風船を割ったのは誰だ!?
今日は夏祭り。
大好きなあの子と一緒に祭りだ!
「あんた、少しはこじゃれた格好をしなさい」
「え。革ジャンとジーパンて最強じゃない?」
俺の格好は最強だと思うのだけれど。
姉はそうじゃないと言う。
しかたなく、いつも着ているようなTシャツとジーパンを用意する。
「浴衣とかはないの?」
「浴衣、なるほど!」
俺は急いで浴衣を用意する。
着替えが終わると姉が近寄ってきて、確認をする。
「うん。これでモテモテだ」
そう言って手首にシュッと香水をつける。
「これって姉ちゃんのお気に入りの!」
「そうよ。だから頑張ってきなさい」
匂いをかぐ。レモンのいい香りだ。
これで準備万端。
俺は夏祭りデートにおもむく。
祭りの会場は中央公園にある。家が三軒分くらいありそうな広さだ。
その会場の入り口は俺と同じように待ち合わせしている人でごった返している。
浴衣姿の女の子も多い。
しかし、俺の目当ての子はまだ顔を見せていない。
「亜衣ちゃん、まだかな……?」
そわそわしながら、待つこと二十分。
あ。ようやく待ち時間になった。二十分前行動は早すぎたかな?
でも今日は初のデート。そりゃ舞い上がるってもんよ。
うんうんと自分に言い聞かせていると、駆け寄ってくる一人の女の子がやってくる。
「ごめん。遅れた?」
見た目は小柄だが、出るところは出ている。いわゆるロリ巨乳という体型だ。
薄い青い色の浴衣がとてもよく似合っている。
ハートの髪飾りが彼女にはとてもよく似合っている。
小動物感あふれているからな。
「いや、今来たところ」
「本当かな~?」
軽口をたたく亜衣に「行くぞ」とぶっきらぼうに言い、祭りの会場に向かう。
「あ。待ってよ。もう」
ふくれっ面になる亜衣も可愛いな。
「今、何を考えていたのかな?」
「え、いいや、別にたいしたことじゃねーよ?」
「本当かな~?」
「まあ、その姿、可愛いと思ったけど……」
言った! 言っちゃった。これで退かれなければいいのだけど。
「そ、そっか。ありがと……」
まんざらでもない様子で、ほっと撫で下ろす。
「あ。射撃でもやる?」
「男の子って……」
「あの人形をとってやるよ!」
「待って。その隣の可愛いやつでお願い」
「え……。あれ?」
俺は最初に狙っていたもふもふのウサギ人形よりも、隣にあるゴリラの人形なのか?
え。あれって可愛い、のか?
「早く、撃ち落としてよ~」
ニヤニヤする亜衣に、気合いを入れ直す俺。
「よし。そこまで言うなら後悔するなよ!」
ぱんっとコルク銃から放たれるコルクは緩やかに回転を描き、やがて吸い込まれるようにしてゴリラの頭にヒット。
その重心を崩した形から、倒れ、棚から落ちていく。
「よっしゃ!」
「へぇ~。本当にあてちゃうんだ」
「どうだ。すごいだろ?」
「じゃあ、あっちの吹き矢は?」
「え。ちょ、ちょっと?」
「それとも、こっちのクレー射撃がいいかな?」
「俺はそんなのできないぞ!」
「それとも、クレープ? 焼きそば? わたあめかな~?」
「腹の減り具合からしてフランクフルトがいいな」
「ふふ。じゃあ、一緒にいこ」
「お、おう」
フランクフルトを買い、口に運ぶ。
パキッと音を立ててはじける肉汁はうまい。
「しかし、亜衣ちゃんと一緒に祭りに来られるなんて、幸せだ~」
「ふっふ。そう言ってもらえると嬉しい」
「聴いていたのかい? はず」
「そりゃ、あんなに大きな声、聞き流すわけがないよ」
亜衣がこちらを向き目を伏せる。
これって。
キス待ち!?
まさか伝説の?
実在したんだ。こんなにも胸がバクバクいって止まらなくなるなんて!
なんて日だ。
俺はそっと近寄り、その唇に触れようとした時、
「はっくっちゅん」
盛大にくしゃみをした。
「あ。ごめん! すぐに拭くね」
亜衣が困った顔をして、ハンカチを鞄からとりだす。
顔についた水滴(何とは言わないが)を拭く亜衣ちゃん。
「嫌い、になっちゃった?」
「大丈夫だ。問題ない」
「それって問題があるときに使うんだよな~」
「むむむ……」
「て。ごめんね。私が吹き出したせいで」
「いや、もういいって」
「私、プレゼントがあるから!」
「え。なに?」
「さてと。ここからが本番だよ! 明智くん」
そう言って亜衣ちゃんは的当てを、クレー射撃を超えて、その先にある風船屋に回る。
ちなみに俺の名前は明智だ。まるで名探偵の助手のような気分だ。
「私が欲しいのはこれ!」
指さした風船はごく平凡のものに見える。
「本当にこれがプレゼントでいいのか?」
「これでいい。これがいいの」
膨らませて行くと徐々に形が分かってくる。
それは♡だ。
愛の形をした♡だ。
「ふふ。知っている? この祭りでは♡を送り会うと、その恋は成就するんだって」
「だから、俺に? ハートを?」
「うん。受け取ってくれるかな?」
「わ、分かった」
緊張のあまり手が震えるが、しっかりと風船を受け取る。
「ありがと!」
俺は精一杯の笑顔で風船を受け取る。
と、パンっという音ともに、風船がはじけ飛ぶ。
「あ、ああ~……」
言葉にならない悲鳴を上げ、俺はその場に崩れ落ちる。
「な、なにが起きたというの!?」
「こ、これは事件だ。ハートの風船は俺の夢でもあった。その瞬間を奪うなんて!」
俺は空気を吸いこみ、大声で叫ぶ。
「許せない!」
こうして俺と助手《亜衣》による「風船割り事件」を解くこととなった。
※※※
「まず怪しいのはクレー射撃だな。どうしてやったのか自供しろ!」
「はぁ? 営業妨害も甚だしいね。帰った帰った」
「ぐぬぬ。じゃあ次は射的だ」
「うちのはコルク銃だ。風船に当たっても破裂はしないだろう」
「確かに。じゃあ、吹き矢は?」
「確かにうちのは細い槍みたいなものだからね。確かに風船を割ることができるだろうね」
「だろだろ!」
「でもね。この距離から風船を狙うなんて、素人には無理だ」
祭りの端と端。というか、間には他の屋台も立ち並んでいる。一直線でない以上、当てるのは至難の業。
「確かに……。じゃあ、犯人はどうやって風船を割ったんだ?」
「知らんよ」
「検索でもしてみる? 同様の事件が起こっているかも」
とナイスアイデアを出す亜衣ちゃん。
「いいね。風船、割れるで検索してみるよ」
「ん。明智くん。なんだか良い香りがするね。香水?」
「ああ。姉にもらったんだ。いいだろ?」
「うん。柑橘系の、爽やかな香りでいいね」
「だろ! さすが亜衣ちゃん!」
「あれ? でも待って……」
亜衣ちゃんが本気になり、スマホで調べ物を始める。
「あった! これ。『レモンやオレンジにはリモネンという風船を溶かす物質が含まれています』って」
「え! じゃあ、俺のせい!? それで風船が割れたの!?」
「そうみたい」
「じゃあ、最初からこの事件の犯人なんていなかったんだ……」
「残念だよ、明智くん。私からのプレゼントを壊すなんて」
「ご、ごめん。本来なら額縁に飾っておくところを!」
「そんなバカな話があるかい! 風船飾ってもしょうもないやろ」
「で、でも……」
「あー。しょうがない。これをあげる」
亜衣ちゃんは髪飾りの一つをとり、俺に渡してくる。
その髪飾りは♡を模している。
「ああ! ありがとう。これで心置きなく結婚できるね!」
「なっ! その前に付き合いなさいよ!」
「ふふ。そうだね。付き合おう。俺と亜衣で幸せな道を進もう」
「もう。恥ずかしいことばかり言って。まあ、それでも嬉しいけど……」
尻すぼみになっていく亜衣は可愛いな。
俺たちもいずれ、幸せな家庭を築くのだろうか?
きっと未来は明るい。
花火が夜空を彩る。