哀楽の夢(前)
《朔まで後十一日》
染中央―――
五属が集まる多種的な街。店も個性的で各地域の衣装・特産品等が豊富に揃っている
「…こんなもんか」
数多く並ぶ店の一角で、咲耶は自分の里である衣装に着替えを済ませる。髪を上で束ね、着物を着崩した動かしやすいスタイルになった咲耶は、近くで試着を繰り返している沙智の元へと向かった
「さちー」
「…もっ……も少しかかりそうだから先行ってて――」
急に声をかけられ驚いたか、中で物が次々と落ち焦っている
「…宿決まったら連絡するよ」
「うん」
適当に宿を決め連絡を終えた咲耶は、フラフラと街の中を散策し始めた。
小高い丘にぽつりと休憩する場を見つけると、長い石積みの階段を登りきり休憩場から染中央、そして周囲の景色を見渡している
「…見えないか」
少し強めの風が咲耶の長い髪を泳がせた。
咲耶の見る方向――笙粋が鎮座する塔は、真っ黒な雲で覆われ見る事が出来ない
(笙粋様―――ようやくここまで来ました)
もはや笙粋の思念も旺珠を通して聞く事が出来なくなっていたが、聞こえなくても咲耶は自分の思いを旺珠に語りかけていた
(必ず“私は”あなたの元へ辿り着きます――!)
自分の決意を再確認し、休憩場を後にする。
途中、人気のない木立と小さな池に気配を感じそっと覗いてみると、横向きで腕を枕にしながら寝そべっている人影を見つける
(氷雪……!)
少し驚いたがクスリと苦笑を浮かべた
(相変わらず混み合う所が苦手だね…)
木立にそっと置いていた手に力が入り、心苦しげに横になっている氷雪を見つめる
(こんな事に能力を使ってはいけないのは分かってる……)
(……けど…)
柔らかな光が咲耶を包みだし、咲耶は溶ける様に地面の草木に吸い込まれていった
(もう一度だけ)
光は氷雪をも包み込む。氷雪の左肩に実体の無い咲耶がそっと頭を寄せる
(そばにいてもいいかな……)
ふいに違和感を覚えた氷雪はハッとなり目を開けた。横になっていた体を起こすと周囲を見回す
「……咲耶?」
「……」
木と草と小さな池しか見当たらなかったが、優しく暖かな空気が氷雪を掠める度心の内が騒がしくなる。
氷雪はその場をしばらく動かず不思議な感覚に包まれていた
『フィブズ』と大きく掲げられた看板の宿の中では、里の服に着替えた沙智と衣装替えをしていない舞とがロビーで語り合っている
「…舞は着替えないの?」
「村のだっさい服なんか着てられないっての! 私は人間の服が似合うのよ!!」
「…そう」
先の繁華街で手に入れたセレブチックな服をひらひらさせながら、自分の里の衣装をダメ出し、腕を組みツーンとしている。沙智はこれ以上言わない方がいいなと口を慎んだ。
そこへ休むべく宿へと入って来た氷雪に目が行く舞はけたたましく豹変
「キャ――――――! ひせつ♥ やっぱり里の服はステキィ!!!」
沙「……」
爆音に驚いた氷雪は舞を見ない様に沙智へと近寄る
「部屋は?」
「あ…五五二二室…」
「わかった」
スッ
簡単に会話を済ませ瞬時に移動しその場からいなくなる。氷雪しか見えなかった舞は突進し、居なくなった氷雪の場を通過、勢いが衰える事無く壁にドカーンと激突を果たす
「………」
舞の様子を沙智は一歩引きながら眺めていた
大きな観葉植物が窓辺に置かれ、中々に広くさっぱりした部屋の中、氷雪は右手で左肩をさすりながら考え事をしている
「……」
(―――…あの感じ………咲耶がいるのかと思ったが……)
自分の思い込みなのだろうかと先程の感覚を振り返っていたが、染中央に来る前に咲耶達がしていた会話を何となく思い出していた
『旺珠の力―――』
紫珠の力を借り、リスクはあるが自分の思い通りに操れる榊達。その行動は旺珠を託されてる咲耶にも同じ事が言えるのではと考えつく
「……!」
(やはりあの場所にいたのか――――?)
暗くなった窓の外、うすぼんやりと見える丘付近を氷雪はじっと見つめていた
人の気配が無くなり時折吹く風に小さな池の水面や草木の葉がさわさわと揺れている。
その場所に徐々にではあるが人の形が出来始め、横向きになって寝息をたてている咲耶の姿があった
草木との同化が解け、元の姿に戻った咲耶はまだ―――眠りについていた
まどろみの中、懐かしい記憶が夢の中で再現される
幸せで――――――――
哀しい夢――――――――――…
ぼんやりと霞が掛かり淡い桃色で埋め尽くされた木々の中、一人の使いがこの地に足を踏み入れる。
初めて見る美しい景色に圧倒され、一歩も動けなくなったその使いの者は、時折吹く風に乗って香る甘い匂いにどこかでくすぐったさを感じながら棒立ちしていた
「あなた…誰?」
ひょっこりと桜と桜の間から咲耶は顔を出す。
木の上にいたため、使いの者は声を頼りに上を見た
「見ない顔だけど、頼まれ事で来たの?」
落ちる花びらを纏う様に現れニコニコ咲耶は笑っている。使いの者は瞬きもせずにじっと咲耶を見続けていたが、ハッと我に返った
「…俺は笙粋様にここに来る様に言われて」
「あっ、使いの人だね」
説明を受け納得した咲耶はひらりと地面に降り立つ
「名前は?」
「…氷雪」
「水属性?」
「そうだ」
「“他の使い”は十日程しないと来ないから、その間この里でゆっくりしていって♪」
「……あんたは?」
氷雪と向き合い色々説明する。少し視線を逸らした氷雪は地面に咲いている花を見ている
「あ…ごめん。紹介まだだね」
ハハハと申し訳なさげに頬をぽりぽり
「あたしは咲耶、旺珠を託されてる使いの一人です。木の花の里へようこそ」
久々に来るお客さんにテンションが上がってる様で、咲耶はせわしなく氷雪の手をぐいと引っ張ると連れ回し始めた
「寝床と里の案内するから。こっちだよ」
「…ああ」
手を掴まれ戸惑うが、嫌がる訳でもなく咲耶のしたい様について行く。
すれ違う里人や寝床の場所、この里についての説明を真摯に氷雪は聞いている。その間陽が傾き寝床に入るまで、咲耶の掴んだ手が放れる事は無かった
数日間、他の使いが来るまで何もする事がない氷雪は、里を歩き回り自分の気に入った場所を探す様になる。度々里人と楽しそうにしている咲耶を見かけるが声をかける事はせずその場を後にしていた。
そんな具合で二・三日経った頃、小川が流れる少し勾配した場所に落ち着く事になり、そこで一日を過ごす事が多くなっていく
「氷雪ー?」
今日も同じ場所で寛いでいた氷雪は呼ばれて振り向くと咲耶が心配そうに首を傾け窺っていた
「今日もこっそりここにいるけど、里の皆が気に障る様な事したのかな?」
さらさらと髪がなびく度、氷雪は眩しそうに目を細め咲耶を見上げていた。が、目を逸らし空を仰ぎ見ると、咲耶もつられて一緒に空を仰ぎ見る
「だったら注意しとくけど…」
「いや…あまり馴れ合うのが得意でないだけだ」
青空に映える真っ白な雲は移動するのが億劫なほどためらいがちに動いていた
「そっか…だね。みんながみんな人付き合いが良い訳じゃないよね」
「……」
顎に手を添えうんうんと咲耶は頷く。
これ以上は氷雪に迷惑がかかるだろうと判断し、笑顔で振り向き戻ろうとしていた
「この場所が気に入ったのなら満喫して! あたしは向こうに行ってる…」
「……ここには色があるな」
氷雪の言葉で戻ろうとした足がぴたりと止まり、『何だろう?』と再び氷雪に向き直る
「色?」
「ああ」
緩やかに動く風に周囲の桜や草木、ためらいがちだった雲も流れに沿ってそよそよと動き出す
「はっきりとはしてないが、柔らかい色に囲まれてる」
「…氷雪の里ってどんな所?」
「…何も」
里の事を聞かれこの前までいた里を思い出し俯き加減
「雪と氷に閉ざされた変化の乏しい里だ」
氷雪の中ではどこまでも続く真っ白な大地と所々に雪で覆われた垂直の木々が目に浮かぶ
「雪かあ、全部真っ白なんだ。ここじゃ少し降るくらいだしなぁ」
言葉から想像を膨らませ楽しそうに空を見ている
「綺麗なんだね、氷雪の里って。見てみたいなぁ」
「…あれが綺麗なのかは良く分からない」
咲耶の顔が紅潮しワクワクしだす
「それは身近すぎて気づかないだけだって」
「…そういうものか?」
「そういうもの! あたしだってこの里にこんなに色があるなんて知らなかったし」
咲耶は屈託のない笑顔を氷雪に向ける。
氷雪は相変わらず表情の変化は見られないが、咲耶には少し砕けた感じが見て取れる
「木の花の里の方がよほど良いと思うが…」
「ぷ」
「そんなにこの村気に入ったのならいっその事住んじゃう?」
笑顔が止まらない咲耶は気持ち半分の感覚で氷雪に聞いてみる。が、氷雪は半ば真面目な顔になる
「……あんたと夫婦になってか?」
「え」
突拍子の無い事を言われびっくりし、咲耶は笑顔のまま固まった
「…何か理由が無ければ住めないだろう? 親がそこ出身とか」
「そ…そうだけど…」
笑いながら赤くなり腰が引けた感じで焦りながら戸惑う
「…それとも他に相手が?」
「あ…相手はいないけど…」
「他に何か問題事が?」
「ない…けど…」
「…俺が不服とか?」
「そ…っ、それはない…けど」
じっと真面目に咲耶を見ながら質問攻めを続ける氷雪に動揺し、落ち着いてほしいと照れながら両手を前に広げ抑えて抑えての姿勢を取る
「あの…氷雪、会ってから二・三日だし、住むにしても相手をあたしに決めるのは早すぎるのでは…と…」
「咲耶でいい」
ケロっと言い切る。咲耶は目がテン
「あんたに一目惚れした。だから咲耶でいい」
にこりと優しい笑みを浮かべ、咲耶を見つめる。
今まで見たどの氷雪よりも綺麗だと思った咲耶は目を見開き言葉を失ってしまう
「…………えーと…」
「……………その」
しばらくの沈黙後、咲耶はもじもじしながら徐々に俯き加減になっていく。
頭の中が真っ白な状態が続いたが、咲耶の中で答えが出されると氷雪に向き直った
「あたしで、いいの?」
「ああ。もちろん」
申し訳なさげに尋ねる咲耶。氷雪は嬉しく思い素直に受け止め微笑している
「そうと決まればのんびりここにいる訳にはいかないな」
「え?」
「何かする事はないか?」
すっくと立ち上がり里の中へ行き出した。咲耶は氷雪の後を追い、再び焦りだす
「それは…いっぱいあるけど(水関連は)、苦手なんじゃ?」
「時と場合によるさ」
「でもやっぱりいいって! 今から大事な使命があるんだし皆にコキ使われて疲労したら…っ」
「ほどほどにやる」
「……」
咲耶が止めるも氷雪は自分の意志を通そうと里人に声を掛け早速お願いされる事になる。
咲耶は困った顔をしていたが同時に微笑ましくも見ていた。苦手だと言ってた割には打ち解けるのが早い氷雪を頼もしく思い始める
(夫婦か―――…)
しばらく様子を見ていたが、あっちもこっちもお願いが掛かり始めたので、さすがに間に咲耶が入り『あまり頼らないの!』と注意する
(氷雪となら)
『えー』と残念がる里人。氷雪を見て謝りながら『疲れてない?』と尋ねた。氷雪は苦笑するも咲耶を見る眼差しはとても優しい
(上手くやっていけそう――――)
「来た! 沙智っ、燐火!」
氷雪が木の花の里へ来てから十日が経ち太陽が空高く昇る頃、集合場所に沙智と燐火がやって来た。
座っていた二人だったが咲耶は立ち上がり、沙智の所へ軽い足取りで駆け寄っていく
「土砂崩れは?」
「やっと落ち着いたよー」
「そっかー」
災害が休息した事に安心した咲耶は二人を氷雪の元へ連れて行き、紹介する
「氷雪っ、右から燐火と沙智“火と土”ね。二人共この里と近いんで交流あるんだ」
「は…はじめまして」
沙智は頬を染め氷雪に挨拶
「こっちは氷雪。遠い北方から来た水属の人だよ」
「燐火だ。よろしく」
「…どうも」
燐火が近寄り挨拶する。氷雪も燐火が出した手に応える様に握手をし、挨拶を交わした
「で…最後に金だけど……沙智の知り合いなんだよね? どんな人?」
「知り合いと言うか見た事ある程度で…」
引き気味になった沙智は、最後に残った金についての感想を述べる
「私のイメージは…………びっくり…かな…」
「びっくり?」
青空にキラーンと光る発光体が見え、それが咲耶達四人の近くへ落下するとしゃがんでポーズをとっている人物が大きく溜息をし立ち上がった
「―――笙粋様からこんな遠い場所に集合なんて二度足じゃないのよ…もー。私の里集合の方がよっぽど有益だわ」
一通り不満を言った後、ほとんど全身金属を身につけた女性が髪をかきあげ自信たっぷりの笑みを浮かべ近づいて来る
「で、あんた達が使いの輩ね」
何処を見てもキラキラと光っているので、四人は眩しそうに金の使いを見ている。一瞬沈黙が続いたが、燐火が先だって言葉を発した
「…燐火だ。聞いたとおりだな」
「聞いたとおりって? 私がいけてるとか?」
「……まぁそんな所だ」
「とーぜんよねー♦」
沙「……」
褒め言葉?に機嫌が良くなる。沙智と咲耶はまだ固まったままだが氷雪は何処かを向いていた
「……沙智です」
「あたしは咲耶」
「私は舞よ」
慣れてきた目を開いて舞を見直す二人だが、やはりチカチカしていて顔がぼやけて見える
「………氷雪」
最後に名乗った氷雪はぼそっと呟きそっぽを向く。
声の主を聞き氷雪を見た舞の体にはビビッと雷に撃たれた様な電流が走ったのであった
舞(これってもしや…)
じっくりと氷雪のいでたちを見る。全部が全部超が付くくらいド好みだったらしく、顔を真っ赤にしながら両手を頬にあて口をパクパクさせていた
(運命の出逢い――――!)
パアアと舞の視界が明るくなりハイテンションと化した。そして猛アタックが開始される
「ねえ、氷雪ってどんな娘が好み? 私なんてどう? もっとあなたの事教えてくれない?」
「!?」
氷雪の側まで近寄り果敢に迫る舞に驚いたか、一歩下がり冷や汗
「…突進型だな」
「……」
冷ややかに舞の分析を終える燐火と二人の様子を唖然としながら見てる沙智。
舞のアタックは落ち着く様子は無く、『離れてくれ』と氷雪が言っても聞く耳持たず。『好きな食べ物は? 昼型? 夜型?』と氷雪の趣味嗜好を事細かに聞き出そうとしていた
「……」
『ひっつくな!』『やだーてれてるー♥』等、舞の目には氷雪しかなくなりラブラブオーラが漂っているが、沙智と同様唖然と見ていた咲耶が徐々に困りだし、割り込む形で舞と氷雪の間に入り込む
「はい、そこまで」
咲耶は両手を突き出し前に頭を屈ませた。咲耶の身長ほどの距離を取られた舞は怒りだし拳を作る
「あにすんのよ! 私と氷雪の仲を邪魔する気!?」
ウゴガァーと鬼化した舞は目の前に立ちはだかる咲耶という壁に襲い掛かるくらいの気迫を放つ
「残念だけど、氷雪は婚約済み」
困惑しながら眉が上がり気味の咲耶は、仕方無いと説明を始めた
「奉納が終わったらあたしと一緒になってこの里に住む事が決まってるの。だから他あたってちょうだい」
「え…」
衝撃事実を聞かされ一気にテンションが下がり普通の顔に戻った舞。それを聞いていた他の二人も驚くが、燐火に至っては舞以上に衝撃的だった様で信じられないと言う顔をしていた
「咲耶…それ本当なの!?」
「うん…―――も少ししてから話そうかなと思ったんだけど」
びっくりした沙智が咲耶に駆け寄った。咲耶は気恥ずかしげに皆に説明しなければと、氷雪の左横に並び話し始める
「里の人達も氷雪を歓迎してくれてるし、一通り挨拶もしてきたんだ」
「ね」
「ああ」
「うわあ、おめでとう。終わったら式だね」
「ありがとう」
沙智が手を合わせ咲耶と氷雪の結婚を心から喜び、自分の事の様に嬉しげだ。咲耶も沙智のお祝いの言葉に顔が綻びつられて幸せそうに笑っている
「祝言には私も呼んでね」
「もちろんだよ!」
氷雪もちょい含め三人で盛り上がっていた。
近くで地面にがっくりと四つん這いになりワナワナ震えていた舞がボソと呟く
「……奉納後に祝言なら…まだチャンスはある…」
『せっかく見つけたナイスガイ』と周りには聞き取れないくらい小さな声を発し、決意を新たに機敏に氷雪を凝視した
「その間に氷雪の心が私に向けば問題はな―――い!!!」
咲「へ?」
「押して押して押しまくってやる―――――!!!」
殺気を感じた氷雪はギョッとし里の中へと走って逃げて行った
「まってぇ! ひせつ―――♥」
ドドドドと草が薙ぎ払われ砂埃をあげながら舞は小さくなった氷雪を追って駆けて行く。
砂埃が静まる頃、目が点になっていた咲耶は舞の行動に戸惑っていた
「…沙智の言う通りびっくりする人だね」
「……うん」
『大丈夫かな彼…』と青ざめながらも心配する沙智に『氷雪が捕まるとは思えないけど…』とそこまでの心配はしてない咲耶。氷雪が逃げた方向を見ていたが、気を取り直し笑って沙智達に向き直る
「ま…出発は明日からと言う事で、今日はここで休んで行って」
先導して沙智、燐火を寝床へ案内
「明日、笙粋様と顔合わせするから」
「うん」
「……」
沙智、咲耶、二人が楽しそうに会話しているが、後ろを歩いていた燐火は口を噤み釈然とせず咲耶をじっと見ていた
太陽が西に傾き、木の花の里は燃える様に朱く染まった木々が照らし出されている
「氷雪ー?」
氷雪が寝泊りしている樹木を叩くが、反応がない
「…まだ逃げてんのかな」
明日に備えて一言伝えに来たが諦めて里中央へ行こうとした所、視界に立っている大きな人影が咲耶の足を留まらせた
「燐火…」
「どういう事だ?」
「?」
燐火に促され人気の無い草原へと来た二人。兎並にぴょんぴょんと先に進んでいる咲耶を追う様に燐火も歩いている
「…俺が何度も申込みしているのに全く承諾しなかったお前が、何故会って間もないあいつと結婚する事になるんだ?」
燐火の声色が上がる
「俺には納得いかない!」
燐火に背を向け聞いていた咲耶は、立ち止まると両手を後ろに組み朱色に染まる空を見上げていた
「うーん……そうだなぁ」
どう言おうか悩み考えた末自分の思った事を口に出す
「あえて言うなら“相性”かな」
「相性?」
薄暗くなり元々出ていた月が明るさを放ちだす。満月に向けて育つ月は下にいる二人を優しく照らしていた
「確かに俺はお前より優位になるが…」
「属性じゃなくて」
「なんていうか……この人なら―――って思ったの。直感ってやつ?」
燐火に振り返り照れくさそうに笑う。燐火は押し黙り険しい顔をしながら咲耶を見ていた
「だから燐火にもそういう人がきっといると思うし、あたしの事なんかさっさと忘れちゃって…」
「―――…それがお前の出した答えでも簡単に割り切れる訳ないだろう」
「…燐火の場合はも少し周りを……」
咲耶は燐火に色々と言おうとしていたが、燐火がそれを遮る
「悪いが諦めるつもりはない!」
「ちょ…燐……!」
自分の意志を告げその場を立ち去る燐火。
手を伸ばし燐火を止め様としたが、すぐに手を下げると困ってしまい大きく溜息を吐く
「相変わらずのガンコっぷりだ…」
ガ サ
大きな草音に気づき視線を動かすと人影が
「氷雪っ、ここにいたんだ」
「…良かったのか?」
「?」
人影の主が氷雪と分かり笑顔が戻る。氷雪はやや神妙な面持ちでそっと咲耶の側へ近づく
「俺との事を簡単に決めて」
「燐火?」
「…ああ」
二人は並びながら里の中心へ。咲耶は困った感じでハハハと笑う
「燐火は―――良い人だけど(怒りっぽいのを除けば)結婚とか夫婦とかは考えられないんだよね……」
歩いていた足が止まり前方を見る。氷雪も咲耶の視線先を確認した
「それに…燐火にはも少し身近な事に気づいて欲しいかな……」
その先には里人に色々アドバイスして、談笑している沙智の姿がある
「なるほど」
理解した氷雪は咲耶を見るとぽそり呟く
「……ややこしいな」
「氷雪の避けたい分野でしょ」
「まぁな」
アハハと苦笑いし一緒に氷雪が寝泊りしている木へと歩いて行く
「明日出発だからそろそろ休んだ方いいよ」
「わかった」
入り際、氷雪は咲耶の長く伸びた柔らかい髪をすくい上げ毛先付近に唇を落とした
「少し、安心した」
名残惜しげに咲耶から離れると優しい笑みを浮かべる
「おやすみ」
咲耶は恥ずかしげに微笑み氷雪が見えなくなるまでその場に立っていた
「おやすみ、氷雪」
木の花の里は暗闇に包まれる
唯一の明かりである月が薄い雲で見え隠れする度に、桜達が仄かに揺らぎ儚げな美しさを映し出していた
晴天の空の下、五人は木の花の里人に見送られ、笙粋のいる塔へ向け旅立つ事となる。
一里進んだ頃、広々とした野原で休息を取りながら咲耶は皆に笙粋と対面するべく立ち上がり少し盛り上がった丘の横で、自身の体から頭くらいの大きさの、優しく暖かな球体を包み込む様に取り出した
「これが旺珠…」
「陽の集合体は圧倒されるわね」
沙智と舞が感嘆の声を出す。
咲耶はそっと目線の高さに合わせ丘の窪みに旺珠を設置
「笙粋様、全員揃いました。これから奉納へ向けて旅立つ所です」
「………笙粋様?」
しばらくしても反応が無かった為もう一度話しかける。
徐々にだが旺珠から陽炎混じりのもやが現れると、少しずつ人の形になりだした
『皆―――揃いましたね』
頭から布を纏い目元は隠され顔ははっきりしないが、気品を満ちたその女性からは、厳かな雰囲気が陽炎状でもしっかり確認できる
『あなた方はこれから納める塔へ向けて各地を巡り、辿り着かなければなりません』
旺珠と同じくらいの姿をしている笙粋を五人は真摯に、一言一言を逃さない様聞き入っている
『最後の締め括りとしてあなた方の身体を通し旺珠へ陽の気が満たされる事になります。なるべく転移無しでの移動を望みます』
(フライング駄目か…)
舞が一瞬険しい顔になったが、気を取り直し笙粋の声に耳を傾ける
『…そして、早めの奉納…を……』
「?」
声が途切れ途切れになり、笙粋の姿が揺れ始めた
『大…変な…起こり……あります………』
「笙粋様!?」
『あな…方を消そうと…る者………旺珠を破…………』
かろうじて聞こえる笙粋の声。五人は笙粋の様子がおかしい事に気付くが、掠れていく笙粋の姿を見ている事しか出来ない
『ど…か………事で…………』
「笙粋様!!」
完全に姿は無くなり旺珠のみが温かな光を放ち佇んでいる
「何…? 一体どうしちゃったの!?」
「……」
「…ダメ。呼んでも反応がない……」
不安になる舞は焦り出す。燐火は声こそ出さないがじっと旺珠を見つめ黙っていた。
咲耶は数回笙粋を呼んでみるが、一向に反応が見られず、氷雪と沙智は心配そうに咲耶を見守っていた
「まだ外部に発する能力が残ってたなんて、さすが笙粋と言えるな」
「ま、続きは俺達がしてやるさ。なあ?」
後方から低めの女の声と男の声がし、五人はハッとする。振り向くと男女それぞれ二人が各々のいでたちで出迎えていた
「―――て事だから初めに紹介しとくが、俺達は紫珠側の使いで右から“榊”、 “灯”、俺は“鋼”。こっちは見知った奴もいるんじゃないか?」
「!」
鋼と名乗るデカい男が紫珠の使いと名乗りメンバーを紹介している。その中に横向きに座りこちらを見てにこやかに笑う小柄な女性を見た三人は驚きが隠せない
「真…」
「紫珠の使いだったの…」
驚く三人を楽しげに見ている女性。一通り紹介した鋼は再び話を続ける
「――と言う事で俺達はこれからあんたらの旺珠か五属の誰かを消しに取り掛からせてもらうから、悪く思わないでくれ。なあ?」
「!?」
さらっと軽めに重たい内容を聞かされる。豹変した舞は鋼に食って掛かった
「ちょっと、消すってどういう事よ!? 奉納する事って世界の調律かける為じゃないの!!? それを消すって…世界ぶっ壊す気!!?」
けたたましい爆音を浴びせられた鋼は一瞬怯み、舞と視線を合わせない様そっぽを向く
「さあなぁ。俺たちゃ晦冥様の命令で動いてるんだし、何か考えあるんじゃないか?」
「何無責任な事言ってんのよ!! 自分の考え無視!?」
マシンガントークが炸裂し、ヒステリックな声を浴びる鋼は徐々に後ずさると『ウェ…』と言う吐き気まがいの表情になっていた。
交代する様に灯が前に出てくると五人全員を睨みつける
「晦冥様の命は絶対だ。逆らう事は許されない」
「!!」
灯の姿勢から断固たる意が読み取られ、一瞬で辺りは静まり返った
「今は挨拶で終わしておくが、次からは本気で取り掛かる。行くぞ」
「あ…ああ」
五人に背中を見せた灯は去っていく。他の二人も後を追って消えて行った。最後、鋼が帰ろうとしたが再び五人の方を向くと、咲耶・沙智を見てにんまり
「ところで。そっちの髪長いのと頭巾の女」
困惑して棒立ちになっていた咲耶と沙智は自分の事かと鋼を見る
「かわいいねぇ。今度俺と遊ぼうぜ♥ なあ」
ぞわっ
にやにやと二人を楽しげに見てる。
咲耶と沙智は真っ青に凍り付き、足元から頭にかけて寒い戦慄が走り去った
「あいつ…次会ったら絞める!!」
『じゃあな』と二人に声を掛け去っていく。拳を作り震えている舞は怒りに満ち溢れ、絞める相手トップスリーに刻み込まれる事となった
「…要するに、今回の奉納は危険に関わると言う事は確かだな」
「…燐火」
「……」
腕組みをし今までのまとめを言う燐火。心配そうに燐火を見上げる沙智。氷雪は考え込む様に黙っている。舞はいなくなった鋼達の跡を睨み威嚇状態が治まらない
「……ここで立ち止まってても仕方ないし、とにかく先に進もう。後でまた笙粋様と連絡出来るかやってみる」
「そうだな」
前方を見ていた咲耶もとにかく先に進まねばと皆を促し、五人は再び歩き始めた
陽が傾いた頃、咲耶は再度笙粋に連絡を取ろうとしたが一向に反応は無かった為、ひとまず近くにあった空き寺で各々休む事になった
『……くや』
『…さくや』
「笙粋様―――!?」
頭の中に響く声にハッとなり目を開けると、周りは霧のかかった靄が立ち込め何処にいるのかも分からない。
眼前に靄で隠れながらも佇んでいる人影を見つけ、ふわふわ浮く感覚がある咲耶はバランスを取りながら小柄な女性の前までやって来た
「あなたとはかろうじて話が出来るようです」
「笙粋様、一体何があったのですか?」
周囲が異なるのは笙粋の能力なのだと理解する。深く布を覆った笙粋をじっと見つめ経緯を尋ねた
「―――塔の周囲に晦冥の造る砦に阻まれ身動きが取れなくなっています」
「!」
「今の晦冥は紫珠の発する陰の闇に呑まれてしまいました」
静かに淡々と説明をする笙粋。顔の表情は伺えないが、時折強みを帯びる声色になっている
「いえ…元々その素質を兼ねていたのでしょう。見極めきれなかった無属の失態です」
不安げに咲耶は笙粋の話を聞く
「迅速な旺珠奉納が望ましいですが、紫珠に対抗する力も必要となります。より周囲に関わり旺珠の力を高めて欲しいのです」
「……もし旺珠や五属の誰かが消えてしまったら」
果てしなく見渡す霧の世界。笙粋と咲耶の二人しかいない空間は、発する声も響き渡りいつの間にか吸い込まれて消えてしまう
「旺珠が破壊されれば陰に満ち闇に覆われ生命がこの世界から失われるでしょう。五属が消えれば…奉納が失敗となり、再び旺珠は眠りにつきます」
俯き加減だった笙粋が咲耶を見つめる
「五属全てが揃ってはじめて奉納する事ができるのです。消えた場合は、復活する約二百年後に再び五属が集まり奉納する塔へと向かう事になります」
「…でも、その間紫珠は……」
「ええ」
「着実に陰の力を蓄え徐々に光が失われる事でしょう。そして再び失敗してしまったら…………」
最悪の結末が笙粋の脳裏によぎり、少しの間沈黙が続いた
「…困難な旅路になる事は承知です…………咲耶…破壊も消滅もなくここまで辿り着いて下さい」
咲耶は不安に満ち笙粋の言葉をずっと聞いている。
笙粋の身体が辺りの靄との一体化を始め視界がぼんやりし始めた
「私はあなたと通じるのみの笙粋になっています…………無事に辿り着いて欲しいと祈る事しかできないとは何と口惜しい事……」
咲耶の意識が遠のき始めた
『咲耶』
『燐火』
『沙智』
『舞……』
『…氷雪………』
『どうか………皆無事で……………!』
意識が戻り大きく目を開く。上半身だけ起き上がると、隣には歩き疲れてぐっすり眠りこけている沙智と舞の姿があった
「……」
外に出ると人気の無い空家周りをフラリと歩く。
半分に欠けた月が、咲耶を弱々しく映していた
「咲耶?」
名を呼ばれ驚く。振り向くと少し息が上がっている氷雪の姿があった
「氷雪! どうしたのこんな夜更けに…」
「咲耶こそ一人で外は危ないだろ」
言った咲耶も同じ事をしていたので、戸惑う
「…ちょっと風に当たりに………氷雪は?」
「……あいつが見当たらないから探しに出てきた」
「燐火が!?」
キョロキョロ見回し一緒に探し始めると咲耶の後ろを氷雪が続く
「一体どこに…」
「居場所が分かる方法はあるのか?」
「旺珠からの反応では燐火からの変化は無いみたい……」
「…そうか」
石積みの陰や岩場を見てもやはりいない。分岐路まで足を延ばした所で立ち止まる
「接触する属性でない分居場所の特定は難しいな…」
「…近くに知り合いでもいるのかな」
挙動不審気味にキョロキョロし、いつもの落ち着きが無い咲耶に違和感を感じた氷雪は、咲耶の様子を窺っていた
「…咲耶?…………顔色が良くないぞ」
「…それは周りが暗いからじゃ……」
「―――夜でもいつもの咲耶は綺麗だ(きっぱり)。何かあったのか?」
「え……と………」
言うべき事ははっきり言う氷雪に戸惑い顔が赤くなる。咲耶は目を伏せ、気づかれているのならと素直に口を割る事にした
「笙粋様と連絡が取れて…………明日皆に話すから」
「……そうか」
咲耶の様子から見て状況に翳りがある事を氷雪は察する。咲耶はごまかす様に笑い出した
「なーんか、大変な事になっちゃったね…」
『アハハ』と後頭部に手を添える。燐火が見つからない為、咲耶は諦め皆がいる所へ戻ろうとした
「燐火もすぐ戻ってくると思うし、私達も早く休もっか」
「咲耶」
キュッと咲耶の手を包みしっかり握る。咲耶は氷雪を見ると真剣な顔をしていた
「お前は俺が守る」
「氷雪…」
「絶対に消滅は防ぐ」
向き直った咲耶を強く抱きしめ咲耶に自分の意志を伝える。咲耶も両手を氷雪の背中に回すと嬉しそうに体を預けた
「…皆消えてはダメだよ……」
「分かってるが特に咲耶を優先に守る」
少し苦しかったが、氷雪の強い思いに安堵し重かった気持ちが軽くなる
「うん…ありがとう……」
(不安になってはいけない…)
氷雪は力を抜き、優しく咲耶を撫でている。その動作が心地良く、しばらくの間目を閉じていた
(あたしが旺珠を任されてるんだ。しっかりしないと……)
戻ってくると、家屋に入ろうとする燐火に出くわした
「燐火!!」
パタパタと近寄ってくる咲耶に驚き立ち止まる
「いなくなったって聞いて…今までどこに…」
「……」
燐火は咲耶の隣にいる氷雪に目を置くと一瞬だが燐火の瞳に曇りが生じる。氷雪はその一瞬に気付くも、燐火がすぐ背を向けた為分からずじまいに
「―――少し散歩してただけだ。朝まで後数刻しかないな、休ませてもらう」
「ちょ…」
ぷいとそっけなく燐火は寝床へと消えて行った。
悪びれる様子も無い燐火に対しヤレヤレと大きな溜息を吐く
「…ったく……心配して損した」
燐火が去った後に続いて家屋へ入ろうとするが、ふわりと周囲には無い香りがした為咲耶は不思議そうに立ち止まった
(あれ…この匂い……)
「じゃ、俺も休む事にする」
「うん。おやすみ」
何だっけと考える前に氷雪に声を掛けられ二人は各々部屋に向かって歩き出す
「……」
部屋に戻った氷雪は、壁向こうに燐火がいる事を確認した後眠りにつく。燐火は壁を背に向け眠れない様子でずっと目を開き考え事をしていた
(………まさか………燐火……)
髪をおろし横になりかけたが、フッと咲耶は匂いの元に行きついた。
脇を見ると幸せそうに『お団子…』(寝言)と呟いている沙智がいる。少し顔が綻び優しく眺めた後咲耶は浅い眠りへとつくことになった
(まさかね……)




