ナポリタン
高校の卒業式を終えて、いつもバイトをしているお店へ。
「準備は?」
「大丈夫です」
短いやり取りだけ済ませると「じゃあ、行こう」と言われて頷く。
荷物は持っていけないらしく、身一つでいくしかない。
バイトしているお店の裏口の少し先。いつもは壁の所に陰で作ったような黒い枠が。それは本当に壁に上手く書かれた絵にしか見えない扉。
ガチャッと家の扉を開くような音で引き戸を開けると先は見えない。自分の記憶にある何かを当てはめるとするなら、青くなったネコ型ロボットの不思議なポケットの中の様な不思議な模様がうねうねとしている。
「トンネルを抜ける程度。少し歩けばすぐだから大丈夫だよ」
扉を開けた本人は何事もなかったように、扉の中で僕を待って言います。
「は、はい」
「ほら、おいで」
大きく息を吸いこんで長く吐く。そして息をピタリと止めて勢いで右足を前に。うねうねは思っていたような感触と違って、普通の道と何も変わりないのだが、それが逆に少し怖い。
ただ、勢いがあったのが良かったのか右足の後にすぐに左足が出たのでそのまま歩ける。
「もう少しすれば抜けるからね。そう言えば今日は何を作ってくれるんだい?」
「え、あーシンプルにしようかと」
こんな仕事にありつけるとは思っていなかった。
そもそも本当に?とつい数秒前まで半分程度疑っていたぐらいだ。
「最初だから豪華にしてくれてもいいのだよ?」
「最初から飛ばすと大変だって、マスターが」
「流石はマスター。ああ、あとで預かっている紙があるからそれを渡すよ」
他愛もない会話をしていると、
「そろそろかな」
そういって目を凝らせば何となく入り口と同じような陰でできた黒い枠が見えて来る。
「ここを出れば到着だ。さ、いくよ」
促されるままに僕は最初の一歩を踏み出します。
「到着だ」
扉を抜けた先は何処かの街。
入った所とは明らかに違う、知らない街。
「賑やかですね」
「お昼前だからね。職場に案内するよ」
案内されるままについていくと、一軒の家が。
「ここが君の家で、職場だ」
ただの一軒家。少しだけ街の喧騒からは離れますが、良く言えば静かな住宅街。
扉を開けて中に入れば、そこはかなりいい感じのキッチンが。
「ここはお店と殆ど一緒。調味料等も置いてある場所は大体一緒のハズだよ」
「うわぁ」
どれもこれもが新品なのでキラリと光ります。
キッチンにある扉を一つずつ開けると中には色々な調理器具。それもお店と同じ位置で置いてあります。
「お、缶詰も?」
「勿論」
サバ缶、カニ缶、焼き鳥の缶詰やトマト缶。色々な缶詰めもギッシリ準備されています。
「冷蔵庫の中は?」
「三種のお肉に野菜もしっかりと準備済みだよ」
ココが僕の新しい職場。
「じゃあ、早速今日のお昼をお願いしようかな」
「はーい」
とりあえず新しい職場での一食目を作ることに。
「さて、今日なにつくろう?」
シンプルな何かを作るとは言っていましたが、食材もどういうモノがあるのか分かっていなかったので、何も考えていませんでした。
蓋を開けてみればいつもの厨房で調理ができるうえ、食材もしっかり準備されていたので少しだけ考えてアレを作ることに。
「よし、決めた」
まずは少し大きめの鍋、新しいものなので一度洗ってから使うので時間も少しかかります。同じ理由で鉄製のフライパンもあるようですが、家にある様な普通のフライパンで今日はとりあえず作ることに。
調理具を洗って、野菜を出す前に確認を。
「今日は何人分にします?」
「あー、そうだね。とりあえず初日だから私の分だけで大丈夫。いや、君の分も一緒に作ればいいから、二人分かな?」
「分かりました。すぐ作りますね」
人数がきまれば、水分量も決まったようなもの。
大きめの鍋にある程度しっかりと水を入れて沸騰させます。
その間にウインナーは食べやすい大きさにして、ピーマンはヘタを取って種を抜いてこちらは少し薄めにスライス。タマネギは食感も欲しいので適当な大きさに。
お湯が沸いたら、塩をしっかりと入れて乾燥パスタを。表示通りの時間で大丈夫。タイマーをセットして、具材を炒めます。
フライパンにバターを入れて、ウインナー、ピーマン、タマネギを一緒に入れて強火で一気に炒めます。全体的に野菜がしんなりしてきたら次は味付けなのですが、野菜を火から下します。
同じフライパンにケチャップをたっぷりと。ケチャップの水分を飛ばせば飛ばす程味が凝縮されて美味しくなります。
パッと見ても減ったのが分かる程度にケチャップを炒めたら、野菜を戻して全体的な味付けも。塩、コショウ、ソースを入れて炒めて後は茹で上がった麺を一緒に炒めれば今日のランチの完成です。
「お待たせしました。今日のランチ“ナポリタン”です」
サラダやスープもつけたいところですが、シンプルにと伝えたので今日は単品で楽しんでもらう事に。
「今日はナポリタンか。シンプルだけどいいね」
出ている湯気を吸って、顔を綻ばせる知り合い。
「食べていいかい?」
「ええ。どうぞ」
「いただきます」
お皿にドカンと乗っているナポリタンをフォークで食べる知り合い。
「美味いなぁ。そうそう。こういう味だよな」
ケチャップをしっかり炒めた事が今日の決め手。炒めが足りないとベチャっとしてしまいます。
「折角だから一緒に食べよう」
自分の分をよそって、厨房で食べようかと思ったのですがそう言われてはその通りにしましょうか。
「はい。いただきます」
返事をして、パクリと一口。
味見とは違って、しっかりと食べられるので口いっぱい美味しくなります。
「私の目に狂いはなかったね」
「そうなんです?」
「まぁね。君が来てくれて本当に助かるよ。あそこは行くのが大変でねぇ」
雑談をしながら、ナポリタンを食べ終えるとお茶を用意します。
「どうだい?やっていけるかな?」
「んー、まだ何とも。今の所はアルバイトの時と一緒程度ですから」
「そうだったね。じゃあ、えーっとコレがマスターからのメモと、軽く説明をしようか」
一枚のメモを渡されて、後で読んでと言われると説明が始まります。
「まあ実感はあまりないかもしれないけど、ここは異世界だからね。最初に伝えた通り、魔法もここならば使えるよ」
「魔法っ!!」
それにつられてこっちに来たので、やはりそれがあるというだけでうれしいもの。
「マスターが自分で色々さがしなさいと言っていたから、詳しい説明はあまりできないんだよね」
「色々探す?ですか?」
「そそ。どうしてもやっちゃいけない事とかは殆どないから。その時は言うかもしれないけど、自分で色々試して色々やるといいと思う。地球には無かった魔力って概念がこっちにはあるから。魔力を上手い事使って、魔法を楽しんで」
「とりあえず属性の話だけしておくと、火、水、風、土。その上に光、闇と全部で六属性」
言いながら、指をくるりと回すと火の玉、水の玉、土の塊、小さな竜巻が。さらにもう一度クルリと回すと、光る剣と闇の盾が出てきて最後にもう一度クルリと回すと何もなかったかのようにそれが消えます。
「連れてきた時に言った様に、一日一回。お昼ぐらいに今日と一緒でランチを作るのが君のお仕事。土日は無しでいいよ。美味しそうなものを食べていたらつまみ食いしに来るかもしれないけど、それは許してね?」
バイト先でも神出鬼没だった知り合いの事だ。結構来るかもしれない。
「はい。で、どうやって魔法は覚える感じですか?」
「覚えるというよりは創造する感じ」
「想像ですか?」
「いや、創造だね」
言葉は一緒ですが、字が違う。
「要は、作っていくって事で?」
「そそ。まあダンジョンもあるからそこで楽しむ為って感じだね」
「ダンジョン?」
「まぁ、そんな簡単に死ぬことはないと思うけど、一応死ぬ可能性も無いわけじゃないから無理はしないでね?」
聞いていない話が結構ぽろぽろと出てきている気がしますが、仕方ない。
「後は暮らして、何かあったら聞いていく感じでいいかな?」
説明はもういいよね?みたいな顔で言ってくるので、切り上げたいのは丸わかりです。
「了解です」
「じゃ、そんな感じで。えっと、二階が君の寝室だから好きに使って。あと、食材は基本的に自動で補充するようにしておいたけど、買い物とかする時用にコレね」
袋を置くとギッシリ入った音。
「言葉も通じるだろうし、分からない事は自分でなるべくやっていくようにーって」
「マスターの伝言ですね?」
「そそ。厳しいよねマスター。じゃ、また明日かな?」
「あ、お昼は十二時を目安に作っておけばいい感じですか?」
「だねー。作り甲斐も無いってなると悪いから、今色々考えているけどとりあえず最低でも五人分。出来たら十人分って感じでお願いする予定」
分かりましたと返事をして、後は自由時間。
とりあえず魔法と貰ったメモ……読んでみるかな。
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