4枚目
生暖かい風がそよそよと吹く水晶宮の中。歓迎会が行われる時間まで園芸部のガラスハウスを見て回ろうという事で、さっきとは打って変わり今度は様々な樹木が栽培されているガラスハウスへと移動し、再び中を探索していた。
「よみは印象的な瞳してるよね。生まれつき?」
ブルナードの木を見ている時、ラファがポツリとオレに向かって問いかけた。
「そう、それ!いや、それがさ…オレずっと自分の瞳の色青紫だと思ってたんだけど、今日菫に万華鏡みたいな極彩色だって言われてびっくりしたんだよね」
「菫?」
「あぁ!えっとね…菫色の髪色しててぱっちり黒目の女の子!今日友達になった子なんだ。」
思えば、ここに来るまでオレの瞳が極彩色だと指摘してきたのは菫とラファだけな事に疑問を抱いた。
特定の人にしか見えない?そもそも自分自身は自分の瞳の色が極彩色だと鏡越しで認識できるのか?何か自分自身に変化があるのだろうか?
疑問は積もるばかりだが、深く考えても分かるはずもないので現状、何も変化が起こっていないならば特に気にしなくてもいい気がする。
「へぇ!気になるなぁ。ボクも友達になってくれるかな?」
「オレの瞳が極彩色に見えたのラファと菫だけだからもしかしたらオレ含め三人は波長が合うのかも!良い友達になれそ〜!」
ラファはオレが直前に逢った菫の事を話題に出すとに興味を持ったのか、自分もオレと一緒に友達になれるかどうかソワソワし始めた。
「なんかワクワクしてきたよ。」
「それなら、歓迎会の時一緒にご飯食べよう!そしたら話の種が出来るしね!」
「じゃあ少し時間が潰れたから折角だし会場覗いてみる?案外バッタリ会ったりするかもしれないし」
黒く艷めく長めの下まつげに、コロンと飾り付けられた硝子細工のようにキラキラと煌めくロイヤルブルーの瞳に真っ直ぐ見つめられオレの姿が反射していた。
ラファの提案にオレはそれもそうだと納得し、ラファと幸と共にガラスハウスを後にした。
幸は何かの蜜を吸ったのか少し甘い香りを纏わせ、大人しくラファとオレの真ん中をフワフワとついてきた。
「と言うか、そもそも何処で歓迎会やるんだっけ?」
「ん〜と、確か寮の四階の食堂でやる筈だよ。」
「食堂!」グギュ〜
「「………」」
オレが食堂と言う単語を口から出した事により今まで空腹だった事を否応にも脳が思い出し、生理現象的にお腹が鳴ってしまった。
超恥ずかしい。今時「わぁ!ご飯だぁ」と心の中で思っていてもこんなに大きなお腹が鳴るなんてことは無かったはずなのに………
今すぐ消えたいのだが…
「フフッ。生きている証拠だから恥ずかしがらなくても良いのに。」
握りこぶしを作り下に俯いたまま恥ずかしくて赤面しているとラファはオレの頬を両手で掴みモチモチと揉みしだく。
「はっ…はじゅかしぃほんは、はじゅかしぃいほのなんなよっ!」
「ん〜?なんて??」
絶対聞こえてるだろっ!鬼畜かっ!?
この人見た目は凄く好青年の人が良さそうな見た目してるのに中身ってもしかして案外黒かったりする……のか?
なんか寒気してきた……
「はにゃしへくあはい」
「あはは。ごめんねお肌がモチモチでつい…ね?」
「ね?って(笑)まぁ別に良いんだけども…」
揉みしだかれた己の頬をプニプニと触りながら目の前に見えてきた寮の扉を開ける。
やっぱり何度見ても少年心擽られる最高に秘密基地っぽい構造に胸が踊る。
目の前にフワフワと自分の収納ボックスがやってくる。ラファにもオレと同じ模様の収納ボックスが目の前に……
あれ!?よく見たら全く一緒じゃないか!?
「ねぇ、もしかして部屋番号103だったり…する?」
ラファは静かにロイヤルブルーの瞳を見開きこちらを真っ直ぐに見つめ返してきた。
「驚いた。真逆こんな偶然があるなんて…やっぱりボク達は出逢うべくして出逢ったのかもね?」
ラファの微笑んだ笑顔は神々しく一瞬太陽を目の前にしているかと錯覚してしまうものだった。
驚きが隠せないままオレたち二人は中央の吹き抜け近くにある螺旋階段を上り目的の食堂へと向かった。一階ずつ上れば上る程空腹を刺激するスパイシーな香りが漂ってきた。
「ん〜お腹すいてきた~…」
「フフっ美味しそうな香りを嗅いだらボクもお腹空いてきちゃったな。」
もう少しだよとオレの肩をポンポンと叩き手を引っ張り階段を上るのを手伝ってくれた。
辿り着いた四階の食堂ではシステムキッチンに向かい合い調理をしている人が数人居り、誰もが忙しなく動き回っていた。
「これは…お邪魔してはいけない雰囲気……かな?」
「うん。オレもそう思う。」
この状況を見て誰が「軽食下さい!」なんて言えると思うか?否。言えない。ただでさえ今日の歓迎会のお料理担当だと思われるのにこれ以上負担はかけられない。
「あっ!もしかしてご飯食べに来た子かな!?」
「え!あっいや、忙しそうなのでだいじょ…」
「遠慮しないで良いよー!と言うか、五階で辛が軽食振舞ってるから行ってみなー?でもあんまりお腹いっぱいに食べちゃダメだぞ〜?」
「「!!」」
ポニーテールをした健康的な小麦色の肌をした女性の方が調理の合間に突っ立ってたオレ達ふたりを見つけそう伝えてくれた。
「「ありがとうございます」」
「良いってことよ〜」
ポニーテールの人は片手に抱えた野菜の入ったバスケットを持ち直しながらヒラヒラと後ろ目に手を振って見送ってくれた。
という事なので言われるがままもう一階階段を上がると、簡易的なシステムキッチンを中心にカウンター席・テーブル席にちらほら軽食を食べている人達が談笑していた。
「あっいらっしゃーイ!僕は辛。ご飯食べに来た子だよーネ?さっきリューユーちゃんから連絡来たかーラ、もうできてるーヨ。冷めないうちに食べてーネ」
カウンターの上に置かれた二つの料理は主食のしそ梅の混ぜこみおにぎりの皿と、主菜と副菜の柴色牛のチビコロハンバーグと空翼葉の黒胡麻和えが盛り合わせられた皿だった。
「え!?さっきの今で!?すっごい!」
「そりゃあ下準備はしてたからーネ。これは料理人の基本だーヨ?お客様を待たせずにサービスを提供すール…料理人になるなら覚えておいてそんは無いーヨ」
ホカホカと湯気が立ち上り思わず料理から目が離せなくなるほど美味しそうだ。
「ほイっ!お好みで特製辛味料か、幸味料もかけてみてーネ」
「うわぁっ!美味しそう〜!!!」
「空翼葉の黒胡麻和え……ボクが好きな料理だ…」
「んふフ。席に座って召し上がーレ。綺麗なちょうちょちゃんにはこっちのお花達をどーゾ」
隣に幸の為にとお花盛り合わせのバスケットを置いてくださり、幸もバスケットの中に飛び込み花の蜜を吸い始めた。
オレ達も美味しそうな匂いに誘われラファと共にカウンター席に座りしそ梅の混ぜこみおにぎりに一口かぶりつく。
程よく味付けられた甘じょっぱさが口の中に広がり空腹だった身体にしみ渡る感覚がした。
「うぅ〜まぁ〜〜………」
「………美味しい。こんなにフワッシャキとした空翼葉初めてかもしれない…」
一方で副菜の空翼葉の黒胡麻和えを先に食べたラファも美味しさに破顔させゆっくりと味わいながら食べていた。
しそ梅の混ぜこみおにぎりを食べながら主菜の柴色牛のチビコロハンバーグを一つ、箸で掴み口に運ぶ。
噛んだ瞬間口の中は正に肉汁のカーニヴァルとでも言おうか。柴色牛の主食はラベンダーで、それにより肉の旨味の影にほのかなラベンダーの甘い香気が鼻腔を抜ける。後にスっと爽やかさを残してオレの胃へと沈む。
柴色牛は好き嫌いが顕著に現れるが、オレの場合は結構好物である。なんと言ってもこのラベンダーのほのかな風味が好きだ。
オレは辛味があまり得意ではないので幸味料を少しチビコロハンバーグにふりかけ再度口へと運ぶ。
先程とはまた違い、今度は幸味料の甘さがスパイスと絶妙にマッチし、これまた違う美味しさへと変化した。
「うっまぁ……」
「んふっ……よみ、さっきから美味しいとしか喋ってないよ(笑)」
「そういうラファはどうなのよ?」
「食べる?アーンして」
恐らく辛味料を少量かけたと思われるチビコロハンバーグを箸でつかみこちらに差し出す。今更断る訳にも行かず言われるがままに口を開ける。
「あ。…ん………んん。おぉ、予想外に美味しい…」
「あー。」
「?」
「あれ。ボクにもくれるんじゃないの?」
スタンバイOK状態のラファが控えめに口を開け、オレが食べていた幸味料をふりかけたチビコロハンバーグを分けてくれるのを待っている。
皿に残っている最後の1個に少量の幸味料をふりかけラファの口へと運び食べさせた。
「んん。こっちも美味しい。」
「これは是非とも作ってみたくなる味だ。」
食べ終わった皿と引き換えに今度は半透明の青色をした飲み物を目の前に置いてくれた。
これは、ブルーリージュンのジュースだ。少しの甘さと爽やかさを兼ね備えた主に夏によく飲まれることの多い清涼飲料水だ。
「今日の献立に使ってる食材はーネ、ほとんどがうちの園芸部で作った食材なのーヨ?新鮮だから美味しいでーショ?」
「え!?そうなんですか!?」
後ろから声がし、料理を頬張ったままラファと共に振り返ると菫色の髪の毛をした菫と、その後ろからプラチナブロンドの緩やかなウェーブがかったボブヘアーをした女性がゆっくりこちらへと向かって静静歩いてくる。
「そうだーヨ。品質管理も完璧。全てが自慢の園芸部だーヨ」
そう言って奥の戸棚に置いてあった乾燥ハーブや野菜が入った瓶と籠をカウンターに乗せる。
「うーん益々絶対園芸部に入りたい……って、あ!瞳君!偶然だね!さっきぶり!」
「さっきぶり〜。あ、ラファ。この菫色の髪の毛の子がさっき言ってた菫だよ。」
「!……本当に、綺麗な菫色…だね」
「えへへぇ。ありがとー!」
菫は照れたのか素直にお礼を言ってモジモジとしながらラファに再び向き合った。
「改めて、こんにちは。ボクはレナート・エデンリーワン気軽にレナートって呼んで」
「私、彼岸菫。私も菫って呼んで!よろしくねぇ」
ガシッと手を繋ぎ勢いよくブンブンと熱い握手を交わしていた。仲良くなれそうな雰囲気でホッと胸を撫で下ろした。