沙智の記憶
「ついに…この日が来たのか………」
紫珠の傍で人格が崩壊しつつある晦冥は、視界の閉ざされた暗闇の中で愛しそうに紫珠に触れている
「我は…待ちわびた…」
至福の笑みが零れ晦冥は紫珠の中に吸い込まれていく。
晦冥の命を含んだ紫珠は何倍にも膨れ上がり、轟音を響かせながらその姿を変えていった
薄暗い通路をコツコツと歩き続ける燐火。
突きあたり明るい空間に出ると、そこは誰かの部屋らしく、設置してある道具や家具をじーっと見回していた
「…………」
(…誰もいない?)
何処かに潜んでいるのかと方々見て歩くが、壁に掛けられた得体の知れない道具類を見て顔が険しくなり息を吐く
(それにしても)
「趣味の悪い部屋だ。人格を疑う」
(…他に道は無し………)
やれやれと腰に手を添え袋小路である事を確認し、左腕に固定してあった袋へと手が伸びる
(使うか―――…)
「…ちょっと………」
とある空間では、全体がピンクとハートで彩られ明るく可愛らしい部屋にフリルをふんだんに取り入れた際どい恰好の真砂が怒りに満ちていた
「何であんたが私の部屋に来てんのよ!!」
「え…」
「何度私の邪魔する訳!?」
真砂の目の前にいたのは同里出身の沙智だ。
一体何の事かと沙智は棒立ちでいたが、すぐに体勢を変え身構える
(小細工した素振りはなかった……という事は内部の仕業―――!?)
五人が指定の扉へ入っていくのを思い出す。
しかし目の前にいるのは他ならぬ沙智、同属を相手にするのは無駄と判断した真砂は手元にあったロープに飛び乗り脱出を計った
バッ
「!?」
「あんたの相手してる程暇じゃないんだ! ここで閉じこもってな!!!」
沙智はこれを読んでいたのか、ロープの先端を鋭利に加工した土で断ち切り重力に沿って真砂は落下
「…さ~ち~……」
体を回転させ着地した真砂は怒りで声が震えている
「私には何の事か分からないけど、あなたを逃がすつもりはないよ。真砂」
真砂の前に立ちはだかり戦う姿勢を見せる沙智。しゃがんでいた真砂が上目で沙智を睨むと同時、沙智の背に大岩が打ちつけられどさりと床に叩きつけられた
「後ろ付いて歩くしか能の無い金魚のフンが生意気言ってんじゃないよ」
倒れ込んだ沙智と対照に立ち上がり真砂はポーズを取る。
沙智は全身を強打した苦しみで動きが鈍いが腕に力を入れ起き上がろうとする
「真砂…一つだけ言ってあげる」
「あなたがどんな事しても燐火は絶対にあなたに振り向く事はない!!」
見下ろしていた真砂が小刻みに反応し起き上がりかけている沙智に無数の大岩を放つ
「そして私は彼を苦しめるあなたを許さない!」
大岩をかわし真砂の後ろへ回った沙智
ドロリ
「!!」
「応えるよね? 部屋と服すごく臭うよ」
ありったけのヘドロをかけられた真砂は頭の中が真っ白になり怒りで震えが治まらなくなっている。
そんな真砂を冷笑を浮かべ見つめながら、昔の記憶がふっ…と思い出されていた
―――砂の里
さらさらと細かな砂が波を作り流れては多様な模様になり消えていく。
里人は砂を加工し固めた家や地中深くから引き上げた井戸水によって毎日を過ごしていた
「さちー」
生まれてから数年、見た目は十歳前後の幼き沙智は両親や里人と一緒に砂を加工して手伝いをしていた
「紅焔の里まで便りを届けてくれないか?」
「え…」
束に呼ばれ駆け寄ると、目の前に一本の筒を差し出され戸惑い気味で束と筒とを交互に見ていた
「束! まだこの子は幼い。それに大の人見知りだ」
「だから行ってもらうんだ」
心配した束の補佐が意見するが、束は笑ってしゃがみこみ沙智と目線を合わせる
「向こうには伝えてある。束のお子が対応してくれるらしい。色々外を出て見聞を広めるのも勉強だぞ。行ってくれるな? 沙智」
「……………はい…」
少し怖さもあったがこれも勉強と沙智は覚悟を決め筒を受け取った
道に迷う事は無かったが、砂の里と違い蒸気と熱気、絶え間なく噴き上がる煙と溶岩に珍しさを覚えしばらくの間眺めていた。
しかしいつの間にか数人の里人(男衆)に囲まれている事に気付き体が金縛り状態で動けなくなる
「かわいいね♥ どこの里から?」
「どんなご用で?」
「お兄さんと遊ばない? ごちそうするよ?」
沙智の顔が一気に真っ青になり筒を抱え込みながらガタガタ震えだした
「わ…た…わわ…わ…わ……」
「ん? どーしたの?」
「大丈ー夫だよ お兄さん達優しいから♥」
「おびえてるぞ」
少し低めの落ち着いた声が聞こえ沙智の目前にやってくる
「多分その子は俺に用がある」
右手を腰に置きゆったり歩いてくるその青年は他の里人より頭一つ大きい上、視線を合わせる訳でも無く直立したまま沙智を見下ろしていた
「燐火だ。用件を聞こう」
沙智はあまりの大きさに息が止まり硬直してしまう
「うわあああああああああああああああああああああああ」
ギョッ
「泣かした!!」
「俺知らねーぞ」
「お前が威嚇するからだぞ!! 逃げろ!」
「お…おい」
大泣きした途端周りを囲んでいた男達が一目散に散らばって行った。泣き声を聞いた周辺の里人が大きな火山弾の陰からザワザワと燐火達を見つめている
「………」
「と…とにかくこっちにこい」
少々焦った燐火は沙智の手首を掴んで周りの目が届かない場所へと移動したが、その間も沙智は泣き止む事なくパニック状態でいた
「……ごめんなさい……いっぱい知らない人いたから………」
「気にしてない」
草木がほとんど生えてないなだらかな場所に沙智を座らせ落ち着くまで燐火は待っていた。
冷えた溶岩の塊がゴロゴロしているそこは殺風景ではあったが、砂の里も似た様な感じだったので安心感を覚え大分落ち着きを取り戻している
「話には聞いていたが相当だな。人見知り」
気にしている事をはっきり言われびっくり。
ついで沙智の目の前に手のひらが出されている事に気付きハッとなった沙智は頼まれた便りを渡した
「ま、しばらくはこの里の頼渡( ※里と里を行き来し荷物や手紙を運ぶ人)をして慣れると良い。その時は真っ先に俺の所へ来るんだ。でないとさっきみたくなるぞ」
筒を受け取り優しい眼差しで沙智を見ている
「分かったな」
少々きつい面持ちの燐火の微笑みに沙智は驚きと感動を覚えじっと見入っていた
「うん」
沙智が頼渡を始めて四年経った頃、今日も同じ様に紅焔の里へ赴いた
ギャー ギャー ギャー ギャー
「…何か、あったんですか?」
「ああ、沙智」
入り口際で大声がこだまし、何事かと近くにいた里人に尋ねてみる
「木の花の里から強力なクレーマーがやって来て、火口をずらせとかなんとか」
困った感じで頬をぽりぽりしてる里人。
気になった沙智は声の主の所へ近づいていく。そこには里人相手に着物姿の二人がいたが、髪を上に結い上げている女性だけが怒っていて、他の二人は抑えて抑えてとその人を制しようとしていた
(女の人…)
「だーかーらー、少しずらせば灰がこっちまで来なくなるのよ!!」
「しかし…徒にずらす訳には……」
「ほんの少しも出来ないの!? 頭固すぎでしょ!!」
痺れを切らしたか、女性は怒り沸騰した
「あ~~~~~もう!! 束出してよ束!!!」
「木の花の里にはかなりの配慮はしている。これ以上の無理難題は聞き入れられないな」
「燐火…」
話を聞きつけてやってきた燐火が間に入り加勢する。対応していた里人の顔が安堵に変わった
「それは充ー分わかってるよ、助かってる。それでも一瞬の風向きでうちの木は灰まみれになってるの!! 一回見に来なさい!!!」
燐火に向かって睨む女性はまだ幼さが残るものの自分の意志は貫こうとする強さが感じられた
「ただの徒労に終わる」
「なんですって?」
「咲耶っ」
燐火は腕組みをしめんどくさそうにしていたが、咲耶はカチーンときたらしく睨みの凄みが増している。同里人が泣きそうな顔で咲耶の腕を抑えていた
〈あの子燐火相手に堂々としてるよな…〉
〈普通劣位相手だけで一歩引いちまうのに〉
「………」←沙
〈その前にあのでかい燐火に威圧されないってすげえ〉
〈かわいい上に胆据わってんな…〉
遠巻きに見てる野次馬達がザワザワ語り合っているのを聞きながら一緒に混ざってじっと燐火達の言い合いを沙智は見ていた。
ふと、咲耶はギャラリーに目を配る。そして沙智と目が合うと、睨み顔が笑顔に変わり沙智の目の前にひらりとやって来た
「あなた火属じゃないでしょ。もしかして土?」
「え……あ…うん」
「名前は?」
「…沙智」
「じゃあ沙智! 一緒にうちの里へ来て! 他の里人の意見も聞きたいの」
「えっ? えっ!?」
咲耶は沙智の腕を掴むとぐいぐい引っ張り連れて行こうとしていた為、燐火が口を挟んだ
「沙智は頼渡だ。巻き込まないでくれ」
「頼渡が寄り道していけないなんて制度はないよ!!」
「ここの用事は?」
「これ…届けに…」
「はい! お使い完了」
手に持っていた荷物を取り上げ燐火にポンと放り投げると、踵を返し沙智を掴んだまま転移で消えてしまった
「じゃ、行くよ。離れないでね」
「ひゃっ」
バヒュン
去り際、木の花の頼渡が申し訳なさげにお辞儀をして消えて行く
「……………」
手際の良さとスピードで間に入れなかった燐火プラス里人はポカンとしてしばらく立っていた
「うわぁ…お花……いっぱい」
砂や紅焔とはまた違った風情を醸す木の花の里を見て、沙智は感動していた。しかし咲耶は里を眺め眉を寄せると溜息が治まらない
「本当はもっと色付きいい筈なのに白っ茶けてるでしょ?」
「そういえば少し灰色……」
言われるまで気づかなかったが、普段目にする花に比べ鮮やかさが落ちている感じを受けた
ひゅんっ
「あ゛―――――せっかく綺麗にしたのにまた――――!! これじゃあ立派に育たないよ―――!!!」
急激な風が去った後には桜の木々にこんもりと灰が積もってしまい、咲耶は雄叫びを上げる。
一瞬にして灰色の景色になるのを目撃した沙智はびっくりしていた
「せめてほんの少し火口がずれれば」
「風向きも変化するのにね…」
里人達がいそいそと桜に積もった灰を取っている。そんな様子を心配そうに沙智は眺めていた
「咲耶! これ」
「あ…ありがと」
声を掛けられた咲耶はある物を受け取り沙智の前に差し出した
「はい」
「桜入り三色団子。少し“あく”の香りするけどごめんね」
一口大の綺麗な色合いをした団子を促されるまま手に取る沙智
「本当はもっと美味しいんだよ。たくさんあるからお土産にでも持って行って♪」
苦笑いをしながら台の上にある山の様な団子に目を配る。
咲耶は一本手に取りもぐもぐしては遠くに見える火山を睨みつけていた
「それもこれもあの火山が原因、ここで引き下がってらんないよ」
「ねっ 沙智もそう思うで…」
同意を求めて沙智を見ると沙智の目には団子しか映ってないらしく、いつの間にか山の様にあった団子が無くなりかけていた
「…お団子美味しい?」
必死になってパクパク食べている沙智の後ろに回りそーっと覗き込む
「とっても美味しい♥ こんなに美味しいの初めて」
満面の笑みで咲耶に振り返り再び団子へ
「もっと食べる?」
お茶と追加の団子を持ってきた里人にコクコク頷き視線は団子へ一点集中。台の上に置かれると一目散にかぶりついた
「なんか」
沙智の様子を微笑ましく見てた咲耶は後ろから沙智にしがみつきクスクス笑っている
「沙智見てると、すりすりしたくなるんだけど♥」
「???」
理由も無しにしがみつかれハテナの沙智だったが、団子に対する熱意は収まることなく続いていた
「串は取ってあるからね」
「又おいで」
「はい。ありがとうございます」
沙智より遥かに大きい容量の団子入り袋を背負い鼻歌混じりで砂の里へ道中を早足で駆けてると、見覚えのある人影が見えた為立ち止まる
「燐火」
「どうだった? 里の様子は」
道端の木に体を預け顔だけをこちらに向ける
「率直に思った事でいい」
「あ……花が………」
「花?」
「灰をかぶって苦しそうだった……」
「………そうか」
俯き加減に腕組みをし考え始める
「面倒事をさせてしまったな」
「ううん。平気」
「あと…お団子…」
「団子?」
「あっ 何でもない。じゃ…じゃあ又来るね」
「……ああ」
関係の無い話をしそうになり、焦った沙智はいそいそと帰って行った。
燐火は沙智が背負っているとても大きな袋を見ながら見送っていた
「どうしたんですか? 皆さん楽しそうだけど」
久々に紅焔の里へ来た沙智は、皆がニコニコしていたので、何かあったのか聞いてみる
「やあ沙智」
「アイドルクレーマーが来てるからね」
「え?」
視線を皆に合わせると当時程の大声ではなかったが、燐火に対し言い合いをしている咲耶の姿があった。その様子を里人はにこやかに眺めているのである
「ここ一ヶ月ほぼ毎日来てるんだ、あの子」
「最近じゃ迷い込んだ蝶々みたく思えてきてさ、ひらひらしてるだろ? 楽しみになりつつあったりしてね」
「燐火も前もって待機する様になってたり、少しは楽しみなんじゃないか? あいつも」
「数分で帰っちまうけど」
「……」
「あの子にとっては暑いし、仕方ないだろ」
クスクス笑っている里人達。
沙智は口論をしている燐火と咲耶を内心複雑そうに眺めていた
「まぁいいわ。今日は視察に来たの!!」
「視察?」
毎日通っても埒があかないと、咲耶は覚悟を決めぴょんぴょん火口へと飛び跳ねて行く
「百聞は一見にしかずってね!!」
「おい、危ないぞ」
煮えたぎる溶岩と熱気に満たされ咲耶は我慢ができずに上着をばさりと脱ぐ
「暑い!!!」
おおっ
作業をしていた里人達から歓声があがる。
中に一枚着ていた咲耶だが、水着の様にピッチリしている服だった為眺めが良かったらしい。
目当ての箇所を見つけた咲耶はしゃがむと指を差しながら燐火を仰ぎ見た
「ここだよここ!! この角を数センチ閉じてくれって言ってんの!!!」
暑いながらも一生懸命指を差し燐火に対し怒っている。
すぐ側のマグマが溢れ出し咲耶に振りかかろうとしていたが、咲耶は違う方向を向いていた為気付いていない
「これくらい閉じたってあまりこっちに影響ないんでしょ!!?」
ボコッ…! バッ
マグマの中へと入り、寸前で咲耶にかかろうとしたのを燐火は防ぐ。
じゅぅと服が溶かされる音。その里で作られた服である為、本人の能力で修繕されていった
「こんなマグマでもお前に当たれば重傷になるんだ。言いたい事は分かったからここから離れろ」
「うわ…」
一瞬何が起きたか把握出来ず、燐火がマグマの風呂に浸かっているのを見てギョッとなり二、三歩引き下がる
「ありがと。大ケガする所だった…」
焦って立ち竦む咲耶を不思議そうに見る
「やけに素直だな、気味が悪い」
「あのねぇ…あたしはあなたが嫌いだから言い合いしてる訳じゃないんだよ。礼儀はわきまえてるつもり」
「違うのか?」
「……嫌われてるとでも思ってた?」
「ああ」
「ああって……」
膨大な汗が吹き出し口を大きく開け意識がボーッとしていた咲耶は、限界を感じ燐火に背を向けると早々に去っていく
「とにかく、嫌ってはいないけど言い合いに明日も来るからね。分かった? 暑くて頭回らないよ、もうっ…!!」
「…ああ」
咲耶の姿が見えなくなるまで見送り、目を細めどことなく名残惜しげに佇んでいた
「分かった…」
「…………」
ぼそりと独り言を発する燐火。もういない咲耶の跡をいつまでも見ている燐火の姿は岩陰で様子を見ていた沙智にとって、気がかりでならなかった
「さちー、お客さんー」
数日後、砂の里で沙智は黙々と作業をしていた。振り向くと頭大の袋を持った咲耶があいてる手を振りニコニコしている
「咲耶!」
「遊びに来たよ」
突然のお客さんに沙智は喜び、咲耶から団子のお土産を貰うとハイテンション
「勉強の為、見学してこいって」
「え? そうなの?」
「あたし、沙智より少し早く生まれただけだしまだまだ未熟者なんだよ」
「ええっ 知らなかった…」
年の差がさほど違わない事に驚く。
作業を他の人に任せ、沙智は咲耶と一緒に砂の里案内と雑談で賑わっていた
〈ねぇ! 格好良い人あっちにいる〉
〈えっ どこどこ!〉
女性達がざわめきながら目当ての場所へと向かっていく
「…格好良い人?」
「…気になるなら見に行く?」
「えっ!! い…いいよ」
里の女性大半がその人目当てに行っていたので、少し気にはなったが、咲耶が興味なさげだったので咲耶に合わせようとした
「…って見に行かなくても分かるね。でかいし」
「……! 燐火!?」
賑わう女性達を見ると頭二つ程背丈の高い人物が視界に入り込む。沙智は驚いて燐火の元に駆け寄った
「ど…どうしてこの里に…?」
「束に用があったんだ。どこにいるんだ?」
「えっと…向こう…」
沙智に気付くと燐火は間を縫って目の前まで来る。
周りは一歩引き二人の会話を聞いていた。燐火は沙智の隣に立っている咲耶にも目を配る
「―――で、朔で来ないと思ってたらこっちにいたのか」
「それはお互い様、又明日から行くし」
「そうか」
話しかけられた咲耶はそっぽを向き燐火を見てる。燐火は踵を返すと束のいる場所へと行き始めた
「あ、案内…」
「一人で行ける―――……咲耶の相手をしてればいい」
「ねぇ。彼って紅焔の里の人? 紹介して♥」
「え」
「素敵じゃない!」
「え」
「いいなー。私も頼渡になれば良かった」
燐火が去った後押し寄せる様に沙智に群がり、女性達は沙智の返事も聞かずにどんどん話が進んでいった
「今度一緒について行ってもいい?」
「あー、私も行くー♪」
「あの…」
「じゃ、みんなで行きたーい」
「え!?」
ざわつく女達に戸惑い困ってしまう。その中に紛れヒラヒラと派手目の服を着、頭には大きなリボンをつけた女が燐火の向かった先を頬を染め静かに笑っている姿があった
「意外だ………あいつってあんなにもてるのか」
休憩場に腰掛け信じられないと咲耶が呻くが、隣にいた沙智は団子を食べながら憔悴しきっていた
「……咲耶は燐火がカッコいいとか思わないの?」
「え」
ふと、咲耶の態度が気になり聞いてみる
「ええええ!!?」
「……」
素っ頓狂な声を出し上を見て考え込む。思ってもみなかった事だけに咲耶は悩んだ
「……………良く…わかんないや……アハハハハハ……」
「…そっか」
咲耶の出した答えに沙智はほっとする
「噂をすればモテお君来たよ。用事終わったみたいだね」
「!」
キビキビと里内を歩く燐火を見つけ、沙智は立ち上がり駆け寄ろうとした
「燐…」
「キャア!!」
ドサッ
燐火と沙智の動きが止まり、悲鳴の上がった方へ視線を向けると、足首を押さえて蹲っている女がさも痛そうにそこを擦っていた
「いっ…たーい……」
「…どうした?」
「引っ掛けちゃって足痛めたみたい………悪いけどあっちまで連れて行ってもらえないかな?」
「…立てるか?」
「うん」
近寄ると燐火は腕を掴み立ち上がらせるが、女はよろけて燐火に突っ伏してしまう
「キャ…」
「しっかり捕まってろ」
「うん。ありがと…」
女は燐火の腕にしっかりとしがみつき、チラと女性陣を見ながらほくそ笑む
「優しいのね…」
「向こうだな」
「ええ♥」
そして女は楽しそうに燐火と向こうへ行ってしまった
「…………」←女性達
「うわー……」
「…真砂……」
呆気にとられ声が漏れる咲耶。
沙智は固まったまま名前を言うのがやっとだった
〈真砂…戻って来てたんだ……〉
〈目付けられちゃったね彼…かわいそうに…〉
〈いい男に目が無いからね……あいつ…〉
〈手段選ばないし、関わりたくないよね…あの子〉
〈あれはいつまでもしつこいぞ…〉
「…何だか凄そうだね真砂って子」
ヒソヒソと語り合っているのを聞きながら、咲耶は燐火に同情している。
ふと沙智を見ると顔色が悪く、とても不安そうだ
「沙智…」
少々考え頬をポリポリ
「心配ならあたしがあいつ引っ張って来ようか?」
「え!? し、心配なんか…」
「深刻そーな顔してるけど」
「してないよ…!!」
声がどもり動揺している沙智を何となく察知した咲耶は明るく励まそうとした
「あの子にいいようにされるくらいならそんな奴だったと思えばいいんだって、沙智が気に掛ける必要な…」
「燐火はそんなんじゃない!」
急に沙智が豹変した為びっくりする。沙智はハッとし俯いた
「あ…ご…ごめん…………でも、燐火はそんな軽い人じゃない……」
「そんなんじゃ…ないよ」
今にも泣きそうな顔をしてぐずっていた。咲耶は困ると同様に戸惑い気味で頭に手を置き項垂れている
「…ごめんね…どうもあたしってそっち系良く分からなくて……」
「そっち系!?」
何か良い方法はないかと咲耶は考え、しばらくして何か閃いたか拳を上に掲げた
「じゃあさ、沙智もあの子と同じ様に燐火の目の前で転ぶとかどう?」
「え!!?」
「そうすれば優先して燐火が介抱してくれるでしょ! ねっ、それでいこ―――!!」
「一体何の話してるの、咲耶!!?」
言ったとほぼ同時に沙智を連れて実行しようとした為、沙智は必死にそれを抑えようとしていた
「あれ?」
数日後、相変わらずの言い合いをしに軽快な足取りで紅焔の里へと赴くも、いつもの場所に待機している燐火が見当たらない
「今日は燐火いないんだ」
「ああ、燐火ならあの子の相手してるよ」
近くにいた三人の里人に聞いてみると数百メートル先の岩がゴロゴロした所を指差したので、咲耶は一緒に目を配る。そこには米粒くらいの燐火と燐火の手をぐいぐい引っ張り満面笑顔の真砂の姿があった
「なんでも『燐火が好みだ―――っ』て言って朝からずっとあんなだよ」
「積極的だね―――羨ましすぎる」
「…すげ……」
里人達は羨望の眼差しで二人を見ていたが、咲耶は唖然とし脱力感が沸いていた
「あ、沙智」
一人が沙智に気付き荷物を受け取ろうと近寄った
「今日は燐火取り込み中で俺が受け取るよ」
「取り込み中?」
「あれ」
燐火の補佐をしていた男が沙智の荷物を受け取り持って行く。
咲耶は後を続ける形で二人がいる場所を指差した
「…! 真砂!!」
燐火と楽しそうに話している真砂を見て驚く沙智。真砂は沙智がいるのに気付いた様で、ちらりと沙智を見ては口角を上げ不適に笑う。
ビクつく沙智だが、二人から目が逸らせず固まってしまった
「うーん…なるほど……ならこういう手でもいいのかな?」
「?」
目を上に向け顎に手を添え考え事を咲耶はしている。そして三人の里人にある提案を発言した
「デート」
「火口ずらしてくれたら、あたしとデートしよう!」
え え え え え え え
里人の雄叫びに何事かと振り向くと、咲耶達が騒いでいるのを見つけ歩き出す
「客人だ…失礼する」
「燐火!」
「ちょっ…咲耶……!!」
「あたしとデート、いや?」
「め…めめ…めっそうもない!!!」←三人
咲耶の言動を抑えようとする沙智だが、けろっとしてる咲耶は笑いながら三人に自分をアピールしている。慌てている三人は一斉にしゃがみ込むとボソボソ相談し始めた
〈でも…火口どうする……〉
〈ずらすって…ほんの数センチなんだよな…?〉
〈こっそりやるか……?〉
半ば乗り気の三人に咲耶は楽しそう。
冷や汗が大量に噴き出ている沙智は自分の事ではないのに大いに焦っている
「随分卑怯な事するんだな」
ギョッ←三人
「失礼ね! れっきとした取引よ“取引”!!」
「人の弱味につけ込んだ陰湿な取引だな、恥ずかしくないのか」
『来たな!』と燐火の方を向き睨む咲耶。呆れてる燐火は溜息混じりで三人を見ると、三人は立ち上がり一、二歩後ずさり
「引っ掛かってる奴に言われたかなーい!!」
「何の事だ。とにかく俺が対応するから向こうで仕事を再開してくれ」
「あ…ああ」
三人は慌てふためいてすごすご戻って行った。
ここで引き下がれない咲耶は燐火の前に指を真っ直ぐに突き出す
「分かった。じゃあ燐火!! あたしとデートする代わりに火口ずらして!!」
口を大きく開け仰天する沙智。燐火は目が点
「咲耶!!」
「言ってみただけだよ」
沙智が動揺し食らいつく、咲耶は『ちぇっ』と舌打ちすると燐火に背を向け帰ろうとした
「やっぱりあたしにはこの手はムリか……」
「いつだ」
「…………へ?」
「こういった場合段取りを決めないとすっぽかされるおそれがある」
半ば真面目に腕組みをし淡々と話を燐火は進めて行く。二人は唖然として棒立ち状態
「決まってないなら俺が決めよう…そうだな、明後日に翠の里の祭りがある。そこに行こう」
「いや…あの……」
「当日は木の花の里へ迎えに行く。間違っても逃げる様なマネはするなよ」
「そっ…その前に火口!! 火口なんとかして!!!」
咲耶に焦りが生じ、伸ばした腕をブンブン燐火に向けて振り回す
「火口はもうずらしてある。この前砂の里に協力してもらった」
「んな!?」
新事実を聞かされ驚愕する。静かになった咲耶は汗だくで俯いた
「…そういえばここ二、三日灰が来ない……」
「もう風向きで木の花が灰に脅かされる事は無い筈だ」
「だったら何でもっと早くに言わないの!!」
「最近忙しくて言いそびれていた」
「ならデートする必要ないでしょ!!」
食い違いに気づき再び燐火に噛みつくが、燐火は用事は済んだとその場から立ち去ろうとした
「言い出したのはお前だろ、言ったからには守ってもらう。火口はずらしたんだ」
「!」
反論できなくなり動きが止まる。燐火はさらにビシッと咲耶に人差し指を向け再確認
「明後日里で待っていろ、忘れるなよ」
「………」
咲耶はがっくりと肩を落とす。燐火の向かう先には顰め顔の真砂が咲耶を凝視していた
「……すっごい睨まれてるんですけど…」
諦めたのか、咲耶はふらりと足取り重くトボトボ里へ帰って行った
「やっぱり下手な事言うもんじゃないなぁ…」
「……」
咲耶を見送った後、再び燐火と真砂を見直す。
燐火は後ろ向きで表情が確認できなかったが、機嫌が戻った真砂は楽しそうだ
(燐火………)
「……」
二日後、鮮やかさを取り戻した桜の木の下で、燐火は目の前にいる“二人”を見ていた
「何もあたし一人だけって話じゃなかったし、両手に花デート! いいねー燐火君! それじゃお祭り行ってみよーか!」
咲耶の隣には慌ててバタバタしている沙智がいる。逃げようとしてもがっちり咲耶に捉えられて身動きが取れない。
咲耶は明るく笑い沙智を引っ張りながら翠の里へ向かったのだった
「うわーやってるやってる♪ あっ、あれ何だろ」
櫓にある太鼓が鳴り響き屋台が立ち並ぶ。食べ物の良い匂いと賑やかさに気持ちが高揚した咲耶は人々の間を飛び跳ねる様にくぐり抜けどんどん先へ行ってしまう
「咲耶!! 迷子になるよ!!!」
「大丈ー夫、大丈夫。先行ってるね♥」
咲耶を見失わない様しっかり見ていると店の前で立ち止まったので一安心し、やや俯いた
「あの…燐火……ごめんなさい…」
歯切れ悪く沙智は呟く
「朝…目が覚めたら咲耶がいて…無理やり連れてこられて……」
「いや、いい」
立ち止まった咲耶の所まで歩き続ける二人
「多分二人で来てもこんなものだろう。ひらひらしてて掴み所がない」
「……」
確かにそうかもと思ったが口には出さない。燐火は何かを買い込んでる咲耶に焦点を合わせ眺めている
「ただ…きっかけが欲しかっただけだ。灰の件が終わればもう来なくなる」
(ああ…)
そんな遠い目をしている燐火を沙智は横から見上げ寂しさが込み上げた
(やっぱり、そうなんだ…)
買い物が終わった咲耶は二人を見つけ軽やかな足取りで目前までやってくると、先程買った“ある物”を沙智に見せる
「さちー!!! ほら、どデカ団子だって」
「おおお」
さっきまでの重い気分が一気に吹き飛び団子を受け取ると一目散に食べ始めた
「はい、燐火」
「俺はいい」
「え? 食べないの」
明らかに胸焼けしそうな大きな団子に燐火は即答で断った。
お土産の他三本を手にし、沙智に渡した分を除けば咲耶の手には団子が二本。少し考えた後、再び一本を沙智へ渡す。沙智は既に食べ終わった後でもう一本食べる準備は出来ていた
「…じゃ、もう一本と二個沙智で……」
串だけになった沙智の団子を見て『好物なのか…』と引き気味で見てる燐火。
二本目を受け取ると頷きながら再びもくもく食べ始める。咲耶は残った一本から一個外すと半分に割り燐火に差し出した
「はい、半分なら食べれるでしょ。名物は食べとくべき」
笑顔で目の前に出された半団子。
咲耶の手の上に乗っている重量感のある団子からは中身がたっぷりあり、躊躇した燐火だったが無垢な咲耶の笑顔に負け笑みが零れる
「そうだな。貰おう」
半団子を受け取ると近くに座り三人で休憩する。
穏やかな燐火の表情に、困惑気味で見上げる沙智。食べるのを中断するくらい今の燐火は優しい笑みを浮かべていた
(私は…)
「お、すっごいモチモチしてる。おいしいね、沙智」
「えっ…うん……」
「甘いな…」
急に振られびっくり。明るく振る舞う咲耶と甘いのが苦手なのか、やや青ざめている燐火がいる
(どうしたらいいんだろう……)
残りの団子を二人を見ながら食べ始める。
二人を見ていると再び気分が重くなり胸の奥が苦しかった
ダダダダダダダダ
「ちょっと燐火――――!!!」
約一週間後、沙智が荷物を燐火に渡していると聞き覚えのある良く通る大きな声が響き渡った
「咲耶?」
「うちの束にあたしと結婚したいって言ったんですって! どういう事!!?」
「え゛!!?」
え゛え゛え゛え゛え゛
「言葉通りだ」
肩を上下に大きく動かし息切れのする中、大声を張り上げる咲耶に近くにいた里人や沙智が超が付くほど驚くと燐火に視線を向ける。しかし燐火は平然と返答した
「そうじゃなくて何であたしとな訳さ!!?」
「簡単だ」
グーを掲げ説明しろと捲し立てる
「色んな面から見て咲耶は適任だと思った。それだけだ」
「どこが適任なの!!?」
「色々だ」
「色々ってもっと詳しく言えってば!!」
「………色々と言えば色々なんだ!」
尚も問い詰める咲耶に困ってしまいそっぽを向く
「とにかく、あたしは拒否だよ拒否!!! 絶っっ対結婚しないからね!!」
両手を握り抵抗の姿勢を取る。
周囲ではハラハラしながら二人を見ている。向こうを見ていた燐火が真面目になり咲耶を見た
「―――分かった。咲耶にその気が無いならお前が火口で粘った様に俺も粘ってみよう」
「え」
「絶対に落として見せる」
おおおおお
「~~~~~~~」
「言った――――」
「がんばれ燐火!!」
「応援するぞ―――――!!」
あまりの直球さに言葉を失い咲耶は茫然。
野次馬は騒ぎ立て、里中に知れ渡るのは時間の問題だろう
「ついでに俺は木の花の頼渡になった。よろしく頼む」
「は!?」
「今日はあまり相手出来ないんだ、又会おう」
「ちょ」
用事が終わったと自己完結した燐火は逃げる様に荷物を持って行ってしまった。唖然として立ち竦む咲耶に里人は落ち着かせようとフォローしたり説明したり忙しい
「燐火はいつもああだけど本気出すと凄いからなー」
「…………」
「悪い奴じゃないし、あいつとの事考えてやってよ。咲耶」
「…何でこんな事になったんだ………」
自里に戻り川面付近でがっくりと肩を落とした咲耶は項垂れながら何度も溜息をしている
「…咲耶」
「沙智…」
後を追って来た沙智が咲耶の隣で正座した
「…どうして断ったの? 私は咲耶だったらお似合いだと思うけど…」
沙智には衝撃的な事だった。しかし同時に納得した事も事実だ。
咲耶は四つん這いになっていた体を戻し仰向けに寝転ぶ
「何か、違うんだよね……」
「違う?」
「うん…燐火自身に問題ある訳じゃなくて………うーん……良く分かんないなぁ…」
考えても考えても違和感がある咲耶。両手を枕にして咲耶は沙智を見上げると微笑んだ
「…それに、燐火にはもっと近くにかわいい子がいるのにね。そう思わない? 沙智」
(咲耶…)
「ほんっと鈍いよね燐火って。自分の足元見なさいっての、もう」
『よっ』と反動をつけて上半身を起こしストレッチを始める。沙智はそんな咲耶をじっと見つめていた
「…ま、成り行きこうなってしまったけど、違う以上あたしは拒否し続けるよ」
良い事を思いついたか笑顔になる
「そーだ、沙智も木の花の頼渡にならない? そうなればお団子お土産に渡すし」
(咲耶………)
「“燐火と一緒”に木の花に来るといいよ」
沙智は頬が赤くなり涙が零れそうになる。
空は淡く霞み、柔らかな風と共に花びらがひらひら舞い落ちた
(ありがとう……)
「うん…相談してみる……」




