にいるなんて、まだマナに会えてはいないみたいね」

 勝ち誇ったように上から目線で見下ろしてくるその視線が気に入らない。

 歓迎されていないのは分かるが、名くらい覚えられないものだろうか。否、わざとマナの番相手呼ばわりなのか。

「ま、何でも良いけど、勘違いしないでね。マナは一族の中で最下位の雄なの、だからその番になるあなたも最下位。立場は私の方があなたより上。だから道を譲るのはあなたの方なの。わかった?」

 人狼族の縄張りでの地位は単純明快だ。その群の中でより強い雄が上位になる。

 フレアの夫スコルは今の首領の次に強い雄だから、その妻であるこの女の地位も上位になるという事なのだろう。

 だが、それがどうしたというのか。それが人狼族のしきたりだというのなら従うが、だからと言って礼儀を欠いた行いが正しいとは思えなかった。


「ええ、よく理解致しました。フレア様が、祖国ダムノニアとの和平協定を反故にしたいのだと言う事が」

 冷めた瞳でそう返すと、女は気に障ったのか途端に険しい顔つきになる。

「なんですって!」

「私は両国間の和平のため、王命によって嫁いで来た身です。トランサルピナのしきたりには従うよう努力致しますが、理不尽な扱いは承服いたしかねます。互いに思う所もあるのでしょう。ですが、それが気に食わない、というだけの理由で強いられる事ならば、父にはそのように報告させていただきます。人狼族は再び争う事を望んでいる、と」

 自分よりも背の高いその女を下から見上げる形で、キャンディスは淡々とそう吐き捨てた。

 両国間の和平協定は人狼族の首領が決めた事。それを覆す事は、フレアにはできないはずだ。

 自分よりも弱い立場の人間を相手にする事はできなくても、自分と同格以上であれば喧嘩を吹っ掛ける事に躊躇などしない。

 やられたらやり返してやるのが野生動物の流儀だ。山猿姫の本領発揮である。

「わたくしの名は、キャンディス、です。以後お見知りおき下さいませ」

 呆気に取られてわなわなと肩を震わせるフレアの進路を邪魔しないよう、キャンディスの方から道を譲り、脇を通りすぎる形でその場を後にする。

 精一杯の早歩きで距離を稼いだところで、女の喚き声が響き渡った。

 キャンディスは邪魔者が居なくなった前方に向かって、ベーと舌を出す。

「あーあ、やっちまったよ」

 口ほどには危機感のないヴィトののんびりした声が後ろから耳に届いた。


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