出会い
一応恋愛モノではありますが、主人公2人は落ち着いた性格なので大人しめのしっとりとした物語です。
「どこ……どこ……お母さん————」
地方都市・日梅市にある大型のスーパーで幼い少女がこの世の終わりのような泣き声を出しながらよちよち歩いている。周りにいた人達はまばらだったが、みな困惑した表情をしながらもじっと少女を見つめるだけだ。
「きみ、迷子?」
少女を見ていた中学校の制服を着た男の子が少女に優しく声をかけた。
「うん……」
少女は泣き声を止めたが、目にいっぱいの涙を浮かべて頷いた。
「じゃあ、お兄さんと一緒にインフォメーションセンターの所に行って、お母さん見つけてもらおうか」
男の子はそっと少女の手を繋ぎ、目的の場所に向かっていった。
インフォメーションセンターで、迷子のお知らせが流れ、少女のお母さんがやって来た。
「本当にお世話になりました。 すぐ目を離した先にどこかに行ってしまったみたいで……みーちゃん、ほら、ありがとうって」
少女は恥ずかしそうにしながらも男の子の目を見てお礼を言った。
「あり……がとう………」
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地方都市の中でも閑静な住宅街の中心にある高等学院。
授業中、甲高い声を放つ先生が質問する。
「ここ答え言ってもらおうか、じゃあ、今日の
日直の幸崎!」
「あ、はいAです」と
この高等学院に通う3年の幸崎泉希は答えた。
「正解、さすがだな」
泉希は(良かった……正解した)と深くため息をついて椅子の背もたれに深く腰掛けた。彼女は人前で話す時とても緊張してしまう性格だ。
キーンコーンカーンコーン♪
「泉希、放課後、明日のテスト勉強一緒にしようよ!」
授業が終わった直後、向こうから勢いよく泉希に向かって女子生徒が走ってきた。
「いいよーってまた私に分からないこと全部聞く気でしょ?」
「いいじゃん、泉希の教え方分かりやすいんだもん」
(全く……私が褒められると弱いタイプなの知ってやがる……)と泉希は思った。
このおかっぱで髪サラサラヘアの子は、泉希の幼稚園の時からの友達、佐藤春だ。少なくとも泉希よりも明るい性格で、おしゃべり好きだ。
「そういえばさ、明日から新しい先生が来るらしいよ、泉希知ってた?」
「そうなんだー でも、こんな中途半端な時に?」
今は6月。こんな中途半端な時に赴任する先生なんか滅多にないはずだと泉希は思ったが、次の春の言葉を聞いてハッとした。
「ほら、あの広瀬先生が産休じゃん?だからその代わりだって」
泉希は教科の中で唯一数学が苦手で、放課後や休み時間に広瀬先生に分からない所を毎日質問しに行っていた。広瀬先生は、女性でとても穏やかな口調の話し方で何度もしつこく質問する彼女に優しく教えてくれていたのだ。
その時、泉希はそんな先生が産休することを知らなかったことを恥じた。
「そっか……どんな先生か知ってるの?」
「知らないんだよねーでも、男らしいよ」
(男か、うちの学校女子が多いからそりゃ噂になるはずだ……)
「それはまた、女子が群がりそうだねー」
泉希はまるで自分とは関係ない出来事だと思い、棒読みで言った。
「ふふっ、だよねー」
春は楽しそうに微笑み、翌日が来るのを楽しみにしている様子だった。
翌日、予想通り学院内は、その先生のことでみんな騒いでいた。
しかしそれは決して歓喜の声ではなかった。
「今日から君たちに数学を教えることになった岩切葵です。しかし、私はまずあなた達、西宮高等学院の教員として、この学校を規律正しく誰からも愛され認められる学校にする為にまずはあなた達のその態度を正したいと思います。私が校長や他の先生達に呼びかけて、まずは明日から朝の清掃をこの3年3組にやってもらうことになりました」
噂によると28歳、そして独身だというある若い男の先生が初めてこの学院に来たその瞬間は女子達の注目の的だった。
だが、この第一声によりその学院内での人気は一瞬にして消えた。
この西宮高等学院は、この市内ではいわゆるお嬢様・御坊ちゃま学校として知られ、通っているのは県内の有名な議員や医者、大学教授など金持ちの子供ばかりだ。
その為、そのような朝の掃除といった雑用などの活動は全くやっておらず、みんな経験していない。
また、金持ちなので行儀はいい生徒がほとんどだが、一部の生徒はその金持ちゆえ人を見下す態度をとっている。
泉希は、岩切のこの第一声を聞いた後、この先生はこの学院のそういう特性を把握し、生徒達に改善を求めているのだろうと感じた。
そしてこの時、彼女は岩切が何故そこまでする必要があるのか分からなかった。
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