第19話 サトリは、オリハルコンを、ゲットした!!
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
*次のお話である第20話からは投稿時間が変更となります。
これからはPM20:00に投稿がされます。
(サトリ視点)
オリハルコンを受け渡される当日になって、速報が届いた。
師匠がどうやらベヒモスを討伐…うん、討伐したらしいのだ。
勇者と同じ偉業に、その情報は即座に王都を駆け巡った。
だが、俺としては目の前の事件の方が問題だった。
「し…師匠、お帰りなさい。
大活躍だったみたいです…ね?」
「そうみたいだね、あの程度の魔物を倒したくらいで勇者は持て囃されていたみたいだけど、それほどのものでもなかったね。
まぁ素材としての質はいいから、サトリにも特別に分けてあげよう、一キロ金貨二十枚で」
オリハルコンを受け渡されるという祝日だというのに、何だってこんな事になったのか。
怖い、何が怖いってこの状況が怖い。
俺が今どういう格好で師匠の前にいるかというと、前世でいう所の正座をさせられた上、頭上には重たい辞書を乗せられてバランスをとっているのだ。
しかもこの体制を崩して辞書を落とすとベヒモスとの戦闘からまだ一週間と経っていないのに、吐き気を催すほどの魔力を当てて威圧して来るんだから最悪だ。
ていうか、何でそんな余裕にベヒモス倒してるの、戦闘能力おかし過ぎない?
どうやら師匠は俺が魔導師派と一戦やらかした上とんでもない制裁を加えたという情報を既に知り得ているようで、その俺の制裁が特に気に入らない、もといそれに対して怒っているのだという。
殺人許可貰ったのに何で怒られているのかさっぱり分からない。
どうやらまたやらかしたようである、参った。
それがベヒモスとの戦闘後、一日休んですぐさま王都に文字通り飛んで帰ってきた理由らしい。
一緒に行った魔導人形のレトはベヒモス討伐後すぐ採取に向かったそうだ。
魔導人形を酷使しすぎですよ師匠、フレアみたいに改造するんじゃなかったの?
どうやら今日のオリハルコンの受け渡しに師匠もどうしても同行するといって聞かないのだ。
欲しいのかと尋ねたら、いらないと返され、『やり過ぎた事に対して少し謝罪を、あとお話もしようかと』といって言葉を濁された。
ベヒモスの素材はたくさんあるようだし、オリハルコンの受け渡しが終わったあとフレア以外の魔導人形の設計の相談もしたかったし、俺としても断る理由もないので承諾した。
* * *
サトリにとって三度目の王宮への登城は物々しい警備の中で出迎えられた。
フレアとウルスラは連れていけないという事で留守番である。
いざとなればアニムスがいるので心配していないサトリだが、どうも周囲を見回して異能で何が起きているのか確かめてみると、どうやら魔導師派の貴族たちが慌しく動き回っているようなのである。
一例をとってみるとこのような内心が聞こえてくる。
「(どうなっているのだ、レヴォルタ侯は今回の件で爵位を降りるなどと言い出してからに。)」
「(そもそも決闘を申し出たヴェスペリア伯爵家に責任を押し付ければ侯が責任を取る必要などないだろう。)」
「(やはり王家は裏であの子供と通じて全ての派閥の力を削ごうとしているのではないか?)」
「(まだ戦争が終わって間もないというのに、派閥の力を削ごうなど何を考えているのだ陛下は。)」
「(我らにはまだレヴォルタ候の力が必要なのに…陛下、お恨みしますぞ!!)」
と、各々貴族の当主たちが内心不安に駆られている様子にサトリとしては事実無根だと叫びたくなった。
むしろ自分は利用されているのだと主張してならなかったのだ。
国王―――レイクロードはサトリを釣り餌にして各派閥の気勢を削ごうとしているのではと疑った事はあった。
だが、監視をしている諜報員の心の内を知ってレイクロード自身も予想だにしていなかった事態だと知り、傍迷惑な話だと内心ではげんなりとした。
勝手に利用されて、相手には裏で繋がっていると邪推され、サトリとしては派閥抗争に巻き込まないでと何度も口にしてきたが、一部を除いて誰もその言葉を信じていない。
これだから権力者と関わると碌な事がない、とサトリは辟易としてた。
謁見の間へと入ると、既に魔導師派貴族ならびに国王レイクロードが待っていた。
「よくぞ帰られたアニムス殿、ベヒモス討伐見事だった。
後日褒美を贈らせてもらうので、足労ではあるがまた登城してもらいたい」
どこか疲れた表情をしているレイクロードに、思わず『ざまぁみろ腹黒タヌキめ!!』と罵倒したくなったサトリだったが、寸での所で抑えた。
「この国を見守る者として当然の事をさせてもらったまでのこと、過分な褒美は無用にございます陛下。
それよりも、今日はサトリが魔導師派との和解の日と聞きまして。
師としても少し事情をお聞かせ願いたかったのですよ」
アルカイックスマイルの表情でアニムスはレイクロードに事の仔細を尋ねた。
既に知り得ている情報もあるが、王国側がどういう風に捉えているのかを知ろうとしたのである。
レイクロードは事情を説明し、何度か隣にいる宰相―――アルマンド・サムスエル・ケルヴィン公爵の補足を加えながら粛々と続いていった。
大体四十代後半ぐらいの整った美中年でまだまだ精力的に活動しているのか疲労は一切感じられない目の輝きはバイタリティに溢れていた。
髪の毛や眼の色、あと美形具合が息子であるバルアミーとよく似ていると適当な感想を思い浮かべながら、サトリはただ跪いてアニムスたちの話が終わるのを待った。
そして五分後、話が終わったのか何度かアニムスは肯くと、こう口にした。
「陛下、あとでご相談がありますので執務室に伺ってもよろしいか?」
「あ、ああ、分かった…待っていよう」
有無を言わせない威圧にレイクロードはやっとの事で返せたのはそれだけだった。
アニムスたちの話を終え、魔導師派の貴族がアニムスから視線も発言も向けられなかった事にびくついていたが、話はようやくサトリと魔導師派に戻った。
「それでは…豊穣の錬金術師よ、息災であったか?」
「はい陛下、このような事がなければ息災に過ごせていたかと思います」
と、国王に対してこのような口を聞く事のないサトリは思いを込めて皮肉った。
この言葉に謁見の間にいた王族までもがぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに表情を抑え込むと内心苦々しい思惑を吐いていた。
今回の一件で、レイヴァン王国におけるサトリの評価は見えない底にまで落ち込んでいた。
派閥抗争に完全に興味もなく距離をとっていたにも拘らず、相手から関わってきた挙句、国王レイクロードが仲介しなければならないほど事態を発展させたのだ。
この場でサトリほどの子供が大声でこの場にいる全員を罵倒しても当然だと思うくらい、彼らはサトリが怒り狂っていると思っていたのだ。
怒りを吐き出す代わりに鋭い一撃を放つほどの皮肉が返ってきたが。
当然だが、それを聞いた大臣や魔導師派貴族からは『無礼な』と口にする者、内心思う者も両方いたが、レイクロードは渋い顔をしてその事を叱責する事はなかった。
そしてその内心も、サトリの鬱憤を晴らすにはそこそこではあるが満足できたからだ。
「(はぁ、まだ一年も経たずに問題が起きるとは…ワシとサトリが裏で結託して派閥の勢力を削ろうなどというふざけた噂が流れているが、とんでもない。
そんな事をすれば、アニムス殿にどれだけの報復がされるか分かったものではないわ。
これで国を抜けて亡命…などという事になれば、本気でこの一件に関わった連中の首を叩き落すところだ。
皇国はどこかきな臭いし、ワシもう引退して息子に譲位したいのう。)」
ちなみに、今日この場には第一、第二、第三、第五王子はおらず、第四王子ラインハルトと第三王女エリザベータがいて、サトリの皮肉に耐え切れず人知れず撃沈していた。
「そうか…せっかく特別に学園に入学させたにも拘らず、そなたの身辺を騒がせ慮外者たちだ。
今回の一件で懲りたはずじゃろう、和解を受け入れてくれるか?」
「はい、もちろんです陛下。
本気で国を割るような問題にする気など自分にはありませんでしたので、陛下の仲介により事態が収束してほっとしています。
今後もこのような事が無い事を天に祈りながら、今日この和解を以って魔導師派と呼ばれる方々との遺恨は一切口にせず、水に流しましょう。
この身空でまた一人旅などしたくないので」
尤もらしく前半を口にしながら、後半まったく思ってもいない事を囀るサトリにアニムスも『ナニ言ってるんだこの子は』と呆れていた。
レイクロードや一部の良識ある者たちは思わず天を仰ぎ重い溜息をつきたくなるほどの思いに駆られた。
サトリは遠回しに『さっさとあんたらが事態を収めないから冷や冷やさせられたじゃねえか。次こんな事があったら四の五の言わず国出るぞ』と言っているのだ。
完全な脅しである、そんな事をすればレイヴァン王国の評価は大陸全土から最低の烙印を押される事は間違いない。
レイクロードやアルマンドはこの謁見とアニムスとの別件が終わり次第各派閥にサトリに対して一切の派閥に関わる勧誘や干渉をする事を禁止するという通達することを決めた。
アニムスにはどうにか対話で問題が解決するが、加減を知らないサトリはその怒りで国を潰しかねないほどの力を持つに至っているのである。
『平民風情』とサトリを下に見ている者たちがどれだけいようと関係なく、レイクロードはたとえこの通達でサトリが孤立しようと国を潰されるよりかはマシと天秤を傾けたのだった。
「……そうならないよう、努めよう。
それでは、魔導師派からそなたへの謝罪の品を…レヴォルタ候、これへ」
「ははっ」
レイクロードの言葉に呼応して、一人の貴族が前に出た。
皺くちゃでいて何時ぽっくり逝ってもおかしくない、と錯覚してしまいそうな老年の貴族をサトリは目にしたのである。
そして、サトリは見た目に反してこの老人が卓越した魔導師なのだと気付かされた。
一体何歳か分からないほど年を重ねているか分からないが背筋はぴんとして、一切の魔力の漏れない技量はまるで魔法を発現しなかった老人と錯覚してしまいそうなくらいだが、魔導師派筆頭貴族の長が魔法を発現出来ずに長を任されるはずもない。
サトリの頭一つ分ほど高い老人―――ハインド・ツァーク・レヴォルタ侯爵は小さくだがサトリに一礼した。
「この度は我が派閥がその方に迷惑をかけたこと、お詫びする。
侘びの品として、その方の希望していたオリハルコンを用意した…確認をしていただけるかね?」
「は、はい謝罪を受け入れます…」
「レヴォルタ侯、この度は私の弟子が派手にやらかしたようで、申し訳ない」
「いやいやこちらこそ、権を厭うアニムス殿の弟子にこちらの事情に巻き込もうとした我らの不始末、お恥ずかしい限りです」
妙に艶めかしい唇に言い知れない悪寒をサトリは覚えるが何度か瞬きして落ち着くと肯いた。
扉が開かれると侍従たちが現れ、敷物の上にどんどんオリハルコンを含んだ短剣や壷、皿といった品々を置いていく。
「…よくもまぁ集めたものだね…サトリ、この感覚を覚えておきなさい。
これがオリハルコンの反応だよ、魔力を通し難いこの感覚だ。
通すのではなく表面を流すようにしてみればいい、やってみなさい」
「師匠…これすごいですね、面白いです。
ふぅん、これがオリハルコンか…無理矢理通すと性質が変わっている気がする…いや、変わってるよねこれ。
師匠、もしかしてこれが聖剣の秘密なんですか?」
勇者が光り輝く聖剣を振るったという伝説を思い出したサトリは、淡く光るオリハルコンの輝きに同じ物を見出した。
アニムスはサトリの理解力に感心し、軽く肯くと、詳しい話はまた今度することにして残りのオリハルコンを鑑定していく。
「(…あの齢でこの技量か、魔導師を志すのであったならばワシが手ずから指導してやれたんじゃが…おそらくは趣味が高じて錬金術師になったのじゃろうな。
好意的に接触したとしても、取り込むことは不可能じゃったか…。
まぁよい、ワシとしてもこれを機に派閥の長という面倒な荷物を降ろして隠居できるわい。
あとは長男のベルモンドに任せて研究に励むとするかな。)」
サトリはハインドの内心を知り、悪寒の理由がハインドが弟子にしようとしていたのが原因だと知りほっとする。
そして、この老人が派閥から抜けたとしても裏から手を回して再び問題を起こすような人物ではないことが知れて人心地ついたのだった。
加えて、魔導師派の長となるのが再びレヴォルタ侯爵家の長男であるベルモンドになる事を知ったサトリはこの名前を覚えておくことにするのだった。
「…確かに、この場にあるすべての品にはオリハルコンが含まれているもので間違いありません。
重さは…二百キロですか、随分集まりましたね」
「そちらの希望通りの量を用意させてもらった、何か問題でも?
(今回の一件で派閥もかなりの負担が強いられておる。
出来ればオリハルコンの量を減らしてほしいのだが…。)」
呆れているアニムスに、ハインドがもしかしたら師から弟子に量を減らせとでも言ってくれるのかと期待したのだが、残念ながらアニムスは軽く首を振り否定した。
「いえいえまさか、私の魔導人形もオリハルコン製なのですが、これほどの量のオリハルコンは見たことがなかったので、驚いただけですよ。
…サトリ、少しだけ分けてくれないかい?
半分くれたらベヒモスの素材をいくらでもあげるよ?」
「くっ、いくら師匠の言葉でも半分は無理…っていうか嫌です。
せめて…二十、いや十五キロなら交換です」
「そうかい、まぁその辺りが妥当なところかな」
和やかな談笑に聞こえるが、場所が場所なので殺伐とした中での空気の読めなさに一部の貴族が白い目を向けているが、サトリとしては知った事ではない。
サトリが学園を卒業する前に、サトリは一秒でも早く身の回りの防御を固める必要があった。
だからこそ、やり過ぎと見られようと恨まれようと手の出しようのない存在になろうとしたのだ。
サトリはハインドに受け取ったことを伝えるとオリハルコンを大きな風呂敷に大雑把ではあるが包み込むと、全て異次元鞄に入れると一礼した。
異次元鞄は魔道具であり、何の細工もしていないオリハルコンは魔法耐性が強い為、入れようとした拍子に異次元鞄が壊れてしまう可能性があった。
厚手の布で一つ一つ包んで時間をかけて入れたのである。
時間がかかるという事もあり、王宮の侍女たちが集まり手伝うことで時間が短縮されたのだった。
「…はい、確かにオリハルコン二百キロを受け取りました。
この会合が終わり次第、自分は商業ギルドへと向かい魔導師派とされる貴族の方々の領地にした報復行動の中止を要請しましょう。
元の状態に落ち着くまで時間が少々かかるでしょうが、本件はこれにて完全に、不可逆的な解決をしました。
以後自分はこの件において魔導師派と諍いを侵さない事を誓います」
サトリはこれ以後、魔導師派の貴族にこの件を蒸し返さないことを誓うと、二度も言質を取ったと魔導師派貴族たちはほっとした表情を見せた。
こうしたやり取りでは何よりも言質は大切なものだ。
曖昧に、遠回しな言葉で相手の意図を見抜くのが苦労するが、サトリはそのような苦労とは無縁な異能を持っている。
だからこそ、こうしたはっきりとした物言いで相手の望んでいた言葉を口にする事で問題を解決させることがサトリは得意だった。
何しろ相手は自分の思惑がピタリと当て嵌まるのである、喜ぶしかないだろう。
サトリの相手は大抵崖っぷちに立たされている場合が多く喜んでしまうのだが、サトリとしてはそんな状況になるくらいなら手を出さないで欲しいと切に願った。
「それではこれにて会合を終えるとしよう。
アニムス殿は執務室へと来て欲しい…サトリは商業ギルドの用事が済み次第孤児院へと帰り家族を安心させるとよかろう」
貴族と真正面から対決し、サトリの親代わりをしているアニョーゼは心労から体調を崩していた。
この件が解決したと報告すれば快癒するだろうと、レイクロードは気を利かせたのである。
何故そんな事を知っているのか、などというのは今更な問いではあるが、サトリは最後の最後にまた不愉快な思いを抱いたのであった。
「…それでは、自分はこれにて失礼いたします。
師匠、またあとで」
サトリは一礼すると、一足早く謁見の間から退出した。
魔導師派貴族たちも、サトリが退出するのを見計らい、間隔を空けてチラホラと退出していく。
間違ってもサトリと鉢合わせになって面倒を起こすつもりがないからこその行動だった。
サトリは一人で王宮から出て行く、もちろん誰もが声をかけたそうにしていたが、殆どの貴族や文官たちは今日謁見の間で何が行われているのかを知っている者たちばかりで、誰一人として声をかける者はいなかった。
* * *
謁見の間からサトリが退出し、魔導師派貴族たちが全員退室すると、ようやくレイクロードやアルマンド、そしてアニムスが謁見の間から執務室に直通の通路を使い移動する。
「…して、アニムス殿。
内密の話とはどのようなものなのだ?」
「単刀直入に申しましょう。
『魔王』が生まれようとしているかもしれません」
前置きもなくアニムスは誰も予想だにしていなかった事を口にした。
―――魔王、かの勇者が相打つことでようやく打ち倒すことが出来たという伝説の存在である。
数多の魔物を従え世界に宣戦布告した脅威にして最悪の怪物。
当時滅ぼされた国は両手では足りないほど上ったという。
その兆候が見られたというのは、ベヒモス退治の際だったという。
明らかに常軌を逸していた目をしていたベヒモスに、アニムスはある魔法を思い出した。
意図的に他者を操る禁術、闇系統魔法に属している洗脳という魔法だ。
だが、ベヒモスほどの魔物を洗脳するとなると、術者に限られるだろう。
アニムスの知る限り、現在この世界においてベヒモスを洗脳出来るような魔導師は存在しない。
だとすると一体誰が?
その疑問に辿り着いた時、アニムスは『悪魔』という回答に辿り着いた。
魔王の生まれる兆候として、悪魔がこの世を乱し始めるというものだ。
かつて魔王を初代勇者と共に倒した『ハイエルフ』の一人として、その悪魔が従えていた魔物と同様の目をしていたのだ。
「…折を見て、私は国家錬金術師を返上し国を出ます」
「……かつての仲間たちと合流するという事でいいのかな?」
かつての仲間、初代勇者と共に魔王討伐をしてきたアニムスの仲間はまだ若干だが残っている。
その彼らと合流し、事態の収拾を図ろうとしているのだとレイクロードは察した。
これまでこの国の王都に間諜がそれほど跋扈していないのは、ひとえにアニムスが王都にいるからだといって過言でない。
サトリがそのことを知れば、『いるだけで他国のスパイを牽制できるってどれだけ怖がられてるのさうちの師匠』と引き攣った笑みを浮かべるだろう。
実際は怖がられるどころか大陸全土で『初代勇者の仲間たちのいる都市にちょっかいをかければ破滅することになる』という回状が回っていると知れば更に見る目も変わったことだろう。
勇者がいない今、アニムスたちだけがこの大陸―――世界の守護者なのだ。
まともな思考を持つ者なら、逆鱗に触れたくないので近寄ろうとはしないだろう。
「…西側諸国が荒れますな、頭の痛いことです」
アニムスがいなくなれば、西側諸国で何歩もリードしているレイヴァン王国の地位にない筈の陰りを見る者が現れるとぼやくアルマンドだが、レイクロードは首を振った。
「そもそもアニムス殿がこの地にいたのは初代様と気が合ったこと、かつての仲間たちとの話し合いによって大陸西部を守護、監視するためのものだ。
新興国ゆえ歴史のある国よりもいらぬ干渉がないと優位に契約できるこの国を選んだに過ぎない。
それがなくなったとて、今では我が国は立派にやっていけるだろうが…」
「いざとなれば私の弟子が何とかするでしょう。
あの子は自分の平穏を乱す者に容赦しませんから」
サトリの容赦のなさを思い出したレイクロードとアルマンドは揃って疲れた表情を浮かべた。
バイタリティに溢れているアルマンドですら、サトリとの邂逅は強烈だったようである。
「それは今回で十分に理解した…嫌というほどに」
「来週私は彼と会食の予定を取っているのですが…今から想像するだけでも胃が痛くなってきます」
「あの子は生まれと境遇が悲惨ですからね、正直生きているのが不思議なくらいです」
アニムスはサトリの嘘の事情を話し出した。
こんなことが何度も続けば、国が歪み大陸西部の安定している情勢に余計な陰りが出てしまう。
事後報告になるが、ここで国のトップ二人に言い含めておけば何とかなると思い、アニムスは弟子の安全を考えて行動したのだ。
「あの子はイーブル皇国でも名家の生まれでしたが…記録に存在しない子供だったのです。
屋敷の奥で生まれた時から幽閉され、親の愛を知りませんし…待遇も幼子にする仕打ちではなかったようです。
あの子は言っていました、『お腹が真っ黒になるまで殴られた事はあるか』と」
アニムスはサトリの経歴をでっち上げ続ける。
サトリが人間不信になるまでの経緯や、転生する直前に起きた事件で受けた拷問を付け加えれば十分な信憑性を持った。
まるっきり嘘を言っている訳ではない。
アニムスはサトリの肉体の記憶―――元の肉体の持ち主の少年の出自を魔法で呼び起こし、その出自が知る人ぞ知る名家の血を受け継いでいると知った時は思わず固まったくらいなのだから。
だからこそ魔導師としての才能、そして魔力量の多さが同年代と比べて豊富だった理由がこれだったと知ったのだ。
レイクロードやアルマンドもアニムスの語るサトリの壮絶な過去を完全に信じ込まされ、子煩悩なアルマンドに至っては薄っすらと涙も浮かべていた。
師弟揃ってタチが悪かった。
「あの子に信じられる人間は少ない、そもそも相手を信用してもいないしいつ襲撃されてもいいように制服や寝着にまで防御礼装を縫い付けていますからね。
今回の一件で、あの子の人間不信は更に深まることでしょう。
…だからこそ、あの子には余計な干渉はしないでいただきたい。
あの子は外から出たばかりで、自分を守る事に必死なのです。
少々癇癪の強い子ですが…そっと見守っていればそれだけで世界中の技術水準は上がるでしょう、保障しますよ」
「…アニムス殿がいなくなると聞けば、サトリは不安定になるのでは?」
「その頃には守護役となる魔導人形が増えているので大丈夫でしょう。
すぐにいなくなるという訳ではありませんし…あの子が卒業するまではこの国にはいるつもりです」
とはいえ、王都にずっといる訳ではない、今後もベヒモス退治以外の理由で度々王都を出る回数は増えるだろう。
アニムスは残りの時間を使い、まだサトリに教えていない錬金術の技術を詰め込む気であった。
もし時間が足りなければ、知識を魔法で無理やり詰め込むという最終手段も考えているあたり、数百年分の知識を得られるサトリは幸か不幸なのか判断に迷うところである。
「…あい分かった、サトリには極力手出しはせぬ。
よほどの事態でない限り、政に利用せぬことを誓おう」
「…私としては最低限の行動の把握はしておきたいので諜報部隊を配置させていただきますが、間違ってもその情報を利用しないことは誓いましょう」
二人の同意を得られたことで、サトリの安全は約束されたようなものだとアニムスはほっとした。
サトリの前世の記憶を知っているアニムスとしては、サトリには今世では幸せになってほしかった。
異能を持った事で親から疎まれ、愛情を知らず死別してからはサトリは気を張り続けて生きてきた。
そして転生してからも、彼の笑顔は大人にだけは向けられない。
悪意を殆ど持たない子供にすら心からの笑顔を向けられない悲しさに、魂が歪むほどに育った彼の精神が安心できるのは、彼の作った魔導人形だけだろう。
創造主たるサトリを至上とし、絶対に裏切らず心も聞こえないあの魔法生物だけが安心出来る場所なのだ。
他者からは虚しいと思われるかもしれない。
だが、それがサトリの幸せに繋がるのならアニムスは構わない。
それが僅かばかりに芽生えた『親心』が出した結論だった。
「感謝します陛下、宰相殿。
…それではこれで失礼を」
「ああ、また魔王の件については後日話し合いの場を設けさせていただきたい。
民の不安があるので布告はせぬが、上層部では情報を共有し、対策をしたいのでな」
「会食の際、何か好きな食べ物があれば要望を聞くと伝えてください。
我が公爵家の料理人が腕によりをかけた料理を振るうと」
アニムスは執務室から出ると、一目散に王宮を出た。
早歩きで王宮を歩くアニムスに声をかける命知らずはいない。
自分の家―――アニムス魔道具店に着いて扉を開けると、カウンターに肩肘をついていた弟子が起き上がった。
孤児院にいるはずのサトリがなぜここにと思ったが、事情を聞くと孤児院で簡単に報告を済ませ、そのまま店にとやってきたらしいのだ。
テーブルには異常種のスライムが跳ね、薬棚の近くでは魔導人形が濡れ雑巾片手に掃除に励んでいる。
サトリはテーブルにおいていた羊皮紙―――何かの設計図を書いたもの―――を手に持つと、入り口に立っていたアニムスに突進した。
「お帰りなさい師匠、さっそくベヒモスの素材見せてくださいよ!!
特に筋肉を!!
フレアに最高の筋肉と最高のオリハルコンを使って最強の魔導人形にするんです!!
設計図も昨日出来たばっかりのホヤホヤです、量的にも残り三体も作れそうなんで、そっちも…」
「はいはい分かったから、地下室に行って検討会をしようね」
興奮しているサトリを軽く撫で、苦笑しながらアニムスは店内の奥に向かっていく。
その後を、スライムを肩に乗せた魔導人形がついていく。
アニムス魔道具店の主は帰ってきたが、立て看板の『休日』はまだ必要なようだった。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想ご指摘お待ちしています。




