第31話 何事もなく会食に…は無理がありました
後日談的なお話ですね。
登場人物がいっぱいになってきているので、そろそろ登場人物回でも作ろうかなーとか思っています。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
(サトリ視点)
良い事をした後の次の日は気分よく起きれた。
グッドモーニング俺、今日も元気です。
心拍脈拍共に平常、実に健康体だな、一日程度夜更かししてもどうにかなっている、若さってすばらしい。
ビーチェには朝起きてすぐに謝った、ビーチェにも謝られたが俺が原因でビーチェは誘拐されたので謝られる筋合いもないのだけど、仕方なく受け取った。
受け入れないとビーチェが泣きそうだったからだ、女の涙…じゃなく、子供の涙には抗えない。
まぁ、こんなことが二度と起こっても困るので、孤児院の連中には朝食の時に護符を十枚ほど渡した、これにて一件落着である。
アニョーゼは貰えないと断ろうとしたけど無理矢理渡した。
いくらアニョーゼでも孤児院全員を守れるほど魔法に熟達している訳でなし、貰えるものは全部寄付っていう事で頑張って全員の服に縫い付けた。
そんな俺は現在、魔導人形のエアと模擬戦を行っている。
俺に今更戦う必要なんてないとは思ったが、まぁちょっと試してみたい魔法もあるし、会食までの迎えもまだ来ないので孤児院の一角を使っていたのだ。
昨日活躍したエアは俺が起きたと同時に『あのブタさん死んじゃったよ』とかほうこ…言いやがったのである。
別にいいけどさ、死んだって!!
どうやらあの後ブタ…なんだっけか名前、そうそうマール大司教は手首を切って冷たくなっているのを俺たちを大聖堂に受け入れた侍祭に見つかったらしい。
第一発見者は娼婦のようで、目を覚ますと目の前にブタの死体を見て悲鳴を上げたようである、エアはこれもワザワザ放置したのだという。
取調べは王都の憲兵団が仕切っていたようだが、話によると娼婦は俺たちのことを記憶していないらしい、エアの一撃で記憶に混濁が見られているようで、これだけはほっと一息つけた。
監視しろとは言ったが、自殺を止めろとも言ってなかった俺のミスである、こういうところが魔導人形は融通が利かない。
まぁ死んでもよかったんだが、もう少し生き地獄を味わってから死んで貰いたかったものである。
あのブタに陥れられて傷つけられた奴らはそれこそ百や二百じゃ利かないくらいいるだろうに、自分はさっさと手首を切ってあの世にトンズラ、地獄に追いかけれたら捕縛して拷問かけてるところだ。
今教会はてんやわんやの大混乱、何の行事もない日だったから良かったが、アニョーゼが朝っぱらからラインベル大聖堂に向かっていった。
前方からは最短距離、つまり全速前進で突っ込んでくるエアの一撃を魔法で迎撃する。
氷をライフル弾状にしてマシンガンの如く乱発している、照準はエアの周りをたくさんだ。
狙いを定めたところで高速機動に入っているエアに当たるとは思えないので、ショットガンのようにばら撒いた。
地面を深く穿った痕が見える、生身の人でも掠りでもしたらその箇所が吹っ飛ぶくらいの威力を秘めている。
本来この魔法はこれほどの威力を持っていない、科学知識のある俺の補正が強く利いているようで、まるで別の魔法となっていた。
「あははっ、当たらないよマスター!!」
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる理論だが、結果は笑って避けるエアはいつの間にか眼前に迫っている。
続けて今度は地面から鋭い杭を生成してエアを貫こうとするが、やはり当たらなかった。
正直もうエアを認識するのが無理になってきているのでこれは悪手だったな。
護符は今回使っていない、あえて危機的状況を作ることで真剣に取り組む気合も入るからだ。
少し離れた場所からはフレアたち魔導人形たちやジャックが観戦している。
いや、ジャックはシヴァに剣術の指南を受けていた。
俺よりも体格も良く見た感じよく動けていると思う、将来は有名な冒険者になるのもそう待たなくてもいいかもしれない。
俺は肉薄してくるエアに試したかった魔法を使うことにした。
使う魔法は―――空間魔法。
禁書区域に保存されていた魔道書で、分類上『古代魔法』と呼ばれる超高難易度魔法である。
まぁ、使える魔法といっても小規模の転移門と透過の二つだけだけどな。
本来は腹黒タヌキとの約束上読んではいけなかったんだが、興味があったんで読んだ、反省はしている。
今回使うのは透過だ。
透過、すり抜けるということ、つまり相手の攻撃を受けているようで受けていない、通り抜けている状態にすることだ。
「いっけええええええええ―――って、あれぇっ!?」
エアの渾身のコブシは俺の頭をスイカのように破裂させることはなく、勢いよく通過していく。
ていうかお前、いっけええええってなんだ、『逝けか』、殺す気か?
絵面はすごい事になっていただろう、何せコブシが頭にブチ込まれたのに血生臭いなんて事無く通り抜けたんだから。
それからもエアの猛攻は続く。
首、喉、肩、心臓、肩、胴体、膝や足の甲、ありとあらゆる箇所を容赦なく拳をブチ込まれるが、痛みも一切感じないがシュールな光景を生み出していた。
ここで透過を使ってみて分かった事が二つもあった。
一つは魔力消費、この魔法魔力をバカみたいに使う。
全身に使っている所為なのか今後の検証は必要だが、かなりの魔力を蛇口を全開で捻っているかのように放出している。
急激に魔力を使うもんだから気分も悪くなってきて正直これを戦闘中に常時使うのは無理だなと思った。
不意打ち対策くらいにしか使えない、それでも十分だが。
もう一つは、他の魔法が使えないという困ったものだった。
いや、無理すれば使えるだろうが…一歩間違えれば制御を誤って透過した状態の体と武器が何かの拍子に戻って癒着するという大惨事を起こしかねない。
これを使うとなると魔法による攻撃は一切使えないといっていい、ていうか集中し過ぎて動けない。
うん、メリットもあるがデメリットの強い魔法だな、古代人でも使えたのは極一部だとあの禁書には書いていたし、現在戦闘に余裕で使える人といったら…まぁ師匠くらいじゃないかなぁ。
前試しに戦ってみたけど、何種類もの魔法を何十も起動して爆撃してきたし。
分かっただけでも四属性に上位の闇と光、あとエルフの固有魔法といわれている樹属性の魔法が襲いかかってきて、三十秒も持たなかった。
なんかもう次元が違う、地上に降りてきた神様じゃないかと思うくらい強くて頭良くてカッコいいハイエルフ様である。
正直俺が透過を戦闘にまで使えるくらい強くなったとして、それでも師匠に勝てるビジョンは浮かんでこない。
そんな師匠クラスの連中が束になって戦って相打ちになったとかいう魔王の強さに少し危機感を覚える。
そんなのいたら俺のスローライフの邪魔になるじゃん。
うっかり豆腐の角で死んでくれないかなぁ。
「…っと、エアそろそろ止めて。
魔力結構使ったからちょっとくらつく」
「はーいっ!!
すごいねマスター、ぜんぜん攻撃が入らないよ!!」
途中からもう視界に入っている筈なのに認識出来ないし『ボボボボボボボッ』とか耳元から聞こえてくるしでホント怖かった、もう二度としない。
しきりに頭狙うのは止めてほしい、怖いから。
怖過ぎて魔法に集中できないよもう、ホントに魔導人形は融通が利かない。
砂埃と共にエアが俺の視界に現れた、満足げな表情が妙にイラッとするがまあいい。
戦闘なんて呼べない防衛戦だったけどある程度使えたしよしとしよう。
とは小規模転移門は後日実験をすればいいかな。
エアに埃を掃ってもらって、俺は孤児院へと戻っていく。
三十分後、ケルヴィン公爵家の紋章のついた馬車が孤児院へとやってきて、俺はそれに乗り込んだ。
さてさて、おいしく食べられるだけの会食ならいいんだけど。
* * *
ケルヴィン公爵家の屋敷は王城を除けばもっとも格の高い建物といえよう。
貴族区にはじめて入ったサトリは他の貴族の屋敷と見比べて、公爵家との差に驚いた。
最奥に構えた公爵家の屋敷には高い塀があり、遠くからでも分かるほどの防御結界が常時展開されていたが、他の貴族の屋敷には防御結界もなく高い塀で周囲を仕切る程度の事しかしていないのだ。
「……あ、あのお屋敷は防御結界使ってるな。
あそこも…派閥の長の屋敷限定で張っているのかな」
「よく分かるな、魔導師が結界に気付かれないように隠密性の結界も展開しているというのに」
サトリの迎えにはバルアミー、そしてケルヴィン公爵家の執事グレイルがきていた。
フレアたちは馬車に追走している、馬車の後方を走る四人組など普段なら通報されるのだが、護衛の騎士も何も言わないことから奇妙な構図だけが目撃者の目に映ったのだった。
バルアミーはサトリがはじめての貴族区に入ったという発言にどこか胡散臭いものを見る目で見ていたが、口に出さずサトリが結界に気付いたことにただ驚いた振りをした。
「なんていうんですかね、ムラって言うんですか?
時々結界に揺らぎのようなものを感じるんで、気でも緩んでいるんじゃないです?
公爵家を襲撃する奴なんている訳ない…みたいな先入観があるからか仕事が適当なんでしょう。
有事の際はあのお屋敷吹っ飛びますよ?」
これはサトリなりの助言だったのだが、余りにも直接的過ぎてバルアミーとグレイルも一瞬だが目を点にしてしまった。
サトリが感じた結界は積層型結界といって、何枚もの結界を不具合なく同時展開する高度な術式で、一人ではなく何人もの魔導師が使うものだ。
サトリやアニムスは単独で可能だが、基本的にこうした大規模な魔法はある程度の力量を持った魔導師が何人も必要で、常時一定の出力を展開するなど機械でもあるまいし、ムラが出るのは当たり前なのだ。
だが、自分一人で出来るサトリにその機微が分かる筈もなく、悪気のない言葉を漏らしたのだった。
「それは良い事を聞きました。
最近雇っている魔導師の態度が問題になっていたところです、大旦那様に報告して即刻改善していただきましょう。
サトリ様、ありがとうございました
(明け透けなのは余りいただけませんが子供らしく好感が持てます。
錬金術師としても、魔導師としても一流とは…賢者殿は良いお弟子様に恵まれましたね)」
「サトリ…父上に粗相のないようにな?
(余り期待していないが)」
グレイルはサトリが孤児だと知っていながらも素直に賞賛してくれる出来た人間で、サトリとしては『執事って出来た人が多いなぁ』などと似たような感想を浮かべていた。
バルアミーは早速問題発言をしたサトリに父であり宰相であるアルマンドに問題発言が飛び出さないか気が気でなかった。
「あはは、バルアミー様心配そうな顔をしてますね?
基本自分は受身なんで、何かされない限り何もしませんよ?」
サトリはバルアミーの口調が固く何度か目元を細くしている事に気付き、心の声を聞いてからかうように笑った。
相変わらずの面白枠な扱いをされるバルアミーなのだが、朝早くに起きた事件の所為で不穏なものでも感じ取ったのか、疲れたように溜息をつくのであった。
「お二人は仲がよろしいのですね」
「あ、分かります?」
「グレイル、笑えない冗談はやめろ」
ワザとなのか天然なのかグレイルの言葉に二人が正反対の言葉を返す。
サトリは明らかにバルアミーがどういう反応をするのか分かっての言葉を返していて、バルアミーの渋面を更に渋くさせるのだった。
公爵家に入ると玄関から見える大きなシャンデリアが見え、その下では執事と侍女がサトリを出迎えた。
「「「「「「ようこそサトリ様」」」」」」
一糸乱れぬ統率と深く下げられた彼らにサトリも少しは驚くだろうと思ったバルアミーだったが、サトリの反応はまるで違った。
「お出迎えありがとうございます。
本日招かれましたこと大変光栄なことと存じますが、私は平民です。
様など付けないでくださると嬉しいです」
完全によそ様用の気持ちの悪い対応をして見せたサトリに、バルアミーだけが気持ち悪いものを見る目で見ているが、使用人たちは世間で注目されているサトリがこれほど腰の低い人物なのかと思い感心していた。
サトリもこれほどバカ丁寧な返しをする気はなく、突然の出来事に驚いたからだ。
サトリの名の由来となったと思われる妖怪もそうだったが、心を読めるというだけあって、完全に予想だにしていない出来事に関しては飛び上がるほどに耐性がない。
言ってみればアドリブに弱いのだ。
異能を使っていないとあって、サトリはこの事態を予知していた筈もなくただただ驚いてしまっての対応だったのである。
「……普段からそれくらい丁寧ならよかったのに。
いや、気持ち悪いからそのままでいろ」
「いやー、いきなりだったんでちょっとびっくりしましたよ」
「お前は驚くとバカ丁寧になるのか?」
「坊ちゃま、お客様に失礼ですよ?」
食堂へと案内されるサトリは軽口を叩きながら歩いていく。
途中口の悪いバルアミーに絡まれ、それを窘めるグレイルという姿は通りかかる使用人たちが見た事もないほど『貴族と平民の関係』から離れていた。
「……ようこそサトリ君。
私がアルマンド・サムスエル・ケルヴィンだ」
「はじめまして公爵様、サトリです」
そして迎え入れられた食堂でサトリはようやくアルマンドとの会食が始まったのだが、この場にいるはずのない人物がいるのを見て首を傾げた。
「…失礼ですが、レイヴァン王国第一王子…いえ、王太子殿下であらせられるレオナルド様ですね?
どうしてこちらに?」
予想の範囲内の闖入者に、サトリもどうしたものかと首を傾げたのだった。
王太子レオナルド、彼はレイヴァン王国の次期国王という立場にある。
その権力基盤は強大で、文官派筆頭貴族ケルヴィン公爵家のバックアップを受けていて、宰相府で政務能力を鍛える為ケルヴィンの元で研鑽を積んでいる最中だ。
現在の王妃は文官派からやってきた女性で、アルマンドの実の妹なのだ。
つまり、レイクロードとアルマンドの関係は緊密なもので、覆せないほどに高い壁だった。
レオナルドは両親の良い部分を受け継いだのだろう秀麗な顔を少し微笑ませてサトリと対面した。
「ようやくスレイン帝国から帰ってきてね、ずっと会いたかったんだ。
初めまして、知っているようだがレオナルドだ。
握手をしても?
(この子がサトリ…帝国まで鳴り響いた天才錬金術師か。
イーブル出身との事だったけど、警戒心の強い猫みたいな子だね。
……そういえば留学の話があがっていたけど、なるほど連中この子を取り返そうとしているな?
ははは、無駄な事を…賢者殿に滅ぼされるが良い)」
清涼感漂う微笑なのだが、中身はしっかりと父親の跡を継いでいるようで腹黒い事を知ったサトリは『楽しい会食じゃなくなった』と消沈していたが、もちろん顔には出していない。
「光栄です王太子殿下、握手できるなんて夢のようです
《男と握手なんて嬉しくないんだけど…まぁ仕方ないか。
…あっちこっちに監視役の隠密と護衛の騎士がいる。
やだなぁ、肩肘張った食事だよ》」
サトリはこの時既に異能を使って周囲に誰がいるのかを把握して内心溜息をついていた。
バルアミーをからかっていた楽しい時間はすっかりと冷え込んで、長身の王太子と握手するのだった。
握手を終えるとレオナルド、アルマンド、バルアミー、そしてサトリという四人の会食が始まる。
「すまなかったねサトリ君。
どうしても殿下が君に会いたいといって聞かなくてね
(この甥っ子め、タイミング悪く帰国して気負ってからに。
サトリ君が不審がっておるではないか。
せっかく将来の国を見据えた話をしながら事前に聞いていた『ハンバーグ』とやらを披露しようと思っていたのに。
昨日食べたばかりだが、あれは美味かったな…うーむ、あの孤児院にいればあんな美味い物が食べられるのだから孤児たちも幸せ者だな)」
「いいえ、驚きましたがこうして王太子殿下と会食出来るという機会を頂けましたので、何の不服もございません
《ああ、ハンバーグ作ったんだ…公爵家で作ったハンバーグかぁ。
三ツ星レストラン級のハンバーグになっていそうだな、ビーチェに食べさしてやりたい》」
現実逃避をしながら愛想笑いをするサトリは一時的にでも会話の途切れる食事が来ないか待ち遠しかったのか異能を使って言質を取られない会話に勤しんだ。
「……なるほど、あの肥料はそういう経緯があったのか。
大司教にも困ったものだ、そんな運営をされては我が国の貧困層に余計な不満が残るじゃないか。
まぁ、その大司教のお蔭でサトリ君が肥料を作る切っ掛けになったのだからその功罪は少しだけ上がったね」
「殿下は農業に興味がおありなのですか?」
「次期国王として、民草が生きる為に必要な産業には一通り目は向けているよ。
農業は弟のレイジーが担当していてね、私はレイジーからの報告を見てから興味を持ったんだ。
現在レイヴァン王国の各都市や町村部では衛生面への喚起も呼びかけている。
都市の景観もよくなるし生きる為の肥料にも時間をかければなるとは、神の恵みとはかくあるものかと感じたよ」
現在農業の率先的な向上を任されているのは第二王子レイジーである。
彼は臣籍降下こそしていないものの後ろ盾は殆どなく、学園時代学んだ事を活かす為に文官として活動していた。
「自分はお金儲けを目的に肥料を作ったので、そういった事は考えませんでしたね」
「それはいい事だね。
持たざる者が知恵を駆使して収入を得るというのがどれほど険しいものか私には分からないが、それでもその結果を世界が認めたという事は結果的に良い方向に繋がったんだと思えばいいと思うよ。
何も露悪的に金銭目的だと言わなくてもいいと思う。
(かといって、他者から何か強要されるようなことを嫌われるというあたり賢者殿によく似ておられる。
叙爵をしようにも貴族の血統でなし、はてさて取り込む方法はないものかな)」
「…はい、ありがとうございます
《やり難いこの王子、言ってる事に否定がないし自慢も入っているけど孤児である俺を当然のように認めているというのが凄いな。
将来のレイヴァン王国は安泰かな…軍事が頑張ればだけど》」
レオナルドにとって、サトリは金のなる木だ。
そのサトリの機嫌を損なうまいと思っての発言にサトリはやれやれと溜息をついた。
和気藹々と見えなくもない会食の裏ではこうしたやり取りがなされていた。
サトリはこういうやり取りが本当に嫌いだった。
相手の腹の内を知って会話や気の疲れる会話など楽しめる性格でないからだ。
このやり取りの所為で更にサトリの厭世家振りに拍車がかかるのだが、気付く者はいなかった。
「―――そういえば、その大司教なのだけど」
唐突に、レオナルドが話題を変えた。
今日知ったばかりの、最新のニュースをサトリに語ったのである。
「自殺したようなんだ、何か知っているかい?
(何やら遺書にサトリ君の名前が書かれていたので聞いてはいるが、これで拗ねられては困るんだよね。
正直これでサトリ君が関わっていようとこちらとしては揉み消す気でいるけど、これをネタに脅そうなんてすればそれこそ逃げるだろうからねぇ…そもそも遺書の内容も滅茶苦茶だから信憑性に欠けるからネタにも出来ないんだけど)」
サトリはレオナルドの質問に対して表情を一切変えず、ただ後ろで棒立ちしているエアに恨み言を内心呟いていた。
「《本当に魔導人形ってば融通が利かないなぁ…オリハルコンの人工頭脳で作った意味あったのかこれ?
ていうかエアは当分国外に出そう、いい加減国外の情報調べたいし》
さぁ、一度しかお会いした事がないので分かりかねます…」
エアはもともと国内外の情報を得ようというコンセプトに作り上げた魔導人形だ。
それをいつまでもサトリの身の回りで小間使いとして使うには逼迫してもいない状況では役不足というものだ。
細かい指示を下し、何ヶ月か方々を巡らせれば十分だと思うと、サトリは何食わぬ顔でレオナルドに知らぬ存ぜぬを決め込んだのだった。
アルマンドは事情を知らされていたとあって顔色一つ変えていないが、バルアミーは知らされていなかったのか思わずアルマンドを睨む様な態度をとった。
「そうなのかい?
遺書にはサトリ君の名前が何度も書かれていて、殺されるとか破滅だとかもう支離滅裂な内容でね」
「そんな危ない精神状態の人間の妄言を信じていらっしゃるんですか殿下は?」
思わず、サトリはレオナルドに毒を込めた言葉を返したが、レオナルドは苦笑するだけだ。
実際問題、この件は完全に闇に葬る気なのだろう、サトリが関わっていようといまいと。
レオナルドの内心からはそう読み取れたし、それをネタにサトリを操ろうなどとも考えていない。
とはいえ、これを『借り』と感じるか感じないかはサトリ次第という事なのだろう。
サトリとしてはエアのポカをそれほど気にしている訳ではない。
マールがどうなろうと知った事ではなかった、証拠隠滅くらいはして欲しかったと思ったくらいである。
「いやまさか、マール大司教が自殺されたのは|精神を病まれていたからだ《・・・・・・・・・・・・》。
これは公式発表でイヴェルダ教国に伝えられる。
たとえ教会内であろうと、国内で起きた事件の捜査権は我が国に権限があるのでね。
教会の侍祭たちも非常に協力的で助かった
(あの侍祭は暗殺だと疑っていたようだが、帰った後に大司教の怒鳴り声を聞いている。
人数も減ってもいなかったし、これを結びつける事も出来ないな。
…まぁ、どの娼館から呼んだ娼婦かも分からないのが困ったものだが)」
通常ならば教会内での事件という事もあって教会が内々に処理するような案件だったが、レイヴァン王国ではたとえ他国が所有する施設であろうと、強権を発動すれば国内の事件は全て捜査権が発動する仕組みになっている。
今から数えて三代前の国王ジルベルトが新興国であるレイヴァン王国に対する他国の対応に腹を立てて作った法律で、現在でも有効活用される法律であった。
加えて今回は協会内部からの告発ということもあり、現在大聖堂ではマールの起こした
「《……うーん、情報漏れ過ぎ痕跡残し過ぎ、エアに口封じを厳命しておけばよかった。
どうやら顔を見ていないようだし、運良く来ていた四人は娼婦の少女とその顔役と思われている勘違いしてもらおうか》
そうなんですか」
一言返して、サトリはそれ以上レオナルドに何か言うこともなく、マールの事件は自殺と処理される事になった。
「―――お待たせいたしました、お食事をお持ちいたしました」
ようやくメイドがカートに載せた食事を持ってきて、一時会話は中断された。
この時ばかりはレオナルドやアルマンド、バルアミーも無駄口を叩かず出された温かい食事に舌鼓を打つのだった。
サトリの師匠であるアニムスが作った魔道具で、すぐに毒検知できる魔道具である。
この魔道具のお蔭でレイヴァン王国のみならず、各国の貴族や豪商たちは幼い頃から食事が好きで毒殺を気にせず食べられていた。
「殿下、今日は私がサトリ君を招待したのですぞ?
独り占めはよしていただきたいものですな
(…うむ、やはり美味いなハンバーグは)」
苦言をあげるアルマンドにサトリも彼の援護に感謝していたが、王族の質問に孤児のサトリが答えない訳にはいかなかった。
「…おいしいです、やはり料理人が違うと味にも差が出るんですね」
サトリは口にしたハンバーグの旨さに素直に簡単の言葉を口にした。
ハンバーグを作る為だけにB級の魔物の肉を使っているとハンバーグを作った料理人が説明して、
盛り付けされた野菜も今日採ったばかりのものばかりらしいと聞くと『やっぱり公爵家は違うなぁ』と感想を浮かべるサトリだが、その気になればサトリも採れたての野菜を使うことや、B級の魔物の肉を狩ってくるという容易でない事に気付いていなかった。
会食も終え、食後の紅茶を飲むサトリたちは本題とばかりに先程まで見せていた笑顔を押し隠した。
これが為政者の顔なのだとサトリは思うと、『碌でもない話なんだろうなぁ』とぼやくのだった。
「さてサトリ君、私は君の将来の展望を聞いてみたいのだが、どのような事をやっていきたいのかね?
(バルアミーが言うには国家錬金術師の資格を取るのはいいが宮仕えはしないと聞いている。
辺境で静かに暮らしながら物を作ると…我が領地でなら可能だろうが、結局断ったようだ。
正直権力を求めるような性格でなくてほっとするな)」
以前バルアミーが聞いた時と似たような質問をするアルマンドに、サトリは以前バルアミーに返した答えよりも、さらに上方修正した回答を返した。
「はい、将来は遠い孤島で誰とも会わず、細々と暮らしていこうと思っています。
|人も怖いし魔物も怖いので《・・・・・・・・・・・・》、資金と防衛戦力も整ったことですし、卒業後はこの大陸から消えます
《正直うんざりなんだよね知らない内に権力ゲームの駒…っていうか景品扱いされるのって。
本当は卒業までにあのタヌキに逆襲しようと思っていたけど、もう十分こちらの駒も揃ったし、この辺りでさっそく前哨戦というこうか》」
「ま、まつんだっ!!」
サトリの思わぬ返答にバルアミーは完全に硬直し、アルマンドが慌てふためいてサトリを止めようとするが、得体の知れない笑みを浮かべるサトリは一顧だにせず話を強引に進めていく。
「どこかの国にいれば教国が煩いし、権力者は怖いし、農民たちは欲張るし。
ええ、半年に一度は戻ってきますけど、基本自分は『世捨て人』になろうと思っています。
権力と無縁な小さな島で小さな畑を耕して家畜を育てて生活の役に立ちそうな物を作りながら生きていきます。
きっと平穏で、静かで、煩わしいもの全てから開放される素敵な人生が待っているんでしょうね。
今からでもとっても楽しみです」
「ま、まちなさい!!」
ささやかな欲望を諾々と垂れ流すサトリにレオナルドも待ったをかける。
バルアミーはさておき、アルマンドとレオナルドは止めなければならない立場だからだ。
彼らは為政者、『政を為す』者たちだ。
制御出来ない相手だろうと、サトリのような天才的な手腕を持つ錬金術師をみすみす逃す事など出来る筈もなかった。
たとえ自分の国でなくとも、商業ギルドを介せばサトリの生み出した技術が世界に放たれ、その恩恵を受ける事も出来るだろう。
更に自国にいれば商業ギルドから納められる税も大幅に増え国庫も潤うことになる。
だが、その恩恵すら一切ない、音信不通となるだろう絶海の孤島に進んで乗り込もうとする事を止める者など、この場の誰もが止めない筈もなかった。
半年だろうとそれまでは一切手紙のやり取りすら不能な領域に閉じ込められて、黙っていられる筈もなく、その場にいた護衛や隠れている隠密たちすらも動揺を隠せずにいた。
「ああ、技術の流出は在学中に商会を作るんで、そこから買い取ってくださいね?
俺は会長職で経営方針には基本放任しますから、出資者ってやつですね。
裏切られないように奴隷を使いますんで従業員から自分の居場所を聞き出すことは無理ですよ。
ほら、貴方たちの大好きなお金と技術をコツコツ輩出するんですから、文句をいわれる筋合いなどないと思いませんか?」
ケルヴィンたち為政者の思惑を知ってか知らずか、最悪を想定してた彼らに助け舟を絶妙なタイミングで寄越したサトリに、自分たちが彼の手の平の上で転がされている事を自覚した。
彼らがサトリを近くに置きたいのはひとえにサトリが『金を生むガチョウ』だからだ。
だが、ガチョウの役割をこなすのであれば、供給を続けていくのなら本人がどこにいようといいのではないか、サトリはこう言ってのけたのである。
サトリは最初から相手の情など求めていなかった、分かり易い利益を出すと囁けば大抵の輩はすぐに転がるということをよく知っていた。
そして目の前にいる彼らは真っ当な為政者だ、情で動く事は出来ないとサトリは理解していた。
たとえケルヴィンが可哀想な目でサトリを見ていようと、たとえバルアミーが気付いていない友情という鎖でサトリを止めようとしても、情でしか動かないサトリには一切合財どうでもいいことなのである。
究極的に、サトリは自由気侭で平穏と静寂の保たれたスローライフを送りさえすれば面倒など起こす気などない。
「勇者も魔王も権力者も煩わしい何もかもいない、脅威の一切ない生活を目指すために、俺は生きていきます。
それが将来のなりたいもので、目指す理想です」
王でもなく、勇者でもなく、世界中から後ろ指を差されようと『人間らしい人生』を送りたいが為にサトリは生きていく。
それはサトリがこの二度目の生を受けた頃から変わらない不文律だった。
「…なるほど、勝ち逃げして逃げ切るつもりなんだなサトリは?
ここで宣言する辺り、目算もついているのか?」
ようやく我に返ったバルアミーがサトリの意図した狙いに気付いて、サトリもバルアミーに笑みを返す。
この場にいる全員が理解した、サトリが本気なのだと。
冗談にも聞こえた言葉がすべて真実なのだということを。
「やっぱりバルアミー様は分かっているね。
そう、目処は立ってるんだ。
そうだね、現状七割って言うところかな?」
「嘘をつけ、良いところ半分と言うところだろう?
資金と防衛戦力はともかく、初めての商会経営と引き篭もる場所を探している以上はまだ追いつけない訳じゃない。
付け入る隙はまだ残っているぞ?」
現実を見据えているサトリでも、答えようのない問題提起だったが、大した隙ではないとばかりに笑って見せた。
「まあ、隙は隙ですけど、その辺りにも目処はついているんだなこれが。
商会経営は経営をしたことのある奴隷を探せば良い、引き篭もる場所もエアが動く以上卒業までに探し切れるんだ。
現状七割って言うのは嘘じゃないんだよ?」
たとえ権力を駆使して奴隷商人にサトリに対して奴隷を売るなと命じたとしても、一部の奴隷商人は言う事を聞いたとしても、殆どは聞く耳を持たないだろう。
奴隷商人だろうと、商業ギルドへ所属している以上『あまねく人々に利益を』という理念を掲げている商業ギルドが、その理念の最大の協力者足らんサトリの利益を害する旨を聞き入れる筈がない。
加えて言えばサトリが探そうとする理想郷に関しては現状見つかっていないだけだ。
エアという探索に特化した魔導人形がいる以上、むしろ候補地が豊富でより取り見取りという嬉しい誤算の方が強いのだ。
この世界の航海技術はこの一枚岩の大陸で完結してしまっている。
隣国へと渡航する航路はあっても、遥か彼方にあるかもしれない未大陸へと先の見えないものへ穂を向ける猛者は殆どいなかった。
そしてその猛者たちも殆ど帰ってこず、帰って来た極少数は幾度の嵐と大きな島もないハズレ航海しか当ててこなかった。
最終的に見つからない場合、『作ってしまえば』いいことなのだから隙でもなんでもない。
ガイアと共同してサトリが魔法を使えば、絶海に新たな島を生み出すことも不可能ではないのだから。
「まぁ頑張ってくださいね?
近々自分は孤児院から出ていってこの長期休暇中に商会を立ち上げます。
差を更に引き離して、勝ち逃げしちゃいますから」
立ち上がったサトリはこの場から退場の挨拶をすると、彼らに背を向けて食堂から出て行く。
無理矢理引き止める事も出来ると護衛たちの手が剣にと伸びようとしたが、レオナルドは護衛や隠密たちを止めた。
この場でサトリとの関係を壊す事も出来なかったし、こそこそと動かれるよりも宣言された以上堂々と行動するだろうサトリへの対処も数の有利を活かしてこの勝負に勝とうと決めたのだ。
この勝敗の、勝利条件しかないという理不尽極まる勝負に。
軽い足取りで、公爵邸へと入ってきた時とはまるで逆の、楽しそうな笑みを浮かべてサトリは出て行った。
次回で第二章は終了です。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想お待ちしています。




