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第12話 第二王子アルヴィンの回想 -後- ★

 エマは氷の悪女と呼ばれるだけあって、しょっちゅう物陰から男のことを見つめていた。


 子供から年寄り、使用人から貴族まで本当に見境がない。妙齢の令嬢の振る舞いとしては最悪だ。


 だがよくよく見ていると、どうも様子がおかしい。


 澄んだ瞳にあの気持ち悪いピンク色は見当たらず、悪巧みしている時のように黒く濁ることもなく、ただひたすら曇りなき眼で男性たちを()()いるだけ。


 おまけにその表情はだいぶ険しい。

 何に怒っているんだ? と聞きたくなるほど冷ややかで、あれに見つめられた人間は自分が一体何をしでかしたのか、内心ひやひやしているだろう。


 とてもじゃないが色目とは呼べなかった。


 一番驚いたのは、そんな振る舞いをしておきながら、彼女が意外と()()だったということだ。


(一体何なんだあの女は。謎すぎる)


 ある日のこと。社交界デビューしたてのまだ幼いとも言える令嬢が、緊張で飲み物をこぼした。

 キャッと小さな悲鳴が上がる中、真っ先に白いハンカチを差し出したのはエマだ。

 令嬢が染みを拭いている間に、彼女の姿は霞のように消えていた。


 またある時は、酔っぱらってひっくり返った令嬢を物陰に引きずり込んだかと思うと、侍女と一緒にせっせと看護をしていた。

 もちろん、令嬢の付き人を呼んでくるのも忘れない。どこから出したのか、ハンカチでくるんだ氷を令嬢の額に当てていた。


 別の日には、若い侍女にしつこく絡む男の前に立ち塞がったと思ったら、威圧感たっぷりに無言でひと睨み。

 気圧された男がすごすご退散すると、礼も聞かずにさっさと立ち去ってしまう。

 あまりの速さに、助けられた侍女はぽかんとしたまま。多分、誰に助けられたのかすらわかっていないだろう。


(氷の悪女が人助け? 何の冗談だ)


 予想外の行動に、日に日に視線が釘付けになっていく。


 気づけば義務として参加している退屈な催しが、何よりの楽しみになっていた。目的はもちろんエマを見つけることだ。


 そんなある日。どこぞの令息とどこぞの令嬢の婚約発表記念パーティーで、アルヴィンはいつも通りエマの姿を探していた。

 パーティーとつくものにはほぼ必ず彼女は現れるため、きっと今日もどこかにいるはずだ。


 室内は一通り探し回ったものの姿がない。では外だろうか、と人だかりから抜け出し一歩外に出る。


 季節は春の盛り。花々はその姿を見せつけんばかりに咲き誇り、新緑はいきいきと葉を伸ばしている。

 暖かな風が吹き抜ける中、家主が随分こだわったのだろう庭にアルヴィンは出ていた。


 ずらりと並んだ花の奥には生垣替わりの四角い常緑樹のオブジェ(トピアリー)が並び、小さな回廊を形作っている。


(――向こう側にも庭があるな)


 奥には、開けた庭園が見えていた。

 とりあえずそちらも見てみようと回廊の半ばまで歩いたところで、アルヴィンを呼ぶ声がした。


「アルヴィン殿下っ!」


 どこか切羽詰まった、若い女性の高い声。

 振り返ったアルヴィンが目にしたのは、婚約発表パーティーの主役であるはずの令嬢だ。


 庇護欲を掻き立てられる小動物的な雰囲気に、ふわふわとしたピンクブロンド。おそろいの色のドレス。


 先ほどまで幸せいっぱいに微笑んでいたはずの顔には困惑と、それでいてどこか媚びた表情が浮かんでいる。

 その瞳を、熟れすぎたサクランボのように毒々しいピンク色が覆っていた。


 経験上、こういう時の女性は危険だった。


「……これはこれは。どうなさいました? あなたは今日の主役。部屋の中にいなくていいのですか?」


 営業用スマイルを貼りつけながら、遠回しに帰るよう促す。

 令嬢は困った表情をそのままに、そっと隣の生垣を指さした。


「実は婚約指輪が少し緩かったみたいで、つまずいた時に落としちゃったんです。……アルヴィン殿下、拾っていただけないですか?」


 その言葉につられて覗き込むと、なるほど、確かに生垣の奥に目当てのものがあった。

 奥の常緑樹と壁の間にはぽっかりと空間ができており、その上に光る指輪らしきものが落ちている。


(となると……助けるしかなさそうだな)


 いくらなんでも、生垣の間にドレスを着た令嬢を入らせるわけにはいかない。


「わかりました、しばしお待ちを」


 アルヴィンは花を踏まないよう気をつけながら草木をかきわける。それから、かがんで婚約指輪を掴もうとした時だった。


 ドンッ! と後ろからものすごい勢いで突き飛ばされたのは。


「うわっ!?」


 とっさに片腕で受け身をとったが、転がる場所を狙う余裕はない。バキバキと音を立てて枝や葉を破壊しながら、アルヴィンは斜め前にごろりと転がった。

 仰向けになり、すぐさま手をついて起き上がろうとしたところで、お腹の上にドシンッとのしかかられる。


「ご令嬢!?」


 信じられない気持ちで、アルヴィンは自分の腹に乗る女性を見つめた。


 そこにいたのは、先ほど潤んだ瞳で「助けて」と言った少女ではない。

 いるのはアルヴィンを逃さないよう全身を使って地面に縫い付け、不気味なピンク色の瞳で見下ろす女だけ。


「ああ、アルヴィンさま……。ずっとお慕いしておりました。どうか、結婚する前にひとときのお情けをくださいっ……!」


 アルヴィンの気持ち丸無視の、うっとりとした声。


 令嬢は完全に自分の世界に入っていた。

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