40枚目 ローズ、級友の頼もしさに胸を打たれる
「あ、そうだ。追加で籠も編めたら持ってくるね」
「ありがとうございます」
「ではご安全に!」
ビシッと礼を尽くした萌餅ちゃんはその場でくるりと回れ右をし、遠目に見える建築チームが集まっている場所へと戻って行った。
暫くの間、見送りをして改めてこの手元にある四本の銛を眺める。
先程までなんの道具も無くただ手当たり次第に無理のない範囲での食料調達を各々行っていた。
私とリリィちゃん以外の他の人達も目の届く範囲で海の中から海藻を引っ張り抜いたり、周辺に落ちているもので釣竿もどきの制作に成功している人も居た。
流れ着いた糸か何かがあったのだろう。
今はその存在が非常に有難く、既にいくつかの小魚を釣り上げている様だ。
「ではでは……せっかく作って頂いた道具を持て余してもいけませんね」
ひと段落着いた人達から集まるよう声をかけ、この場に集合させるのと同時に現時点での収穫物の確認をする。
お手製の釣竿により釣り上げた小魚と私達と同じく近場で集めていたであろうその他貝類と海藻。
「皆さんお手柄ですね」
「う〜ん!私達だけだったらこれだけでも良いけど皆ってなるとやっぱり少ないね〜」
どうやらリリィちゃんと他の級友の方々とも同じ意見だったよう。
この量でいえばここに居る海岸チームの我々だけであれば一食分としては普通より少ないものの、お腹を満たせる量ではあった。
しかし、山チーム、探索チーム、建築チームの皆を合わせてしまえば当然足りることはないだろう。
欲を言えば、鯛や、シュリンドルなどの簡単な調理法で美味しく食せる白身魚が好ましい。
「萌餅ちゃんが持ってきてくれた銛は四本。この中で素潜りが得意な方は居ますか?」
「私、得意だよ」
「僕も行ける」
リリィちゃんを始めとした級友三人が立候補し建築チームが作ってくれた銛をそれぞれが手に持つ。
各々の手に馴染むように素振りをしたり自身との距離感測る。
後もう一つの銛は他に候補者が居らずどうしようかと悩んでいるとその場に居る皆に是非とも私に素潜り漁をやって欲しいと懇願され、私自身も少し興味があったため快諾した。
今一番の危険は何が起こるとも予想の出来ない海中が危険だと判断し万が一の非常事態に対応する為にはこの海域の海流を把握し、素潜り中の級友達の安全の確保を優先する事が私の遵守すべきことだ。
少し汗ばんだ首筋を冷やすため自らの首を覆うプラチナブロンドの髪を首から掻き揚げ、潮風を通らせる。
「ふぅ」
袖を通していた衣服を脱ぎあらかじめ着ていた水着姿を晒す。
自らの両腕に常につけている黒色のレースのハンドグローブも脱ぎ捨て日々の剣術の鍛錬により切り傷まみれの腕が顕になる。
このサバイバル合宿の為、お父様から贈られてきた純白のシンプルなデザインで動きやすいレーシング・バック状の水着を晒す。
お父様曰く横の部分に桃色のラインが入っているのがワンポイントとしてとても愛らしいらしい。
銛を手に素潜り漁を行う級友らは既に海へと入り、それ以外の級友らは先程まで行なっていた釣りや貝集めを再開していた。
リーダーである私がサボる訳には行かないと思い、早速手に持つ銛を一度振りかぶり、突き刺す動作を試しに行う。
本来の銛であれば持ち手に付けられたゴムを引き伸ばし、その反動で勢いよく突き刺すと聞くがこれはあくまでも簡易的なものである為、如何にして獲物に気づかれず近づき自らの腕力だけで狩り取るかにかかっている。
「…………あぁ!成程。そういう事ですか」
水中では陸上の時より水圧により動きが制限され瞬発力が劣る。ゴムが付けられていない銛を正確に獲物に向けて放つのは相当な手練でなければ難しい。
その点に関しては素潜り漁に立候補してくれたリリィちゃんを初めとした皆は南部地区を故郷に持つ海と共に生きてきた人達が適任なのだ。
それならば西洋地区を故郷に持つ私を皆が推薦した理由は何か?
答えは、私のフィジカルを信じてくださっているということですわね。それならばその期待に答える事が出来るのが真の実力者。
素潜り漁は初挑戦ですが今夜の夕食の為、全力を賭してやるのみ。
履いてきていた靴を脱ぎ捨てた衣服が飛ばぬ様に重石替わりに置き、砂浜に波打つ海へと足を踏み入る。
ジリジリと暑く火照った砂浜から冷たい冷気を足元から込み上げさせてくる海へと体を預ける。
(………浅瀬でも意外と海って暗いんですわね……)
まだ足がつく海域で海中がどうなっているのか確認するために顔を沈めれば、浅瀬で太陽が海中に届いている筈なのに予想より暗く感じた。
熱で火照った体がすぐに水温と同じぐらいに下がってしまうような冷たさと初めて体験する碧海は話で聞いていた以上に塩辛く思わず身じろぎをする。
周りで泳ぐ他の人達の泳ぎを観察し見様見真似に同じような動きでこの海原を泳ぐ。我ながら自身の身体能力の高さに感謝しつつ少し深めの場所まで来たところで再び海へと顔を沈める。
海底付近には色鮮やかな生き物達がゆっくりと泳いでいる。
獲物を視認し、顔を海面に上げ、今度は先程より大きく息を吸いグッと垂直に潜る。
右手に持った銛を握りしめながら慎重に海底へと潜り、花びらのようにヒラヒラと舞う鮮やかな魚達を捕捉
する。
狙いを定めて銛を持つ右手に力を込め一気に獲物目掛けて突き刺す。
海底に刺さった所から砂埃が波と共に揺られ目の前の視界を覆う。手応えがあり突き刺さった銛を引き抜き肺が求める酸素を吸い込む為に海面に向かい浮上する。
「………ぷはっ」
銛先に捉えられていたのは体を貫かれたキラキラと鱗がシルバーに輝く一匹の魚だった。
「おぉ!大物だねぇローズちゃん!!」
私より少し深めの海域で素潜り漁を行っていたリリィちゃんが銛を携えながらやってきた。
「これは何という魚です?」
「それはねリルフィンって言って滅多に見かけないレアな魚なんだよ〜」
「確かに海底にいた魚はどれも綺麗な見た目でした」
「その中でもリルフィンは珍しいよ!本来はもう少し深い場所に生息してるから仲間とはぐれちゃったのかな。その鱗は装飾品に加工されたものが市場で人気だし、焼き魚にしたら絶品なんだよこれが!」
一度確保したこの貴重な食料となりえるリルフィンを逃さまいと先程萌餅ちゃんが持ってきてくれた籠に入れる為、砂浜へと上がる。
身を冷やすような冷たい海中から解放されたことにより夏場の海とはいえ体力が食われた感覚を感じた。
空いている方の手で水気を含んだ髪の毛を絞りながら収集した食料を集める場所へ向かうと、少し前まで空っぽだった籠の中には既に幾つかの魚を中心とした食材が入れられていた。
どれも焼いて食べれば美味しそうな食材ばかりだった。
「わぁ!いっぱいあるぅう!」
そう言って興奮を抑えられない様子のリリィちゃんの手元にある魚の数を見て私は思わず目を見張った。いっぱいあると言っている彼女の方が沢山の魚達を捕獲していたのだ。
それに比べ私はこの短時間で一匹しか穫ってこれなかったことに無力感を覚える。
「リリィちゃんも凄いですね……それに比べ私は…………」
「何言ってるのローズちゃん!!獲物取れるだけでも凄いよ!!」
リリィちゃんの力説と取れるようなはっきりとした物言いに励まされる。
どうやらこの分野では南部地区出身の彼女らの方が適任のようだ。
「それにしてもこの短時間で魚を取れるのも凄いね?素潜り自体はやったことあるの?」
「いえ?今日が初めてですわ!海も泳いだのは初めてでとても新鮮でした」
実際、国境警備隊の遠征で南部地区に赴いた際遠目に眺めたことのある海へ初めて入水したことへの好奇心と地上で行う狩りとはまた違うやり方に若干の楽しさがあった為特に苦には思わなかった。
「……………えぇ!?!初めて!?!?」
「ふふ、足手まといかもしれませんが精一杯頑張りますね」
銛先に突き刺さったままのリルフィンを引き抜き、刺さった箇所から流れ出る鮮血を海水で洗い流していると、わなわなと震えるリリィちゃんに方を強く揺さぶられた。
「いやいやいや!?初めてで泳げるのもましてや素潜りが出来るのもおかしいからね!?!?」
「あら?」
今にも腰を抜かしそうなほど驚きを隠せないと言うような表情のリリィちゃんの絶叫が海岸に響き渡る。
それに気付いた他の級友達が集まり、同様に驚く。
そして口々に「やっぱりフィジカルモンスターだ!!!」と見事な褒め言葉をいただいた。
私にとっては、この場で採れる生物たちが食用かどうかの知識を持ち、短時間で大量に収穫できる皆さんの頼もしさに心を打たれたのだった。




