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第1話 悪女(?)エマ

 パーティーの華やかな空気を切り裂くように、少女の高らかな声が響いた。


「エマ・フィッツクラレンス伯爵令嬢。あなたの悪事を王立裁判所に告発しました! 断罪されるのも時間の問題よ!」


 ホールで談笑していた人々が何事かと振り返る。

 初夏の日に照らされたシャンデリアが煌めく中、数人の令嬢を従えて女王のように立つ少女がいた。


 濃緑(こみどり)の瞳に怒りを露わにしているのは、この国有数の大貴族・バシュレ公爵家の長女アリシア。


 プラチナブロンドと赤いドレスにはこれでもかと金銀細工が飾り付けられ、まるで歩く宝石箱のよう。

 普通なら宝石の輝きに負けてしまいそうなところだが、アリシアは衣装に見劣りしない華やかな美貌を持っていた。


「……もしかして、わたくしのことでしょうか」


 答えたのは、青のドレスを着たこちらも作り物めいた美しい少女。


 月の光を思わせる青みがかった白髪に、長い睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳。

 小さな鼻と口は整いすぎて冷たい印象すら与え、雪のように白い肌と相まって精巧な人形を見ているようだ。


 唯一、怒ったようにつり上がった眉が、彼女が生身の人間であることを示していた。


「ええ、あなた以外に誰がいると思っているの? エマ伯爵令嬢」


 アリシアがイライラしたようにもう一度名前を呼んだ。その目が、暗に何度も言わせないでと語っている。


(どうやら、本当にわたくしのことを言っているみたい)


 エマは困って見つめ返した。

 なぜ名指しされているのか、さっぱり分からなかったのだ。


 そんなエマの気持ちを読み取ったのか、アリシアがふんと鼻を鳴らす。


「……その“何のことかわかりません”って顔、すごく腹が立ちますわね。いいわ、ならみなさまにあなたの罪を聞かせてあげましょう!」


 アリシアは大きく息を吸ったかと思うと、朗々とした声で張り上げた。


「エマ伯爵令嬢! あなたは婚約者がいることを知りながら、数多(あまた)の殿方に色目を使ってきたそうですわね!」

「彼女はいつも、舐め回すように見ていました!」


 アリシアとともに声高に叫んだのは、後ろから顔を覗かせたふくよかな令嬢。

 締め付けられた桃色のドレスから、ところどころぷにっと盛り出た肉が存在感を主張している。


「あの、確かに見ていましたが別に色目を使ったわけではなく」


 とあるものの破片が刺さっていないか探していたのです、というエマの言葉は、アリシアの大きな声によってかき消される。


「その上色目だけじゃ飽き足らず、言葉に出すのも(はばか)られるような方法で彼らを籠絡(ろうらく)して……なんとふしだらな! あなたが魅了した殿方によって、婚約破棄された方までいるのですよ!」


 ワッと、叫びにも似た泣き声が上がった。

 見れば、アリシアの後ろにいる黒髪の令嬢が顔を覆って泣き出している。どうやら婚約破棄されたのは彼女らしい。ふくよかな令嬢が慌てて彼女を慰める。


「あの、魅了とはいったい。ふしだらも何も、わたくしは指一本触れておりませんが」


 確かに目当ての破片を見つけた時、エマは侍女と一緒にほんの少しだけ彼らに近づいた。

 だが誓って指一本触れていない。正確には()()()()()()()()()のだ。


「そして極め付けは、私に対する数々の嫌がらせ! オスカー殿下があなたになびかない腹いせだと思い、寛大な心で見過ごしてきましたが、流石にこれはやりすぎですわ!」


 そう言うと、アリシアはずいと手を突き出した。


 彼女の手のひらには、白いハンカチに載せられたたくさんのダイヤが輝いている。

 恐らく元はネックレスだったのだろう。千切れた銀の鎖が垂れ下がっていた。


「すごい。見事なお品ですね」


 エマがまじまじとダイヤモンドを見つめて言う。


(これだけ大きなダイヤ、()()()のはお母さまぐらいだわ。わたくしも練習したけれど、雀の涙ほどの大きさがやっとだったもの)


 と呑気に考えていたら、その態度が火に油を注いだらしい。

 アリシアがぐしゃりと、ダイヤを握りつぶさんばかりの勢いで拳を握る。目には怒りの炎が燃え立っていた。


「白々しい……! 婚約の証にオスカー殿下から頂いたものを、壊したのは他でもないあなたでしょうに!」

「わたくしですか? ……全く身に覚えがないのですが」


 エマは正直に答えた。そもそも今初めてネックレスの存在を知ったのに、バラバラにできるわけがない。


「お黙りなさい! あなたが私の部屋から出てきたのを見た方がいるのです。その後部屋に入ったら、これがバラバラに! あなたが犯人じゃないのなら、他に誰が犯人だと言うの!?」

「わたくしが、あなたのお部屋に……?」


 アリシアの言葉に、エマが顔をしかめる。


(ええと、確かこの方はバシュレ公爵家……の方でしたよね? おうちに行ったことがあったかしら)


 バシュレ公爵家、バシュレ公爵家、と頭の中で繰り返してみるものの、さっぱり思い出せない。


 ここ最近、エマはあちこちのパーティーに片っぱしから参加しているせいで、どれが誰の家だったかよく覚えていないのだ。


「……に、にらんでも無駄ですからね!」


 怯んだようにアリシアが言った。

 にらんでいるのではなく考えているだけですと弁明したかったが、それより早くアリシアが叫ぶ。


「お前などには負けませんよ、この悪女!」


 加勢のつもりなのか、先ほどのふくよかな令嬢も体を乗り出してくる。


「そうよ。あなたが悪女だというのは、もうみんな知っているんだから!」


 “悪女”。


 その言葉に、今度こそエマは目を丸くした。

 顎に手をあて、困ったように呟く。




「――まあ。どうしてわたくしが悪女だとバレたんですか?」

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