木の榊
「お呼びでしょうか?」
所々に亀裂が入り今にも崩れそうな円柱の塔。中央には深い紫色をした珠に触れている男(晦冥)がいる
「――お前には違う事をしてもらう」
「え…!」
胸元に手を添え姿勢を正す灯。晦冥はちらと灯の方へ視線を移した
「真砂の所へ行くがよい」
「ですが………」
少し上がり目の端正な顔立ちをし、黒い瞳に長く真直ぐな黒髪は横に束ねられている。上質な衣を何重にも身にまとい他の者を寄せ付けない雰囲気が威圧的だ。
晦冥はそれだけ言うと背中を向け自室へと去っていく。近づく事も引く事も出来ない灯はしばらくその場にいた
「………おおせのままに…」
誰もいなくなった広間で答えると、灯は足取り重くその場をあとにする。
晦冥の期待に応える事が出来なかった事(咲耶or珠消滅)に対しとても悔しげな表情だ
「……」
二人が去り紫珠だけが取り残されると広間は張り詰めた空気で満たされる。
こっそり様子を窺っていた榊は柱と柱の間にある大きな布から顔を出す。辺りに誰もいない事を見計らいニッと悪戯な笑みを浮かべていた
――学校のすぐ近くにある公園
咲耶達のクラスでは写生の授業中でスケッチブックを片手に良い場所を探す生徒達が行ったり来たりしている。少し離れた銅像近くに場所を確保していた氷雪は、スケッチをする姿勢をとっているものの考え事をしているようでペン先が進んでいない
①ガサッ ②ガサッ ③ガササ ④ガサガサ
剪定され整った植え込みから突如湧き出した4田。
頭や制服には小枝や葉っぱがひっついている。4田の見る先にはベンチに腰掛けた氷雪の姿があった
町〈……化け物は…?〉
会〈見当たりません!〉
※氷雪のすぐ後ろにある植え込みの陰に咲耶は横になって寝ているが、4田からは死角になって見えてない
町〈よろしい! この場所で氷雪様をバックに絵を開始する〉
三人〈ラジャー〉
ベストポジションを確保した4田だがここぞとばかりにデッサンそっちのけで氷雪をラブラブ調に観察しだす
「それにしても氷雪様は絵になるわ♥」
「見て見てあのもの思いにふけるお顔」
「最高ー♥」
植え込みに隠れ氷雪を覗き見している4田。普通なら気づくはずの氷雪は考え事をしていたので反応は無い。もし気づいていても無視だろう
ある程度堪能した4田は氷雪をメインに写生を開始
武「さー描くぞ~」
町「氷雪様を美しく描けなかったら許さないわよー」
会「え…」
氷雪はずっと自分の手のひらを見つめていた。
あれだけしっかりと炎の柵を掴んでいた筈なのに痛み所か傷一つ見当たらない自身の手―――
『あなたは水属の気質 いろんな液体を操る事ができるわ』
(あれは…)
沙智の言葉を思い出し先日あった出来事が鮮明によみがえる。
炎の大蛇に覆い尽くす大量の池の水―――――
目を伏せ大きく息を吐く。考えていても仕方ないと気を取り直し、真っ白な用紙にペン先を置き取り掛かり始めた
ピ ピシ ピ ズ ズズ…
氷雪が腰かけている周辺のタイルにヒビが入り、隙間からモゾモゾ動く“根”らしきものが顔を出す
ス゛オ゛
「!?」
飛び出した“根”は氷雪を絡め捕り一気に数十メートルの高さまで上昇、周りの木々の数倍の大きさになった
(な…に…!?)
腕や首、体中に根に纏われ身動きが取れなくなり少々動揺するが、どこかで冷静に分析し、手に纏わりついてる物をじっと見つめている
(…木…!?)
「ヤッホー 久しぶり! 氷っ雪♥」
無造作に根が張る地を裸足で歩いてくる男。大木と化した氷雪が捕われている真下で立ち止まると、とても陽気に氷雪を見て笑いだした
「消滅させに来たよん♥」
「って言っても知らねーんだっけ?」
上衣のポケットに両手を突っ込みケラケラ笑うその男(榊)は、氷雪の状況がとても面白いのか笑いが止む事がない
「まぁいいや あっけなくミイラになってよ」
榊の言葉に反応するように大木の表面が淡く光りだした。榊は右手を大木にかざすと、発動を促し始める
「バイバイー……」
「キャ――――――」
「これ特撮!?」
キャー キャー キャー
「スゴイ! 本物みたい」
キャー キャー
「氷雪様が映画に出るの!?」
キャー キャー キャー キャー
「……」
先程から覗いていた4田が、植木の前面に躍り出るや甲高い声を上げざわめいている。氷雪に右手を掲げていた榊は左手を地面に向け掌をかざすと4田前の地面が動き出した
ず~~~
4田「!?」
地面からありえないスピードで芽が出現、どんどん成長していき『ボンッ』と勢いよく花が咲いた。
その花は子供くらいの大きさで中心には 口 目 眉 牙 らしきものがあり、とても甘く妖しい臭いを発しながら気持ちよさげに歌いだした
ラー ラー ラー ア~~♪
4田「え~~~~~~~~~?」
数秒と経たないうちに4田はバタバタ眠るように倒れていく
「じゃま」
「本っ当女ってどいつもこいつも騒がしいっしょ」
どうやら榊には女性の良いイメージが無いらしい
(木に花……こいつ木属の気質…)
一部始終を上から見ていた氷雪は眠りこけている4田を遠い目で見ていた
ファ~~~~~ン
「~~なーにー? この変な臭い……」
異質な臭いで目が覚めた咲耶は鼻の下に指を置き、迷惑そうにゆっくりと上体を起こす
(あんな木あっけ?)
半目状態で目の前にあるでかい木をじーっと見ている。左側に妖しい花と榊がいたが気づいていない様で、そのままでかい木をまどろみの中見上げていく。そして簀巻き状に巻かれている氷雪を発見するのであった
(氷雪!?)
完全に目が開いた咲耶は奇怪な歌声と共に4田から氷雪に視線を移す男を見つけ再び衝撃が走る
「仕切り直し。邪魔が入って調子狂った」
氷雪を見、楽しそうに口端を上げている榊
(あの…男…)
一瞬、体の奥から痺れるような深い寒気がゾクリと流れた。同時に咲耶の脳裏には次々と知らない情景が映し出されていく
着物姿の自分―
目の前にいる男―
咲耶を庇い倒れていく大切な人――
『…無事で――
良かった――――』
咲耶の手の中で大切な人が優しく笑い消えていく
『咲耶―――』
瞳を大きく開き咲耶は一つ一つ今の情景を飲み込んでいった
「だるくなった?」
「……」
根によって少しずつ体力を奪われていた氷雪は少し青ざめ呼吸が早くなっている
「悪い悪いすぐ終わりにするっしょ」
にやけながら手を振りさよならの挨拶を交わす
「じゃ―…」
ゴッ
右の側頭部に衝撃が与えられ吹っ飛ばされた榊は異様な花にぶつかり、花共々倒れこんだ。
氷雪は異変に気づき塞ぎがちな目を開くと咲耶が榊をグーで殴り猛スピードで追撃しかけている
(幹――!?)
勢いをつけ体を捻るとそのまま榊の背中へ肘先が落下。『ぐぅ』と低い声を上げた榊だが地に術を発動させ無数の“根”が咲耶に襲い掛かる。咲耶は軽快に根の攻撃をかわし氷雪が捕らわれている根元へ着地した
「…榊…お前一人だろう」
前屈みになっていた体がゆらりと起き上がる。
長い髪で隠れた顔が露わになると今までにない強い瞳と意志とが垣間見える咲耶がそこにいた
「なら去れ」
「それとも あたしと戦る気か?」
「……」
右頬が蒼く腫れ上がり、座り込んでいる榊。傍には息絶え絶えの異花が悶えている
「…なーんだ 思い出したんだ」
『ニィ』と薄く笑い立ち上がる
「他の奴らも気づく頃だし、時間切れか」
服についた土埃を払いのけ、咲耶が静観する中優雅に見繕い跡形もなく消え去っていった
「もっと早くしとけば良かったー」 ケラケラ
「……」
捨てゼリフにムカッと来た咲耶だが、すぐに冷静になり大きな根元に手を当てると木と化した根達がスルスル元の場所に戻っていく。氷雪も解放され地に足が着くと安堵しほっと大きく息を吐いた
「氷雪」
「ゴメンね もう二度とこんな事ないようにするから」
緊迫した咲耶の顔に少し驚いた氷雪は言葉が出ず咲耶を見上げている
「本当にゴメン」
「おい…」
大きく頭を下げ謝る咲耶に何の事か問いただそうとしたが、咲耶はすぐに踵を返しダッシュで走り去っていった
「幹!!」
(あたしには しなければならない事が……)
全てを思い出した咲耶は、走りながら次の行動へ向けて思索を張り巡らせている
(待ってて下さい)
「……」
周りを美しい木々が囲む三重塔では、頭から質の良い衣を羽織った女性が咲耶の声を聞いたのか、何かに気づき外の景色を眺めていた
(笙粋様)