八月の織り姫
お久し振りです。リアルの方が落ち着いたので、リハビリ代わりに本作品を投稿しました。楽しんでいただけたら幸いです。
燦々と降り注ぐ陽光。吹き抜けるそよ風。
そんな『夏らしい』風情に満たされた教室で俺は久しぶりに彼女と出会った。
「織り姫と彦星ぃ?」
あの頃と何の変わりもない笑顔で彼女が口にした言葉を、うろんげに俺は繰り返した。
「そっ、織り姫と彦星!」
「……なんで?」
いまいち意味のわからない俺は疑問を口にする。これに彼女は怒ったような、呆れたような顔で
「はぁ〜あ」と盛大にため息をついた。
「な、なんだよっ。意味がわかんないから訊いてるんだろ!?」
「意味って……簡単じゃない! 私たちのことよ!! ……夏にしか逢えないじゃない」
少し寂しげな彼女の声音に、俺もちょっとしんみりした気持ちになってしまい、それを知られまいと、
「織り姫と彦星……そうかもな」
「え……」
彼女の言に同意した上で、おどけた声でこう続けた。
「でも、織り姫と彦星の間にあるのは天の川で俺たちの間にあるのは三途の川。風情ってもんがないよなぁ」
「なっ、バカ!! 何でそんなこと言うのよ!?」
俺の言葉に彼女は顔を真っ赤にして怒鳴った。その、先ほどまでの寂しそうな声とは正反対の声量に、
「ぷっ……!!」
俺は思わず噴きだしてしまった。
「あはははっ、あはははははっ!!」
「なっ、何で笑うのよっ!!」
わけがわからず、彼女はさらに声を荒げる。
「あははっ……やっはお前はそうでなくっちゃな……!! お前にしんみりした空気は似合わねえよ」
「バカッ!! 知らないっ!!」
そう言って、ぷいと顔を背ける彼女。提灯のようにふくらんだ頬がなんか可愛らしく、その姿を見つめて俺の唇には自然と微笑みが刻まれた。
それから俺たちは、とくに言葉を交わすこともなく過ごした。互いにこの時間をしっかりかみ締めるように。
「…………ねえ……」
日差しが少し和らいだ頃、彼女がそう口をひらいた。
「ん……?」
「あのさ……怒ってる?」
「はっ、何が?」
「だっ、だから、その……私がこんなになっちゃったこと……」
「べつに怒ってねーよ」
「でっ、でも!? ……すごく泣いてたよね、あんた」
「そりゃ泣くさ……当たり前だろ?」
「でも、あんたが泣くの、初めて見たよ」
「恥ずかしかったからな、見られんの」
だから俺はあの時、ひたすら泣いた。こいつが見ているなんて思いもせずに。
「そっか……ごめんね」
「だからあやまんなって……誰だっていつかはなるんだからよ」
「そだね……」
彼女は俺の言葉にそう呟くと、はにかんだ顔で、
「じゃあ、またね」
別れをつげる。
「ああ、また来年な」
彼女の言葉に、俺も頷く。しかしその先にはもう彼女の姿はなかった。
今日は八月十五日。
生者と死者の時間が重なる日。生者の彦星と死者の織り姫が年に一度出逢える日。
少し季節はずれではありますが、楽しんでいただけましたか?今後も不定期ですが投稿を続けたいとおもいますので、よろしくお願いします。