第34話 シスネの証言 -後-
バシュレ公爵家は何人もの王妃を輩出してきた、この国有数の大貴族だ。
その邸宅は王宮かと見紛うほど大きく広く、再度目にしてやっと、エマはここに一度来たことがあるのを思い出した。
広すぎて王宮とごちゃ混ぜになっていた場所だと記憶が語っている。
その豪華さは屋敷前の道から始まっており、門をくぐった先にあるのは富の象徴とでも言うべき豪華絢爛な庭園だ。
咲き乱れる薔薇に、複雑な形に刈り上げられた低木のオブジェ。
素人であるエマの目から見ても、何人もの庭師が精魂込めて作ったものだとわかる。
屋敷の中に一歩踏み入れれば、今度は磨き上げられた床と染み一つない壁紙がエマたちを迎えた。置かれた調度品は品良く、それでいて一目で高級品とわかるものばかり。
圧巻の回廊を抜けて案内されたのは、これまた上質な赤い絨毯が敷き詰められた賓客用の客室だ。
だがそこで待っていたアリシアは、以前見た時とは別人のようだった。
アルヴィンに釘を刺されていなければ、「どうしたのですか!?」と声をあげていただろう。
それほどに、今のアリシアはやつれていた。
いや、やつれきっていた。
「……この度は、エマ伯爵令嬢さまにご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。全ては私の傲慢と怠慢から招いたこと。謝って許されることではありませんが、心よりのお詫びをさせてください……」
鮮やかな赤のベルベットドレスは、その価値に相応しい上質な輝きを放っている。
だというのに、肝心のアリシアは何もかもがくすんだように色あせていた。
見事だった金髪は艶を失い、頬は化粧をしても隠し切れないほど血色が悪く、頬も体も、以前よりずいぶん細くなった気がする。
何より、以前はあれだけ力強く輝いていた緑色の瞳が、今は光を失い虚ろに宙を彷徨うばかり。
まるで一切の幸福と希望をはぎ取られたような、そんな顔をしていた。
なんと返していいかわからず、エマは悩んだ末に言葉を絞り出す。
「……わたくしはもとより気にしていませんので、どうか気にしないでください」
エマの言葉に、アリシアがまた深々と頭を下げた。
「エマ伯爵令嬢さまの、寛大なお心に深く感謝いたします」
その声は、まるで泣き叫んだあとのように乾いてかさついている。
エマは不安になって、右に立つアルヴィンを見た。
目が合った彼は、「だから言っただろう」と言わんばかりの表情だ。左にいるシスネは、アリシアのやつれた姿を見て今にも泣きだしそうになっている。
かすかすになってしまった声で、アリシアが続けた。
「私の間違った告発は、先日速やかに取り下げました」
その顔に生気はなく、見ている方が心配になるくらい。
「この度は、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この償いは私の生涯に代えても、必ず――」
「あの、それよりあなたは大丈夫なのですか?」
我慢しきれず、エマは口をはさんだ。その瞬間、アリシアの顔が強張る。
触れればすぐにでも倒れてしまいそうな彼女に、エマは慎重に言葉を重ねた。
「先ほども言った通り、わたくしは全然気にしていません。告発が取り下げられたのならそれで大丈夫です。ですがあなたは……アリシアさまは、大丈夫なのですか?」
アリシアは答えない。ただ痛みをこらえるように、ぎゅっと唇が引き結ばれただけ。
エマがもう一歩進み出た。
「あの……失礼を承知でお聞きしたいのですが、アリシアさまが婚約破棄をされたというのは、本当なのでしょうか?」
アリシアの大きな瞳が揺れた。
かと思うと瞬く間に目が潤み、一筋の涙が静かに頬を伝う。
彼女はゆっくりと口を開いた。




