第07話 入学試験、その前に
新章になりました。
サトリ視点が加わります。
そして文字数が一話分増えて…読み難いのでしたらご報告を、文字の大きさを変えるよう編集します。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
『いいかいサトリ、これだけ私が教えたんだから合格するのは当たり前なんだ。
だからといって私の弟子が下から数えた方が早いような情けない成績で合格するとなるとお互いまずいだろう?
だから錬金術の勉強もいいけど一般常識もたくさん覚えようね?』
アニムスはサトリの知らない入学試験で出るといわれる一般常識、とりわけ歴史地理といった教科を中心に教え始めた。
基礎魔法学や算術といった教科は満点が取れるといわれていたからサトリは軽く流すだけで、転生してまだ一般常識の足りないこのレイヴァン王国を中心にした歴史や地理を急ピッチで詰め込んでいく。
どうしても覚えられない単語があった時、『頭に記憶を焼き付けるのってとっても痛いんだよ?』という脅しがアニムスから来るので、サトリは死に物狂いで勉強した。
ケリィからは『主席は誰にも譲らないからね』という宣戦布告され、最近小料理屋に弟子入りしたビーチェは『勝った方はおかず一品増やすね』と完全に外野だからか暢気にのたまい、ジャックに至っては『サトリだけずるい、俺だって一緒に入学したかった!!』と駄々をこねてまた泣いていた。
シスターアニョーゼ、彼女は心配そうにサトリを見て『応援しか出来ない私を許してくださいね』とむしろ応援してくれるだけで十分ですとツッコミ満載の言葉を残していった。
現在寝泊りしている子狐亭という宿屋を貸切で生活している―――支払いはもちろんサトリである―――サトリたちは明日の試験に向けて最後の復習に励んでいた。
孤児院とそれに隣接した教会はレイヴァン王国と教会本部には連絡して許可を貰ってから一旦打ち壊して再建している最中で、費用は全てサトリが出した。
この王都にはケルリン大聖堂という孤児院に隣接していた教会とは別の大きな教会があり、少しばかり大目の寄付をする事で快諾してくれた。
やはり宗教家といえど、世の中の摂理をチラつかせられれば首を縦に振るのだなとサトリは冷めた目で嬉しそうな顔を隠しもしない豚のような司教を見つめていた。
入信しないかとか誘われるが前世の経験から神に祈ったところで助けがこないという実体験は宗教不信になるには十分だったようで、相手が不快にならないように遠慮したのだった。
入学するまでには新築の教会と孤児院がサトリたちを迎えてくれるだろう。
ちなみに、サトリとケリィは別の部屋だ。
『敵と同じ部屋で眠れるか』と言われてサトリとしては寂しかったが仕方ないと諦めた。
ケリィは文官科を希望して奨学生になる気でいる。
しかも一番ランクの高い入学金無料、返済無しの奨学生になる気でいるらしい。
いざとなればサトリがケリィの授業料諸々払う気でいるから心配していないが、前世でもよく似た制度があることに懐かしく感じられた。
サトリは錬金術科で既に特待生だ、こちらは文官科と違って実技試験がある。
お題の代物を作るという簡単なもので、お題に関しては毎年変わるらしい。
「…明日からが最初の関門だ、気を引き締めていかないとな」
サトリはふかふかなベッドで横になり、目を閉じた。
大丈夫、大丈夫、と何度も念じながら、眠るまで念じていた。
* * *
試験当日、ケリィの目元に隈が出来ているのに気付いたサトリは特製の栄養剤を渡した。
最初は『施しは受けない!!』と頑なだったが、食事中何度もスープを顔面に突っ込みそうだったのでサトリはジャックと二人掛かりで飲ませた。
この栄養剤、味はとことん無視されて成分重視で作っているのではっきりいってかなり不味い。
ケリィが間違ってアッシュフォード学園に入学出来ないなんて大番狂わせな事態を起こさない為にも、強引だが行動をさせてもらったサトリなのだった。
口では文句を言いながらも心の内では感謝しているので、これも一種のツンデレだとサトリは思うことにした、可愛らしくとも男だが。
「それじゃあ行ってきますシスター、夕方には帰ってくるから」
「絶対に特待生を勝ち取って来るので、期待していてくださいね」
「二人とも、頑張ってきてね」
心配そうな顔をして見送るアニョーゼにサトリたちはなるべく早歩きで学園に向かっていく。
アッシュフォード学園は大通りを抜けた王宮に隣接している。
かなりの広さで、サトリのいた海外の大学のキャンパスくらいはあるのではないかと思うほどの敷地を保有していた。
学園だけで約千人の学生と約二百人ほどの講師陣がいて、これくらいの敷地は王都でも最大クラスの敷地面積を誇っていた。
学園には六つの科があり、領主科、文官科、騎士科、魔導師科、錬金術科、そして商業科とある。
この内商業科以外の科の殆どが貴族出身者が占められている。
識字率がこの国、否、世界は低くその殆どが富裕層ばかりで占められているのが現状だ。
サトリの前世でもそうだが、この鬱屈とした状況は産業革命以後奴隷を解放し顧客にすることで―――この世界には困ったことに奴隷制度がある―――どうにかなるのでは、とサトリは思っているのだが彼は解放者なんて革命的思想は持ち合わせていない。
なので好きな奴がやってくれればいいと思っていた。
奴隷を除けば平民階級の識字率を上げてその中から有能な人材を登用していけば、世の中もっと良くなるのではと他人事のように眺めていたのだった。
以前は成り上がって金持ちに…なんて思考一直線だったサトリは転生してからは大げさな二つ名をもらう大ポカをしてしまっている。
どうも世の中に直接的に関わる、あるいは率先して動くという行為に臆病になっていた。
あのタヌキ親父なレイクロードに『ぎゃふん』と言わす為に力をつけると誓った彼だが、どうも厭世的な考えが強いのだ。
自分の好きな事―――錬金術で面白おかしいスローライフを送れれば煩わしい権力も不要で、興味も失せている。
そもそもサトリは権力なんて欲しいと思った事はなかった、欲しかったのは金だ。
前世の両親が死んで親戚もいないサトリは孤児院に預けられて似たような境遇の孤児と過ごした。
異能のお陰で幼い頃から他人より賢かった彼は信じられる人間と信じられない人間を分けて生活していき、殆どトラブルもなく過ごせたのは幸いしたが、裕福とは無縁な生活を送っていた。
同級生は話題のゲームやファッション雑誌、アーティストのライブに行くのにサトリはその感想を聞く事くらいしか出来ない。
高校に入ってからは小遣い稼ぎにアルバイトもしてようやく話題についていけるとも思ったが、バイトの所為で同級生との交流はただでさえ進学校なのに薄れ、いつの間にか青春とは無縁な高校生活を送った。
サトリにとって良かった思い出といえば大学生活だ。
海外留学の時点で孤児院との接点は切れ、サトリを知る人間はゼロの新天地での生活は彼の得られなかった青春を取り戻すに十分だった。
ちょっとしたバカな話や下世話な話、人生初の飲み会を経験して本当に楽しかった。
そんなバカが出来る優秀な友人たちと一緒に金儲け、起業しないかという話が上がった時はこれだと思ったのだ。
授業料免除の特待生だったサトリは生活費だけを稼ぐだけだったが、幼い頃から金で苦労してきた彼は似たり寄ったりな経験をしてきた友人たちと一緒に『金持ちになる』という夢が持てて夢中になった。
「《あいつら、元気でやってるのかな?
転生してからの人生はまあ好き勝手いるしてるだけあって楽しい。
だが、あいつらは?
基本コミュ障で自分の好きな事しかしない社会不適合者だ、心配してもし足りないくらいだ。
…前世の思い出と区切りをつけなきゃならないが…きっかけが見つからない。》」
「…サトリ、サトリ!!」
「はい!?」
物思いにふけていた所、肩を叩かれて思わず過剰に反応して大きな声を上げてしまった。
「…学園に着いたよサトリ、なにボケっとしてるのさ?
そんなにぼやっとしてたらうっかり落ちても知らないよ?
(僕にあの激マズの栄養剤飲ましたのに、どうしてサトリがぼんやりしてるんだよ。
在庫があるなら飲ませるように言えば飲むかな?
…いや、ここはちょっと強く言って飲ませたら意趣返しにもなるかも?)」
サトリは意趣返しを企むツンドラ少年の言葉にはっとして思い馳せるのを止めた。
「《どうせまた羊皮紙で書かなきゃならないんだろうけど、まぁあれも慣れてくれば味わいがあっていいもんだね。
そうだ、いい加減植物紙でも作ってみようかな?
小学生の頃、夏休みの自由研究で作った事があったな。
植物紙は前世でも人類史においてもトップ10に入る大発明だ。
それを発明するとなると…面倒だな、師匠に押し付けようかな。
それに活版印刷、あれもいいな。
グーテンベルク製の聖書を一度だけ見たことあったが、あれはすごかった。
原材料を探す為にフィールドワークもしなくちゃならないが、まぁ俺の生活を豊かにする為だしそれくらいの苦労は苦でもない。
まずはパピルスあたりから作って、段階的に植物紙になるようにしていこう。
どれが植物紙に一番相性がいいのか試さなくちゃいけないし。
うん、ちょっと楽しくなってきたぞ。》
だ、大丈夫だよケリィ義兄さん!!
大きい建物がいっぱいだから、ちょっと驚いただけだから」
そう、実際このアッシュフォード学園は敷地面積もすごいが建築物も中々に見応えのある代物だ。
総石材建築で、何百年もかけて建て続けている某聖堂を髣髴とさせ、隣接してある王宮と見比べても見劣りするものでない。
「そうなの?
ならいいけど…まぁ、サトリが言うならそうなんだろうね」
「そうだよ、ケリィ義兄さんは仕返しできなくて残念だったね?」
と茶化すように言うと顔をケリィが真っ赤にして怒った。
戦場―――試験会場に向かうサトリたちなのであった。
読んで頂き、ありがとうございました。
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