第15話 マスネ子爵家 -前-
「マスネ子爵家は、家柄としてはそこそこだ。肝心の子爵は商売のためにほとんど家を空けていて、普段は家令が切り盛りしている」
アルヴィンが歩きながら、後ろのエマに説明する。
それを熱心に聞きながら、エマは必死に名前を覚えようとした。
アリシアに断罪された時、ちゃんと名前を覚えていたらその場で反論できたかもしれないのだ。
今後はそういった部分にも気をつけなければ、と気合を入れる。
時刻は昼時を迎え、参加者たちのお腹もちょうどよく空いて来た頃合い。
誕生日パーティーは庭先で行われており、あちこちに設けられたテーブルに色とりどりの料理が並べられていた。
今日は三姉妹のうち、長女の誕生日だという。
主役である令嬢はこれでもかというくらいめかしこんで、満面の笑みで客人を出迎えていた。
アルヴィンが、マスネ子爵夫人とその娘二人に近づいていく。
「マスネ夫人、この度はご招待頂きありがとうございます。お誕生日にふさわしい晴れやかな天気。お嬢さんは天気の神さまからも愛されているようだ」
「まぁまぁ、ようこそアルヴィン殿下。本当に、目に入れても痛くない自慢の娘たちですわ。とは言えそろそろ、手放す覚悟もしなければとは思っているんですけれどもね。さ、お前たち。殿下にご挨拶を」
母親に促されて、娘たちがうやうやしくカーテシーを披露する。
その様子を、エマは少し離れたところで見ていた。
他の男性と比べたら、アルヴィンはずっと怖くない。人ひとり分の空間を空けてなら、近くに立つこともできる。
だが恋人のように腕を組んだり、横に並んで立ったりは未だできない。
だからアルヴィンに「ここで待っていてくれ」と言われた時エマは密かに安堵し、そんな自分にがっかりもしていた。
(婚約者なのに隣にも立てないなんて……情けないわ)
そんなエマに、侍女に扮したシロが囁いてくる。
「あっ姫さま! どうやらシマエナガたちがアリシアさまを見つけたみたいですよ」
と同時に、チルチルとさえずる声が聞こえた。
『姫さま見つけたよ! ここにいた!』
『取り巻きたちもみ〜んな一緒よ!』
『仲良しさんなの〜ぷぷぷ〜』
見れば庭の一角。シマエナガたちがくるくると輪を描きながら飛んでいる真下で、アリシアたちが白い丸テーブルを囲んでいた。
周りにはこの間エマに詰め寄った令嬢たちも座っている。アリシアに、ふくよかな令嬢に、黒髪の令嬢にほか数人。
「それじゃ、ダメ元で聞きにいってみるか」
いつの間にか戻ってきていたらしいアルヴィンの声が降ってきた。
きっちり人一人分の空間を空けながら、彼はエマにしか聞こえないよう声を抑えて言う。
「引き続きここで待っていてくれ。シロ、悪い虫がつかないよう頼んだぞ」
「はい! そちらはわたくしめにおまかせをッ! 変な輩が来たら水でもぶっかけてやります!」
「それはやめてくれ。あくまで穏便にな」
笑って、アルヴィンがアリシアたちの方へ歩いていく。
予想通り、令嬢たちは彼をあまり歓迎しなかった。エマが見守る中、アリシアが険しく顔をしかめている。
――とその時、エマの前を初老の男性が横切った。太陽の光に照らされて、きらりと彼の右目が光る。
「あっ!」
「姫さま、今の!」
気づいたのはエマだけではなかったらしい。シロもピンと首を伸ばして、家令っぽい身なりをした男性を見ている。
「今の方かもしれないわ。追いかけましょう!」
エマとシロは顔を見合わせてうなずくと、急いで男性を追いかけた。




