第03話 アニムス魔道具店での一幕
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
人通りの多い大通りを縫うように抜けていき、王宮と市街地を隔てる十字路の左角に、その店はあった。
『アニムス魔道具店』―――創業年不明、エルフの店主アニムスが何時からか始めたこの国で最も古いお店の一つとされている。
主に売っているのはポーションを中心とした霊薬類、その他にも護符や魔法の杖といったものも売っていたりしていた。
年に数度ではあるが魔道書も売っていたりするが、既に買い手がいるようで店頭に並んだことはない。
「おはようございます師匠!!」
「…いらっしゃい、ってサトリか。
棚の片付けをしてもらえないかい、さっき急ぎでいくつか霊薬を作ってね、散らかっているんだ
(おお、片付けする面倒が省けた、これも日々の善行の小さなお返しというものかな。)」
「はい、分かりました師匠」
この内面が面倒臭がりな印象の強いエルフの美青年(にしか見えない)がこの店の店主アニムスだ。
銀髪に鋭く切れ長な瞳とエルフ種特有の整った顔立ち。
そして遠くからでも分かるほどの魔力の奔流をまったく感じさせない―――一流以上の魔導師は魔力制御の達人で無駄な魔力を漏らさないから―――このエルフがサトリの錬金術における師匠兼雇い主だ。
手伝いを対価に錬金術を教えてもらっているが、実質貰い過ぎていているくらいでサトリは若干だが引け目があった。
どうやって取り入ったかのかというと、アニムスの面倒臭がりの本性が知れたので、『面倒臭そうな作業を代わってくれる小間使いとかいりませんか』と誘ってみたのである。
普段から猫を被っている所為なのか、『ちょうど弟子兼従業員が欲しかったんだ、是非来てくれないか』という言葉の裏に『よっしゃ小間使いゲット!!』という内実にサトリは思わず噴出したほどである。
ちなみにこの凄腕錬金術師、サトリが転生者だと出会ってすぐに看破した。
魂が大人なのに体が子供だからだという理解出来ない指摘をされ、サトリの異能や前世の技術を根掘り葉掘り聞かれてしまっていたのだ。
そのお陰なのか、最近になって世間では『魔導式キッチン』なんて代物が広まって、特許を取って大儲けしていた。
話を聞いただけで、実物さえ見ていないのに作ってしまうのがこのエルフのとんでもなさを表していよう。
アイディアは殆どサトリだが、笑顔で『授業料ね』と言われてしまえばもうなんとも言えない。
貰い過ぎていた知識の対価というのもあるので、尚更である。
サトリも他にも言ってない発明もあるしそこから何とかするしかないだろうと、今日も今日とて弟子は師匠の下で勤労に励んでいるのだ。
実際の所、アニムスの弟子になるのは本当に難しいらしく、どこぞの貴族の当主が自分の息子や娘を連れて『是非我が子に貴殿の技術を教授してもらえないだろうか』云々をするが素っ気無く断られて帰っていくのをサトリはこの半年だけで両手両足の指でも足りないくらい目撃していた。
巡り巡ってその八つ当たりがサトリの孤児院に襲い掛かってきそうになった事も何度もあって、その時は何故だか近衛騎士団が撃退する事態になっていた。
それ以来八つ当たりはなくなったが、何がどうなれば戦災孤児の為に近衛騎士団が動くんだという疑問に、『やっぱりこの師匠のお陰なんだろうなぁ』としか思えず、こっそりとだがサトリは拝んでいたりする。
「…えっと、魔力草に地竜の背骨の粉末、それに…これ何の草だろう?
師匠、これ何の草で、どんな効能してるんですか?」
棚に原材料の入ったビンを置いていく、この時分からない物があったら師匠に質問すればアニムスはすぐに答えてくれる。
ビンにはラベルも何も貼られておらず分かり難い為、薬棚を作ってみてはどうかとアニムスに提案しているサトリだが、全ての原材料を覚えてしまっているアニムスは今のままで十分と判断して却下されていた。
「それは禿頭花を乾燥させたものだね。
効能は主に免疫力や新陳代謝の向上、解毒関係の霊薬で最も使われている原材料だ。
世界中で見られる草で、大体湿地帯で自生しているかな。
採取する時は根っこまで抜いて湿らせた布で包めば上々だよ。
乾燥させる時は魔法じゃなくて天日干しで最低十日は干しておくのをお勧めするかな」
「師匠、見分けるコツって何ですか?」
「そうだね…禿頭花は年がら年中花を咲かしていて、変わった事にその花の特徴が名前の通りツルツル…つまるところ髪の毛の無い人の頭みたいなんだよ。
比較的見分け易い草だし、繁殖力もかなりのものだから市場でも銅貨一枚から三枚くらいの安価で売られているね。
ああ、生で食べたりすると激しい吐き気とか眩暈に襲われるから、絶対に生で食べたりしないように。
どれだけお腹が空いても、禿頭花は食べてはいけない、この世界の常識だよ。
以上」
「はい、ありがとうございました」
「もう少し知りたいのなら、薬草図鑑の最初のページに乗っているから呼んでみるといい、大体私の言ったような事を書いているからね」
「時間があったら読んでみます!!」
そしてこの猫の被りようである、心の中では面倒臭いと連呼しながらも教えてくれるのだ、頭が本当に下がるサトリなのだった。
霊薬関連の指導がある時、サトリは師匠から魔法を使いながら調薬をするように指示されていた。
『薬草を薬研でゴリゴリするとたまにムラが出て霊薬の効能を下げてしまうこともあるんだ。
だから魔力制御の一環として、魔法で薬草をこれでもかというくらい粉微塵にする様に』
その指示に従って始めての調薬作業で、サトリの手の平は笑えないぐらい耕された、すぐにアニムス謹製ポーションで治ったが。
その次に魔道具、これに関してはアニムスから『これもう教える事は無いかなぁ』と若干10歳にして免許皆伝をもらっていた。
特に護符関連、魔術刻印という魔法の効果を発揮する刻印を刻む時、サトリは前世の世界にあった『漢字』を使っていた。
一つ一つに意味のある漢字は魔術刻印との相性は抜群で、長々と何十、何百と刻まないといけなかった刻印が、せいぜい五文字程度で済んでしまうのだ、革新的にも程があるというものだろう。
現在、アニムスはサトリから漢字を教わっている。
流石のアニムスもサトリから直接記憶を引っ張り出すという荒業をしてでも欲しかった技術だが、完全に理解出来ていないようで何度も書き取りをして意味を体に叩き込んでいた。
画数も正確に刻まないといけない辺り制約も多いがそれでも何百と刻むよりはマシである。
閑話休題。
大体の魔道具には魔術刻印が必須スキルで、それをアニムスから太鼓判してもらっている時点でサトリはもう技術的には国家錬金術師と遜色ないどころか越えているそうだ。
あくまで魔術刻印だけ、の話だが。
「…相変わらずサトリの魔術刻印は秀逸だね、あとは魔力量が伴えば使い捨てでもこの護符なんて金貨十枚でも足りないくらいの凄い代物になるよ」
素材に刻印を刻むのはサトリが、その刻印に魔力を流すのはアニムスという流れで魔道具作りに関してはこの作業が定着している。
この護符が売れれば金貨十枚である、サトリたちの孤児院の約二か月分の食事代だ。
「師匠、何かいらない素材の切れ端とかないですか?
あったら欲しいです」
高過ぎる素材の切れ端はくれないだろうけど、そこそこな素材の余った部分ならくれるじゃないかと期待してサトリはアニムスに尋ねてみた。
切れ端にサトリの魔術刻印を刻んで安価で使い捨て用と銘打って売り出せば、そこそこの値で売れるのではないかと思ったのだ。
「おや、何か商売でもするのかい?
私を説得出来るのなら、素材の切れ端をあげてもいいよ?」
にやりと笑うアニムスの了解も貰ったので、サトリは前世仕込みの弁論術を駆使して必死で説得しにかかった。
―――その結果、
「うん、じゃあその使い捨て用護符の代金の内、六割を私が、サトリが四割という分け前なら店に置いてもいいよ」
惨敗でもないが、勝利とはいえない結果となった。
丸儲けとはならなかったが、それでも何とか食い下がって四割の代金は貰えるのだ、これ以上いうのは強欲というものである。
アニムスは店の名前を使ってサトリの作った物を置いてくれるのだ、場所代と原材料代に取られたと思えば安いものである。
ちなみに値段は大体銀貨五枚から銀貨八枚で売ることになった。
普通の護符が金貨五枚前後が相場なので破格の値段である、アニムス作る護符はもっと高いが。
この世界は鉄貨に始まり、銅貨、銀貨、金貨、聖金貨といった五種類の貨幣が経済を回している。
長さや重さは前世と同じメートル法でグラム法だ。
この世界では明らかにサトリと同じ世界の人間がいたのではないかという痕跡はいくらでもある。
アニムスも『転生した異世界人を見るのは久しぶりだ』と言っていたので―――いつの時代かは不明だが―――過去存在したのは確かだ。
そして最後に、使い捨て用護符は一週間で金貨三枚の儲けが出た、快挙である。
今更ながら、どうして師匠のアニムスは女性じゃなかったんだろうとふと思いました、変える気はないですけど。
読んで頂き、ありがとうございました。
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