第25話 エマの隠れた特技
小さくため息をつきながら、エマが続ける。
「本音を言うならわたくし的には減量などして欲しくありませんが……そこはシスネさまの意思を尊重します。もし本当にそうしたいのであれば、お力になれると思います。こう見えて過去に何人もの方の減量を手伝ってきましたので」
「そうなのか?」
アルヴィンが尋ねれば、エマはうなずいた。
――こう見えて、痩せる方法には詳しいのだ。
なぜなら一時期母であるファスキナーティオの減量に散々付き合わされた挙句、それを知った国の女性たちの面倒を何度も見てきたからだった。
それが『姫さまに付き合って走り込みをしたら痩せられた』から始まり、『姫さまの食生活を真似するだけで痩せられた』だの尾ひれ背びれをつけられ、最後には『姫さまの肖像画を持っているだけで痩せる』という謎の流言にまで発展したことがある。
「そ、その人たちは痩せられたのですか?」
ごくりとつばを呑みながらシスネが尋ねた。その瞳には、先ほどまでなかったぎらぎらとした光が浮かんでいる。
「そうですね。おおむね半年ほどで、皆さま理想の体型になれたようです」
「長いな」
ぼそりと呟いたアルヴィンに、エマがむっとしたように振り向く。
「ですがアルヴィンさま、それ以上急ぐと体に毒です」
「それはわかるが、肝心の裁判所は半年も待ってくれないぞ」
「あ……」
いつのまにかシスネに熱中して忘れていたが、エマたちの目的は証言者を聞き出すことだ。
エマはすごすごと椅子に座った。
「そ、そうでした。わたくしたちは証言者を探さないといけないのでした……。でも、だからと言ってシスネさまを放っておくことなんてできません!」
「あの……そもそもなんであなたは、そんなにやる気を出してくれているの?」
くっと唇を噛むエマに、珍生物を見るような目でシスネが尋ねる。
「あたし……あなたのことを責めたのよ? 悪女って罵りもしたわ。証言者のことなら、他にも教えてくれる人はいるんでしょう。なのになんであたしに関わろうとするの? どう考えたってめんどくさいのに」
「それはあなたが“弱き者”だからです」
自嘲のこもった言葉に、エマは淡々と返した。
「あなたは外見のことで散々いじめられてきたのでしょう。決して醜くなんかないのに心無い言葉に傷つき、打ちのめされ、抑え込まれてきた。そのような方を前にして素通りするなんて、女王失格です」
(そもそも女性に向かって豚だなんて、聞くだけで腸が煮えくりかえるわ)
エマは憤慨した。
母といいエマを頼ってきた女性たちといい、彼女たちが体型維持のためにどれだけ悩み、苦しみ、一喜一憂してきたかを間近で見てきている。そんな彼女らの尊厳や努力を踏みにじるような言葉は、どうしても許せなかった。そもそもエマは、健康的な体型が好きなのだ。
(健康に害が出るほど太っているならともかく、女性特有の素晴らしいまろやかさを嘲笑うなんて)
シスネをいじめてきた人たちには、“お仕置き”……いや、“教育”をしなければ。
エマが密かに決意していると、困惑したシスネが口を開いた。
「あの、女王って……?」
「それは気にしないでくれ。彼女の信条みたいなものだから」
すかさずアルヴィンがフォローを入れる。
「どうかな。エマは君の減量を手伝いたいと思っているようだ。半年経ってから……となると彼女が間違って断罪される恐れもある。その前に証言者の名前だけ教えてくれれば、彼女は何の憂いもなく君に協力できると思うのだが」
アルヴィンがやんわりと、この機会に乗じて証言者の名を聞き出そうとしている。彼のぬかりなさにエマは感心した。
その言葉に思うところがあったのだろう。シスネがいつになく真剣な表情になり、それからゆっくりと口を開く。
「――やっぱりだめです」
脱力しそうになるのを、エマはなんとかこらえた。見ればアルヴィンの顔にも、貼り付けたような笑みが浮かんでいる。彼は彼で必死にこらえているらしい。
「……まあ駄目なものはしょうがない。色々と無理を言って悪かったね。帰ろうか、エマ――」
「待ってください!」
立ち上がろうとしたアルヴィンを引き留めたのはシスネだ。
彼女は焦ったように続けた。
「あたし、すぐにあなたたちに教えることはできません。だって言っていることが本当かもわからないでしょう。でも……あたしなりに調べてみることはできます。もし調べて……アリシアさまが本当に騙されているんだとわかった時は……その時はお伝えします」
それを聞いて、アルヴィンが満足げな笑みを浮かべる。
「なるほど。すぐに鵜呑みにしないのは賢い。――それで、その調査とやらにはどれだけ時間がかかるのかな? さっきも言ったが、裁判所からいつ連絡があるかわからない状態なんだ」
「えっと……それ、は……」
シスネが必死に考えていた。調べるとは言ったものの、具体的な数字を出すところまではいっていないらしい。エマが進み出る。
「あの、アルヴィンさまの力で、裁判を二か月伸ばすことはできませんか?」
「二か月? ……不可能ではない。だがなぜ?」
「どちらか片方だけを待たずに、同時に進行すればいいと思ったのです。我が家で筋肉強化合宿を行いながらシスネさまの方でも調査を続ければ、一石二鳥になるかと思います。基礎を理解すれば、以降はわたくしが付きそう必要もないので――」
「待ってくれ。さりげなく言っているけどなんなんだ、“筋肉強化合宿”って」
こめかみを押さえるアルヴィンに、シスネが必死にうなずいている。彼女も何かただならぬものを感じ取ったらしい。
エマは顔色を変えずにけろりと言った。
「筋肉強化合宿は筋肉強化合宿です。痩せるために脂肪を落としますが、再度太らないようにするため筋肉をつけるのも大事だとお母さまが言っていました。そのため最初の一か月間はわたくしと寝食を共にしていただき、睡眠、運動、食事のすべてをきっちり管理させていただきます」
やり手の家庭教師のように、エマの目がきらりと光る。それを見て、シスネがゴクッと唾を呑んだ。




