第14話 アルヴィンの白うさぎ -後-
「……ははっ」
「? どうしたのですか」
エマは怪訝な顔で尋ねた。
マスネ家の誕生日パーティーに向かう馬車の中、対角線上に座るアルヴィンが忍び笑いをもらしている。
「いや、ちょっと思い出し笑いをしていた。あの時夢見た白うさぎを捕まえられたのが嬉しくてな」
「白うさぎ?」
「ああ。全身真っ白で、ずっと抱きしめていたくなるようなかわいい白うさぎだ」
「それは……よかったですね?」
なおも笑い続けるアルヴィンを、エマは不思議そうに見つめた。
(そんなに嬉しいなんて、とても動物が好きなのかしら? シロたちのこともすんなり受け入れているし)
そういうシロは、エマの膝の上で幸せそうに仰向けになっている。アルヴィンの膝の上では、シマエナガたちが思い思いに毛づくろいをしていた。
「ところで、鏡の破片はあとどれくらい必要なんだ?」
「実は、もう大部分は見つけているんです」
エマは思い出しながら言う。
実物は厳重に保管されているが、ぽっかりと欠けた下の部分を除くと鏡はほとんど戻っているのだ。
「大きさ的には、あと二つか三つほどでしょうか」
「意外と少ないな」
「はい。ただ、最後の破片がなかなか見つからなくて……。マスネ家も何人かリストに載っていたので、見つかるとよいのですが」
考え込むエマに、アルヴィンがうなずいた。
「わかった。俺も気を付けて見てみよう。それともうひとつ、アリシア嬢から“証言者”を聞き出せるかどうかだが……こっちは教えてくれない可能性が高い」
「えっ! そうなのですか?」
アルヴィンの言葉に思わず眉をしかめる。
「この間の出来事で、俺とお前が恋仲だとバレただろう。敵に手のひら見せるようなお人よしは、まあいないだろうからな」
(……じゃあ何のために行くのかしら)
エマがじとっとした目で見ていると、彼がまた楽しそうに笑う。
「その顔、『じゃあ何のために行くんだ』とか思っているだろう」
「いえ、そんなわけでは」
(ばれている)
エマはさっと目を逸らした。またアルヴィンがくつくつと笑う声が聞こえる。
「みんなお前のことを怖いと言うが、案外わかりやすい」
そんなことはない、とエマが否定する前に、気持ちよさそうに伸びをしながらシロが言った。
「さすがアルヴィン殿下、よく見ておられますねぇ。姫さまは意外と顔に出るんですよ」
『そう! 姫さまは素直なんだ!』
『わかりやすいとも言うよね~』
『実はバレバレなの~ぷぷぷ~』
(そうだったの……?)
声には出さず密かにショックを受けていると、アルヴィンが「ほら、今度は落ち込んでいる」なんて言って笑う。
エマがむっすりと顔をしかめたところで、馬車が音を立てて止まった。
「着いたようだ」
アルヴィンが窓の外を確認して立ち上がる。
それから先に馬車を降りると、うやうやしく手を差し出した。婚約者として、エスコートしてくれるつもりらしい。
けれど、エマはそれを突っぱねた。
「手はだめです」
「エスコートするだけだぞ?」
「それでも、手はだめなのです!」
エマは真っ青になって否定した。
心臓がドクドクと暴れ、じんわり汗がにじんでくる。
後ろでポンッと音がしたかと思うと、三つ編みの侍女に扮したシロが慌てて顔を覗かせた。
「アルヴィン殿下っ! ここはどうぞご容赦を! 姫さまは男性恐怖症ですが、その中でも特に男性の手が苦手なんでございます!」
「そうなのか? ……わかった。なら俺はやめておこう。シロ、頼めるか」
「はいッ! わたくしめにお任せをッ!」
飛び出すように降りたシロの小さな手を、エマは掴んだ。まだ心臓がドキドキしている。
――自分でもわからない。たかが手ごときで、なぜこんなに震えるのか。
ただ覚えているのだ。エマに向かって手を差し出す男の子の姿を。
(あの男の子が、どうしてこんなにも怖いのかしら……)
その子の顔を思い出そうとすると、吹雪が視界を覆うように、いつもエマの頭は真っ白になってしまう。
「大丈夫か? 馬車の中も近かったからな……。無理はしなくていい。怖いなら俺だけ先に行こう」
アルヴィンの声に顔を上げると、彼は心配そうな顔でこちらを見ていた。エマがぐっと拳を握り締める。
(……いいえ、強くならねば。男性に怯えている場合ではないわ)
アルヴィンの提案を受け入れた以上、すぐには無理でも少しずつ男性恐怖症を克服していきたかった。
「大丈夫です。その、人ひとり分ぐらいの距離をあけてもらえれば」
「これくらいか?」
言いながら、アルヴィンが距離をあける。そこにはちょうど、人ひとりが入れそうな空間が開いていた。
「いえ、もっと。どちらかというと人ひとり寝そべれそうなほどの距離でお願いします」
「思ったより遠いな!」
すかさず突っ込んでくるアルヴィンに、エマはフフッと笑う。隣にいるシロが、エマの顔を見て「んまぁッ!」と声をあげた。




