邪神の石
初めて書いた小説です。
夢で見た情景を継ぎ合わせ、
補完しました。
行方不明で捜索願が提出されている
アーカム在住シェパード・ブレイクの
自宅に郵送された録音テープ。
私はシェパード・ブレイク。
元、銀行員…………
信じてくれる方だけが信じれば良い。
あとは、気の狂った人間の戯言か、
あるいは、壮大な詐欺に騙されている
哀れな者とでも罵るが良いでしょう。
私は、今、願いが叶うのなら、
この石を捨てたい。
しかし、それはできない。
捨てれば新たな被害者が生まれるだろう。
ことの始まりは、半年前の旅行のこと。
私は、海外へ旅行に行ったのだ。
1人でではない、おそらく4、5人の友人と共にだ。
すまないが、よく覚えていないのだ。
行き先は確か…………そうだ、東欧だ。
すまない、記憶がはっきりしないのだ……
とにかくだが、私達は東欧の何処かに行き、
私はそこで、友人に誕生日プレゼントとして
石を貰った。
1インチ程の半透明の白い石だった。
御守りだそうだ。
その時の事だけははっきりと覚えている。
私は、人から誕生日を祝われることなんて
あまりにも無かったものだから、
とても良い気分だった。
だが同時に、その、プレゼントをくれた友人の目が
虚だったこともよく覚えている。
焦点も合っていなかった。
そして帰国した後、その友人は、死んだ。
突然、心臓発作を起こし、絞り出すような声で
「奴が来る、許してくれシェパード、
あれは僕の意志じゃ……」
言葉を言い終える前に、彼は死んだ。
スミス・ウェスト。
イングランドの貴族の末裔だという、
気の良い肥満気味の友人だった。
彼が普段、我々に言っていた通りに
我々は手短に彼の葬儀を済ませ、
普段の生活に戻った。
だが、ここから異変が始まる。
最初は些細なことだった。
私は無くした物がすぐに見つかったり
何かの賞金が当たったりと、
少しずつ運が良くなっていき、
反対に、私の周囲の人々は、
滑って転ぶ回数が急に増えたり、
持ち株が急落したりと、徐々に運が悪くなっていった。
最初は、私自身だけがその変化を感じ取っており、
周りの者は皆、「気のせいだ、たまたまだ。」
などと言っていたが、とある出来事で、
私の友人達もその変化を確信しただろう。
その出来事というのは、
今から数週間前の正午頃のことだった。
私はニューヨーク在住の知人に呼ばれて
バスに乗って向かっていた。
何時間か経ち、私が眠気に襲われていると、
突然。バスが揺れだし、次の瞬間には
身体が宙に浮いていた。
それもほんの少しの間で、
次の瞬間には気を失っていた。
目を覚ますと、夜だった。
私は病室の無機質な一室、そのベッドに横たわっていた。
特に痛む所は無く、額に切り傷がある程度だった。
私のベッドの横には、虚な目をした友人が座っていた。
目を覚ました当初、私にはその友人が何故か
死んだはずのウェストに見え、
驚きと恐怖の余り飛び起きた。
友人が驚いた顔をして私を覗き込む、
彼の姿は普段通りで、
ウェストの要素など全く無いことを理解すると、
私は安堵した。
「大事な物だろう?」
そう言って友人は私に石を渡してくれた。
友人が話すところによると、
私が乗っていたバスは、
道路沿いの崖から転落したのだと言う。
そして、乗員乗客は私以外10人全員死亡、
バス及び遺体は全て損傷が酷く、原因も不明だそうで、
そんな中、数か所の擦り傷と切り傷で済んでいるのは、
明らかに異常であるとのことだった。
私は激しく動揺した。
心拍数が上がっていくのを感じていた。
友人が心配して私に声をかけたが、
私には聞き取れなかった。
私が落ち着きかけた時、
病室のドアが開いた。
一人、男が看護婦連れで入ってくる。
看護婦が友人に出ていくように言い、
友人は不機嫌そうに
足音を響かせながら出て行った。
その後、看護婦も出て行く。
病室には、私とその男の二人だけとなった。
その男は、
細身、ダークスーツを着こなした紳士で、
銀髪の七三分け、浅黒い肌に適度にシワがあり
整った顔をした、おそらく40代の人物であった。
初対面の筈だが、妙な親近感を感じた。
男は嫌な笑みて私の顔を覗き込む。
そして、落ち着きつつも興奮しているような
奇妙な声で話しかけてくる。
「いやぁ、君、派手にやったね。
私も驚いたよ。
まさか自分と同じ存在の
見舞いに来ることになろうとは。」
何を言っているのだろう。
すると、私は間の抜けた顔をしていたのだろう、
男は何かを察し、急に無表情になった。
「君はまだ、思い出していないのかね。
鈍感だなぁ。
私の名前は、ナイル・カーター、CIAだよ。よろしく。」
CIA?私を知り合いにCIAの職員はいませんよ?
そう答える。
男……ナイルは愉快なのか不愉快なのか
よく分からない調子で話を続ける。
「単刀直入に言おう。
君があと数日ここにいれば、
君の周りの20人程度が死ぬ。
さて、どうするかね?」
ニタニタと笑っている。
私が問いを投げかける前に、相手は言葉を続けた。
「君も気付いているのだろう?
君の幸福は、隣人の不幸から捻出されていると。
それが着実に強力になっていることを。
今回の犠牲者は10人だったが、
これからどんどん増えていくそぉ。」
言葉に愉悦が混じっている。
一体、何を…………
「君、周りから鈍いとか言われないかい?
まぁいい。もうネタバレもしてしまおう。
君、白い石を持っているだろう?
あれは一度世に放たれると、
いくつかもの人や事象を介して
自らの神性に無自覚な者に至るようになっている。
媒介した人間は、心臓発作で死ぬ仕組みだ。
ほら、心当たりがあるだろう?」
ウェストのことか…………コイツが仕込んだのか?
「あれは、無自覚な神格に、自らの存在がいかに冒涜的か、
見えやすく事象に起こして理解させるもの、
大人しく受け入れない限り、事象を起こし続けるもの、
つまり、君が人間ではないということを
証明するものだよ。
分かりやすいように邪神の石と名付けたんだ。」
心臓が痛む、心拍数が上がり、呼吸が辛い。
頭が痛くなってくる。
まさか、私は本当に………そんな馬鹿な………
苦しむ私をよそに、彼は話を続ける。
「ナイアルラトホテップ 。それが君の本当の名前であり、
そして私の本当の名前だよ。
最初に言っただろう?同じ存在だと。」
ナイアルラトホテップ 、その単語を聞いた瞬間、
視界がグニャグニャと歪む、
私のものではない記憶が流れ込んでくる。
私は思わず呻き声を上げる。
「おー、ようやく理解したね。
さぁ、私と共に行こう。
理解したならもう躊躇は無かろう?」
私の頭は目の前の男への殺意で満たされていた。
殺さねば、ここまでの苦痛を私に与えたこの男を。
殺さねば、これからさらなる厄災を
もたらさんとするこの男を。
全身に力を入れる。
私はベッドから飛び上がり、ナイルに襲いかかる。
この力、やはり私は人ではないのだな。
そんなことを感じながら、
ナイルを押し倒し、その首に噛みつこうとする。
彼は右手で防御する。
私は噛みちぎってやろうとしたが、
そのスーツは防刃だった。
ナイルはすかさず左手で私の顔面を殴る。
私は病室の窓がある壁に叩きつけられる。
起き上がりながら、ナイルはとても楽しそうに言う。
「そうでなくてはつまらない。
幼い頃から化身として生きてきた私と、
今まで善人として生きてきた君とでは
分かり合える訳ないのだから。ハハハハハ!」
彼は腰のホルスターから金色のオートマチックを抜く。
そして私に数発発砲した。
私は左手で防御する。
すると、左手は異形の鉤爪、
触手の複合体のような物へと変化し、
銃弾を弾いていた。
騒ぎを聞きつけた巡回の警備員が部屋に入って来る。
「もう使いこなしているじゃないか。それは実に………」
ナイルが言い終わる前に私は窓から飛び降りた。
飛び降りたのは3階のようだった。
猫のように無傷で着地する。
本来なら驚くべきことだが、
私は事故から生き残れたことに納得していた。
なるほど本当に頑丈だ。
私は自分の手に石があることを確認し、
夜の闇の中に逃げて行く。
結構な距離を走った。
いくら人外の肉体とは言え、素足で石を踏めば
それはそれは痛かった。
そして、疲れた。
公衆電話のボックスに飛び込み、息を整える。
体は自分の意思で変異できるようで、
腕を普段通りにしようと思ったら戻っていた。
随分と便利なものだ。
混乱のうちに、私は人外たることを
不思議な程あっさりと受け入れていた。
いや、元から人外だったのなら、
不思議ではないのかもしれない。
電話を使った。
多数の島を所有する友人と連絡を取り、
アジアの島で匿ってもらえることになった。
コウ・ナカグチ、細身に眼鏡で変態趣味の友人だ。
彼とその妻、そして私の3人で生活することになった。
勿論、事情は話した。
リスクを承知の上で、私を匿ってくれたのだ。
ナイルの根回しか、追手の気配はなかった。
私の平穏は2日で終わった。
3日目の朝、沖に死体が20体打ち上がった。
損傷の程度に差はあれど、
全て新鮮、今朝死んだと思われる。
通勤途中に見かけるホームレスなど、
関わりの有無に関係なく、全て見たことのある顔だった。
奥方は、少し精神が不安定になった。
更に3日後23人の知った顔が、
更に2日後、25人、次の日、27人…
もはや何も感じず、数を数えるのみ、
どうやら私の精神は死んだようだ。
自身の正体に気づくと、効果が強まるらしい。
頻度も上がっている。
もう、おしまいだ。
頼む、誰も私を探さないでくれ。
朝日で照らされている軍用ヘリの中、
操縦席の男のヘッドホンの中に
録音再生終了の音声が鳴る。
島を目前にして、ナイル・カーターは
笑みを浮かべていた。
朝だ、死体の数を数えに行った奥方が帰ってこない。
私とナカグチは浜辺へ向かった。
浜辺にはヘリが着陸していた。
見回すと……ナイルが立っていた。
ナイルの前では、
立ち膝の奥方が恐怖の表情を浮かべている。
「丁度良いところに来たね。」
ナイルはそう言うと、奥方の喉をナイフで切り裂いた。
血が勢いよく吹き出し、奥方が転がる。
「これで29人。おめでとう、本日のノルマ達成だね!」
ナイルはナイフを見せびらかしながら楽しげに言う。
私の隣で、ナカグチは怒りに震えている。
彼は腰の刀を抜いた。
しかし、ナカグチが突進する前に、
あり得ない速さでナイルが我々の背後を取る。
そして、ナカグチの首にナイフを刺して
ネジのように回した。
ナイルは首を何度も刺し、ついには首を切り離した。
「おや、30人目を作ってしまった。」
ナイルは、私にナカグチの首を投げつける。
身体から力が抜ける。
そして跪いてしまった。
絶望感しかない。
私は絶叫した。
ナイルは言う。
「ほら、どうした、仇が目の前にいるのだよ?
早く殺したらどうだ?その憎悪を見せてくれ!」
私は立てなかった。ただ、泣き続ける。
くだらない、期待外れだ。
こんなところに逃げ、動きを見せなくなった時点で
気づいていた筈だ。
シェパードはもう死んだも同然。
もう、私の娯楽にはならない。
くだらない、本当にくだらない。
ホルスターからオートマチックを抜く。
「君には期待していたが、残念だ。飽きた。
楽に死ねるのがせめてもの救いと思い、
くだらない"人間"性を抱いたまま死ね。」
シェパードは動かない。
私は引き金を引いた。
何回も、弾が切れるまで。
シェパードの頭は原型を留めていない。
シェパードの手にはあの石が握られていた。
気を取り直し、
歓喜の歌を鼻唄で歌いながらヘリに戻る。
ヘリが離陸する。
島には死体しか残っていないだろう。
スーツのポケットを漁りながら独り笑う。
「石が一つだけなんて誰が言った?」
手を開くと、いくつかの白い半透明の石が輝いていた。
内容の薄っぺらいこと。
狂気、哲学を詰め込まねばなりませんね。