第10話 ファスキナーティオ・ダイヤ -後-
「そうです。……お母さまのダイヤとは違うでしょう?」
エマは母ほどの技術を持ち合わせていない。母のダイヤが名前をつけて呼ばれる高品質なものだとしても、エマはまだその領域まで届いていなかった。
事実、このダイヤも少し失敗してしまったのである。
「違うも何も、この小ささでもわかる輝きに透明度、間違いなくファスキナーティオ・ダイヤだ。さらにこの青色……! これはダイヤの中でもさらに希少なブルーダイヤなんだぞ!?」
気色ばむアルヴィンとは反対に、エマはきょとんと首をかしげた。
「ブルーダイヤ……? この失敗作がですか?」
「失敗作なんてとんでもない。お前、これを売ったらいくらになると思う?」
問われて、エマたちは揃って首を振った。シロもその辺りはよくわかっていないらしい。
「平民なら、一生生活に困らないな」
「これがですか!?」
エマが叫び、シロが「ヒェッ!」と白目をむく。
たわむれに作った小さな宝石が、まさかそんな価値を秘めていたなんて。
『すごい! さすが姫様です!』
『ねえ、これ売ってみんなで遊びに行こうよ!』
『すごいの~大金持ちなの~ぷぷぷ~』
シマエナガたちが興奮し、肩の上でぴょんこぴょんこと跳ねる。
アルヴィンは彼らが落ちないよう軽く手で押さえてやりながら言った。
「ファスキナーティオ・ダイヤはそれだけ貴重なんだ。品質もさることながら、何よりダイヤ自体がほとんど出回っていない。この国の王妃ですら、持っているのは指輪一つだけだ」
言いながらアルヴィンはなおもダイヤを検分した。
横から見てみたり、斜めに掲げてみたり、下から覗き込んでみたり。
見つめすぎて溶けるんじゃないかと心配になるぐらい調べている。
「人がこれを作っているなんてにわかには信じ難いな……。そもそも鉱物を作れる魔法なんて聞いたことがない。一体どういう原理だ?」
「そうなのですか? 訓練を積んだ魔法使いなら作れるのかと思っていました」
「訓練?」
「はい」
エマはすうと息を吸い込んだ。
「最初に素材を自分に取り込むんです。ひたすら触ったり舐めたり、時には食べたり、完全に自分の一部として一体化するまで、何日も何日もひたすら一緒に過ごすんです。そうするとだんだん夢に見るようになって、幻覚も見えるようになって、聞こえないはずの声も聞こえるようになって、最後には常に感触を感じられるようになるんです。その状態で素材の声に耳を傾け魔法を発動させると――」
「待て待て待て、もういい! 十分だ!」
憑りつかれたようにしゃべり続けるエマを、アルヴィンが慌ててさえぎった。
隣ではシロやシマエナガたちがハラハラした顔でこちらを見ている。
エマは話を止められて、少しだけ傷ついた顔をした。――いつもそうなのだ。エマが雪の創成魔法の話をしだすと、なぜかみんな引いた顔をする。
「残念だが、俺に説明されても何がなんだかさっぱりだ。だが常人がそれを実践したところでブルーダイヤは作れないし、おそらく魔法使いも無理だろう。でなきゃあんなに高価になるわけがない」
「さすがアルヴィンさまッ! 鋭い見立てですね。実はその通りなんですよ!」
訳知り顔にうなずいたのはシロだ。
「この素晴らしい創成魔法が使えるのは、王国でも女王さまと姫さまだけ。つまり雪の女王一族だけなのです!」
「知らなかったわ……」
エマが小声でつぶやく。民たちが魔法を使えないのは知っていたが、まさか他の魔法使いたちも使えないなんて。
「創成魔法って言ったな……。もしかして、訓練とやらを積めばなんでも作れるようなるのか? 例えば金貨とか」
アルヴィンの質問に、エマがパッと顔を輝かせる。
創成魔法はエマが一番得意とするもの。今度は引かれないよう、慎重に言葉を選びながら話す。
「なんでもではないですが、金貨は作れます。金属のように硬いものは相性がよくて簡単なんです。逆に柔らかいものは苦手で……。生き物は全く作れません」
「そうか……」
エマの言葉に、アルヴィンが考え込む。それから目を細め、低い声で言う。
「いいか。親切で言うが、魔法のことは絶対俺以外には言うな。さっきみたいにみんなの前で使うのもダメだ。これ以上面倒なことに巻き込まれたくなかったらな」
「それがようございますよ! 姫さま!」
うんうんとシロもうなずいていた。シマエナガたちはわかっているのかわかっていないのか、ジルルルと陽気にさえずっている。
「わ、わかりました」
エマがこくんとうなずく。
この国の事情に関しては、悔しいが圧倒的にアルヴィンの方が詳しい。おまけにシロも同意しているのなら、つまりはそう言うことなのだろう。
(そしてダイヤでこれだけ騒がれるということは……あれは絶対に漏らさないようにしなくては)
うっかり色々話しすぎてしまったが、そんなエマにもひとつだけアルヴィンに言っていない魔法があった。
雪の女王一族に関わる、とても大事な魔法。
それだけは何が何でも秘密にしようと、エマはひっそりと心に決めたのだった。




