第33話 シスネの証言 -前-
シスネが大変身を遂げた翌日。
フィッツクラレンス家の客室に、真剣な顔をしたシスネといつも通りのアルヴィン、それからエマの三人が座っていた。
今日のシロは侍女ではなく、オコジョの姿でアルヴィンの膝に着席している。もちろん、ソファの背もたれに止まっているシマエナガたちも含めて、シスネにその姿は見えていない。
そんな中で、アルヴィンが淡々と手元の書類を読み上げた。
「マリー・カレンベルク伯爵令嬢。アリシア嬢やシスネ嬢らの古い友人の一人で、エマが吊るしあげられた事件の一週間ほど前に婚約破棄をされている」
その言葉を聞きながら、エマは一人の令嬢を思い出していた。
エマが断罪されたパーティー。あの場で、「あなたのせいよ!」とエマを叩こうとしていた黒髪の令嬢。それがマリー・カレンベルク伯爵令嬢だった。だがそれ以外は、ぼんやりとしか思い出せない。
「そのマリー嬢が、エマを犯人だと証言している。――それで間違いないだろうか?」
アルヴィンに問われたシスネが、ぎゅっと手を握ってうなずく。
「はい。一番最初に『エマ伯爵令嬢がやった』と言ったのが、マリーさまだったんです」
アルヴィンが再び書類に目を落とす。
「私の方でも調べたが……マリー嬢以外の証言者である他の令嬢たちも、どうやら彼女に誘導される形でエマを犯人だと思い込んでいるようだ」
――半月前、独自に調査をしていたシスネが、「確信がつきました」と言って教えてくれたのがマリーの名だった。
それを聞いてアルヴィンが即座に調査を始め、その報告を待ちながらエマはシスネと減量に励んでいたのだ。
そしてアルヴィンから「結論が出た」と招集されたのが、今日。
「やはり、わたくしのせいで婚約破棄されたのを根に持っていたのでしょうか……」
エマが呟くと、すぐさまアルヴィンが否定する。
「いや、そういうわけではないようだ」
続くシスネも、難しい顔で言う。
「あたしも、最初はエマさまと同じことを思ったんです。でもマリーさまの元婚約者に話を聞きに行ったら、どうも違うみたいで……」
「違うのですか?」
エマの問いかけに、シスネは一瞬ためらったようだった。しばらく悩んだ末に、重い口が開かれる。
「……お友達のことを悪く言いたくないのですが……マリーさまは元々流行に敏感で、とてもおしゃれな方でした。その、誤解を恐れずに言うなら、派手なものがお好きで……」
「浪費家ということだな」
シスネが濁した言葉を、アルヴィンがあっさりと告げる。
「そ、そうとも言います……。でもマリーさまのおうちは伯爵家ですし、何も疑問に感じてなかったんです。ただ……」
そこで再びシスネが言葉を濁した。
言いにくいのだろう。察したアルヴィンが、引き継ぐように言った。
「どうやら遊ぶ金欲しさに、自分の持参金にまで手を付けたらしい。それが婚約者の家にも露呈して婚約破棄された、というわけだ」
「……ということは、わたくしは一切無関係だったと?」
「そういうことだな。かの家のお坊ちゃまはエマにのぼせ上っているが、それは婚約を破棄した後だったと本人が証言している」
エマはぱちくりとまばたきをする。
――全く理解ができなかった。
エマのせいで婚約破棄されたというのならまだ納得もいく。
だが今回の話を聞く限り、エマは完全に無関係だ。ソファに止まるシマエナガたちも、チルチル? と不思議そうに首をかしげている。
「あの、どうしてわたくしを犯人に仕立てようとしたのでしょう……。というかわたくし、ぶたれかけた気がするのですが……」
エマが呟くと、アルヴィンは目を細めた。
「全くもって腹立たしいが、それは本人を問い詰めるしかないだろうな。……だがその前に、もう一人会わなければいけない人物がいる」
その言葉に首を傾げ――すぐに思い当ってエマは顔を上げた。
「アリシアさまですね」
エマを犯人に仕立てようとしたのはマリーだが、エマを直接告発したのはアリシアだ。まずは彼女に会い、告発そのものを取り下げてもらう必要がある。
「すぐにでも行きましょう。わたくしはいつでも大丈夫です」
「そういうだろうと思って、この後約束を取り付けてある。シスネ嬢も同行して欲しい。君がいた方が話もしやすいだろう」
「はい! そのつもりです」
皆が立ち上がる中、アルヴィンがエマを見て言った。
「エマ、ひとつだけ言っておくことがある」
「なんでしょう?」
「今のアリシア嬢を見ても、驚かないように」
(アリシアさまを見ても、驚かない……?)
「なぜですか?」
理解ができず、エマは聞き返した。




