第28話 雪遊びしましょう -後-
どんと背中に伝わる、彼の体。
「おい、大丈夫か」
上からアルヴィンの声が降ってきた。先ほどまで太陽があった位置に、今は陰になった彼の顔がある。
気づけばエマは後ろから抱えられる形で、アルヴィンの腕の中にいた。
ぱら、と彼の肩につもった雪が、エマの頬を濡らす。
逆光の中でも光る、透き通ったブルーの瞳。いつもよりやや乱れた黒髪はつややかで、雪で凍えた鼻の頭がかすかに赤くなっている。そのまま、アルヴィンはふっと笑った。
「まったく……俺のお姫さまは本当におてんばだな」
その笑顔がなぜかやたら眩しくて、エマは言葉を失った。
そんなエマを、アルヴィンは違う風にとらえたらしい。
「って悪い。この距離はダメだったな。わざとじゃないから怒るな、すぐに放す」
言いながら、エマの背中をぐいっと力強い手が押し上げる。
すぐさま最初から何事もなかったかのようにその場に立たされたエマは、そのままぼーっとそりの紐を握りしめていた。
「……ん? というかお前、熱ないか? 顔が赤いぞ」
「え」
わたくしが熱なんてまさか、という前に、アルヴィンの手が伸びてきた。
長い、けれど男らしく節くれだった指に前髪がかきあげられる。続いておでこにコツンと彼のおでこが当たった。青い目が、至近距離でエマの瞳をとらえている。
「ほら、やっぱり熱いじゃないか!」
「え? え?」
アルヴィンが慌てたように言った次の瞬間、ふわりとエマの体が持ち上がった。――彼に、お姫さまだっこされたのだ。
きゃー! と遠くから歓声が上がった。シスネだ。
そこへ、何事かと瞳孔を開かせたシロがぴょんぴょん飛び跳ねながらやってくる。シマエナガたちは落ちないよう、足で必死にシロの肩を掴んでいた。
「あらあらあら! どうされましたッ?」
アルヴィンがすぐさま答える。
「エマが熱を出している。このまま部屋まで連れて行くから、あとはシロが看てやってくれ」
「姫さまが、熱……?」
一瞬、シロが首をかしげた。それから何かさえずろうとしたシマエナガたちをすばやく腕の中に閉じ込め、にぱっとした笑顔を浮かべる。
「はぁい! かしこまりました! わたくしめが責任をもって看病いたしますので、どうぞお部屋にお連れしてください!」
その言葉に、アルヴィンがうなずいてからシスネたちを見た。
「悪い。そういうわけで今日はいったん解散だ」
えーっと声をあげるシスネの口を、リュセットがすばやくふさいだ。
「いえ、お気にせず。それよりエマさまお大事に」
そうしてにこにこしたリュセットと不満げなシスネに見送られながら、エマは抱っこされるがまま、部屋へと運ばれた。
運ばれる間も顔は相変わらず熱く、頭はぼうっとしている。体はカチコチに固まって、そのくせ心臓はバクバク。まるで本当に熱を出してしまったよう。
シロが急ぎ整えてくれたベッドに、アルヴィンが慎重に、壊れ物を置くようにそっとエマをおろす。そして手ずから手袋と外套、ブーツを脱がせて、すばやく布団をかけてくれた。
「今日はもう休むんだ。お前もずっと頑張っていたからな、疲れが出たのかもしれない。いいか、今日はもう筋トレしようなどと思うなよ?」
怖い顔で言われ、エマは赤くなったままの顔でこくこくとうなずく。
途端、ふっとアルヴィンの相貌がくずれた。彼の長い指が伸びてきて、エマの前髪をさら……と撫で上げる。どくん。また心臓が強く跳ねる。
「ほら、耳まで赤くなっている。早く治してまた合宿を再開しよう。俺だけじゃなくて、お前の新しいお友達も待っているからな」
「は、はい」
エマの返事に満足そうにうなずくと、アルヴィンは立ち上がった。
「シロ、後は頼んだ。裁判所の件は俺が進行を止めてある。あと三か月は余裕のはずだ」
「おや? 三か月もですか! さすがアルヴィンさまですね!」
「こういう時こそ、第二王子の権力を使わないとな」
「ふっふっふ。悪い顔をしてらっしゃいますねえ。でもわたくしめ、そういうの大好きでございますよ!」
何やら二人で悪い顔をしてから、アルヴィンは部屋から出て言った。その途端、シロに捕まっていたシマエナガたちがぴょんぴょんと腕から飛び出す。
解放された喜びに、小さなくちばしが一斉に震えた。
『姫さま、熱って本当!?』
『風邪引いてるの初めて見たぁ~!』
『病気にならないかと思ってたの~ぷぷぷ~』
エマの胸の上で跳ねるシマエナガたちを、シロはにやにやしながら見ている。
「そうなんですよねえ。姫さまは一族生粋の健康優良児。幼児の頃ですら熱は出したことないのに、まさかこのお年になって風邪を召されるとは。これはこれは、女王さまにご報告しないとですねぇ」
シロの言葉に、エマは黙ってふとんを引き上げた。まだまだ熱は、引きそうにない。




