第26話 サトリの長い一日(4)―――昼
まだまだ続きます、長いですね。
ちょっと戦闘回…のようなものです。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
(サトリ視点)
「…この世界、魔法万能過ぎるでしょう」
そんな事を呟きながら、サトリは目の前の火炎弾を水弾で迎撃した。
錬金術科にも実技として最低限ではあるが戦闘訓練がある。
魔導師科と違って本格的なものではないが、実戦的な事には違いない。
サトリは作りたいものリストに忘れていた『石鹸、手押しポンプ(魔導式含む)』を脳内に書き込むと早くこの講義が終わる事を願った。
生活魔法という便利なものを習得していたので、サトリは石鹸や井戸汲みという肉体的に辛い家事を軽減して、それが常習化したことですっかりこの二項目のことを忘れていたのだ。
幸いにして、原始的な石鹸は売られているのでそれを更に改良をすればいい。
獣臭のする石鹸を使いたくないのでサンプルとしか持っていないのだが、ある程度確保する必要があると思うと模擬演習中にも拘らず次の記憶を引き出した。
この魔法は脳を酷使するせいなのか鋭い鈍痛に襲われるが、もう慣れたものなのか表情一つ変えないサトリは無数に襲いかかってくる風の刃を強固な土塁で防いだ。
サトリはそもそも手押しポンプ、あるいは電動式ポンプというものをテレビ画面の中でしか見た事がなかった為、どうしても魔道具にしてどうやって作ればいいのか分からなかった。
単純に考えれば、電動式ならば電気の力で吸引しているのだと考え、それを魔力で代替することでポンプが作れるのではと考えるが、そうなると販売時高額になる事が予想できたのでどうしたものかと考えたのである。
「こっの、大地の怒りよ―――」
模擬演習中にも拘らず、心ここにあらずなサトリにクラスメイト―――アゾルが苛立って中級魔法の詠唱を開始するが、サトリは止める気配がない。
完全に思考の海に沈みかけのサトリは魔力が向かってくる度に護符を使わず片手間に魔法で迎撃するという消極的な防衛を行っていた。
明らかに相手を軽んじていて失礼な態度であるが、片手間でもその対処する魔法は理に適っていて、殆どのクラスメイトや教官は呆れながらその光景を眺めていた。
「うーん、手押しをしていた場面は何かをギコギコしていた様な…?
中の機構が見当もつかないなぁ…どうしよう、手押しポンプの普及の目処が…」
「―――大地震!!」
アゾルの魔法が完成し、サトリを中心とした地面に局地的な地震が起きたが、サトリは既に対処を終えていた。
「…うわ、あれ浮遊だよ、風系統魔法の…しかも無詠唱」
「単純に避けるか守る為の迎撃以外何もしないわね彼」
「ブツブツと何か言ってるし…新しい発明でも考えているのかしら?」
「早く終わらせてやればいいのに、アゾルの奴可哀そう…」
サトリはアゾルの大地震を浮遊して難なく避けながら考え事に夢中だ。
観戦している生徒たちがサトリの対戦相手であるアゾルに同情したりしている内にサトリが地面に降り立った。
「押した…押した…押すっていうのはどういう理屈だ…?
押す…圧力をかける…かけた圧力はどこに…井戸だよな?
上げたら水が出てきていたから…吸い上げた?
いや…逆だ、上げて出して押して吸い上げたんだ!!
圧力だな圧縮だな中間の素材に穴の開いた弁がいるな!!
シヴァっ、紙とペンっ!!」
もはや演習のことなどお構いなしに、自分の護衛である魔導人形を呼び出したサトリだったが、遠くから眺めていたシヴァは微笑んだまま動こうとしない。
どうして動かないのか首を傾げたサトリだったが、その理由は音を立てて聞こえてきた。
「…おい平民、思索に耽るのは結構だがな、今は模擬演習中だ。
棄権するならさっさと…」
不機嫌に不機嫌を重ねた声が真正面までやってきていた。
サトリが先程まで相手をしていた―――まともな戦闘ではなかったが―――アゾルだった。
アゾルはその罪悪感からか、ある程度サトリの近くにいていつでも暗殺者からの魔の手からサトリを庇おうと普段関わりもしなかったサトリとの演習相手を務めていたのだが、当の本人は暗殺される不安とは無縁だとでも言いたいのか思索に耽っていたのだ。
「あ、じゃあ棄権します!!」
「なっ!?
きっさま、いけしゃあしゃあとっ!?」
あっさりと演習を棄権したサトリは観戦していた教官に声をかける。
アゾルはいきり立って目を吊り上げているが、異能を使っていない以上顔を向けていないサトリはアゾルの表情に気付いていなかった。
「教官、俺後は見学でいいですよね!?」
「もうちょっとお前は戦った方がいいと思うぞ?
あと、アゾルに対して失礼過ぎるから、ちゃんと謝っとけ」
「…俺何かしましたっけ?」
サトリは隣にいるアゾルの傷口を塩を塗りたくっているのだが、教官は自覚症状のないサトリを自由にさせたのだった。
これ以上何か口にして、被害を拡大するのを最小限で抑えるためだ。
まさに災厄、意識しなければ気付く事無く災厄を振り撒き、口を開けば無自覚な言葉がナイフとなって被害者に降り注いでいく。
サトリの被害者は、本人が気付かないまま段々と増えていったのだった。
* * *
(サトリ視点)
―――放課後となり、サトリは暗殺者の処理を任せていたフレアたちが傷一つなく研究室にいることにほっと胸を下ろすと、報告を聞くことなった。
エアは一足早く孤児院へと帰り孤児たちの護衛に回っているようだ。
暗殺者の経緯はどうでもよく、フレアの『優秀な錬金術師だとして、こうまでしてサトリに恨みを向けるのか』と疑問に、サトリは可能性を示した。
「―――共犯者、あるいは黒幕が控えていると…マスターはそう仰るのですね?」
フレアの言葉にサトリは戦利品として手に入れた魔道具をバラバラに分解してその細部を細かく羊皮紙に書き込んでいく。
「そう、可能性の一つだけどあのヴィレッジ子爵とか言うおじさんが暗殺者を雇ったのはまぁ確実なんだろう…確かに犯人だって分かり易い。
けどさ、依頼人って普通代理人を立てるでしょ?
実際立てていたけど、闇ギルドの暗殺者には普通に辿られちゃってる。
…間に入れていた何人かは辿らせまいとして消してるのに、おかしいよね?」
そう指摘され、フレアたちも確かにおかしいと気付いた。
貴族が自分の仕業だと知られまいとして代理人を立てて闇ギルドへと依頼した、そこまではいい。
徹底して痕跡を辿らせまいと何人も間に人を入れた、自分が依頼者でないとする行為なら納得できる。
だというのに、それでもばれてしまうのはどういうことなのか。
闇ギルドの情報収集力がヴィレッジ子爵を上回ったというだけならまだ単純だが、ことはそうではない。
「…いやー、ウルスラの言う『匿名の手紙』ってすっごい怪しくない?
となると、子爵に目はいくけどその匿名野郎にも―――あ、女かもしれないけどまぁそれは置いといて―――目が行っちゃうんだよね。
ていうかそっちの方が余計に怪しい。
という訳で俺は考えました。
実はヴィレッジ子爵はこの怪しい手紙を送った人物―――黒幕に操られていた、あるいは協力者に売られた。
この二つの可能性が上がってくる訳だよワトソン君?」
この場でもウルスラという非常に優秀な情報源から再度情報を抽出した結果、新たな情報も手に入った。
匿名で『今回のサトリ暗殺の依頼にはヴィレッジ子爵が関わっている』という手紙が送られてきたというのは、あまりにも予想外でいて怪しい話だ。
サトリは可能性の幅を広げ、二つの可能性を上げた。
「マスター、この場にワトソンなる人物は存在しませんが?」
空気の読めないフレアにサトリなりの冗談は空を切り、場がしらけたが気を取り直して話を戻した。
「じ、実際さぁ、手押しポンプの設計図書きながらあのアゾルっていう坊ちゃんに子爵の人柄聞いてみたんだけど、なんか錬金術一筋で悪く言えば貴族らしくなくて押されがちなちょっと残念臭漂う人みたいなんだよ。
で、聞くところによると最近まで子爵家は世界各地で流行している不況―――不作込みでね―――に当てられて借金に塗れていたんだって」
借金の形にサトリに危害を加えるよう何者かに指示された、息子から聞いた子爵の人柄推測したサトリはありえない話じゃないと口元を上げ分解された魔道具に目を輝かせた。
「すごいな、魔術回路にこんな使い道があったなんて。
優秀な錬金術師だ、この回路は今の俺でも作るのは至難の業だよ…やっぱこの道何十年もの職人芸にはまだ追いつかないなぁ。
うん、余計にこの人が俺に嫉妬して暗殺したっていう可能性が低くなってきたね」
「ですがマスター、人間は嫉妬で人殺してしまうという事例もありますし、まだこの子爵が完全に無実だと決まっていないと思うのですが?」
シヴァがした指摘には確かにサトリも思うところはあった。
人は理屈ではなく感情で生きる生き物だ、それはサトリが一番よく分かっている。
とりわけ貴族は感情で生きているといっていい、理屈で自分を雁字搦めにするような人間はむしろ稀だ。
だが、サトリはこの魔道具の完成ぶりを見てその可能性が限りなく低いと感じ取った。
「大丈夫だよシヴァ、この人は良くも悪くも『職人』だ。
この手の人間は自分の仕事に手を抜かない、外側は時間がなくて泣く泣く断念したような形跡がいくつか見られる、きっと暗殺者が機能重視で外側を作っている途中で持ち出したんだろう。
この魔道具には外側を除いてやっつけ仕事がない、錬金術師の本気の作品だ。
こういう人にはね、確固たる強烈な『我』というものがあるんだ。
この手の人間は嫉妬なんてしない、むしろ感心するタイプの人だよ。
『ははぁ、こんな事が出来るのかすげぇなぁ』ぐらいには思っても、嫉妬に狂って殺意に任せたらこんなに綺麗な作品は出来ないよ、狂ってたらきっとどこかに不具合がある。
逆に罪悪感から作っても不具合が出るのに、これには一切それがないくらい思い切りのいい出来だ。
まぁ今日の夜にお宅訪問をするけど、案外黒幕まで辿り着けちゃうような予感があるんだよねぇ」
「……他ならないマスターがそう仰るのでしたら…人間とは難しいですね」
「そうだねー面倒だねー。
……ほんっと、これで魔王とかいう面倒くさい相手も将来現れるとか勘弁してほしいよ」
サトリは一人ごちると、残る一つの魔道具も分解して羊皮紙に丁寧に参考になる部分や珍しい応用法を見て感心した。
そして、話に上がった魔王や、自分に現在進行形で降りかかっている暗殺騒動など忘れて、ガイアが声をかける下校時刻まで錬金術に耽るのだった。
* * *
孤児院の年長組であるビーチェは料理人見習いをしている。
孤児院から十分ほど歩いた先にある定食屋で一人前になるべく日夜励んでいた。
料理を毎日孤児院で作っていたという事もあり、三歳年上の兄弟子にも引けをとらない位にビーチェは頑張っている。
食べる事は生きること、食べられる幸せをいっぱい噛み締めていたいという純粋な願いを原動力に、ビーチェは久しぶりにまかないを作っている。
眠そうな目をこの時ばかりは大きく開いて、ビーチェは今日のまかないを作り始める
今日はサトリから教わった『ハンバーグ』という挽き肉を使った料理だ。
挽き肉をタマネギと卵で混ぜ合わせ、熱したフライパンに手の平くらい大きさに楕円形にして伸ばす。
熱したフライパンがじゅうじゅうと音を立てて肉汁を飛ばしながら表面を焼いていく。
ビーチェは素早く次の手順、これもまたサトリから教わった『デミグラスソース』と呼ばれるハンバーグにあったソースをフライパンに流し込んだ。
何種類もの野菜を切り、それを煮詰めてから十時間以上したスープが元になっていて、応用が利くとサトリがいっていた事を思い出す。
このデミグラスソースは料理人たちから料理の幅が広がったと大絶賛されていて、ビーチェはよく料理長―――親方からよく感謝の言葉をサトリに伝えてくれと耳にタコができるくらい言われていた。
香ばしい匂いが調理場に充満し、まかないを待つ兄弟子たちが何度か覗き見してきている。
ビーチェは兄弟子たちにもう少しと伝えて付け合せの蒸かした芋を皿に乗せていき、手際よくパンも置いていく。
デミグラスソースをたっぷりと染み込ませたハンバーグをパンと一緒に噛み締めるのがビーチェは大好きだった。
兄弟子たちもこの食感は好きな様でよく真似をしていた、真似だろうと何だろうと美味しいは正義なのである。
「……ゴミ捨ていってきます」
「おーきーつけてなーぁっ!!」
ビーチェはハンバーグを裏返して鍋蓋で閉じると、火を消して余熱で出来上がる様にして外に出る。
やかましくおざなりな返事が返ってきたが、厨房は騒音に溢れていた為むしろ返事を寄越した分まだ気遣いがあるだろう。
残った時間でビーチェはまかないに使った端材や生ゴミを定食屋の裏にあるゴミ箱に置きにいったのだ。
それほどゴミを出さなかったのは食材を余す事無く使えたという満足感からビーチェの頬が僅かばかり緩む。
ゴミ箱からは異臭がするのですぐにそんな満足感は消えてしまうが、これもまた新たな食材の為の肥料となるので不快感はするものの嫌悪はない。
「……今日のまかない、親父さんは何点くれるかな?
………あれ?」
と、ぼんやりと考えるビーチェの耳に何か物音が聞こえてくる。
定食屋の裏はスラム街の裏道に繋がっていて、奥は陽が落ちているという事もあり視界が悪くよく見えない。
兄弟子たちは絡まれない為にもゴミ捨てが済むとすぐに定食屋に戻っていた。
ビーチェもそれを思い出して慌てて入り口へと向かい、走り出そうとした。
「――――――っ!?」
ビーチェは突然後ろから口を塞がれ意識が遠くなったのを感じ、次第に意識を落としていった。
暗闇から現れた無数の手によって、ビーチェは定食屋に戻ることは叶わなかった。
エアが孤児院からビーチェを迎えに来る、僅か十分前の出来事であった。
読んで頂き、ありがとうございました。
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