第24話 醜いシスネ -後-
言われてエマは手を放し、しぶしぶ席に座り直した。シスネはまだ衝撃から立ち直れていないらしく、肩ではあはあと息をしている。
「そういうわけでシスネ嬢、君はちっとも醜くないと私の婚約者が言っているようだが?」
アルヴィンの口調は完全に面白がっていた。
「あな……あなたたち、からかっているんでしょう!? どう考えてもあなたみたいな美人があたしを褒めるなんておかしいわ! 姉妹の中であたしだけ豚みたいって、ずっと笑われてきたのよ……!?」
「まあ、それで認識が歪んでしまわれたのですね。おかわいそうに」
横ではアルヴィンがもう我慢ならないと言うように、体を曲げて笑っていた。
ずるりとシスネが脱力する。
「あなた何を言っているの……。あたしは……あたしは醜いのよ……?」
誰かに答えを求めるような、自信のない声だった。
散々笑ったあとで、アルヴィンが目尻を拭いながら「とりあえず」と口を開く。
「二人の言い分をまとめるとこういうことか。シスネ嬢は自分を醜いと思っている。けれどエマと、それから私も君を醜く思ったことはないよ」
「でも……でもあたしは……。そんな急に醜くないなんて言われても信じられない!」
「こんなに素直な気持ちをお伝えしているのに信じていただけないとは……。アルヴィンさま、やはり周囲の影響なのでしょうか」
難しい顔をして、エマはアルヴィンに尋ねた。
「そうだな。周囲の人々の言葉は、よくも悪くも呪いになるものだ。シスネ嬢が美しいかどうかは置いておくにしても、少なくとも彼女は“自分は醜い”と思わされている」
「困りましたね。どうやったらその呪いは解けるのでしょう?」
真剣そのものの瞳でエマは聞いた。アルヴィンが、うーんと首をかしげる。
「……ほめ殺しとか?」
「ほめ殺し」
その言葉に、エマはくるりと振り向いた。大きな瞳がまっすぐシスネをとらえる。エマの口が開きかけたのを見て、シスネはヒッと叫びをあげた。
「だっ……だめよ! その、気持ちは嬉しいけど、あなたたちにほめられても信じられないわよ!」
「わたくしたちがダメということは、他の方ならいいのですか?」
エマが切り返せば、シスネは口ごもった。アルヴィンが思い出したように言う。
「そういえば君には婚約者がいたね。男爵家の長男坊だったかな」
「ならその方にほめてもらえるようお願いを――」
「やめて! ティムには絶対に言わないで!」
すぐさまシスネが否定した。その顔には、今までにはなかった本気の焦りが浮かんでいる。彼女は早口で続けた。
「ただでさえ、ティムにはあたしなんかが婚約者になって迷惑をかけているのよ。お願いだから彼を困らせるようなことはしないで!」
ぎゅっと手を握ったシスネの顔は必死だ。どうやら、婚約者のことを心配する気持ちは本気らしい。今までにない切実さに、エマは首をかしげながら言った。
「そもそもなぜあなたが婚約者で迷惑なのでしょう」
問いかけると、シスネがうなだれた。そんな彼女に助け船を出すように口を開いたのはアルヴィンだ。
「どういう事情で婚約したのかはわからないが、シスネ嬢が伯爵家であるのに対して、ティム殿の家は男爵。少なくともティム殿の方から婚約を断ることは難しいだろうな」
「階級制度、ということですね」
エマは呟いた。
オルブライト王国にある階級は主に五つ。偉い順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。
(確か家柄は、発言権を左右するほどに大事だと言っていたから……)
仮に男爵家であるティムが婚約を嫌がったとしても、シスネの生まれである伯爵家には逆らえない。ようやくそのことに思い当たって、エマは顔を上げた。目の前ではシスネが泣きそうな顔をしている。
「そうよ……。ただでさえ彼は『豚を押し付けられた』って周りにからかわれているの。せめて痩せて豚扱いから抜けたかったけど、全然ダメだったし……。それならこれ以上迷惑をかけたくないの!」
「痩せたかったんですか?」
その言葉を、エマは聞き逃さなかった。
「痩せてひどい言葉で呼ばれなくなったら、あなたの呪いは解けますか?」
ふたたび勢いよく身を乗り出してきたエマに、シスネが引き気味に答える。
「え、ええ……。そりゃあたしだって痩せられるなら痩せたいわよ。でもうまくいかなくって……」
「それだ、エマ」
アルヴィンがひらめいたように手を打った。
「お前の魔法で、シスネ嬢を理想の体型に変えられないのか?」
「そんな都合のいい魔法はありません」
エマはばっさりと切った。
「痩せたければ、地道に努力あるのみです。減量用の器具でしたら、作れなくはありませんが」
「いやそれもだいぶ都合よくできているけどな……」
解せない、という顔のアルヴィンを置いて、エマはシスネに向き合った。
それから自信に満ちた口調で言う。
「ならば、やりましょう。シスネさま。わたくしがあなたを、半年で理想の体型にしてみます」




