第39話 王太子アルヴィン -後-
善は急げとばかりに背中を押された結果、エマはその日のうちに王宮へとやってきていた。
国王一族が住む宮殿は、当然この国で一番の圧倒的華麗さを誇る場所。
この間はアルヴィンとともに急いで駆け抜けてよく見ていなかったが、改めて目にするとその豪華さに息を呑むばかりだ。
支柱の一つに至るまで細やかな飾り細工が彫り入れられ、あちこちに揺らめくシャンデリアは太陽光を反射してギラギラと輝いている。
それは王族の威光を象徴しているようだった。
「勢いで来てしまったけれど、アルヴィンさまはどこにいるのでしょう……」
「お部屋の位置をお聞きしておけばよかったですねぇ」
のんびりと言ったのは侍女に扮したシロだ。エマたちの周りで、シマエナガたちがぱたぱたと羽ばたく。
『僕たちがアルヴィンさまを探してくるよ!』
『アタシたち、こう見えて人探し上手なの!』
『アオとアカについていけば迷子にならないの~ぷぷぷ~』
一羽だけ怪しげな子がいるが、全員一緒ならまあ大丈夫だろう。……多分。
「では、お願いしてもいいかしら」
エマが頼むと、三羽は喜んで羽ばたいていった。その間にシロが女官を掴まえて、アルヴィンの部屋を尋ねている。
「とりあえず、お部屋の位置はゲットしましたよ! 姫さまのお名前を出したらすぐでした。さすがに婚約者だというのは知れ渡っているようですねッ!」
ほくほく顔のシロが言うのを聞いて、エマは密かに胸を撫でおろした。
少なくともエマはアルヴィンの婚約者であると、まだ認知されているのだ。
(……わたくしは、何を不安になっているのかしら)
どうもアルヴィンと連絡がとれなくなってから、自分はおかしい。
いつも彼からの連絡を持ってくるのはシマエナガなのだが、気付けば彼らを凝視している。
それもアオに、『姫さまは最近、僕たちのことばかり見ていますね』と指摘されて初めて気付いたことだった。
『アタシが、アルヴィンさませっついてこようかぁ?』
『姫さまさみしくなっちゃったんだね~ぷぷぷ~』
(さみしい……。こんなに気持ちが落ち着かないのは、さみしいからなの?)
今まで、さみしいなんて気持ちを感じたことはない。
精霊たちは呼べばいつでもどこでもやってきてくれたし、祖国の家族たちだって数週間会わなくても平気だったのに。
(まるで、心にぽっかり穴が空いてしまったよう。どうしてこんなに落ち着かないのかしら……)
こらえるようにぎゅっと手を握ると、前を歩いていたシロが振り向く。
「アルヴィン殿下の部屋はこの辺りだとお聞きしたのですが、えーと、どれでしょうかねえ……」
一緒になってきょろきょろ探していると、ジルルルと鳴き声がする。
見ると、廊下の向こう側からシマエナガたちがぱたぱたと飛んできた。
『姫さま! アルヴィンさまがいたよ!』
『誰かと庭でお話してるの!』
『綺麗な女のひと~ぷぷぷ~』
(女の人? ……もしかして、王妃さまかしら)
シマエナガたちに誘導されながら向かうと、庭の向こうにアルヴィンの背中が見えた。なんとなく柱に隠れて、顔だけ覗かせる。
(――あ)
そこにいたのは、アルヴィンとマリーだった。
この間エマを責めたてた時とは打って変わって、マリーは甘い声でアルヴィンに話しかけていた。
アルヴィンはエマたちにほとんど背中を向けており、その表情は見えない。
「アルヴィンさま、王太子就任、本当におめでとうございますわ」
「やめてくれ。就任などしていない。陛下がそう言っているだけだ」
アルヴィンの声は別人のように冷たい。エマがいつも聞いているやわらかさも、甘さも、どこにもなかった。
「ご存じのくせに……。陛下がおっしゃっているということは、決定事項ですわ」
「仮にそうだとして、あなたは一体何のつもりなんだ。先日も言った通り、私はあなたを逃がすつもりはない。せいぜい残り少ない令嬢生活を満喫しておくべきでは?」
「あら、そんなことありません。あなたはわたくしを断罪できないはず。だってわたくし――エマさまの秘密を知っていますもの」
「エマの秘密?」
ぴくりとアルヴィンの肩が震えた。その隙に、マリーの白い細い指がアルヴィンの腕を這う。白蛇のように絡みつく指に、エマの心がざわついた。
「ええ……エマさまは雪の魔法使い。つまり、悪名高い“雪の女王”なのでしょう? 驚きですわよね、あんな可愛らしい方が雪の女王だなんて。もしこれを公表したら、エマさまはどうなるかしら? 周りの方は、どう思うかしら? 追放? それとも……討伐?」
マリーがそっと顔を寄せて、アルヴィンにささやく。美しい顔に、美しい笑み。それでいて目の奥に粘りつくような光が見える。二人の顔の近さに、エマは胸がむかむかした。
「でも、もしアルヴィンさまがわたくしを新しい婚約者に選んでくれるのなら……この秘密は墓の中まで持っていきますわ」
エマの顔にカッと血がのぼる。わたくしはばらされたって構いません! そう言ってやろうと、一歩踏み出した時だった。
「話はそれだけか? ……くだらない」
心底うっとうしそうに、アルヴィンがマリーの手を振り払った。ちらりと見えた横顔は氷のように冷たい。
「エマやアリシア嬢を嵌めようとした件といい今回といい、つくづくめでたい頭をしているな。その上肝心なところで足りないと来ている」
「なっ……!」
「正体がばらされたからと言ってなんなんだ。追放も討伐もやれるものならやってみろ。もし本気でそのつもりなら――」
そこでいったん言葉を切る。
「――俺が全力で叩き潰してやる」
覗き見えたアルヴィンの瞳の奥に、ぎらりと激しい炎が燃え立った。




