チェンジングボーイ4
撒く気はなくても迷っているジュンを尾行する者は、きりきり舞いさせられていいと、ランは呆れている。
家の側にいたはずが、別の通りの光景を見せられる。違うと分かっていても、つい目で見た通りに体が動く。
ジュンは一本外れた通りを見て、間違えたかなと思う。目は通りの出口を探すが、足がフラフラとをエセル夫婦の家の模造バラのアーチに近付く。
側まで行って、ランの家の玄関がすぐそこだと気付いた。
本物の玄関は、架空の垣根の中にある。
視覚と言うのは、馬鹿に出来ない。体感で、そこに壁があるのが分かっていても、ジュンは目にしたものの方を信じてしまう。
見た目の入り口であるアーチから、実際の玄関に向かうのに、ジュンは非常な苦労をする。
もう少しで玄関という時に、声をかけられた。
「あら。ジュン。髪切ったの? とってもセクシーよ」
玄関のノブをまさぐる手を止めて、視線をもぎ離し、後ろを振り返る。
「あ、どうも、奥さん」
近所に住む主婦だ。
「ちょっと聞きたいんだけど」
三十半ばでぽっちゃり目の女性が、ジュンにすり寄ってくる。
「なんです?」
女性は、ジュンの手を握り締めてくる。夫婦者にモテて、喧嘩の種にはなりたくない。
「夫の清算日って、明日か明後日でしょう。どっちか分かる?」
埋もれそうな弾力のある体から、ジュンは必死で距離を取ろうとする。
「ちょっと待って。あー、ラン。おい。あ、いや明後日だ。明後日」
体をずらして、垣根の前に置いてあったベンチに座ろうとして、ジュンは落ちそうになる。もちろん目くらましなのだから。
ひっくり返るのも間抜けなので、空気椅子で踏ん張る。
女性は、ジュンの膝に座ってしなだれかかってきた。体力はあるが、さすがに腰が抜けそうだ。
「あまり手荒なことはしないで」
ジュンだって三十半ばの男に、毎度、毎度泣きじゃくられたくはない。女はジュンの顔を覗き込んでくる。
奥さんまずいです。重くて、膝が抜ける。
「清算なら今日済んだ。完済した」
いきなり声をかけられて、ジュンは顔をあげる。
女の夫が、近づいてきていた。
思わずジュンは「嘘だろう」と、言ってしまう。
払いはフィギュアでという契約のくせに、作った物への愛着から手放すのを嫌がり、毎回すったもんだを起こす。
「本当だ。ランに聞いてくれ」
ジュンと変わらないほど身長があり、体格もがっしりしている。
本気で向かってきたらこちらも苦戦を強いられるが、暴力という概念がすっぽり抜けているのか、足にすがりついて泣くだけだ。




