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3・父と娘の想い

「旦那様は、お嬢が一番好きな物語の内容をご存知で?」

 本題に入る事になったはずだが、またしても違う方へと話が飛んだ。

 だが、内容を咎めず最後まで話を聞くと約束したのだから、付き合うしかないのだろう。


「いや……内容まで詳しくは知らない。戦記物が好きだと聞いてはいるが」

 家庭内の事は妻イヴォンヌに任せている。むろん教育についても。

 当主である自分は、領の安定のために今までつとめて来た。それが貴族の夫婦としてのごく普通の在り方だ。

 血を分けた娘だから、もちろんキャンディスの事は愛してやまないが、娘の内面についてはまるで分からなかった。


「あの物語の主人公は、最初は性別がないんです。神託を受けて生まれ、男と女両方の教育を受けながら育つも、大人になって男として騎士になり、戦場に行く。戦場で主君の身代わりとなって死に、女として生き返るって内容なんですけどね……お嬢の口癖は、私も男になれたなら、お父様の事を助けられたのに…です」

 ヴィトから知らされたキャンディスの口癖に、パロミデスは怪訝な表情を浮かべて眉間に皺を寄せる。

「何故娘が私を助ける必要があるというんだ……どんな心理でそうなる? きっかけは一体何だ」

「きっかけはたぶん、旦那様がアルフィナの新領主としてやって来た事だと思います」

 その台詞を皮切りに、ヴィトは昔話を訥々と話し始めた。


 パロミデスがこのアルフィナ山脈の裾野一帯の地の新領主として封じられたのは、前領主が人狼族との戦いに負け、失意のうちに亡くなった事がきっかけだった。

 直後には人狼族は山を越え、アルフィナの森の傍まで敵の軍勢が迫っていた。

 あわやという所で中央から軍を率いて来たパロミデスが山向こうまで押し返したものの、それ以後は一進一退の膠着した戦いに、領主不在では話にならないとそのままこの地に封じられてしまったのである。

 

 パロミデスが領主として封じられた事によって、プロウィンキア家はこの地に移り住んで来た。当時キャンディスは僅か三歳でしかなかった。

「負けた領主の代わりに来た新しい領主様は、他民族の血を引いている。海の者とも山の者とも分からねぇ、得体のしれねぇお人だ。どうせ中央から厄介払いされてきたに決まってる。今回は人狼を追い返してはくれたが、だからって良い領主とは限らねぇ……あの頃、街の大人たちはそこかしこでそんな事ばかり言ってました」

 ヴィトの言葉に、パロミデスは複雑な表情を浮かべて、短く「そうか」と返す。

 

 このダムノニアは周辺の小国を取り込みながら発展してきた。

 他種族は魔力を持っているが、人間にはほとんど魔力がない。だが、人間でも白い肌を持つ大多数に比べ、褐色の肌を持つパロミデスのような者は魔力を持った者が多かった。

 国は彼らを弾圧するのではなく、積極的に受け入れた。その方が国にとって利になると判断したからだ。

 実際パロミデスはその魔力を使って今まで人狼族と戦ってきたわけだが、少数派であるがゆえに、褐色の肌を持つ者に対する差別的な考えは未だ払拭されてはいなかった。


「それでも旦那様は領主様だ。平民は旦那様のお耳に入るようなところでそんな話はしねぇ。最悪自分の首が飛びますから……だけど、子供の手本にならねぇといけねぇ大人がそんな調子だから、子供だって真似をする」

「それではキャンディスが領の子供と馴染めなかったと言うのは……」

 ヴィトは主の瞳を見据えて静かに口を開いた。

「そうです……お嬢が山猿姫って言われ始めたのは、森で遊ぶようになる前からなんです」

 なんという事だ、と小さく漏らし、パロミデスは剣だこのある分厚い手のひらで目元を覆った。


「お嬢は旦那様の事が好きだし、尊敬しています。自分が子供らに侮辱されたと言い出せば、お役目で忙しい旦那様のお手を煩わせる事になるのは分かっていただろうし、領民達だってただでは済まなくなる。お嬢は山で倒れてた俺やジェニーを見捨てられなくて拾っちまうくらい優しい人です。散々領民にコケにされたってのに……罰を与える事は望まなかった」

「しかしそれならどうしてリュシアンは何も言わなかったんだ……あの当時、キャンディスだけで街に行った事はなかったはずだが」

 貴族の子弟が供もなく街に行く事はない。キャンディスが街に行くときは上の三人も一緒だったし、護衛として家人が数名ついていたはずだ。


「そんなもん、大人の世界でも変わらんでしょう。お嬢以外の人が見てねぇとこで、証拠が残らんようにやられるんすよ。上のお三人の坊ちゃま方はみんな奥様譲りでお白い(・・・)し、何より奥様の教育のおかげであの頃からいかにも貴族ってご気性でしょう。そういう時は、より弱い所が攻められるんすよ。卑怯な手を使う奴は、仕返しを想定した時に勝てる相手にしか仕掛けねぇんだ」

 パロミデスは、ヴィトの言葉に渋いものを口にした時のように、ただ唸る事しか出来なかった。

 何故なら、自身がこれまで受けて来た理不尽さと、さして状況は変わらなかったからだ。ヴィトの言った事が、手に取るように解った。


「お嬢が勉強の時間に山に逃げ込むようになったのも、茶色い肌のお嬢が他家に嫁げば、旦那様の足を引っ張るってどこかで誰かが話してるのを聞いてからです」

 目元から口元に下がった手で、ヴィト相手に言った所でどうしようもない事を喚き散らしそうになる自分の声を押しとどめ、理性を総動員させて眼前を見据える。

 貴族の子弟は政略の道具になりやすい。その際たるものが婚姻だ。

 未だ偏見の残る国内貴族に、運悪く自分の血を濃く継いでしまったがゆえに褐色の肌で生まれて来たキャンディスが嫁げば、確かにまた根も葉もない事を言われる事になるのかもしれない。

 たかだか噂話や誹謗中傷だが、えてしてそんなものほど厄介なのは確かだ。どこかで大きくねじ曲がり、想像もできなかった話が真実として流布される事は常である。

 

 だからと言って、そんな、理解もない相手や家になどかわいい娘を嫁がせるなどありえない。王命が下るまでは、キャンディスの相手はじっくり探すつもりだった。そのせいで相手が見つからないのであれば、それも致し方ないと思っていた。

「私が男だったなら、戦場でお父様の身代わりにだってなれるのに、ってよくこぼしてました。十数年前あれだけ旦那様方やプロウィンキア家を陰でこき下ろしていた大人が、今や手のひらを返したように褒めたり持ち上げたりする。みんなそんな事なんか無かったみてぇに忘れて呑気なもんだ。だからって、お嬢がチビん時に受けた心の傷は、ずっと消えてねぇんです。それでもお嬢は旦那様が大好きだ。嫁いだって、旦那様のお役に立ちたいって……もしも結婚後に二国間がまた戦う事になったら、今度こそ旦那様の為に戦うと思ってんだと」

 

 国が守られなければ家族の平穏な生活もないのだと思っていた。だから邸の事はイヴォンヌとカシェドに任せて軍務に明け暮れていた。

 その、何よりも守りたかった家族の ―― 愛娘の心を守り損ねていた事を、こんな形で知る事になるとは思ってもみなかった。

 自身への失望感に、パロミデスは脱力するようにソファの背もたれに体を預けて天を仰いだ。


「武門貴族家の婚礼道具に甲冑がある事はおかしい事じゃねぇ。有事の時には甲冑を着て、夫と共に戦うんだって、そう言う事にしちゃどうですかね旦那様」

 してやったりと言わんばかりに満面の笑みを浮かべたヴィトの顔をため息混じりに見返す。

「お前、人畜無害そうな顔をしてるが、意外に腹が黒いな」

「旦那様に褒められるなんてありがてぇ事です」

 てへへ、と照れたように鼻下を指先で擦ったヴィトを眺め、心中で「褒めては無いが」と思いながらあえて口には出さなかった。


「甲冑の事は王に許可をもらわねばならん。許可が下りるかどうかわからんが、尽力してはみる。カシェドに聞いて輿入れの準備を進めておいてくれ」

「分かりました」

 話は済んだと部屋を出て行くヴィトの背を見つめながら、パロミデスは膝の上で両手を組んで決意を新たにした。

 再び二国間で戦いが起これば、ヴィトが言った通りキャンディスは戦うのだろう。

 婚礼道具として持ち込んだ甲冑が錆びついて動かなくなるように、二度と戦争など起こらないようこの地を治めて見せる、と。


キャンディスの好きな物語……某アレトニア国の蜜蜂さんw

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