第38話 王太子アルヴィン -前-
「エマさま、アルヴィンさまが王太子に決まったというのは本当ですか!?」
フィッツクラレンス伯爵邸の応接室で、エマに詰め寄ったのはシスネだった。
隣ではリュセットが静かに、けれどじっとエマを見つめている。
「えっと……そうなのですか?」
エマは困惑しながら言った。
――アルヴィンが国王陛下に呼び出されてはや一週間。
その間珍しく、というより婚約してから初めて、彼からの連絡が途絶えていた。
呼び出された日の夜に、『ゴタゴタしそうだから、しばらく待っていてくれ』という連絡をシマエナガ経由でもらったものの、それきり何の音沙汰もない。
当然、シスネたちが言うような“アルヴィンが王太子に決まった”という情報も初耳だった。
「エマさまが知らないということは、やはりただの噂なのでしょうか」
リュセットが静かに口を開く。シスネが拍子抜けしたように椅子に腰を下ろした。
「なんだ、確定じゃなかったんですね。あまりにそういう噂を聞くものだから、あたしてっきり……」
「少なくとも、わたくしはそのような連絡はいただいておりません」
むっすりとエマは答えた。それから拳を握る。
(わたくしは……わたくしはアルヴィンさまの婚約者です。一番に教えてくれてもよさそうなのに……)
口では強気に言ってみせたが、もしかしたらエマが聞いていないだけで、アルヴィンは本当に王太子に決まったのかもしれない。
知らず眉間に皺が寄る。そんなエマの様子に慌てたのはシスネだ。
「あっ、ご、ごめんなさい! あたしったら失礼なことを……」
「アルヴィンさまから連絡はないのですか?」
その場を取り持つようにおっとりとリュセットが言った。エマはしばらく考えてから、ため息をついて白状する。
「……ここ一週間は音沙汰なしです」
口に出した途端、泣きたくなった。
(なぜかしら。連絡がないぐらいで、こんなに悲しく感じるなんて……)
それが表情にも出ていたらしい。シスネがますます慌てる。
「だっ大丈夫ですよ! 一週間ぐらい、殿下はお忙しいですから!」
「……今までは、会わない日でも必ず手紙をくれました」
口調が、すねた子どものようになってしまう。自分でもなぜそうなるのかわからなくて困惑していると、またリュセットがゆるりと口を開いた。
「それでは、王宮に会いに行かれてはいかがでしょう? 殿下の姿を拝見すれば、気持ちが慰められるのかもしれませんわ」
「あっ! 名案ですね! エマさまぜひそうしましょう! アルヴィン殿下に会いにいけばいいんですよ!」
救いの手が差し出されたとばかりに、シスネがリュセットの意見に飛びつく。その言葉に顔を輝かせたのはシスネだけではない、エマもだ。
「王宮。……わかりました。行きます」
エマは拳を握って立ち上がった。




