突然
「今日から君たちに数学を教えることになった岩切葵です。しかし、私はまずあなた達、西宮高等学院の教員として、この学校を規律正しく誰からも愛され認められる学校にする為にまずはあなた達のその態度を正したいと思います。私が校長や他の先生達に呼びかけて、まずは明日から朝の清掃をこの3年3組にやってもらうことになりました」
28歳、独身の岩切葵先生が今日から泉希の学年の数学教師として赴任して来た。
岩切の先生の第一声によって、それまで彼に向けられていた女子生徒からの熱い視線は冷たいものへと変わり、彼に対する評判は女子生徒だけではなく男子生徒も散々なものだった。
「何なのあの教師、来て早々態度を正しなさいって……馬鹿じゃないの」
「明日の朝から掃除? マジでだるいんだけど」
「数学だけ教えてればいいのに」
「泉希、あの先生ヤバくない? 来て早々説教してるよ」
春が眉をひそめて泉希に話しかけた。昨日新しい先生のことを楽しみにしてたみたいか、少しガッカリした口調で話した。
「だよね。明日の掃除めんどくさいなぁ。最悪」
泉希は特にガッカリはしてなかった。(先生なんて所詮そんなもんだ。どの先生も生徒をいい子にすることしか頭にない)と春や騒いでいる女子達と比べて冷静な目で岩切を見ていた。
泉希はそれよりも広瀬先生が学校からいなくなってしまった方が悲しかったのだ。何故なら彼女は今まで広瀬先生のおかげでテストでいい点が取れてきた。(これから数学のテストの時どうすればいいんだろう……)という悩みで彼女の頭の中はいっぱいだった。
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翌日
岩切の指導で朝の掃除はクラスのグループごとで順番にすることになった。そして幸か不幸か泉希のグループが最初の日、つまり今日の担当だった。
泉希は朝が大の苦手だ。今日も母親から何度も起こされてやっと起きて来た。
「はぁ…… 何でこんな早くから掃除しないといけないの」
学校の中庭にある石を拾いながら、泉希は深くため息をついた。
今時刻は午前6時30分。彼女はいつも8時に学校に着くように7時半に家を出ている為いつもより1時間早く起きている。
(もう最悪だよ。あの先生のおかげで数学の心配も増えたし、こんな朝早くから掃除なんて……)と彼女は、そう、岩切を呪うように何度も最悪だと思った。
「よーしっ もういいだろっ 教室戻ろう」
泉希のグループで今まで面倒くさそうに掃除していた男子の中村るいがグループのみんなに声をかけた。彼は明るく、クラスのリーダー的な男子だ。
比較的大人しい泉希や春とは関わることはないが、みんなに平等に接するタイプで人気者。いつも目立っている存在だ。
(やった! 終わった…)
と泉希は歓喜し、すぐさま教室に戻ろうと、掃除に使ったほうきをもとの用具倉庫に戻そうとしていた時だった。
突然泉希の目の前に男の手が見え、彼女の近くまで迫ってきた。
「わっ!!」
泉希は思わず咄嗟に驚いた声を出した。
「これ、戻しておくから教室に入って、次の授業の準備してろ」
彼女が持っていたほうきを掴んで言ってきたのは、岩切だった。
「……あっ、はい 分かりました」
泉希は突然のことに少し驚き、早口で返事した。
「さぁ、掃除は終わりです。おしゃべりはせずに、早く教室に戻って下さい」
岩切は、彼女から取ったほうきを持ち、グループのみんなが向かっている用具倉庫に向かいながら先程とは異なる口調で言った。
彼は昨日学院に来た初日から今までいつも笑顔ではなくポーカーフェイスである。
そして、いつも丁寧な口調でみんなに接していた。
しかし、さっきの出来事は……
『これ、戻しておくから教室に入って、次の授業の準備してろ』
泉希はさっきの出来事のことを思い出して、なんだか身震いするような感じに陥った。
何故ならいつもと全然顔の表情や言葉遣いが違っていたからだ。
「忘れよう」
泉希は微かな声でそう呟き、さっきのは無かったことと考えて次の授業の準備に取り掛かった。
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