サテライトガール 4
ジュンは声もなく、菓子の包み紙で虫を腕から払い落そうとする。
どうしても手で掴む気になれない。
ジュンはしばらく格闘した後、虫をゴミ袋に放り込む。
ランのところに持って行こう。
嫌がらせか、悪戯か。有名人を狙ったものではないから、大した威力はないはずだ。
愉快犯やストーカーを締め出すには、フロアの行き来を制限するぐらいでは駄目だ。
有名人にこき使われ、鬱憤が溜まったスタッフの仕業ということもある。
今日の仕事の台本の台詞ではないが、現代にも悪意ははびこっている。爆弾だの炭素菌だのと言った致死性の危険物は、さすがに一切ない。
命を脅かされないとはいえ、手口は巧妙化している。
ジュンは、紙袋を滅茶苦茶に振り回して衝撃を与える。カサカサと動く音がしなくなるので、いったんフリーズしたのだろう。
ジュンは気分が萎えたため、入れた飲み物は飲まずにゴミ箱に捨てる。
都市のリサイクルは、万全だ。
コップも包み紙もテーブルも同一素材でできていて、ゴミ箱に放り込めばすぐに分解されて、製品工場に運ばれて別の物の一部になる。
ジュンが休憩スペースから出ると、リュウが気付いてジュンの方に来た。マサの姿は見えなくなっている。
もう終わったのか?
「待たせてごめんね、ジュン」
「気にしないで。もう終わったの?」
「まだみたいだけど、僕はもういなくても平気だと思う」
ジュンより数センチ背は高い程度。
少年の時でも、少女めいた優美な顔立ち。
両方の役をこなす俳優もいるが、リュウは男性役でだけ勝負するつもりのようだ。
ジュンも、男性役など絶対ごめんだった。それでは俳優になる意味がない。
「仕事、うまくいった?」
リュウは忘れずに、それを聞いてくれる。
リュウはデビューして二年。新人の頃も、ジュンのような半端仕事などしていない。
リュウにとったら、仕事とも呼べないだろうに。
リュウは優しい。穏やかで、乱暴なところは少しもない。
年下だが、こちらも十代の少女のように、リュウに憧れてしまう。
「うん。うまくいったと思う」
ジュンは、はにかんで答える。
やっぱり相手が違うと、こっちも変わるものだ。
リュウが突然ぎょっとした顔をして ジュンの右腕を下から支えるようにした。
「どうしたの、この手?」
言われて見下ろして初めて、腕に三つも赤い発疹ができているのに気付く。
「毒だったのか。刺されたのに、気付かなかった」
「大丈夫?」
「うん。これなら大した毒じゃないし、腕だし心配はないわ」