サテライトガール1
『地球に住んでいた頃のご先祖様へ。私達は、当時のあなた達とはずいぶん違っています。地球からはずっと昔に離脱して、人工衛星都市で暮らしています』
『私達は本物の空も月も見たことがないけれど、現実と変わらないリアルな体感装置で、あなた達の見ていたもの、感じていたことなら、みんな体験しています』
『そのぶん肉体的な変化ほど、精神世界は変わっていないと思います。私たちは青い空を美しいと思うし、緑の木々に心が癒されます。地球時代の文化は、たいてい理解できます』
『ご先祖様には申し訳ないことですが、私達の時代にも、悪意は存在します。形を変えた戦争も、存在しています。変わったものと、変わらないもの。その中で、未来の私達は生きています』
「はい。オッケー。ジュンちゃん、よかったよ」
ジュンは、ディレクターの言葉にホッと息を吐く。
「新人さんらしい硬さと、清潔感がいいね」
ディレクターは笑顔で言うが、褒められたのか貶されたのかジュンにはいまいち分からない。ジュンはとりあえず、頭を下げた。
「ありがとうございます。仕事に応じて様々な表情が出せるよう、頑張ります」
カメラマンや道具係は、さっさと片付けにかかっている。
「君に向いた仕事があれば、また頼もう。お疲れ様」
ディレクターは、あくまで笑顔だ。
カメラマンや道具係には結構怖い顔を見せていたが、ジュンには一度も怒った顔は向けられなかった。
出来が良かったのか、用途が限られ進歩が見込めない新人とは、その場しのぎで笑って仕事をするのがポリシーなのか。
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
ジュンは明るく挨拶をして、スクリーンの前を離れる。
カメラマンや道具係の傍らを通る時に、お疲れ様でしたと声をかけておく。
仕事をまた頼もうと言うのが単なる社交辞令でも、人当たりをよくしておくにこしたことはない。
ジュンは変わりたかった。せっかく掴んだチャンスを、生かさない手はない。
お疲れ様の声に送られ、ジュンは撮影ブースを出る。
向かうのはメイクルームだ。
廊下には、支度が整うのを待たされている俳優や子役の付き添い、行き来するスタッフで混雑している。
第3フロアには、小規模な撮影用のスタジオが何十と並んでいる。
予算も枠も小さい撮影に使われるので、著名人や高名な俳優が来ることは滅多にない。
一応個室の控室も用意してあるが、ジュンのような無名の新人は共用の化粧室しかない。
化粧室付きのスタイリストが一人いて、台本に合わせて髪のセットやメークをしてくれるのだが、仕事が手いっぱいで最終のチェックと手直ししかしてもらえなかった。