哀楽の夢(後)
バ バ バ バ バ バ バ バ バ バ
超高速回転する物体から幾千もの小さなつぶてが撒き散らかされ、後を追う形でこれまた高速で移動する火矢が数回連射されていた。
しかし燐火、舞、氷雪が放つ壁により五人に届くこと無く収束される。灯、榊の足元にはつぶての残骸や焦げ臭さが漂っていた
「ちっ…戦力不足だな……」
舌打ちした灯は不利と見てひとまず撤退する事にし、木の枝に座って難しそうに考え込む榊を見上げる
「榊、戻るぞ」
脳内シミュレーションをしてた榊は自分の世界に入り浸っていた
「うーん。なんかこう…迫力に欠けるっしょ……」
「…? 何を言ってる」
「試作二号!!」
にょピ
灯が立ち去ろうとした時、榊が中央に人差し指を向けると地面が盛り上がる
ウフン♥
一・五メートル程の大きさに伸びた花は、艶っぽい声と共に華麗に美しく咲き誇った。
多分ダリヤを改良した花らしく、その中心にはクリクリとぱっちりした愛らしい目、口元は控えめに、しかし鮮やかなピンク色をしている為とても健康に満ち溢れている
五人+灯は固まった。沙智は声にならない声をあげ真っ青になり今にも倒れてしまいそうだ
「お、いい反応♪」
ダメ元で出現させた試作品に手応えを覚え、榊は陽気に笑い出す
「よし! こっちの路線で行くか♪」
シュッ ボオオオオオオオオォォ
「あ゛―――」
足元から放たれた火矢により試作二号はあっけなく燃え散ってしまった
「何するっしょ!! 味方だろ!!」
「…なんつー薄気味悪いもんを……」
灯は呼吸も止まっていたのか、大きく肩を上下に動かし、恐ろしい形相になっている
「今後私の前にあれを出してみろ!!!」
「……」
「味方だろうと片っ端から燃やしてやる!!!」
上から灯を見下ろし少し考えた後、にょピと灯の近くに出現させてみる。
出た瞬間抹消され消えていく試作品。
それならばと周辺ににょピにょピと次々出現させてみた。
モグラ叩きの様に灯が放つ炎で焼かれていく試作達。
どんどん出す榊に怒りマックス化した灯は榊がいる木の幹に手をつける
「燃やされたいのかお前!!!」
「う゛わ―――!」
真っ赤にとぐろを巻き大きな木は燃えていった。同時に榊の気配がプツリと消えると再び舌打ちをする
「ち……逃げたか」
標的が榊に替わった灯だったが、少し冷静になると退却していった
「…あまり仲が良いとは言えんな」
「氷雪!」
「ああ」
ぼそりと二人の分析をする燐火。沙智は俯き不気味なあの花を思い出す度身震いが治まらない。氷雪は咲耶に促される様に燃えさかる木の消火へと向かう。
鎮火すると辺りはひんやりしていた。かろうじて生命が残っている木の修復に咲耶は取り掛かるが、面目なさげに謝りながら回復させていた
「ここ数日仕掛けてきたのはあの二人か……特に“木の榊”。あいつは警戒した方が良さそうだな」
燐火は手を腰に置き今までのまとめを語る
「ああいう子供みたいな奴が一番性質が悪い、沙智と氷雪は注意するんだな」
「うん…」
「……」
二人は燐火の言葉に振り向き相槌を打つ。近くで腕組みをしてた舞が続けて発した
「あと金も入れて、他の二人はどう対処すればいいのかまだ分からないわね。水は全然顔出ししてないし」
「………土は…戦う事はしないと思う…」
「?」
「服汚すの嫌うもんね。どっちかというと表より裏で動くタイプ?」
「そだね…」
深刻な面持ちで重そうに沙智は口を開く。咲耶は沙智に付け足す形で口添えしている
「詳しいわね」
「…私と同じ里なの………」
「里から二人も選出!? やるじゃない」
舞の問いにぽつぽつ答える沙智。咲耶はちらりと燐火の顔を窺うが、無表情である。沙智と舞の会話を遮って燐火が喋り出した
「―――金はお前達二人(沙智、咲耶)にとっては別の意味でも要注意だな」
「………あいつには近づきたくないよ…」
言われて表情を曇らす咲耶と沙智。吐き気を催し沙智は声すら出せない
「…水は情報不足だから笙粋様に聞いてみる」
「そうしてくれ」
五人は立ち止まっていた足を進め、人の気がある町へと到着する。咲耶は一人笙粋とコンタクトを取る為、皆から離れて集中する事に。
その間他の四人は待機していた
「……あれ? 二人は?」
「追われて逃げて行ったよ……」
軽快な足取りで皆の所に戻って来るも氷雪と舞が見当たらない。ちょっと考えたが後で言えば良いかと先に二人に説明を始める
「……ま…いいか。笙粋様の話だと水は白湯と言う人で、あんまり争いは好きじゃないみたい」
「…いずれにせよ用心にこした事はないか」
「……」
「常に向こうが先手に付く分気を引き締めないとな」
人物像も未定である水の白湯。燐火は腕を組み一番劣位になる為警戒対象として置く事に。先行き不安でたまらない沙智は沈黙していた
「あ―――――みつけた――――――♥♥」
大声を背中に受け、ギクリとした氷雪は逃げる構えを取った。舞は制止しようと再び大声を出す
「お願い、待って氷雪!! 一つだけ聞きたい事があるの!! 答えて!!!」
声色が変わった舞に立ち止まる。しかし振り返る事は無く背中を向けたままだ
「私と咲耶の違いって、一体何!?」
「…………………」
そろ~っと舞を目視するも眩しさに全体がぼやけている。げっそりとやつれた顔を顰めながら薄く目を開き違いを探す氷雪であった
「……髪型?」
「え」
しゃっ
「あ」
言ったと同時に瞬移で氷雪は去って行く。
舞はその場に立ち止まり、氷雪が言った言葉を深く吟味する
(髪型……私は咲耶より短い……)
自分の髪を掴み引っ張ったりくるくる
(咲耶くらい長ければ、氷雪は振り向いてくれる――――! 氷雪は髪の長い娘が好みなのね!!)
キラキラと顔が輝きだし、空高く拳を突き上げた。周りの人々が眩しさで避けている
「まってて! 咲耶以上に髪を伸ばしてあなたを虜にしてみせるわ――――!!!」
舞が髪を伸ばすきっかけとなった瞬間であった
笙粋がいる塔に近づくにつれ、妨害は勢いを増していく。
しかし五人は相手の弱点を突きながらの対策で少しずつではあったが、一歩一歩先へと進んでいった
「―――っくそ! あそこまで五人が纏まっていたら上手く壊せないぞ!!」
吐き捨てる様に火の塊を近くの木へ当て灯は八つ当たりをする。側に座っていた榊はギョッとし少し怯んだ
「何故うちらは纏まりがないんだ!!?」
沸点に到達した灯は狙いを榊の周囲に合わせてる様で(本当は榊に当てたい)次々と木々が燃える中、びっくりする榊だが不思議と楽しそうだ
「―――持ってんのはあいつだろ?」
「“木の咲耶”いっつも囲むようにして四人が護ってるっしょ」
ケラケラと汗をかきながら見上げる榊に超冷たい視線で見下ろす灯
「…馬鹿なりに着眼点あるじゃないか。しかし、分かった所でどうなる訳でもないだろ。守りが硬すぎる」
灯にとって他の三人はあてにならず、仕方なく榊といるらしい。ボロボロぼさぼさの榊を炎で跡形も無く消し去ったらどんなにすっきりするかと時たま脳裏に過るが、少しの理性で我慢していたりする
「まあ、時間外労働して様子をみるっしょ」
「は?」
そしてたまに訳の分からない榊に、より深い嫌悪感を抱く灯であった
とある集落の外れで、意気消沈気味の氷雪が前屈みでぐったりと項垂れている
「…追いかけが強化されてるみたいだね……」
「…………勘弁してくれ…」
側で咲耶がしゃがみ氷雪の様子を窺っていたが、舞繋がりでふと思い出した事を氷雪に問いかけてみる
「そうそう。聞いたけど、氷雪って髪長い娘が好きなんだ」
楽しそうに語る咲耶に何の事か分からない氷雪は不思議そうに咲耶を見ている。
氷雪の様子が変だったので咲耶も不思議そうだ
「…? あれ?」
「俺は髪の長さにこだわりはないが…? 咲耶が短い髪ならそれで良いと思う」
「え? だって舞が……」
咲耶の頭の中では『氷雪は髪の長い女が好きなのよ!! 今にあんたより長くなって氷雪を奪ってみせるわ♦ 見てなさい!!』とついさっき舞が勝ち誇る様に言っていた描写が復元中
「ああ……」
思い出した氷雪は座り直し空を仰ぐ
「咲耶との違いを聞かれた」
「違い?」
「別段これと言って無かったが。二人とも女だし」
聞かれた事を思い出しながら再び考える
「あえて言うなら髪の長さだったからそう言った」
「……」
「他にあれば属性くらいか…?」
氷雪は咲耶と舞の見た目の違いを述べたらしく、咲耶はしばらく目が点だったが徐々に笑いが込み上げ吹き出した
「……氷雪…何か…それ……違う……」
「?」
クスクス笑い途切れ途切れに話す咲耶を氷雪は真面目に見ている
「そんなに面白い事か?」
「うんまあ…」
氷雪の率直さに愛しさが込み上げ、側に近づきコツンと頭を肩に置く。氷雪は笑ってる咲耶につられ微笑むと優しく咲耶の肩に手を寄せた
「咲耶が楽しいのならそれでいい」
「…少し、ずれてたかも…髪の長さ」
「そうなのか?」
「ふふっ」
幸せそうに語り合う二人。だが、そんな恋人達の一時を監視している菫の群生があった
「………」
裏から見れば可憐に咲く菫達。
表は花弁一つ一つが目玉と化しギョロッとしている。目を閉じて眠っている花も数本あったが、不気味な花である事に変わりは無かった
沙「………やっと半分来たね…」
集落を出発後、歩いたり走ったりの旅がしばらく続いた。周囲は平原や剥き出しの岩がゴロゴロし、休める里も無い。
数日寝ずの歩きであった為、五人は疲れが最高潮に達していた
「くぅ~…今頃は仕事を終えて里の奴らからもてはやされてたはずなのに…」
拳に力を込め万年怒りの舞
「はぁ…今日はここらで野宿しよっか……」
さすがに休息しなければと咲耶は提案する。特に舞は野宿は嫌だったが、仕方ないと諦め休む準備を始めた
「紫珠らが最近静かなのはありがたいが…」
「あたし、報告してくるね」
「うん」
後ろを振り返り紫珠の静けさに燐火は疑問を抱く。咲耶は沙智に断り報告の旨を伝えに離れた場所へ移動
「来たら来たで迎撃すればいいのよ! もう休みましょ!!」
「そうだな」
「……」
言うが早いが舞は横になる。氷雪は咲耶を気にして目で追っていた。
咲耶は皆から隠れる様に場所を決めると精神統一を始め、笙粋との連絡を始める
《笙粋様…半分まで皆無事に着きました》
『……あと…少しですね……』
《はい》
集中しないと笙粋の声は聞き取れなくなる。目を閉じ笙粋の言葉を一つ一つしっかり聞かなければと必死だった咲耶は、背後からそっと近寄る影に気付かなかった
『何事も無く…この調子で……』
咲耶のすぐ後ろまで来た影は薄い笑みを浮かべる。気配に気付き、ハッと目を開いた瞬間だった
ザンッ!
影の手が枝状に変化し咲耶の体を貫通、光り輝く旺珠が勢いよく外へ押し出される
『咲耶!?』
反射的に貫通してる枝を切断しようとしたが、寸前にかわされ影は土の中へと潜り込む。
咲耶の眼前には押し出された旺珠がコロ…と地面を転がり静止。その先には狙いを定めて待機していた灯の姿があった
「!!」
バ シ ュ
咲耶が追い付く前に三本の火矢が旺珠へ放たれる。が、氷の板が現れこれを阻止すると氷雪が前に立ちはだかった
「氷雪!!」
「咲耶!! 旺珠を…!」
「咲耶!?」
「え? 襲撃!!?」
騒ぎに気付いた三人は急いで二人の元へ駆け出した
地面に這う形で旺珠に近づき体から変化させた数本の枝で籠状に包み込むと旺珠は咲耶の内部へ無事収められた。
焦りが生じた咲耶は上手く体勢がとれなくいまだ立てないでいる
「旺珠と一人が消えれば一石二鳥だな」
いつのまに移動したか、後方に咲耶を狙う灯の姿。
振り返る間もなく火矢が撃たれるも氷雪がそれを許さず、火矢が消され灯に迎い水槍を放つ
灯の口端が上がった―――
元々逃げるつもりだった灯は難なく水槍をかわすと、氷雪の視界から消えてしまう。そして灯の陰になり隠れていた榊の姿が現れた
「そう来るのは読んでたっしょ♪ ひっせつ♪」
トッ トッ トッ ト ト トトトトト
咲耶の時が止まった
呼吸も瞬きも出来ない程一瞬の光景が咲耶の頭を白紙にする。
榊の繰り出す無数の礫。逃げる隙を与えられなかった氷雪は体中蜂の巣の様に礫が貫通し、致命的な傷を負ってしまう
「…………」
ドサッ
「氷雪!!!」
崩れる様に地面に突っ伏した
「良くやったぞ榊! 晦冥様に報告だ」
「中々楽しめたっしょ。じゃあの―――――」
目的が達成できた喜びで灯達は笑いながら去って行く。咲耶は駆け寄り体内から木属の残りを取り除こうと必死でいた。
ほんの数分の出来事、三人が二人の所まで来た時には凄惨な光景しか残っていなかった
「氷雪!! 氷雪――しっかり…氷雪……!!」
反応がない氷雪に掠れる声を咲耶は出し続ける
「咲耶…」
「榊にやられて…!! どうすれば…」
外目でも分かる状況に燐火は目を伏せ静かに話す
「……お前も知ってるだろう………劣位相手にやられたんだ……………自然との同化が始まっている……」
「………っ」
咲耶も気付いていた。氷雪の身体が薄くなり周りに溶け始めている事を。
気付いていたが認めたくなかった
「……くや……み……な……」
「氷雪!!」
「すま…ない……奉納……くな…て」
うっすらと瞳を開け真っ直ぐ咲耶を見ている
「気付かなかった私達にも責任あるのよ!! 気付いてたらあんな奴……!!」
舞が近くまで駆け寄り悔しさと悲しさが混同している。
視界に映るぼんやりとした咲耶の姿。氷雪には目の前にいる咲耶しかほぼ見える事は無い。
同化が進む中、氷雪は最期の言葉を振り絞り自然の中へと消えて行った
咲耶が…
無事で…良かった……
「氷雪―――!!」
ありったけの声で叫び泣きじゃくる舞。沙智も側で跪き項垂れている。
咲耶は微動だにせず、ずっとその場に佇んでいた
「……」
三人の後ろでずっと立っていた燐火は目を閉じ軽く息を吸う
「咲耶、次の指示を」
「燐…」
驚いて振り向く沙智
「奉納が出来なくなった今、いつまでもここにいたって仕方がないだろう」
「……あんたねぇ! たった今氷」
「次の奉納までどうすればいい? 咲耶」
舞が険しい顔で怒り出すが、これを遮る
「…二百年後……氷雪が復活した後にこの場所から…」
「咲耶…」
とても静かで聞き取るのがやっとなくらいか細い声。沙智が声を掛けるがそのまま続ける
「再開に……それまでは今まで通り里での生活をしていて……」
「―――分かった。その時も妨害はある筈だな、それまで対策を立てる様にしておこう」
三人に背を向け動き出した
「…先に帰らせてもらう。二百年後この地で会おう」
「燐火…」
沙智が聞き取れない声を漏らし、燐火は去って行く。顔を赤く腫らして俯いていた舞は何かを決意した様でスックと立ち上がった
「私はあいつらの知らない箇所を調べる事に徹底するわ。逆に先手を打ってやろうじゃないの」
咲耶に振り向き指を差す
「咲耶! あんたとの勝負はそれまでお預けよ!!」
そして高笑いをしながら去って行った
「―――ま、二百年後の氷雪は私にメロメロでしょーけどね♪」
オーホッホッホホ
「……」
咲耶は座り込んで動こうとしない。沙智が代表で舞を見送っていた
「…私も、みんなの足を引っ張らない様に…せめて“同属”に対抗できるくらい強くならなきゃ!……ううん……もっともっと鍛えればみんながどこにいるかも分かる様になる!」
手を握り自分の力不足な部分を叱咤し反省する
「だから……ね……咲耶………元気…出して…」
沙智は咲耶を覗きこむ。どう励ませばいいのか沙智には分からず、見当違いな事を言ったのかもしれないが、咲耶には沙智の思いが伝わり元気は無いものの微かに笑っていた
「……ありがと、沙智…」
どれくらいこの場にいたのか、東の空がぼんやりと明るくなりつつある
「……先に行ってて…もう少しここにいたいの…」
「うん…」
沙智が立ち上がり心配そうに振り向く
「じゃ…また里で……」
「うん」
沙智を見送り誰もいなくなった平原。咲耶は気持ちを落ち着け笙粋に今までの経緯を語る
『……咲耶…』
「笙粋様…氷雪が…消滅し奉納できなくなりました……」
『私はあなた方になんと重い鉛を背負わせてしまったのでしょう…』
「…笙粋様…お願いがあります」
『……?』
「―――…可能……ですか?」
『出来なくはありませんが…それをしたらあなたが…』
「構いません」
「あたしが油断したばかりに奉納が出来なくなった…」
(あたしのせいで大切な人を…消してしまった―――)
顔が歪みぎりりと歯に力が入る
「もう誰も…二度と消滅はさせたくないんです―――…! お願いします!!!」
『………分かりました』
「それと…氷雪が復活する際、彼の今までの記憶を閉じてください…」
『…その場合、氷雪は術が使えなくなりますが』
「術が使えなくても私だけ奉納すれば必要ない筈です」
(その方があたしにとっても氷雪にとってもいい…)
(この状態のあたしなら、誰の力も借りずに笙粋様の所へ行ける。後が無いんだ、半分まで皆から集まったし笙粋様の所へあたしだけでも充分な筈)
咲耶の中では目まぐるしく今後の思案が組み立てられていく。どんなに自分勝手で非難される事になっても消滅を避け奉納さえ完遂できればそれでいいと
『………私は近くで操れません。咲耶…あなたが鍵を作りなさい』
「…鍵」
『記憶を閉じる鍵です。複雑な鍵は出来ません。…簡単で氷雪が無しえない事です』
「……」
(氷雪ができない事……)
「では―――…」
(ゴメン…舞…)
罪悪感を覚え、心の中で舞に謝っている
『あなたが鍵を植え込む際、あなた自身も記憶が抜けてしまいますが一過性のものですぐに戻ります』
「分かりました。その方が性格の切り替えが楽そうです」
『……咲耶……………はじめます………』
咲耶は立ち上がる。身体の中の旺珠から眩い光が飛び交い咲耶を激しく包み込む
「…復活した氷雪はどうなりますか?」
『周りに何もなければ自然と共同を始め…この地に人間が住み始めればそれに順応するでしょう』
「…そうですか」
自分の体であって自分の体でない感覚に纏われながらも咲耶は寂しげに微笑んでいた
「少し…安心しました」
(氷雪―――…)
(あたしはこの地に根をはりあなたが復活するのを見届けたい―――…)
咲耶の身体が樹木へと変化し始め、土にしっかりと根を絡みつかせた
(たとえ嫌われる事になっても、あたしの心はずっと氷雪と共にありたい――――)
大好きだよ
氷雪―――――…
小さな幼木が精一杯枝を広げかわいらしい葉っぱがこれから数百年この地の変化と歴史を見守る事になる
大切な人の復活に期待と不安を偲ばせながら
沙智が里への分かれ道を歩いていると、丁度真ん中に背の高い男が立っていた
「燐火…」
「咲耶は?」
沙智に気付くと静かに振り向き咲耶の事を聞く
「…しばらくあの場所いるって……」
「……」
待っていても来ない事を知ると自身の里へ向かって進みだした
「…冷たい奴だと思うか?」
「え…」
遠くには噴煙が絶え間なく上がる大きな山がある。
燐火の住む里は火山の麓、燐火達里人は咲耶や沙智のいる里(特に咲耶のいる里)へ火山の影響が及ばない様、日々火山の制御を担っている
「俺はどこかであいつを許してしまっている…もし消えたのが氷雪でなく咲耶だったら…」
燐火の瞳がより鋭くなる。後ろからは見えなかったが体中強張らせ怒りを露わにしているのが沙智には分かった
「永遠にあいつを許す事が出来なかっただろうに――――…」
(燐火―――…)
燐火との距離が開き全体を目で追っている
(…冷たくないよ…あなたは咲耶の事になると……)
沙智は燐火の後を追う。決して隣に並ぶ訳でなく、後ろを駆ける様に付いて行く
(いつも炎より熱いもの……)
――――何年経っただろう…
幼木だった桜の木は四季を繰り返し、変化を優しく見守り続けた
そして又、蕾の開く季節となる―――――
根元の地に不思議な風が集まった。風は一つに集中し、緩やかに人の形をとっていく
「……」
俯せになっていた体に手を添えゆっくりと起き上がる。
不可思議な面持ちで辺りの林を見回していた
ふと、頭上から花びらが舞い落ち氷雪は空を見上げる。
青空に映える薄桃色の雲、とても立派に美しく咲く桜の木。氷雪は圧倒され息を呑むが、どこか懐かしく締め付けられる思いに駆られるとその木に触れようとした
〈キャ―――、アハハハハ〉
〈ヤダ、マジー?〉
近くから聞こえる声に氷雪の手は止まり導かれる様に喧噪の元へ足を運ばせる
氷雪の姿が見えなくなり、周囲はシンと静まり返った。
時折囀る小鳥や遠くから聞こえる車の騒音も、林の木々に吸い込まれ空気音だけが漂っている
数刻経った頃、陽が西に沈みかけ木々が朱色に染まり始めた
樹齢数百年の桜の木がシャボン玉の様に次々と変化し消えていくと木があった場所には咲耶が眠そうに大あくびをしていた
「う~~~~ん。よくねた―――」
万歳をして体を伸ばす
「ん?」
涙目になりながら目を開くと、知らない場所にきょとんとしてキョロキョロ見渡している
「はて?」
コーン コーン コーン
「なんだろ?…祭り?」
近くの学校で放課後のチャイムが鳴った。咲耶は当然知りもしない事だったが、楽しい事でもあるのかとワクワクする気持ちで一杯になった
「行ってみるか♪」
軽やかに人間のいる世界へと咲耶は駆けて行った――――




