2.兄妹
「ただいまー」
「おかえり、お兄ちゃん」
家に着く頃には風も強くなり、横殴りの雨に見舞われ、服がびっしょびしょになってしまった。
傘の意味、ないじゃないか。
「陽凪、傘が仕事してくんなかったわ」
傘についた水滴を振り落としてから畳む。
後日、晴れた日に庭に広げて乾かすのだ。
「あはは、本当だねぇ。
お兄ちゃんずぶ濡れじゃーん」
俺を見て、心底楽しそうに笑う陽凪。
家にいた人は気楽で良いよな、と少し恨めしくなる。
「ねぇ、短冊に何書いてきたの?」
あの子と花火を見たことは2人だけの秘密にする、とあの日約束した。
だから《もう一度、君と一緒に花火を見られますように》と書いた、なんて陽凪にも言えない。
だから嘘を吐くことにした。
このぐらいの嘘は方便の内だろう。
「インハイの予選を通過出来ますように、って」
「あー、去年惜しかったもんねー」
「やめてくれよ、傷を抉るの、、、」
そう、そうなのだ。
俺は小学生の頃から走ることが好きで、中高と陸上部に入っている。
俺の専門は長距離走で、去年のインターハイにも長距離で出たのだが、、、
負けたのだ。
俺の目前で、中1の頃からずっとライバル視している奴が、ゴールした。
あと1秒あれば追い付けた、いや、追い越せたのに。
あれは今でも悔しい。
人生で1番悔しい2位だった。
だから、今年こそは勝ちたいのだ。
ていうか、何より気に食わないのはあいつの人格な。
スポーツをやっている人間は、支えてくれる人間がいないと続けられない。
だがあいつは、そんな当たり前のことも理解していないのだ。
あいつは常に横柄で横暴な態度を取る。
だからおれも陽凪もあいつが嫌いだ。
あいつを負かして、正々堂々と見下してやりたい、というのもある。
まぁ、短冊に書いたのはインハイのことじゃないんだけど。
あいつのことを考えていたら表情が強張ってしまったらしく、陽凪が心配そうにこちらを見る。
「大丈夫だよ。
お兄ちゃんはずーっと努力し続けてきた。
あんな奴に、負ける訳がない。
お兄ちゃんなら勝てるって、妹は確信してるよ」
俺の話なのに、今にも泣き出しそうな表情になる陽凪の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「ああ、そうだな、ありがとう」
友達に、妹と仲が良すぎて変だ、と言われたことがある。
こういうところだろうか。
まぁ仲が良いに越したことはないだろう。