36話
「…………本当に行ってしまった……」
「え?か弱き学生の身分である俺達をそんな容易く置いてく??」
砂浜に崩れ落ちていた萌餅とジェニーが、今はもう豆粒のように小さくなった松本先生が乗る魔導式造船機が走り出した方角を見つめる。
絶望したかのようなその声色は今後二週間の無人島生活に不安しか感じていない故だろう。
「なんとまぁこれは。皆さん落ち込んでいらっしゃる……」
まだ少し気分の悪そうな菫を支えていたローズが皆の顔色を伺い驚いていた。
実を言うと、オレ自身も少し不安があるながらもあんまり心配はしていない。
何故なら。
「まぁ松本先生が言った通り、大丈夫だろう」
「まぁ。そんな自信がおありで?悠剣さん」
ローズの言葉に目をぱちくりとした円城寺は悪戯げに笑みを浮かべ口の端をニッと上げる。
「ハハッ西の麗しき剣姫。君がそれを言うのかい」
「うふふ。だって私貴方よりか弱くてよ?」
「これは、とんでもない謙遜で」
ふふふと笑い合う円城寺とローズを見た萌餅がとてつもなく笑顔になっていた。
きっと萌餅も思い出したのだろう。
魔法技術に頼らずとも既に物理的に一番強いフィジカルモンスターである男女が目の前に居る事に。
ローズはご存知の通り、固有能力である『狂剣姫』や『身体精強』を持ち、円城寺もローズと同じような『豪剣』や『剛腕』と言う、か弱いオレから見れば敵に回したくないと思えるようなムキムキ物理特攻なのだ。
魔導具によって魔法技術と固有能力を一日一回と制限をかけられるとしても、その能力を扱う為に培った努力の結晶は、能力が使えなくとも体に染み付いている筈。
こんなにも頼もしいと思える人材はこの二人以外には居ないだろう。
「………何とかなりそうな気がしてきたね」
「うんボクもそんな気がする」
萌餅と同じく隣で、菫を片腕で軽々しく支えながら円城寺と話し込むローズを見たラファは静かに頷いた。
何はともあれ、今この時から既に合宿は始まっている。
今は太陽が南に上がりきる少し前の時間帯。つまりは大体昼前。
日が沈む前までに取り敢えずは急ごしらえでも皆が雨風をしのげる建物。
お昼は朝食を含めた微妙な時間帯に取ってきたのでまだ空腹ではない。であれば夕方までに人数分の食料。
そして何より生命活動で大切な『飲み水』。
松本先生から手渡された地図を開き、指でなぞる。
辺りを見回せば、海の反対側に二つの山が聳え立つ。
右側の山の麓にはお知らせプリントにも書かれていた、救済措置である食料保存用の氷室の洞窟。
その山の中腹には食料となり得るような果物や木の実、野草などが自生しているゾーン。
海に関しては、魚類が沢山潜んでいる。
「…………これか」
地図上に一つのマークを見つけ、隣で共に地図を見ていたラファに目配せする。
「皆、集まって。早速だけど作戦会議をしよう」
意図が伝わったのか、ラファが周辺でウロウロとする級友達を集める為声を掛ける。
地図を持ったオレとラファを中心に、普段の制服とは違い、オレと同じく軽装に身を包んだ皆が輪になって集まる。
「まずは、今日中に生活基盤である衣・食・住を簡易的にだけど揃える事が第一の目標と言うのは皆も分かるよね」
ラファの言葉に皆なんの躊躇いも無く一斉に頷く。
「その為にはまず、いの一番に飲み水が必要になるよね」
「うんうん。それが一番大切だね」
「何なら今一番、菫ちゃんに必要なものだよね」
心配した様な声色で菫を見つめた桧が同意する。
桧の言う通り、先程よりは回復した様な菫だが、まだ顔色は完全に治っていない。
なんなら今すぐにでも水分補給をさせて体力がある程度回復するまで木陰で休ませてあげたいほどだ。
「そこで、ここの地図に記されたこのマーク」
地図に記された二つの山の間に描かれた雫のマーク。
間違いで無ければ、これは確実に飲み水である『水』を表したヒントになっていると思う。
「オレは単純にここに飲み水があると見た」
「う〜ん確かに。他にそれっぽいマーク無さそうだもんね〜」
「あ、その可能性は……高いと思うよ」
「菫。動いて大丈夫?」
ゆっくりとローズの腕から離れた菫がこちらへと歩き、ある方向を指さす。
菫が示した方向は、地図に描かれていた二つの山間。
「山間には必ずと言ってもいいほど川がある。それに加えて、川の源流の方がより安全に飲める状態の水があるはずだよ」
再び地図を指さした菫の指先を見れば、今オレ達が集まっている場所から山を挟んだ反対側の海岸。
そちらの方へ山間から湧き出る川が流れているのが確認できた。
「うん。取り敢えずの目星が付いたならば、何手かに分かれて行動しよう。時間は有限だ」
「じゃあ先ずは、飲み水と食料の確保、そして住居建設だね!」
「各班ごとにボク達首席組が居た方が統率が取れそうだね」
「えぇ。その方が良さそうですね」
ラファを中心とした会議により、必要事項の相談が着々と進む。
まず、南部地区出身の級友と海の危険生物に立ち会った場合を考慮しローズを配置した海岸チーム。
植物、今回の場合は山菜に関して一番知識を持っている菫を中心とした山菜確保の山チーム。
氷室の洞窟付近にて材料を現地調達し、簡易的な住居を造り、建設中や近くに居る海岸チームの応急手当を請け負えるようラファが常駐した建築チーム。
そして山チームと共に行動し、己の瞳の良さを活かし飲み水を確保しかつ、他に目ぼしいものが無いか探索をする探索チーム。
大きく子の四つのグループに分かれ一日を行動する。
そして肝心な連携についてだが、松本先生曰く、自らの耳輪に着けられたイヤーカフの通信も使えない。
その為、有事の際はラファが所属し拠点となる氷室の洞窟を集合場所とした。
魔法技術に関しては取り敢えずは使わない事に越したことはないと言う意見が一致し、これまた有事の際以外は出来るだけ温存しておくよう一様に同意した。
一先ずは今晩の寝床と飲み水、食料を確保できてから、この二週間どの様な配分で魔法を使っていくかを検討する。
「じゃあ皆、大体は理解したかな?」
散らばっていた皆がオレ達四人によって配属させられた人達の元へと分けられる。
「じゃあまずは桧。海岸チームの漁の為に簡易的な銛と飲み水を入れる為の桶やその他の器具の制作を萌餅と一緒に」
「うん。構造は分かるから任せて」
「おっけ〜」
桧の能力『空想具現化』。これがある事により、桧の脳内にはある程度彼が興味があり仕組みを覚えていた物の作り方が一通り分かる。
萌餅の能力は『硬軟化』。彼女の拳は右手が柔らかく、左手が鋼の如く硬い。
掌を添えながら能力を使えば、添えた掌と同じように柔らかくなったり硬くなったりをすることが出来る。
萌餅に関しては、食料確保や住居建設に大切な器具を一括で作る為に一日に一回の固有能力を使ってもらう。
桧は既に目を瞑り一人、頭を巡らせていた。
「海岸チームはローズの指示の元、くれぐれも無茶のないように」
「承りましたわ」
優雅に礼をして、にこやかに笑うローズはさながら社交界に咲く優雅な薔薇の様。
級友達と目配せし合う様もとても美しい。
きっと国境警備隊で活動していた時もこんな風に人事を束ねていた事があったのかもしれない。
かっこいい………
「後は、建築チームに二本の鉈と一本のナイフ。山チームにナイフと鉈を一本ずつ探索チーム……よみにナイフ一本を預けるね」
それぞれナイフと鉈を配り、同様にオレもラファから鞘に納まったままのナイフを受け取る。
「じゃあ皆。無人島上陸と決起の意味を込めて記念に一枚!!」
首から下げていた魔導式カメラを構え、シャッターを押す。
パシャッ
山を背景に写った写真を確認し、再びカメラから手を離し首からぶら下げる。
暫くの間姿が見えなかった幸がどこからとも無く姿を現し、左肩へと落ち着く。
「じゃあ皆、怪我のないよう!」
解散解散〜と各々のグループ毎に散っていく。
「俺は一番お前達が心配だよ。ほらレナートの顔見なよ」
共に山に向かって歩いていくジェニーにそう言われ、ラファの方を見やれば、実に心配したような眉根が下がった弱々しい表情をしていた。
「大丈夫だレナート、ジェニー。瞳と光耀の事は任せてくれ」
傍で話を聞いていた円城寺がすかさずフォローを入れ、ジェニーは納得したかのように頷く。
「………本当に不味いと思ったら一人で立ち向かってはダメだよ」
「分かってますとも。オレは正真正銘、フィジカルでは誰よりも弱いですから。な、光耀」
「うん。俺も遠慮無く円城寺に飛びつきに行くよ」
オレ達二人の厚かましい行動宣言に嫌な顔ひとつせず、快活に笑い飛ばす円城寺にまた安心感を覚えた。
さぁ、これから始まる無人島サバイバル合宿。
ここからは鬼が出るか蛇が出るか、油断せず気を引き締めて生きて行こう。




