35話
寝ぼけた様な微睡みから目覚めさせられるかの如く、体全体を潮風が過ぎって行く。
ビュウビュウと過ぎ去って行く若干生温くしょっぱさを含んだ風は自ら達が乗っている魔導式造船機の船体を大きく揺らす。
「…………んううぅ…」
「……………うぅうう………おぉおおぉ……る……」
「不味い。瞳君、吐くなら海に向かってどーぞ」
現在、一年生一同で行う無人島サバイバル合宿の開催地である舞闊が所有する無人島へと魔導式造船機へ乗船し向かっている。広大な青く澄んだ大海原を華麗に航海し、皆がそれぞれ束の間の旅行気分を味わう中、オレと菫だけが盛大な船酔いに襲われていた。
「瞳君もちょ〜グロッキーだけど、菫ちゃんも負けてないな……」
船体から頭だけを出し脱力したかのように項垂れ、ぐるぐると常に付きまとう胸部の不快感に唸る背中を一定のリズムでラファが摩ってくれている。
同じく船酔いの不快感に唸っている菫はローズの膝の上に頭を乗せて眉間に皺を寄せ、そのキラキラと黒光りする瞳を閉じていた。
盛大な船酔いによって既に満身創痍になっているオレ達二人を心配した光耀や、桧、萌餅を中心とした他の級友らが周りを囲み常に励ましてくれていた。
正直いつ吐くか分からない自身の吐き気との戦いによりあまり周りの様子を伺えないが、皆一様にこれから始まる合宿に不安を抱きつつもこちらを心配してくれていることが雰囲気で伺える。
「んぅう…………う」
何かが項垂れた頭に乗っかった感覚がし、脱力しきった右手でゆっくりと頭に手をやると、そこに居たのは学校へと置いて行こうと奮闘し、何事もなく付いてきていた幸だった。
そこに居座られると幸の振り撒く鱗粉が髪の毛に降り注がれてしまうのでこの際、もう付いてきたことに関しては何も言わないのでせめてどこか違う場所に止まっていて欲しい。
「………可哀想に…」
さすさすと優しく撫でる掌と同じ様な優しさを孕んだ声色で、ラファが心底心配と言うような表情で寄り添ってくれる。
この合宿を恐れながらも何だかんだ楽しみにしていた皆の心持ちを落ち込ませるような状況にしてしまった事に酷く申し訳なさを感じる。
しかし気持ち悪さから来る吐き気だけは自身の力ではどうすることも出来ない為、皆に励まされながら大人しく無人島に辿り着くのを待つしかないのだ。
◇◆◇
ラファの肩を借りながら上陸した魔導式造船機からキラキラと光る砂浜へ足を踏み下ろす。
燦々と照りつける太陽に少しの眩しさと目眩を覚えながらも、砂に足が取られないようしっかりと踏み込む。
「彼岸、四國。大丈夫………では無さそうだな」
教師監督役として同乗し、共に魔導式造船機に乗ってやって来ていた松本先生が心配そうに声を掛けてくる。
「……いえ、さっきよりは少し落ち着きました」
「う〜ん………とってもぐろっき〜だけどだいじょうぶ〜………」
造船機の揺れから解放された為、先程とは本当に気分が違う。
それとは反対に喋る事もまだままならそうな菫はローズが腰をしっかりと支えても尚、フラフラと足元がおぼつかないようだった。
「うーむ。二人がこんな状況で申し訳ないが、先に諸々の説明をしても構わないか?」
オレ自身は少しばかり気分が落ち着いてきていたので素直に頷き、菫もジェスチャー付きで快諾した。
この無人島に着いた時点から既にオレ達のサバイバル合宿は始まっている。
如何にして今日中に人間の生活に必要な《衣・食・住》をある程度充実させられるか。
そして各々一日一回しか使えない魔法技術をどの様な魔法技術をどこで扱うかに関しても、早めに皆で作戦会議をして行動指針を決めていかなければならないのだ。
今は一分一秒も惜しい。
松本先生は魔導式造船機を背後に立ち、その周りをオレ達が囲む様に集まる。
「では早速だが、本日から二週間に渡り行われる舞濶響轟校一年生による無人島サバイバル合宿について大まかに説明する」
シュッと右手を掲げた松本先生の指先から小さな光の粒が溢れ出し、次いでオレ達一人一人の眼前へとそれがやってくる。
パチリと鳴らされた指の音に反応した光の粒が一瞬光り、それは金のタグがついた黒いチョーカーへと変形した。
「事前に配ったプリントに書かれていた『一日一回の魔法技術縛り』。このチョーカーはそれを可能にさせる魔導具だ」
その言葉と同時にチョーカーが皆の首元へ装着される。
「………っう」
「っ!?」
瞬間、教師であり監督役である松本先生と、オレ。その近くに居た光耀以外の皆が息詰まり動きが鈍くなる。
「?」
「あれ、皆どうしたの?」
体を支えてくれていたラファでさえもその綺麗な顔を少し歪め、吃驚した様な表情を浮かべていた。
チラリと首元に付けられたチョーカーを盗み見てみれば、そこに付けられたチョーカーは銀のタグが着いた黒のチョーカーだった。
パッと光耀の方を見やれば、着けられたチョーカーはオレと同じく金のタグが揺れる黒色のチョーカーだった。
「…………これ、もしかして……」
何も分かっていない光耀が首を傾げているのを横目で見る。
一つの可能性に辿り着き、恐る恐ると言った表情で松本先生に尋ねれば、彼女はフフッと軽快に笑う。
「魔法技術を扱う人に対して魔法技術に回数制限を掛けるにはどうしたらいいと思う?」
松本先生は再びフイっと指を宙に滑らせ、光と粒を踊らせ、金のタグと銀のタグが付いた黒色のチョーカーへとそれぞれ変形させる。
「…………まさか……?」
ゴクリと生唾を飲みこみ、発せられる言葉を待つ。
「アンサー。魔力自体を制限し、少しだけ残された魔力に出力する際、回数制限を掛けるよう魔導契約式が付与された特殊な魔道具を身につければ良い」
静かに聞いていた他の級友達が一気に顔を上げ、焦った表情で松本先生を凝視する。
この場で意味が分かっていないのは、魔法技術が扱えず知識も乏しい光耀のみ。
ピリピリとした空気が辺りを支配する。
松本先生は金のタグが付いたチョーカーをこれ見よがしに皆に掲げ、目配せをする。
「四國と燐が付けている金のタグのチョーカーが、魔導契約式によって一日に一度。実力に見合った魔法技術を扱う事が出来るようにする物」
次いで、オレと光耀以外の皆が付けている銀のタグのチョーカーを手に取る。
「そして、こちらの銀のタグのチョーカー。お察しの通り。こっちが魔法技術の扱える皆の魔力をチョーカーに取り付けられた銀のタグがギュッと吸い込み……魔導契約式によって魔法技術を一日一回扱える程の魔力量に調整する代物だ」
一同、段々と顔面が蒼白になっていくのを感じ取った松本先生がククッと喉で笑う。
「因みに、これは己自身の固有能力にも言える事だ。」
「待ってくれ瞳。俺今めっちゃ嫌な予感がする………」
ズルズルと体を引きずりながら近くへと寄ってきたまだ少し気だるげそうなジェニーが不安そうに瞳を細める。
そんな事はお構い無しに松本先生の口からは無慈悲な言葉が紡がれんと口が開かれる。
「お前達は今日から二週間、まともに固有能力も魔法技術も扱えず己のフィジカルとここぞの判断能力を鍛えながらこの無人島で生活するんだ!!!」
シルバーグレーとチェリーピンクの髪を潮風に靡かせた萌餅が絶望顔でジェニーと共にこちらへと縋り付いてくる。
肩を貸してくれていた、物言わぬ幸を頭に止まらせているラファも少し心配しているのか、肩に添えられていた手に力が入る。
「勿論の事!イヤーカフの通信も使えないからな。大丈夫、お前達は一般人よりそんなヤワじゃない!」
これは激励なのか慰めなのか。良い笑顔でそんなこと言われても、オレ達の心は今それどこでは無い。
魔法技術だけでなく個々の固有能力を含めた回数制限を設けられる。
流石のオレでもこの制約が今から二週間行われる合宿で大きなデメリットになるということがありありと分かった。
想像以上に過酷な合宿になりそうだと予感した者達から順々に砂浜へと崩れ落ちる。
「………まじ????」
「折角色んな魔法使えるようになってきたのに!?!?」
「安心しろ!鉈とナイフそれぞれ三本ずつ。そして一枚この島の地図を配布する」
ラバー素材の鞘に収められた鉈とナイフが合計六本。教科書と同じぐらいの大きさの少し古びたこの無人島の全体が描かれた地図を代表としてオレとラファへと手渡される。
「じゃ!お前達達者でな!!!」
「「「え????」」」
用事は済んだとばかりに松本先生はオレ達が乗ってきていた魔導式造船機に乗り込み、海へと進み始める。
「ちょちょちょっ!?!?先生ぃ!?!」
流石に焦りを覚え、少しずつ動き始める船体へ近づくが、セーフティー用の結界により本体までは近づけずただ見えない壁にぶつかった。
「あぁ!私は近くの小島でお前達の安全を見守っているから安心しろ!!」
ブロロロロと大きなエンジン音を立ててあっという間に大海原へと走り去っていくのを口を開けて誰も彼もが動けずに居た。
「…………さ、流石に…」
「流石に放任主義すぎんかぁああああ!?!?!?」
殆ど捨ておかれたと言っても相違ないこの状況に嘆いたジェニーの叫びが、広く青い空へと響いた。




