第04話 食卓改革と金儲け《上》
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
サトリが行動を開始します。
*5/6ご指摘があった部分を修正しました、木酢液作成時やズタ袋の値段について追記&編集しました。
儲けの内、サトリは金貨三枚をアニョーゼに渡した。
食費の足しになればと思って渡したのだが、大金を渡されて気が動転したのか、『自分を大切にしなさい!!』と興奮して怒られた。
どうやらサトリが身売りしたという残念な結論に陥ったようだが、路地裏で体売った程度では金貨を払う客はいない。
歓楽街にはその手の路地裏娼婦や娼館、賭博場が溢れているが、サトリが行っても珍しいイーブル系の子供が迷子になったと思われるくらいで、買い手に声をかけられた事すらない。
前世ではそこそこモテていたサトリだが、疑り深い彼は彼女の心を何度も覗いていく内に大人の女性が信じられなくなったのだ。
そもそも女性でなくとも話しかけてくる大人は疑ってかかっているが。
誤解を何とか解き、話し合いの結果もしもの時の為に貯金に回されることになった、食卓事情の改善はならなかった、無念である。
だがしかし、サトリはそこで諦める訳にもいかなかった。
いい加減、味の薄いスープは飽きたのだ。
―――そこで、行動を開始する事にした。
「…本当にいいのかい、サトリちゃんに任しちゃって?
しかもお金まで…」
「いいよおばさん、いつもパン分けてもらってるし、ゴミ捨て位させてよ。
はいお金」
申し訳なさそうにパン屋の主人ハンスの妻であるアデーラかサトリは生臭く吐き気のする箱を受け取った。
「じゃあ、すぐに返すから待っていてね」
超特急でサトリは孤児院まで走り、家庭菜園の横にある新しく作った畑にもらった生ゴミの箱をぶち撒けた。
「サトリ…何してるの?」
畑に水を撒いていたビーチェが胡散臭いものを見るような目で畑を見つめていた。
時たま変わった事をする所為か、ビーチェはサトリの事を『残念な子』として見る事が多くなっていた。
「よし…分解!!」
サトリはぶち撒けた生ゴミを分解し、更には耕していた畑に魔法で分解した生ゴミを畑に練りこんでいく。
「…うん、あとは三日位待てばいいかな」
「サトリ…結局、何をしたの?」
ビーチェはまだ分かっていないのか、サトリに聞いてくるが答えなかった。
楽しみはもう少し待ってからだと嘯き、その場を濁したのだ。
サトリはアデーラにゴミ箱を返すと、アニムス魔道具店へと出勤した。
* * *
―――そして三日後、サトリが畑を見に行くとビーチェが興奮して畑の周りを飛び跳ねていた。
「サトリすごい、こんな土の元気な畑、はじめて見た!!」
はじめて見せる満面の笑みにサトリは思わず後ずさった。
「よ、よし、見立て通りの結果になったな。
あとは市場で買ってきた野菜を切り分けて植えれば豊作間違いなしだ!!」
錬金術を行使するに当たって、いくつかの工程がある。
行使する素材の【理解・把握】する、その素材を練成する為に【分解・変質】させ、変換したい素材に【再構成・再構築】するのだ。
つまり、その物体を理解した上で完全にバラバラにして同質でいて別の存在に組み替えるのが錬金術ということなのだ。
行使するのに魔力は必須だ、素材によって必要な魔力にはバラツキもある。
この三工程だが、サトリは敢えて分解までに留めた。
結果生ゴミは判別不明なまでに分解され、土に混ぜる事で晴れて『肥料』となったのである。
当然肥料というのは畑に使うもので、当然だがこのコストほぼゼロの肥料は実験的に孤児院の畑を使うことになる。
将来的にはどこかの商会に『無農薬肥料』と売り出して利益を出そうとサトリは計画していた。
これまで出来なかったのはアデーレと友好関係を築く為に我慢していたのだ。
計画では来月あたりにこの畑で収穫できた野菜をアデーレに無料で進呈し、サトリの作った肥料で出来た野菜の情報を拡散してもらう予定である。
パン屋という特性上、毎日客さんが来ている。
もちろん常連客も多くいてアデーレの人柄ならば仲の良い常連客はそれはもう大勢いるだろう。
そこが狙い目だとサトリは予想した。
情報に聡い商会と独占契約して莫大な利益を生むにはこれしかないだろう。
アニムスは食事に関しては全くといって無頓着で、栄養が取れればいいと思っているからこれに目が行かなかった、今回ばかりはサトリの勝利である。
―――問題は、
「サトリ、この畑臭い」
「…だよなぁ」
生ゴミ、つまり有機物だけあって、発酵すると当然ながら臭いという事だ。
流石に肥料を商会の店頭で売るには無理があるという刺激臭だ、発酵しているから三日前より強烈な臭いである。
要改善だという事が分かり、これをどうにかしなければ契約以前に商会に入った途端叩き出されそうだとサトリは確信した。
試行錯誤して一週間後、臭いへの解決策が見つからずアニムスに頭を下げてどうすればいいのか尋ねたところ、『木酢液を使えばいいんじゃないかな』と簡単に答えられた。
さすがは国家錬金術師といえばいいのか、興味はなくてもこと薬学関連で質問すればなんでも返ってきたのだった。
早速木酢液を撒いてみて数日、確かに刺激臭のした畑の臭いは減衰していた。
代償はもしこの肥料が売れた時、売り上げの二割を収めるという高くつくものだった。
質問一つでこれとはなんともいえない気持ちにさせられたサトリだったが、これも授業料と思う事にした。
木酢液は炭焼きの時に出来るとアニムスから教わり、孤児院では薪が国から支給されているのを使えばいいので費用対効果は相変わらず抜群である。
作る際に立ち込めた煙に周辺から猛烈な苦情が来て急遽調べて見ると、人体に悪影響を及ぼす物質だという事が判明し、分解することでこの問題を解消した。
よくよく調べて見ると毒性の物質のようなので、サトリはこの物質限定の分解魔法陣を作り、手間の短縮にも成功する。
アニムスへの謝礼の事を差し引いても、成功の見込みは高い計画である。
あとは交渉する商会を探す事が急務であった。
足元を見られない為にも服屋に行って良い服を買おうと決めたサトリはアニムスのいる魔道具屋よりも前に、服屋へと足を向けるのだった。
* * *
一ヵ月後、サトリは甘い計算をしていたのだと痛感させられた。
近所でも噂になるほどの名立たる商会に自信作の肥料を持って行ったサトリだったが、返ってきたのは胡散臭いものを見る目と足元を見られて二束三文で買い叩こうとする強欲な商会長の不快な顔だった。
「くそう…こんな筈じゃ」
食糧事情、そして孤児院の食卓は劇的に変わった。
だが、肝心の金儲けに関しては不発続きだ。
圧倒的シェアを誇る商会に良い儲け話を持ってきた筈なのに、どうしてこんなに不発続きなのか。
サトリも原因は分かっている、伊達に起業を目指し金儲けをする為に経済学を学んできていない。
―――つまり、
「信用がないわけだよね、今のサトリには」
孤児院が誇る頭脳にして元商家の末息子、ケリィはそういった。
そう、信用である。
子供であり更には戦災孤児な事を筆頭にしてもそう、孤児院の子供がいきなりこんな肥料持ってきて商品にしてなどと言われ、馬鹿にされていると思って当然かもしれない。
なにせ見た目はズタ袋に入ったちょっと臭い土なのだから。
子供のサトリが『これが実は畑を元気にするお薬なんですー』、と言っても普通は信じられない。
実績もただ採れた野菜を持って行っただけ、市場で出来の良い野菜を買ってきたと言われればそれまでだ。
わざわざ経過を商会の人間に足を運ばせるなんてそれこそ無理な話である。
前世と違い写真を貼り付けた資料を作れない以上プレゼンは完全に口頭だったが、そもそも聞く気もない相手にサトリの弁舌は次第に冷めていき結局契約は一件もなかった。
「…それに、今回サトリはアニムスさんの名前を借りていない、と言うのもあるかな。
あの人王宮に凄いコネがあるみたいだからね。
近衛騎士団がこの寂れた孤児院を守ってくれたのが良い例でしょ?
その人の名前を…つまりサトリがあの人の弟子だと名乗れば、たとえ孤児でも話は聞いてくれただろうね。
まぁ表向きは、だけど」
「けど、師匠の名前を借りるなんて…また名前の使用料取られる」
「こればっかりは必要経費と思うしかないと思うよ。
そもそも必要経費なんてご近所から生ゴミ貰ってくるのに銅貨一枚でしょ?
それに丈夫なズタ袋は一つ辺り銅貨二枚くらいで売っている…これくらいかな。
生み出す利益を考えれば、これほど割りのいいものはないと思うけど?」
ケリィはこの肥料という画期的な発明がひとたび世に出れば爆発的な売り上げになるだろうと確信していた。
最近は不作の話をよく耳にしていたので、これを売り出せば間違いなく大儲け出来ると思っていたのだが、現実は厳しかった。
「…けど、既に師匠とは肥料の売り上げの二割を渡すように言ってるんだよ?
これで名前まで借りるなんて言ったら…あと三割は取られそう」
確かに知恵は借りた、更に名前まで借りる事になれば、サトリの『孤児院再建計画』が遠のくのは困るとサトリは渋った。
食事が改善されている以上、今度は住居の新築を視野にいれているサトリは、この肥料の売り上げで孤児院と隣接している教会にも手を出そうとしていた。
「それでも十分利益には繋がると思うけどねぇ…
(まったく、世間知らずな辺りサトリも甘いなぁ。
むしろ相手に貸しを作って、もっと利益になる商品を続々と売り出して名前を売れば、アニムスさんの名前を借りなくても良いくらいの利益が返ってくるのに…目先の利益に目が眩んでるなこれは。)」
ケリィの心の内を聞くが、サトリも言わんとする事は分かっていた。
だが、これだけの利益をみすみす半減させるのは惜しいと思うのはおかしいのだろうかと思い悩んだ。
まだ時間はあるだろうとサトリは再び情報収集に走る。
もう一つのサブタイトルは『飛び込み営業なんてこんなもん』でした。
読んで頂き、ありがとうございました。
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