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第29話 アルヴィンのお姫さま -前- ★

 久しぶりの夜会。アルヴィンは濃紫(こむらさき)のドレスを着たエマの隣に立っていた。

 気付くと季節は夏の盛りから秋へと移り変わり、それに合わせて貴族たちの装いも秋色に染まっている。


 夕日色や葡萄色のドレスを眺めながら、エマがしみじみと口を開いた。


「振り返ってみれば一瞬の二か月でしたね。シスネさまはお元気にしているのでしょうか。合宿が終わってからなかなかお会いしていただけなかったのですけれど」

「今夜来ると言っていたのだろう? なら心配せずに待っていればいい」


 言いながら、アルヴィンはさりげなくエマに目を走らせた。


 彼女は今日、いつになく濃い化粧で決めている。

 絹を思わせる月白の髪に揺れるのは、アルヴィンが贈ったアメジストの髪飾り。澄んだ目元には濃紫のラインが引かれ、エマの硬質な美しさを引き立てている。


 色味の濃いドレスと化粧のおかげか、それとも元々の美貌のおかげか。体は小柄ながらもきりりとした佇まいには、目を離せなくなる迫力があった。


 アルヴィンが目を細める。


(前よりさらに綺麗になったな)


 出会った頃のエマも美しかったが、最近はその美貌にますます磨きがかかっている。ふわふわとしてどこか頼りなさそうだった風情に、凛とした落ち着きが加わったと言うのだろうか。


 少女が大人の階段を上るというのは、こういうことなのかもしれないとアルヴィンは密かに思った。


 それから何気なく会場の入り口に目をやり、「おや?」と呟く。


「エマ。あれは……シスネじゃないか?」


 そう言って指さしたのは、つややかな赤ワイン色の髪をした女性だ。


 くすみのあるモーブピンクのドレスは華やかすぎず可愛らしすぎず、シンプルな作り。それでいて体は、女性らしいまろみを帯びた扇情的なラインを描いていた。膨らむところはふくらみ、くびれるところはやわらかにくびれ、まるで名画に出てくる愛の女神のよう。


 しかし見覚えのある顔と、何よりアルヴィンにだけ見えるオーラはまぎれもなくシスネのものだった。顎や頬の肉が削ぎ落されて、別人に見えるくらいすっきりしている。


「シスネさま!?」


 エマが仰天していた。いや、エマだけではない。周りにいる男も女も、皆シスネを見てざわめいている。


「あれは誰だ?」

「あんな美しい方いたかしら……?」

「でもどこか見覚えがあるような」


 見れば、遠くにいるアリシアたちもいぶかしげに見つめている。

 無理もない。アルヴィンですら、彼女のオーラを覚えていなかったらすぐには気づかなかっただろう。


 きょろきょろと辺りを見渡していたシスネは、やがてエマを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。


「エマさま! お誘いを断ってばかりでごめんなさい、どうしてもびっくりさせたくて……ひとりでがんばっていたんです」


 言いながら、彼女がぽっと頬を赤らめる。


――強化合宿を終えたエマは、最近シスネと会えなくなったとぼやいていた。

 どの夜会にも姿を現さず、訪問も断り、唯一の連絡手段は手紙のみ。アルヴィンも不思議に思っていたのだが、今のシスネを見るに、どうやら全て今夜の為だったらしい。


 エマがずいと一歩近づく。その顔は相変わらず硬いが、瞳はらんらんと輝いていた。


「すばらしいです、シスネさま! 以前のあなたも素敵でしたが、今はまさに女神のような美しさですね」

「女神だなんて、そんな……!」


 だがそこまで言って、キッとエマの表情が険しくなる。


「ですが、ペースが速すぎます。さては、わたくしが渡したメニュー以上のことをなさっていますね?」


 途端、悪事がばれた子どものようにシスネが視線を泳がせた。


「そ、それは……その、早く成果を見せたくて……」


 どうやら、エマの言う“健康的な配分”以上のことを、シスネが独断で行っていたらしい。表情から察するに、彼女も怒られることをうすうす分かっていたのだろう。


 エマが詰め寄る。


「いいですか、シスネさま。努力家なのは感心ですが、無理をしすぎたら体に毒です。おまけに急激に体重を減らしてしまうと、その分戻りやすくもなってしまうのですよ? これからはくれぐれも、配分を守ってくださいね?」

「は、はい……」


 しゅんと肩を落とすシスネに、エマがおほん、と咳払いした。


「……でも、これだけ痩せられたのは、まちがいなくシスネさまの努力あってこそ。せっかくですから、今夜は存分に美しさを見せつけてやりましょう」

「エマさま……!」


 シスネが感極まったように瞳を潤ませた。


 少し離れたところでは、シスネだと気付いたらしいアリシアが歩いてくる。だが彼女がシスネにたどり着く前に、先に声をかけた人物がいた。


「シスネ!? 驚いたな……本当にシスネなのか?」


 そう言ったのは、体格のいい青年だ。


 アルヴィンよりさらに高い背丈に、肩幅はがっちりとしていかにも騎士向きな体型。顔は素朴ながら、その分人柄の良さがにじみ出ていた。


 シスネの頬が、ぽっと染まる。そのまま恥ずかしそうに、彼女はもじもじと身をくねらせた。


「ティム……」


 目の前の男性は、シスネの婚約者のティムだった。

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