第44話 オスカーとアルヴィンの思い出 -後- ★
「だから……ぼくはここにいたい……。もうぼくしか、ばあやのお花に水をあげられないから……」
「……わかった」
オスカーがゆっくりとうなずく。
その表情は厳しく、アルヴィンは一瞬やっぱり追い出されるのだろうと思った。
だが彼が次に言ったのは、正反対の言葉。
「母上、アルヴィンはこのままここに住まわせる」
「何を言うのです!? 彼は――」
反論しようとする王妃に、オスカーは上から言葉をかぶせた。
「アルヴィンは私の弟だ」
それから有無を言わさぬ強い口調で言う。
「たとえ半分しか血がつながっていなくても、父上の子です。あなたにアルヴィンを追い出す権利はない。今まで黙ってきましたが、さすがにやりすぎだ。父上はアルヴィンの現状を知らないのでしょう?」
国王の名を出した途端、王妃の顔がひるむ。それからくっと顔を歪めたかと思うと、大きなため息をついた。
「……まさかあなたがこの子をかばうとはね。いいでしょう。どうせいてもいなくても変わらない存在。追い出したとなれば外聞も悪いでしょうし、ここに捨て置いても同じことだわ」
「それから彼に適切な生活環境を。……王の子が餓死したなんて醜聞、国を揺るがしかねませんからね」
オスカーの指摘に、王妃が悔しそうに顔を歪めた。愛する我が子に、牙をむかれるとは思っていなかったのだろう。
「……わかったわよ。お前たち! さっさともう一度家具を運び入れなさい!」
使用人たちに八つ当たりをすると、王妃は肩を怒らせて部屋を出て行った。
残されたのは、オスカーとアルヴィンの二人。アルヴィンはおずおずと進み出た。
「あの……ありがとうございます。……オスカーさま」
「オスカーさまとはなんだ。兄上と呼べ。私はお前の兄だ」
ぎろりと睨まれて、アルヴィンが身を縮こまらせる。
「あ、兄上」
「それでいい。……それからアルヴィン」
ずいっとオスカーが一歩アルヴィンに詰め寄った。怒られる、と思ったアルヴィンがとっさに肩をすくめる。
だが、降ってきたのは思いのほか優しい声だった。
「私は王太子ゆえ、これ以上お前に構うのは難しいだろう。だが、一人でも強く生きろ。いつかやりたいことが見つかった時、自分で掴めるような、そんな男になれ」
アルヴィンは息を呑んだ。言い方はぶっきらぼうだが、オスカーは励ましてくれているのだ。
「それからお前、特別な目を持っているらしいな。これ以降は人に話すな。隠せ」
「えっ……」
「黙って言うことを聞け。大きくなればわかるが、それはいつかお前の武器になる。わかったか?」
「は、はい」
返事をすると、オスカーは満足そうにうなずいた。
その態度はすごく偉そうであったが、同時に彼なりの不器用な優しさも覗いている。
アルヴィンはそんな兄を、まぶしそうに見つめていた。
◇
(――それから俺は、兄上の言う通り目のことは隠すようにしたんだ)
言葉には出さず、ゆっくりと心のうちで呟く。
目の前ではエマがじっとアルヴィンの言葉に耳を傾けていた。
「……兄上は激しい方だが、いつも堂々として公平な人だった」
アルヴィンは言った。
「陛下も王妃も俺のことをいない者のように扱うし、弟も悪気なく両親を真似している。だが兄上だけは……とても厳しかったが、俺の母親を気にせず接してくれた。俺が『兄上』と呼ぶことを、唯一許してくれた人だった」
それから、アルヴィンはふっと目を細める。
大きなアイスブルーの瞳が、まっすぐアルヴィンを見た。それまで黙っていたエマが、ゆっくりと口を開いた。
「……アルヴィンさまは、オスカーさまに助かって欲しいのですね?」




