第27話 雪遊びしましょう -前-
「趣向を変えて、今日はみんなで雪遊びをしましょう。適度な息抜きも大事ですからね」
すっかりおなじみとなった裏庭で、まるで雪国にいるような厚手の外套を着たエマが言った。その足にはブーツに、ご丁寧に手袋まではめてある。
「雪遊び……? あの、エマさま。今は七月ですよ……?」
カッと照り付ける太陽を前に、シスネがハンカチで汗を拭いながら言った。
彼女だけではない。暑くなり始めた気候に、リュセットもアルヴィンも袖をまくりあげている。太陽もさんさんと存在感を放っており、雪どころか雨の一滴ですら振らなさそうな天気だ。
それを、百も承知と言った顔のエマがうなずく。
「実はわたくし、魔法を使えます」
その言葉に、シスネが思い出したように「ああ」と呟いた。
「そういえば以前、アリシアさまのネックレスを直していましたね! あれはなんだったんだろうって、あの後エマさまの話で持ち切りだったんですよ」
シスネの言葉にエマはうなずき、ちらりとアルヴィンを見る。
今日のことはあらかじめ彼に相談してあった。
アルヴィンいわく、知られてまずいのはエマが金貨や宝石を作れる能力。雪を降らせるぐらいなら、今さら知られても大した害はないだろうというお墨付きをもらっていた。
だから今日は、エマにとって久々に思い切り魔法を使える日だ。最近は約束を守って魔法を使っていなかったため、腕が鳴るというもの。
エマは手袋をはめた手を天に掲げると、声高に叫んだ。
「祝福を!」
ぱぁっといつもの白い光が瞬き――次の瞬間、ゴッ! と、横殴りの吹雪が辺りを覆い隠した。
「待て待て! やりすぎだ! 凍え死ぬぞ!」
アルヴィンの声に、エマが慌てて魔法を止める。吹雪が止んだ先に見えたのは、頭や肩に雪を積もらせたシスネたちが言葉もなくがたがたと震えている姿。
「す、すみません。張り切りすぎました。もう一度……――祝福を」
加減を間違えないよう、慎重に、そっと魔力を調整する。
今度はいくぶん控えめな光が走ったかと思うと、どこからともなくふわり、ふわりと大粒の雪が降り始めた。
エマが糸を束ねるように数回手を動かすと、雪は瞬く間に一か所に集まってくる。みるみるうちに雪が降り積もり、その間にシロがアルヴィンたちに冬用の衣服を手渡していく。
やがてエマたちの前に現れたのは、アルヴィンの背よりも高い大きな雪山だ。裏庭一面を真っ白に染め上げた季節外れの雪を前に、冬服に着替えたシスネが歓声を上げる。
「すごいすごいすごい! こんな大きな雪山は初めて……! でも、あの、これで何をするの?」
「もちろん、滑ります!」
言いながらエマはいつの間に用意したのか、背後にある木製のそりを指した。
スパルクと呼ばれたそれは、エマの祖国でよく使われるそり。椅子の足に長い板をくっつけており、前の椅子に座って滑ってもよし、後ろに立って足で蹴って滑ってもよしの優れものだ。
「きゃー!!! 速い! 楽しいわ!」
「私、雪遊びなんて初めてです!」
冬服に着替えたシスネとリュセットが、きゃっきゃと声をあげながらそりに乗ってなだらかな雪山を滑っていく。その後ろから、シマエナガたちを抱えたシロがものすごい速さで追いかける。
「かっとばしますよッ! 落ちないよう、しっかり掴まっててくださいねッ!」
『姫さまの雪山久しぶりなのー!』
『たーのしーいっ』
『ぷぷぷ~! ぷぷぷ~!』
みんなの楽しそうな声に、エマも張り切って言った。
「次は二人乗りしましょう! 前に乗りたい方はいますか? イルネージュのおてんばと呼ばれたわたくしのそりさばきをお見せいたします!」
「エマ、祖国の名を言葉に出していいのか?」
あきれた顔をするアルヴィンに、エマがしまったと首をすくめる。
「そ、それは……それより! アルヴィンさまも一緒に遊びましょう! よかったら前に乗りますか!?」
誤魔化すように、エマはそりをひいてずんずんと近づいていく。それからそりを突き出そうとして、がさりという音とともに手が止まった。
どうやら雪に埋もれていた何かに、そりが引っかかってしまったらしい。
「む、何でしょうか……。えい……この……っ!」
なかなか抜けないことに躍起になって、エマが力強くひっぱったその時だった。バキッという音とともに、木ぞりが壊れてエマの体がぐらりと傾いだ。
「あっ!」
「危ない!」
この時エマは、完全に無防備だった。制止を失った体が勢いよく後ろにひっくり返り、真っ青な空と太陽が視界に映る。
(雪だから転んでもそんなに痛くはない――ってアルヴィンさまが後ろに!)
そう気づいた時、エマは既にアルヴィンの腕の中にいた。




