チェンジングボーイ5
本気で蹴る訳にもいかないが、加減をしていたらいつまでも引き離せない。毎回、修羅場だ。
悪徳金融業者にでもなった気分だといっても、ランも流石に笑わなかった。
ランが請求に行っても、足にかじりついておいおいと泣くらしい。
少し前、カンチとミヤのリメークでやっていたドラマ、ゴールドデイモン(初出は千年紀後半の小説)の、有名な場面のような状況といえば分かってもらえるか。
滅多に部屋から出ず、いつも気弱気にしている旦那が、今日はえらく威圧感がある。
妻が若い男といちゃついている場面に、男として奮起したのだろうか。
「分かった。だってさ、奥さん」
ジュンは、女を押し戻す。女も戸惑い顔で「そうだったの」と言いながら、素直にジュンから身を離した。
助かった。ようやく解放された。
「俺はてっきり今回も間に合わないんで、奥さんの色仕掛けで俺を懐柔する気かと思った」
俺は冗談事にして、笑い飛ばそうとする。
旦那はジュンを黙って憐れむように見た後、踵を返す。妻もそそくさと夫のあとを追った。
ジュンは思わず足の痛みも忘れて、架空のベンチに座ったまま夫妻を見送った。
引きこもりのヲタク人形制作士に、まさかジュンが哀れまれる日がこようとは。
三十半ばにもなって、納品を渋って泣くような奴にだぞ!?
茫然としていると、頭の上から声が降ってくる。
「何の騒ぎだったんだ?」
同じく近所の住人だが、ジュンは緊張する。
幾らぼんやりしていたとは言え普通なら気配に気付けるが、この男は気配をさせないから死角から足音一つさせず来られると全く分からない。
「ボーガンの奥さんが、旦那の清算日はいつかってさ。旦那に言わせると、もう完済してるらしい」
「ご苦労なことだな」
男は茫洋とした目つきと、何を考えているのかわからない口ぶりで言って、そのまま離れていく。
肩透かしを食ったような、ホッとするような気分で、ジュンは壁に体を預けたままズルズルと立ち上がる。
ジュンは今の出来事に注意が削がれていたため、人目がないのを確認しただけで、ノブを回してランの家のドアを開ける。
扉を開くとそこは、区庁舎の吹き抜けのホールだ。ホール係のフロックコート姿の初老の男が、ジュンに気付いて慇懃な声をかけてくる。
「どんなご用を受け給りましょう?」
「ここはランの家なんだろう? 今は遊んでる気分じゃないんだ。ばあさんはどこだ」
言いながらずかずかと入っていくと、ようやく三次元映像が消える。




