第02話 れ、錬金術師に俺はなる!!
ちょくちょくと加筆修正したりしています。
次は深夜12時です。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
異世界に転生してあっという間に半年経ち、孤児の中でも比較的年長なサトリの朝は早い。
他の孤児達が起きないようにこっそりとせんべい布団から抜け出した彼は音を立てないように寝室から出て行った。
老朽化の進んでいる階段をなるべく音を立てずに降りて食堂を通って炊事場にと着くと、既にそこにはアニョーゼが全員の朝食を作り始めていた。
「おはようシスター、今日も早いね」
フランクな話し方なのは、他人行儀なのが気に入らないと同い年の孤児、否、サトリの異世界初の友人であるジャックがそう言ってきたからだ。
アニョーゼからも口調が固いと注意され、気取った感もあるのでおいおい直していこうと思うのだったが、次第にある変化が起きていた。
転生、あるいはこの肉体に憑依してからか口調が年相応になってきたのだ。
肉体は精神の影響を受けるという話を聞いた事があったサトリは馴染めるのでちょうどいいと思うことにした。
「おはようサトリ、あなたも早いわね。
悪いのだけど、顔を洗ったついでに井戸から水を汲んで来てくれないかしら?
ビーチェが井戸に行ったきり帰ってこないのよ」
手際よくアニョーゼは刃毀れしてある辛うじて錆びていない包丁で今朝取れたばかりの野菜の皮を剥いていく、手馴れたものなのだろう。
ビーチェというのはこの孤児院で最年長の少女の事だ。
年齢は十二歳、両親は元料理人だったらしく炊事場でよく頑張っていたのをサトリは思い出した。
朝に弱過ぎて井戸に行ったきり帰ってこないというのは井戸から水を汲むのに疲れて眠気に当てられているのだろうとこの半年の経験で何度も見ているからか、サトリはすぐに肯いた。
「分かったよ」
サトリは炊事場の横にある扉から出ると、一直線に井戸へと向かった。
「…おはよう、サトリ」
井戸にもたれかかっていた少女がサトリに声をかけてくる。
顔立ちは幼くそばかすが少し散らばっていて、どこか愛嬌のある少女は眠たいのだろう。
半目でサトリを胡乱な目でじっと見ると、軽く手を振った。
そして目を閉じる、どうやら井戸の水を汲んだはいいが、眠気にやられていたようだ。
「おはようビーチェ、相変わらず眠そうだな」
「眠いから…けど私はみんなのお姉さんだから、頑張らないと」
「まずは立ち上がってから言おうなそういうことは」
頭をカクンカクンさせて言われても説得力を感じないビーチェだった。
サトリは代わりに水桶を受け取ると、ビーチェの手を引いて炊事場へと戻って行く。
炊事場に戻ってくると、パンがいっぱいに入ったカゴを持っているジャックがアニョーゼと話し込んでいた。
イタズラ小僧と見られがちな勝気で釣り目と元気よく身振り手振りをしてアニョーゼの気を引こうとしているのが微笑ましく感じる。
サトリはこれを口にしない、絶対に怒るからだ。
パンは近所のパン屋からの厚意で頂いていた。
店主のハンス氏曰く、『形が悪いし捨てるよりマシだから孤児院の子供達にやってるんだよ』とのことだが、こうも毎日『十二個』の廃棄パンを渡すのは照れ隠しなんだろう、サトリは心を読まずとも分かった。
ちなみに夕食の時も『十二個』のパンを受け取っている、分かり易過ぎて笑いをこらえるのが本当に大変だったと思い出す。
「おうサトリ、おはようさん!!」
「おはようジャック、シスターと話すのはいいけどカゴは置いとけよ、パン落ちるぞ」
「落としたパンはジャックが食べる…」
「すんませんでした!!」
後ろからビーチェの脅迫もとい、注意にジャックは大人しく言う事を聞いてカゴをテーブルに置いた。
サトリは素直にジャックが言う事を聞いてくれたのに一安心して、カゴを食堂に持っていく。
少ししてからジャックが木製の皿を持ってきてテーブルに置いていく。
「なぁサトリ、『魔法』の方はどんな感じだ?」
「何とも言えないな、やれない事はないがまだまだ魔力が足りない。
シスターから教えてもらった『魔力圧縮法』でコツコツ総魔力量上げてるところだ」
「頑張ってくれよ、俺は魔力が発現しなかったからな。
まぁ、俺は剣に生きるから別に魔力がなくてもいいけど!!
(俺が前衛でサトリが後衛…いいコンビになれそうだな!!)」
異世界に転生してから半年、サトリはこの短期間で魔法を発動出来るようになっていた。
魔法と聞いて最初疑わしいと思ったサトリだが、アニョーゼが使って見せた魔法―――生活魔法という魔法で『照明』という魔法を使った―――を見て信じるしかなかった。
前世の胡乱なゲーム知識しか持っていなかったサトリは使える魔法は限られていると思っていたが、この世界の魔法にはその括りにはない事を知った。
必要なのは魔力量と制御能力、そして発動速度がカギだ。
これにサトリは前世で見てきたものを想像して魔法を学んでいた。
この世界の魔法は自らの魔力を使って事象に干渉するのが基本だ。
言ってみれば、『私の魔力を世界に捧げますから○○な魔法を使わせてくださいお願いします』という形なのだ。
だが、サトリはそのような『お願い』などしなかった。
前世の微かなゲーム知識には魔法の名前だけを唱えて発動するものもあり、それを参考にしてみた。
火炎を発動『しろ』、雷を『落とせ』といった命令形の詠唱をしていたのだ。
驚いた事にこの詠唱は完成度が高く、消費する魔力も少なく威力も上がった。
おそらくは『魔法とは何なのか』、『魔力とは何なのか』といった疑問を前世の知識を活かして突き詰めていき、半年で実践出来た以上サトリの推論は正しかった事になる。
お願いでも命令でもなく、その現象事態を深く理解する事で魔力の消費量や威力が上がるのだと気付いたサトリだが、サトリはこの事実を公表する気はなかった。
こんな強力なアドバンテージを世間に公表すれば自分の数少ない手札が減ってしまうからだ。
加えて言えばサトリは詠唱という行為を恥ずかしがって基本的に無詠唱だ。
あれだけ詠唱に気を使っておきながら今更と思うだろうが、羞恥心には勝てなかったようである。
高等技術ではあるが、世の魔導師―――この世界における魔法使いの総称―――の二大潮流には『詠唱派』と『無詠唱派』があり、サトリはどこか前世の恥ずかしさからか詠唱派の魔導師の様に堂々と唱える姿に耐え切れず、想像力と魔法制御を磨くことで無詠唱を実現する事に成功した。
この孤児院には二冊の魔道書があって、その内の一冊を教本にサトリは魔法の制御法を学び、アニョーゼからは総魔力量の底上げの指導をしてもらっていた。
強がっているように見えるジャックだが、彼には剣があると言っている。
亡き両親は一代騎士の叙勲を受けたほどで、かなり有名な剣士だったらしい。
その血を受け継いでいるジャックにも剣士としての才能が眠っている可能性は大いにあるだろう。
「剣豪ジャックか…カッコいいじゃん。
…まぁ、俺は命懸けな仕事はしないがな!!」
「そこは一緒に頂点目指そうぜ、なぁ!?
威張るなよ!!」
即座に突っ込みを入れるジャックを弄るのは本当に面白いのか、サトリは窮屈ではあるがこの生活を気に入っていた。
彼の第二の人生は、人間関係において好調である。
* * *
食事を終えるとサトリはジャックと一緒に裏庭へとやってきた。
他にも年長組の孤児や、最後にビーチェがアニョーゼと一緒にやってきて、勉強が始まった。
青空学級である。
「はい、今日はこの国の歴史を勉強していきましょうね。
ちょっと復習も兼ねて誰かに教えてもらおうかしら」
「はいはーい、俺がやるぜ!!」
自己主張の激しいジャックが手を振っているが、もう一人手がすっと上がった。
孤児院で俺と同じく場違いじゃないかと思うほどの線の細い美少年、ケリィである。
サトリの前世でも見た事がないくらいに儚げで、支えてあげないと死んでしまいそうなか弱い印象を受ける。
―――が、実際はまるで反対だ。
「バカジャックじゃまともに答えられないでしょ、大人しく聞いておきなよ」
「な、なんだよケリィ、俺だってこの国のこと位ちゃんと言えるし!!」
「じゃあ言ってみなよ、バッチリ言えたら謝罪してやるよ」
「言ったなぁっ!?
…このレイヴァン王国は、星暦三百四十五年にい…い…イズム王が」
「違う、星暦三百四十五年にイズル王が十年かけて開拓した都市で建国の宣言をしたんだ。
…ほら、やっぱりダメじゃん、ジャックは剣もいいけどもっと勉強しなよ、これ以上バカになったらどうするのさ」
「く、くっそう…」
―――このやり取りから分かる通り、かなりドギツイ性格をしているのだ。
天使の顔して悪魔も苦笑いするほどの毒舌を吐き出すケリィは元商家の末弟だった。
戦争特需に乗ろうとして乗り切れず、欲を出して戦渦に巻き込まれてケリィと母親を残して亡くなったのだ。
その母親も体を壊してケリィを残してまるで追いかけていくように亡くなり、あっという間にケリィは天涯孤独の身となった。
しかも追い討ちをかけるかのように、会った事もない親戚を名乗るハイエナに遺産を掠め取られて、まるで押し付けるかのように孤児院での生活をする事になったそうだ。
以前寝言で家族の名前を口にするのを聞いてしまって、思わずため息が出てしまうくらいには同情してしまったサトリだが、ただ弱いだけの彼じゃない事を知っていた。
現在十一歳だが、来年この国の最高学府であるアシュフォード学園に特待生として乗り込む気でいるようで、出身も元商家の出とあってか孤児達の誰よりも知識が豊富だ。
「…サトリは僕よりもマシな頭してるから忠告しておくよ。
ジャックに知識面で頼ろうとしたらダメだよ、痛い目に遭うからね」
「うん、分かってるよケリィ義兄さん。
さすがに俺も怖くて出来ない」
残念な頭をしているジャックにはさすがにサトリもそのあたりは期待していない、まずその選択肢はなかった。
「お、おまえらなぁっ!!」
「何さ、言い返せないからって手出すの?
暴力でしか反撃できないなんて情けない、一代騎士の父を持つ事して恥ずかしくないの?」
「ケリィ義兄さん、ちょっと言い過ぎ、ジャックが泣いちゃうよ。
ジャックが泣くと面倒だし、一旦落ち着こう」
「う……う…うぅーーーーーっ!!」
ジャックの怒りが臨界まで来ているようで、目元には大粒の涙が溢れる寸前だ。
サトリは顔を赤らめているジャックを見てにやついていた。
「《―――いじると楽しいんだよなぁジャックって、あだ名は『泣き虫ジャック』だし、よく泣くんだけど。》」
程々にしないと嫌われるので悪乗りは滅多にしないサトリだが、一度火がつくとついやってしまうのだ。
「…あなた達、ジャックをからかうのはやめなさい」
アニョーゼに諭されるまで、からかい過ぎていたサトリとケリィは青空学級が終わると罰として裏庭の掃除を言いつけられたのだった。
* * *
「…サトリ、『錬金術』の方はどんな感じ?」
サトリは魔法でゴミを細かく風の魔法で刻み、ケリィの質問に頬を掻きながら答えた。
「良い感じだよ、将来はこれで食っていけるんじゃないかなぁ。
まぁ、魔道具屋の師匠のお墨付きだし、心配いらないと思うよ」
二冊ある魔道書の内、もう一冊が『錬金術』についてのものだった。
錬金術とは、非金属を金属にするという詐欺師まがいの賤業などという怪しい学問ではない。
石ころを黄金にするなんて詐欺はサトリの前世でも聞いた話もあって最初はおっかなびっくりと読んでいたサトリだったが、その予想は大いに外れていた。
この世界においての錬金術師とは比較的社会的地位の高い職業のようだった。
サトリの認識だと、世における魔導師の縁の下の力持ち的な存在である。
魔術礼装―――いわゆる魔道具のこと、魔法の杖や護符とか『魔』と付く代物は大体これに該当する―――を作り、ポーションといった霊薬の類を作り出し、真理の探求者とも呼ばれている。
生物分野においても最先端を走っていて、複数の生物を合成した合成獣や、仮初の命を与えるゴーレム法といった研究をしている部門もあるという。
最終的に魂にすら干渉して不老不死も夢じゃないという話もあるが、その辺りはまだ到達者が確認されていないらしく何とも言えない。
このレイヴァン王国では国に認められた錬金術師の事を『国家錬金術師』と呼び、認定資格を出している。
その資格を以って魔法省に勤めるもよし、あるいはその資格で王都や他の都市で魔道具屋として店を出すもよしと、実に堅実な職業である。
そしてこの錬金術、科学的なアプローチから見ると、実にサトリ向きなので特に嵌っていた。
元素記号や複雑すぎる物理方程式は細かい部分を思い出せないサトリだったが、何せこの世界には魔法という素晴らしい力がある。
高度な魔法だと人の精神、突き詰めれば記憶にも干渉出来たりもする事が可能だった。
まだサトリには難しいが、それが出来るようになれば元素を初め様々な記憶が掘り起こせるようになる筈である。
『ペーパーテスト泣かせな魔法もあったものだ』とサトリは笑い、サトリはある友人の言葉を思い出していた。
『人間というのは忘却する生き物なの。実際に脳の中から情報がなくなったわけではなく記憶自体は残っていて、アクセス出来なくなっているだけ』という友人の言葉だ。
サトリが友人の言葉を信じるなら、魔法が上手くなれば現代知識を掘り起こし、それを活かして技術革命も夢じゃないということなのだ。
それまではうろ覚えではあるが『水兵さん』と根気よく付き合うことにしようと思っていたサトリなのだった。
「あの人か…国家錬金術師で腕は確かだし、その人のお墨付きをもらったのならサトリの将来も明るいね。
ビーチェは料理人になるって言ってるし、実際毎日食べてる食事も美味いから心配ない。
他の奴らもシスターの勉強に必死になって付いていってるし、成人までには何とか商会勤めも出来るようになるだろう。
一番問題なのはジャックだ、あの弱虫め。
ちょっと突いたらすぐ泣く、あんな根性足りてない奴、騎士になれても信頼できないし、冒険者にでもなったら魔物にビビッてすぐ食べられちまう!!
(悪ガキ…いや、ガキ大将なのはいいけど打たれ弱いのはダメだよな、僕みたいなよわっちい奴にいい様にやられるなんて…心配だ、どうやったらあのバカはマシになるんだろう?)」
実にお兄ちゃんしているケリィは悪態付いているのが常ではあるが、孤児院の皆の事となると心配性なお兄ちゃんの一面が見えて来るのをサトリは知っていた。
ツンデレの『デレ』が全く見当たらないツンドラ系美少年だが、サトリからすればご愛嬌といったところなのである。
もうちょっと素直になればいいのに、とかは今のところ言う気はサトリにはない。
なんだかんだで仲の良い二人に口出しする気はサトリにはなかった。
「…まぁいい、まだ時間はあるし、もう少し計画を立てておけばいいか。
サトリ、あとは僕が掃除しておくからアニムスさんの所にいってきなよ。
ちゃんと今日もお願いします師匠、っていうんだよ」
アニムスというのはサトリが通っている魔道具屋のエルフ―――この世界にはヒューマン以外にも獣人、エルフ、ドワーフ、魔人、小人など亜人種が多い―――の店主のことで、錬金術におけるサトリの師匠に当たる人物のことだ。
年齢不詳、いつから王都の大通りに店を構えているのかも不明な怪人物ではありが、腕は誰もが認める凄腕らしい。
店に来る国家錬金術師達からは『師父』と呼ばれている辺り、昔は教壇にでも立っていたのかなとか思っていたりするサトリだが、いくつか不可思議な事があった。
そう呼んだ国家錬金術師はアニムスより遥かに年上の老人にしか見えないからのだ。
一見するとアニムスはまだ二十代くらいのやたら綺麗な青年にしか見えないのだから世界は不思議で溢れていた。
「ありがとケリィ義兄さん、行ってきます!!」
サトリは箒をケリィに渡すと、その足で孤児院を飛び出していく。
大通りに向かっていく彼の足取りは軽い、今日は何をあの師匠が教えてくれるのか、楽しみで仕方なかったのだ。
読んで頂き、ありがとうございました。
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