第23話 サトリの長い一日(2)―――昼
続きます。
Ptが200超えました、ありがとうございます。
4/23PM17時時点で222Pt(にゃんにゃんにゃんだ!!)でした。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
最近、サトリは昼食を生徒会室で摂る事にしていた。
その理由としては周囲が静かな事、宮廷料理人の作った超一流の料理が食べられる事があり、対価としてラインハルトたちと交友を深めるというものだ。
目的はサトリを軟化させ自分たちの陣営に引き込もうという魂胆が見え見えなのだが、釣られなければどうとでもなると言わんばかりに、サトリはケリィまで道連れにして昼食に舌鼓を打っていたのである。
生徒会室には今、ラインハルト、エリザベータ、バルアミー、デイジー、ケリィ、そしてサトリという身分や派閥を考慮していない円卓で食事を共にしていた。
護衛をしているフレアたちや他の護衛たちはいつものように控えている。
「…そうそう、少し前にお約束していた護符が完成したので食事が終わったらお渡ししますね」
この場では不敬罪は一切適用されない、サトリの口調が最低限の丁寧語なのはその為だ。
バルアミーやデイジーは貴族の子息子女という事もあって王族である二人には固い口調ではあるが、サトリやケリィに対してはフランクな口調で話していた。
バルアミーの素をはじめて見たラインハルトたちは一様に固まったが、数日もすると慣れたのか気にすることなく昼食を共にしていた。
だが、ラインハルトとエリザベータに対してだけ口調を変えない事で妙な距離感を生んでしまい、文官派と錬金術派に何歩もリードされていると分かっているラインハルトはしきりにこの場における無礼講を許可しているが、バルアミーとデイジーはお互いの利益の為に固辞していた。
「…そうか、ようやく出来たのだな。
楽しみにしておこう
(事前にそれとなくどんな物がいいか尋ねた事があったから、反映されている筈だな。
…まぁ、かなり無茶を言ったから時間がかかったのだろう、時間のかかった原因は俺にあるやも知れんな。)」
「サトリにしては時間がかかったようだな。
どんなものだろうな
(殿下のふざけた注文のせいでここまで長引いたんだろう、困ったものだ。
まぁ私もデザインに関してはそこそこうるさく言ったので私にも一因があるかもしれないが。)」
「どうせ非常識なものに決まっているわ、楽しみなのは確かだけど
(殿下とバルアミーがサトリに面倒な注文をした所為で長引いちゃったじゃない、もう。
私が要求したのはデザインじゃなくて機能重視だから時間なんてかかっていない筈よ…筈よ、ね?)」
三人はそれぞれ自分の要求が長引かせたのかと内心勘繰っていたが、実際はそうではない。
単純にサトリが自分のやりたい事を優先していて、後回しにされていただけなのである。
だが、時間をかけたと思わせるには十分な出来栄えにはなっている為、疑う者はいないだろう。
ケリィが真実を口にしない限りは。
「…堂々と賄賂を渡す現場を生徒会長である私に見せ付けるだなんて、いい度胸をしているわね?
(今度はどんな代物を作ったのかしら?
ラインハルトからの話だと、人工的に作り出したダイヤモンドを使った護符だって聞いていたけど…。
近い内宰相との話もあるし、その時に話を詰めてもらおうかしらねぇ。
あぁ、口に出したくもないことを口にしないといけないなんて、何で私はラインハルトより二つ年上なのかしら…三つ年上がよかったわ。)」
エリザベートの言うとおり、いってみればこれは賄賂のようなものだろう。
見返りなどは発生してはいないが、将来的には間違いなくこれを盾にして何かを要求する気だとエリザベートは見ていた。
それも三つの派閥を巻き込むと言うことは大それたことを仕出かした時の尻拭いをさせる気なのではと疑っているくらいで、最終的に自分の星の廻りすら恨んでしまう始末である。
「いやだなぁエリザベート様、これは一種の迷惑料っていうやつですよ?
普段からご迷惑おかけしていますし、まぁちょっとした侘びの品です」
「じゃあ私にもそれが来ないのはおかしいわよね?
一番被害を被っているのは私よ?
(今日だって用向きもない筈だったのに宰相府に寄って宰相にイーブル皇国からの大使が交換留学を希望しているという怪しさ満載の案件持ち出されるし、帰りに王宮のお父様に最近の彼の様子を根掘り葉掘り聞かれてへとへとなのに、誰も私を労わってもくれない。
そりゃあ王族なのだからその身分に相応しい職務があるのはわかるけど、私だってたまにはゆっくりしたいのよ。)」
反射的にエリザベートの眉間に皺が寄り、ラインハルトたちが同情するかのように彼女を見つめていて内心肯いていた。
王宮への事情説明、学園からの訴状対応、学生への説明を三年間延々としてきたエリザベートは、この最終学年になって一番大変なのは今この時だという自信があった。
なのに他の派閥の長に渡し、挙句弟にまで渡しておきながら何故自分にはないのかという怒りが噴き出てしまったのである。
なまじ最近はブラック企業もかくやと言わんばかりの業務をこなしているとあって、エリザベートの内面は荒みに荒んでいた。
サトリはイーブル皇国の怪しい行動を知れたのでエリザベートに内心感謝しながら希望している護符を送る事に決めたのだった。
「じゃあ後日エリザベート様にも何か用意しますね、要望があったら可能な限り実現させるので側近の方経由でもいいので知らせてくださいね」
サトリは念のため、装飾品―――つまるところ誤解されるような指輪といったもの―――は作らないと伝えて昼食を済ませた。
ラインハルトの護衛、ザックスが目つきの悪さを更に悪化させながらサトリがいつも身に付けている異次元鞄を渡す。
収納出来る魔道具はたとえ無礼講の場といえど王族である二人に何かあった際―――暗殺などの有事―――の対応が遅れてしまう為、部屋の隅にある机に一箇所に置かれている。
とはいえ、規格外の魔導人形がいる以上あまり意味はないのだが、様式美というものだろう。
サトリは異次元鞄を受け取ると、三人の為に作った護符の入った木箱を取り出し、ザックスに異次元鞄を渡す。
「…殿下に何かしてみろ、命に代えてお前を殺す」
「出来ない事を口にしない方がいい、突っ立ってろ犬が」
「マスターに何かすれば容赦しませんよ?」
「氷製ですが棺は用意しますので、心配はいりませんよ?」
「痛みは感じずに瞬殺しますんで安心してください!!」
喧嘩腰というよりも殺る気満々のザックスに火に油を注ぐような発言をして激化させようとするサトリに、いつの間にかダメな方の魔導人形三体が空気を読まず援護している。
この二人は出会いからして最悪だった所為か、相変わらず直接口を交わすと生徒会室には険悪な空気が立ち込め始めていた。
日常茶飯事な所為か誰も席を立たず事態を見守っているが、内心はいつ戦闘にならないか戦々恐々としていた。
他の護衛はザックスが余計な口出しをした所為でラインハルトたちの長期的な計画の妨げにならないか不安視していたが、情けない事に護衛の任務に重きを置いてしまっている為二人の仲裁に出られなかった。
実のところあの二人の仲裁という生贄になりたくなかっただけなのだが、大の大人でもあの険悪な二人の間に立つのはかなりの勇気が必要になるだろう。
残念ながらザックス以外の護衛はその勇気が足りなかったようである。
ザックスの場合、勇気ではなく蛮勇だが。
「……はぁ、容量に変な負荷がしてきた。
……ケリィ様、助けて」
「サトリ、何してるのさ?
お三方を待たせるんじゃないよ」
「はーい。
……今日も命拾いしたな犬、悪運に感謝しろ」
「ふんっ、ほざけ。
とっとと行っちまえ」
ガイアが頭を抑えてケリィに助けを求めた。
自制の利かないサトリを持つと苦労するなと同情したケリィはこの険悪な空気を浄化する為の勇者となった。
勇者の仲裁の剣は険悪な空気を発生させていた元凶二人を見事に下し、生徒会室に平和が取り戻されたのだった。
悪態もどこか軟化し、全員が今日も生徒会室が無事で済んだ事に感謝し、そして勇者ケリィを内心で拍手喝采の雨を降らした。
「はい、ではこれが三人に贈らせていただく護符になります。
まずはデイジー様に」
細長い香り高い木箱をデイジーに渡すと開けてみるように促した。
デイジーは『こんな形の護符なんてあったかしら』と首を傾げながら木箱の蓋を開けると、目が点になった。
ラインハルトとバルアミーも悪いとは思ったが、どんな物を贈られたのか気になったのだろう。
何せ学園中の女性の中で一番仲の良い二人だ、指輪といった装飾品は作らないとは聞いてはいたが、それでももしもの事があればと気になったのである。
その二人の心配は完全に杞憂に終わったが、実物を見て困惑が襲ってきた。
「……これって、剣よね?」
「ああ、短剣だな。
凄く地味だ」
「サトリの作った物にしては地味…いえ、柄頭には確かにあの時の人工ダイヤが嵌っています、見た目に騙されてはいけませんよ」
デイジーが手に取ったその護符は、無骨さと柄頭についた人工ダイヤが嵌められている奇妙な美しさのある短剣だった。
どこからどう見ても護符には見えず、どう結論付けても短剣にしか見えなかった三人は首を傾げた。
鞘も黒く、しかも剣身まで一体何を使っているのか艶のない黒色で不気味さも感じさせられた。
「……サトリ君、三人とも困っているようだから、説明してくださらないかしら?
この短剣に見える護符は、一体どのような機能を持っているのかしら」
エリザベータの助け舟が入り、サトリは肯くと説明を始めた。
「この短剣は名称を『アゾット剣』と名付けました。
実際の切れ味もありますが、これは魔導師が使う『魔導杖』でもあるんです」
魔導杖は正式名称で、一般的な通り名で言うところの『魔導師の杖』の事である。
術式の強化、補助、増幅に特化した機能を持ち、優れた魔導杖を持った魔導師は憧れの対象であった。
サトリのいた世界において、ある有名な錬金術師の持っていたのがアゾット剣であった。
逸話の中には柄にある宝石には悪魔を封じ込めていて気に喰わない者をけしかけたり、その宝石が賢者の石であるといったものがあったりと、まさに錬金術師が持つ剣に相応しいものである。
だが、ラインハルトたちにはそのような知識はなく、目の前にあるこの黒い短剣が魔導杖とは一体どういう事なのか分からなかった。
ラインハルトやバルアミー、エリザベートは魔導師としての知識がそこまで豊富でないため首を傾げたが、護衛をしている魔導師、そしてデイジーが瞠目した。
「…サトリ、この剣の材質って何なのかしら?
鑑定魔法を使っても、結果が出ないっていう事はかなり希少な物を使っているのよね?
それも、錬金術に特化した侯爵家でも手に入らないほどの代物を…という事は、かなりの額になったんじゃなくて?
(正直、装飾品でも問題だけど普通短剣…なんて贈らない…いえ、護符に見えて実際は別物になっているし、もうおかしいわ)」
今度はラインハルトたちがデイジーの言葉に瞠目した番だった。
エプスタイン侯爵家の修行法は有名だった。
あらゆる物質・非物質を鑑定し続け、知識を溜め込み続ける事を最初に行うのだ。
この世界の鑑定魔法とは不便なもので、自分の知らないものは『鑑定困難』の結果しか出ない。
出るのは年代、状態までで物質・非物質の名称に関しては出ないのだ。
幼少時から何年もかけて石から始まり、ありとあらゆる物質を手に取り鑑定し、指導役からその名と効能などを教わっていくのだ。
道具には一切手を付けない、知識という蔵を限界まで押し込めて、ようやく基礎が終わる。
この世界における鑑定は言ってみれば記憶した物質・非物質の『検索機能』であり、パソコンのように検索すれば大抵の答えが返ってくる便利なものではなかった。
その気の遠くなる基礎を行ってきたデイジーの鑑定魔法に『鑑定困難』の結果が出たという事がどれだけの物なのか、ラインハルトたちは黒い短剣を見つめた。
「はい、その短剣の剣身はベヒモスの犬歯を使いました。
柄は相性が一番よかったミスリルですね。
魔力を何度か通してみたんですが、驚くくらい変換効率が凄いですよ。
初級魔法が中級魔法に、中級魔法が上級魔法になるくらいの代物に仕上がっています。
柄頭にある人工ダイヤは主に防御と補助を自動で行えるようにしています。
軍の正式採用している魔導甲冑なんかより遥かに実用的です、値段も同じ位とんでもない事になりましたけど」
「……ちなみに、いくらしたのかしら?
(…ベヒモス…ベヒモス!?
ベヒモスの犬歯って…そりゃあ私も知らない筈よね!!
値段は絶対に聖金貨五枚はするでしょうね、これがもし最低価値だとしたら……とんでもない事になるわ!!)」
恐る恐るだが、デイジーは聞きたくはなかったがそこまで言われてしまうと聞かずにはいられなかったのだろう。
ラインハルトたちも生唾を飲み込んで耳を澄ませていた。
「なんと材料費は総額聖金貨八枚と金貨八枚になります。
ちなみにこの中で一番高いです」
「せ、聖金貨八枚だと!?」
「一般市民何千人分の生涯給与になるんでしょうね……頭痛くなってきました」
「……私は何も聞かなかったわ、ええ。
………私、何も知らないわ」
予測を遥かに上回る値段を叩き出した事に思わずアゾット剣を取り落としそうになったデイジーは慌てて気を取り直して手にしっかりと握った。
エリザベートが完全に思考放棄して離れると、生徒会長だけが座れる席に深く座り込むと、耳を塞いで完全に外野となる事を決心したようである。
だが、そんなエリザベートも近い将来聖金貨何枚になるかは不明だが超高額の護符をサトリから受け取ると約束をしてしまった手前、本当に現実逃避以外の何者でなかった。
「…サトリ、私は護符をお願いしたのに、どうして魔導杖まで付けてきたの?
ベヒモスの犬歯なんて使わなかったら、もっと安く…それでも聖金貨二、三枚だったろうけどそれくらいになったと思わない?」
デイジーの質問は的確でいて、その場にいた誰もが考えた事だろう。
魔導杖は魔導師の流す魔力をいかに効率よく変換し魔法に消化させるかでその価値は天井知らずとなる。
「いやぁ、最初はその気だったんですけど、女性に贈り物をして変に勘繰られたら困るんでどんな物がいいかなーって思った時、これを思いついたんですよ。
鞘にもベヒモスの歯―――こっちは犬歯じゃないですけど―――をうまく刳り貫いてたり、装飾に関しては風呂敷を捲ったら分かるんですけど、金細工を鞘に固定出来たりと典礼にも持っていけますし…やりたい事を詰め込んでいたらいつの間にか材料費が嵩んでいて…いやぁ、これ一本あれば要塞に単騎で飛び込めますよ?」
最後にとんでもない誤魔化しをしたサトリだが、この場にいる全員の考えは一致した。
つまり、最高の素材が手元にあったので限界に挑戦して行き、ふと振り返ると自分でも苦笑―――既に一般人の金銭感覚ではないが―――してしまう額の代物となって慌てて落ち着かせたのが、このアゾット剣という国宝級の代物なのだろうと。
機能性、実用性、耐久性、そして大きさ、それを追求して出来上がったのがこのアゾット剣である。
魔導師派貴族筆頭のレヴォルタ侯爵家でもこれほどの魔道具があるか怪しいものだろう。
魔導師が知れば喉から手が出るほど、否、持ち主を殺してでも欲するような物を渡されてしまい、デイジーの顔は蒼白になった。
「ああ、持ち主の認証機能もあるんで、後で指先を切って人工ダイヤに血を垂らしてくださいね。
そうすれば、誰が持っていてもデイジー様以外には使えなくなりますから。
死んだらその限りじゃないですけど」
「物騒な事言わないでちょうだい!?」
「それじゃあ次はバルアミー様ですよー」
「聞きなさいってばぁっ!?」
「……開けてみても?」
「どぞー」
バルアミーが恐る恐るデイジーのアゾット剣の入っていたものと同じ香りのする木箱―――こちらはデイジーに贈ったものと違い拳ほどの立方体の形をしていた―――を開けるとデイジーの時と違い困惑せず、自分の要望した通りの物が入っていた事に安堵して、胸を撫で下ろした。
「ほう、ピンバッジにカフスボタンか、これなら社交の場に出ても違和感のない出来栄えだな。
それにしても、お前はデザインのセンスまであるのか…本当に多才だな」
ラインハルトが呆れ交じりのある賞賛を口にして、サトリは軽く一礼した。
デイジーとエリザベートが沈没しているが―――最初からケリィは知らぬ存ぜぬを決め込んで紅茶を飲んでいた―――いないので、サトリは説明を始める。
「バルアミー様の細かい注文があったので、あんまり面白い作品にならなかったのが残念です」
「面白い作品は求めていないからな………本当に注文どおりの出来なんだろうな?
変な機能付け足していないだろうな?」
「残念ながら、変身機能は付けられませんでした。
こんなチマチマした注文するからです、もっと大きめのサイズを注文してください。
ブローチとか、腕輪とかなら入ったのに」
「ガチガチに細かい注文していて本当に良かった…本当に良かった」
バルアミーが要望したのは、防御結界、毒無効化、そして体力回復であった。
二つのカフスボタンに毒無効化、体力回復を一つずつ備え、ピンバッジに防御結界を込めた人工ダイヤを嵌め込んでいた。
デザインに関しては公爵家の家紋をそのまま使い―――もちろん父であるケルヴィン公爵家当主アルマンドも許可した―――大きく羽ばたいた金色の梟の両の瞳に人工ダイヤを嵌め込んでいて、美しさだけで評価すればアゾット剣よりも遥かに優美で大人しく見える作品だった。
「このカフスボタン型の護符ならどんな強い毒を受けても無効化出来ますし、強いお酒も百杯以上飲んでも酔いません。
体力回復の方は計算上ですが不眠不休で最大二十日間動き回れるくらいの仕様になりました。
防御結界に関しては半径二メートルと複数人が篭城して、こちらはうちの魔導人形の中で最大火力を誇るガイアの物理攻撃を二百五十発ほど耐えました、おそらくこの倍受けてもまだ余裕ですね。
魔法攻撃の方もフレアの使う中で最大火力を小一時間使い続けても傷一つつかないくらい頑丈です。
あとは…そうだ、バルアミー様ちょっとポーズとってくれません?」
説明をある程度終えようとした時、突然サトリがバルアミーに向かって妙な要求をしだした。
「うん?
なんだ藪から棒に?」
「はい、両足を肩幅まで広げてー。
…バルアミー様、ほら」
「ほらじゃない!!
なにを企んでる貴様!?
変な機能はつけていないといっていた筈だろう!?」
嫌な予感を―――もはや経験則なのだろう、その裏打ちされた経験則は見事に当たっていた―――感じたのか、バルアミーは音もなく後ずさるとサトリの浮かべた笑顔に固まってしまう。
まさにその姿は、蛇に睨まれたカエルの状態であった。
「もちろん、面白い事に決まってるじゃないですか?
ほら、みんなも手伝って」
「失礼します、バルアミー様」
「痛くありませんから、ご心配なきよう」
「大丈夫ですよ、かっこ良かったんで何も心配ありませんから!!」
「や、やめろっ!!
触るな、寄るなっ、近付くんじゃないっ!?」
魔導人形のダメな兄たち三体がサトリの命令に呼応してバルアミーを取り囲むと左の手の平を顔で隠すように広げ、右の手の平は左手同様に広げるがピンと伸ばし斜め四十度ほどの高さで固定する。
腰を支え、両足を肩幅ほどに広げる。
バルアミーは抵抗をするが常人の遥か上の怪力を誇る魔導人形には為す術もなかった。
ちなみにバルアミーの護衛は止めようとはしない、ただバルアミーの安否を祈るだけだった。
そして―――、
『クックック…フハハハハ…アーハッハッハ!!
効かぬ、効かぬぞ、この程度の攻撃は!!
貴様の力はその程度か!?
この私、バルアミー・サミュエルス・ケルヴィンには通用しないぞっ!!』
怪しいポーズを強制的に決めさせられたバルアミーは普段見せないような高笑いをして、大上段から見下した様な口調でその場にいた全員―――サトリと魔導人形たちを除く―――の心胆を氷河期まで追いやった。
もちろんだがラインハルトたちはバルアミーが先ほどのような醜態を晒すような人物でない事は承知していた。
原因はサトリが強要したポーズなのは明らかだ。
身に着けた魔道具に細工をして指定されたポーズをする事であのふざけた笑いの三段活用をして物語に出ていそうな魔王が吐いていそうな台詞を言わされた、あるいは魔道具から発せられたのだろうとすぐさま見当をつけた。
驚いたことに、声は完全にバルアミーのものと同じように感じたので、『もしかして普段のストレスや鬱憤が溜まりに溜まって口走ったのでは?』という可能性が極小ながらあったが、サトリの行動からしてすぐにその可能性は払拭された。
「クックック…フハハハハ…アーハッハッハ!!
…だって、あははははっ!!
バルアミー様、疲れてるんですね?
今度ぐっすり眠れるお薬贈るんで派閥の取り纏め頑張ってください」
「……す」
やはりアゾット剣でもそうだったが、有り余る錬金術の才能を常人の数段上の結果で齎すサトリはあらゆる意味で底知れない人間だった。
公爵家の人間をここまで辱め、笑いものに出来る人間は王族でもいないだろう。
これが衆人環視の中、たとえばパーティーなどで起きれば憤死は免れないだろう、間違いなく貴族社会おいてに死ぬくらいには致命的だ。
「―――ころすっ!?」
プルプルと震えていたバルアミーがサトリに飛び掛るが防御結界に守られているサトリに触れる事は叶わない。
フレアたちには既に解放されていて、この湧き上がる羞恥心がバルアミーの中で臨界を突破したのか、物騒な言葉と共に瞬間飛び出したのだ。
さすがに哀れと思ったのか、ラインハルトやエリザベータ、そして最初の被害者だったデイジーまでもがバルアミーの狂態に眼を背けた。
自分もあんな醜態を晒してしまえば、どうなるのかと感じたのだろう。
特にラインハルトには『俺の贈り物はどんなものが仕掛けられているんだ?』と手が震え始めているくらいだ。
「お前はいつもいつも私を玩具にして!?
おちょくるのも大概にしろっ!!
結界を解けっ、その済ませた顔を一発殴らせろっ!!」
「だって、似合うと思ったんだもん」
「もん、じゃない!?
何だ、子供だからって可愛く拗ねれば許してくれると思っているのか!?
よし許してやろう、だから一発殴らせろっ!?」
「バ、バルアミー様抑えて!!」
「離せレゾッ!!
このバカはいつかまた絶対に被害者を増やす、ここで私が誅罰を下すのだ!!」
ここでバルアミーの護衛騎士のレゾが止めに入りようやく事態は収拾した。
これ以上主が醜態を晒すのを見ていられなくなったのだ。
ちなみに、この三点セットの材料費は総額聖金貨四枚である。
「じゃあ次はラインハルト様ですよ。
これに関してはちょっと俺も真面目にしました。
デイジー様の時にはっちゃけた分王族のラインハルト様に相応しい、カッコイイ魔道具に仕上げました!!」
「ちょっと待てサトリ、俺は護符を作れといったが、魔道具を作れと言った覚えは無いぞ!?
(のっけからもう趣旨違ってるじゃねえか真面目どころか不真面目まっしぐらだろうがオイ!?)」
「いやだなぁラインハルト様、護符も魔道具の一種ですよ?」
泡を喰ってどうしてこうなったと言わんばかりの表情をしたラインハルトに、あっけらかんとした表情のサトリがけらけらと笑っている。
ケリィ辺りがラインハルトの嘆きを聞いていれば、こう言って諭しただろう。
『いくら優秀だからって、サトリに何か頼むのは被害者になりに行くようなものだ』と。
常に実験体もとい、被害者を捜し求めるサトリにいくら難解複雑で癖のある注文をつけたとしても、返って来るのは理不尽と悪意と愉悦を闇鍋に煮詰めたような作品だけだ。
その最初の被害者とも言えるケリィは服の内側にごてごてとした護符を所狭しと縫い付けられ、安全だけは保障された不愉快な学園性生活を毎日送っていた。
『被害者が増えたか』とちらりと横目にしてケリィは小さくため息をつくと立ち上がる。
「サトリ、そろそろ昼の休憩時間が終わるからラインハルト殿下には具体的な取扱説明書を渡してしまえばいいよ。
殿下も、それでよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ!!」
この場で醜態を晒されるよりはマシかと思ったラインハルトは即座に肯いた。
サトリとしては不満な表情を浮かべるが、午後からの講義が迫っているので強くは出られなかった。
「それじゃあ放課後に持って行きますね。
ラインハルト様は放課後お時間はありますか?」
「い、いやないっ!!
ないったら無いぞ!?
(う、嘘じゃない、王宮で兄上と夕食をとるまで話をするという約束があるので、嘘はついていないぞ!!)」
「じゃあお帰りになる前に渡すだけお渡ししますね」
サトリは妙に嫌がっているラインハルトに首を傾げたのだが、時間も迫っているので追求は諦めた。
実際にラインハルトの作品には面白要素はあまり無く、まじりっけなしにとはいかないが実用性はデイジーに贈ったアゾット剣に匹敵する作品なのだ。
何度か稼動試験は行っているので心配はしていないが、やはり所有者であるラインハルトに何か違和感を抱くような要因が無いか尋ねたいという気持ちであったのだが、折が悪いとしか言い様が無いだろう。
「それじゃあ失礼します…デイジー様、行きますよー?」
「…金庫、金庫買わないと。
お兄様にお願いして、ミスリル製の金庫を…」
うわ言のように金庫金庫と呟くデイジーの手を引いてサトリは生徒会室を出て行く。
嵐は去った。
残された面々は、精神的な疲労が強く残り、午後最初の講義を遅刻する事になるのであった。
―――後日談ではあるが、ラインハルトがサトリに贈られた魔道具を使用した際、悲鳴が上がったことが近くにいたメイドに知られてしまい、日記に記されたのだった。
やらかしてますね、はい。
被害者(続出)ですね、特にバルアミー。
話中には出なかったラインハルトに渡した作品は何になったのやら…いつかお話に出します。
聖金貨8枚となると高級車(1億円以上)100台分くらいですかね、大まかな値段だと最低100億以上です。
言ってみれば超小型超高性能な兵器です、戦闘機みたいな。
話中『要塞に単騎で~』と言っていましたが、余裕で圧倒できます、コストはバカ高いですが。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想お待ちしています。




