第01話 現状確認したら色々と危機的状況だった。
続々投稿です。
19話まで夜9時と夜12時に投稿しようかと思います。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
転生したという事を知り、サトリは思わずため息をついてしまう。
本来ならば彼は今頃大学を卒業して、信頼出来る同期の友人たちと一緒に起業していた筈だった。
サトリ自身が何かを発明したという訳じゃない。
有能な人間に声をかけ、その技術が現代社会で間違いなく莫大な富を生むと確信を得ていたからこそ、サトリは起業を持ちかけて資金をかき集めた。
それがおじゃんになって、またゼロからどころか、時代的に考えて中世前後の時代となればマイナスからのスタートと見て間違いなしの状況だ。
サトリは同期の彼らに悪い事をしたと罪悪感を抱いていたが、世界を再び超える方法などないサトリには手の打ちようがない。
それでも、もしもの際は彼の遺産は弁護士に依頼して友人を指名している。
かき集めた起業資金と一緒に有効活用してくれるとその罪悪感も薄れはするが、自分の好きな事しかしていなかった社会性皆無の欠陥人間たちにそれが出来るのか不安があった。
「《―――まぁなる様になれ、成功する事を祈っておこう。》」
そう思う事で一旦は区切りをつけたのだった。
不幸中の幸いなのは、この世界には魔法というファンタジー要素溢れる異能があるという事、そしてサトリの前世から持っていたこれまた異能があった事だろう、これは心強い。
サトリの異能は『読心』、他者の心の内を知る事が出来る規格外の力だ。
こと交渉、対人戦という面に関して破格のアドバンテージを持っているといえよう。
ちなみに動物の声は聞こえる時と聞こえない時がある、どうやら波長の合う種があるようで、試した限りではサルやイヌあたりは片言で分かっていた。
サトリという名前からある妖怪の血でも継いでいたりするのではと思っているサトリの出身もその伝承があった土地柄で、オカルトを信じていなかったサトリもそれだけは密かに信じていた。
お陰で人間不信になって信じられるのは擦れてない子供くらいだけになったが。
ちなみにサトリはロリショタ好きな変態ではない、目元が下がって少々愛でる程度の子供好きな大学生である、決して犯罪的な行為に及んだ事はない。
特に海外留学してからは欧米系の子供のあまりの可愛さに何度か悲鳴を上げていたりしたが、それだけは否定していた。
「《―――曰く、イエスロリショタソフトタッチ、だそうだ。》」
前世を想い馳せ区切りをつけると、サトリは転生した体を確認して思った事がいくつもあった。
どうやら転生しているが前世の頃と違う容姿をしていて、転生というよりも魂が知らないうちにこの肉体に憑依したのではないかと思ったのだ。
九歳から十歳くらいの頃の肉体だと推論したサトリは色気ムンムンのシスター、アニョーゼに自分の年齢を十歳と申告する。
彼女の考えの通り、隣国イーブルからの移民で戦火に遭い両親と離れ離れになった、やっとの事でこのレイヴァン王国の王都シュトライゼに着いたのだとウソの経歴を伝えたのだ。
そしてこの世界…アースラと呼ばれる大陸で、暦が『星暦』ということ、今が九百九十六年ということを覚えながら、サトリは何度も反芻しながら白々しい経歴を並べ立てていた。
涙を流さないサトリに『我慢しなくてもいいのよ』とアニョーゼが涙を浮かべて―――これまたやはり色っぽく男心を擽った、今は子供だが―――慰めの声をかけてくるのだが、残念だが見も知らない両親の為に泣けるほど器用じゃないサトリは我慢する振りをした。
アニョーゼが代わりに泣いてくれるのに若干の罪悪感を抱きつつ、サトリたちは会話を続ける。
どうやらここは教会兼孤児院で現在十人の戦災孤児を抱えている。
つい最近このレイヴァン王国は隣国ストレイン帝国と戦争をしていて、兵士たちの遺族がスラム落ちしたり、幼い子供がそのまま戦災孤児になったりとしているらしい。
他国に人間ではあるがサトリは運良くアニョーゼに救われて、今日からこの孤児院で住む事になった。
寝床の確保に喜んだサトリであったが、すぐに後悔する事になる。
この孤児院の置かれている状況に。
* * *
「…なんてこった」
孤児院の外に出てみると、そこには申し訳程度の家庭菜園があり、出来の良くない野菜が実っている。
そして孤児院の周りを見てみると王都でも郊外なのだろう、王都をぐるりと囲むように岩作りの城壁が築かれていた。
戦争はもう終わっているから心配してはないが、この世界には魔物と呼ばれる害獣もいる、そして討伐する冒険者と呼ばれる者たちと冒険者ギルドという組織がある事を知った。
話を聞く限り戦闘能力のあるフリーターと想像すればどういう立場か分かるだろう。
命を賭金に仕事をこなすという。
実入りはいいらしいが危険な魔物ほど危険性は跳ね上がるというのが常で死亡率も高いとの事だ、しかも日雇い形が多い。
雇用のない者達のためのセーフティーネットのような役割でもあり、一発逆転の可能性を秘めた仕事である。
ちなみに冒険者と呼ばれてはいるが実際に冒険をするのではなく、かつて未探索地域の多かった時代に発足された頃の名残で呼ばれているだけだ。
「《―――あんまりやりたい仕事じゃないな、俺はどっちかというと頭脳労働系なんで。》」
そうぼやくサトリも前世では留学中治安の悪い場所にうっかりと足を踏み入れてしまって喧嘩をした程度で話にならないだろう。
孤児院の隣の家屋を見る限り、中世前後なのか、窓から生ゴミや糞尿を捨てる主婦を見て『こんな風景画を載せていた教科書あったなぁ』と場違いな感想を考えていた。
すぐに我に返り、衛生面についてどうにか対処しなければ恐ろしい事になる、とは思ったが。
「お兄ちゃん、どうかしたの?
(…まだ元気ないのかな、どうしよう、シスター呼んできたらいいのかなぁ?)」
案内役の少女がサトリに声をかける。
心の内では本当に心配しているらしく、アニョーゼを呼ぼうとしているのでサトリは大丈夫と返した。
「いや、大丈夫だカリナ。
それよりも孤児院の中を案内してくれ」
「はーい」
それからサトリは孤児院の中を順々に案内してもらった。
孤児院と隣接している教会の寂れた礼拝堂―――この世界の宗教は多神教で名をイウェルダ教という―――を見せられ、次に時代劇で見たかのような『かまど』のある衛生面や安全面に難がある炊事場、そして孤児院の裏手ではニワトリ―――後で知るが、品種改良された鳥型の魔物だった―――が手作り感溢れる柵に囲われて二匹飼育されていた。
その隣ではカリナやサトリと同じく孤児院に住む孤児たちが頑張って洗濯物をごしごしと洗濯板で洗っていた。
更に言うと木炭を細かくして洗っていて、石鹸がない事にも驚いたのだった。
「何たる時代錯誤、あれ出来たの十八世紀じゃなかったっけ?」
石鹸は孤児院には無いようで、汚れを取る為に何度も井戸から水を汲んで濯いでいる少年の腕がパンパンなのがとても忍びない気持ちにさせられ、サトリは男はなるべく力仕事していた方が孤児院で重宝されると思い、率先的にする事にした。
頭脳労働専門ではあるが、ここではそうもいってられないようであると悟ったからだ。
「…はい、ここがお兄ちゃんたちの寝る部屋だよ!!」
「おお、二段ベットか。
なんだか寮を思い出すな」
そして最後に案内されたのはサトリたちが寝る部屋だった。
サトリは学生時代を思い出した。
同じ部屋になったはいいものの、同居人が気に入らなかったら弱味掴んで寮長にこっそりと報告し一人部屋にして悠々自適の学生生活していたサトリは思い出し笑いをした。
「りょー?」
カリナが可愛らしく首を傾げていて、サトリは慌てて誤魔化した。
「いや、なんでもないよカリナありがとな」
サトリはお使いが出来た子供に親がする様に、頭を軽く撫でた。
サトリにとって、『ソフトタッチ』とは頭を撫でるが精々なのだ。
体格差もあって抱き上げたこともあったが、限界もそこまでである。
「(あはっ、撫でられちゃった!!)」
カリナはにひひと反応に困る笑い声を上げてアニョーゼを呼びにいった、隣の部屋だが。
「サトリお兄ちゃん、シスターアニョーゼが呼んでるよ!!」
「分かった、すぐ行く」
早速名前呼びをされ懐かれたものであると頬を緩ますサトリであった。
「《子供は純粋で良いなぁ。》」
別段心を読まなくても、サトリは相手の心理状態や反応で大体の判断はつけられる。
サトリが集中して講義を取っていたのは経済学を筆頭に心理学系の講義も取れる限り受けていたからだ。
撫でられた時の反応でカリナが褒められるのが好きな女の子だという事は分かっていた。
便利な異能だが、いつなくなってもおかしくないと思っていたサトリは慢心せずにやれる事は何でもやった。
勉強にも異能を使わず、実力で留学生時代は上位の成績をキープしていた。
周りから浮かない為に流行も欠かさずにチェックしたし、人間関係や見た目にも気を使った。
自分が異端であると幼少期から自覚していたからこそ、サトリはそれを隠すために『普通』の中に紛れ込んだ。
その人間関係の所為でサトリはあんな目に遭ったともいえるのだが、後の祭りである。
転生したからには前世の知識を活かして何とか生き抜かなければならない。
食事と衛生面に絞り、サトリは行動する事を決めた。
「うーん、確かに高校の頃は理数科だったから科学知識はなくはないが、それを実践して活かせるのかといえば難しいな。
食事には食べる為の農作物に肥料を与えれば良いとして…まぁ単純に考えて使えなくなった食べ物のカスを土と混ぜ込んだり、腐葉土だったり撒けばいいのだろうか?」
王都という事もあり、腐葉土が手に入るのか現状分からないサトリはそれでも諦めず可能性を探っていく。
どうするのが最善か悩んでいたサトリだが、すぐにその思考は遮られる事になる。
「おかえりなさいサトリ。
頑張って過ごしていきましょうね」
羊皮紙に何か書き込んでいるアニョーゼに、字も習わないといけないなと思ったサトリはアニョーゼの手に持っている羽ペンを見て絶句した。
加えて言えばこの世界では未だ羊皮紙がメジャーであり、植物紙が普及していない事に軽く絶望する。
サトリは羊皮紙に羽ペンで書き込んだりした経験があったが、書き難く思わず羽ペンで書くことを諦めたくらいだ。
巡り巡って今度こそ書くことになったのだが、これもいい機会と思い克服ことを望むのだった。
「はいシスター、よろしくお願いします」
挨拶は大事だ、俺はアニョーゼに深々と礼儀をした。
そんなアニョーゼはサトリの事を不思議そうなものを見るような目で見ている。
「(…この落ち着きように礼儀正しさ、この子はどこか商家の子供だったのかしら?
まさか貴族の落胤というのは飛躍のしすぎかしらね?)」
絶賛勘違い発動中であるが、サトリとしては都合が良いのでそのあたりは訂正しないことにした。
「シスター、この孤児院に本はありませんか?
俺、勉強したいんだ」
分からなかったら聞かないといけないが、サトリはアニョーゼに時間があればその時に聞きに来ればいいと承諾を得た。
やはり良い所の出の子供と疑われているが、サトリの前世は生粋の中流家庭である。
訳あって、すぐに一人身になったが。
そして夕方になると、今日からサトリが孤児院に住むという事で歓迎会をする事になった。
とはいえ味の薄いスープと硬い黒パン、あと何の肉かよく分からないベーコンと卵のスクランブルエッグという質素なものだ。
不満なんておくびにも出さない、むしろここからどこまでこの食生活を改善するか意欲も湧いてきたくらいだとサトリは内心奮起した。
「《不潔だし衛生面も怖い、だけどこれが今の俺を取り巻く環境だ。》」
将来設計も立てていかないといけないサトリだが、ひとまずは―――、
「いただきますっ!!」
異世界に来て初の料理を頂くことにした。
味は意外なことに思っていたほど悪くなかった、とサトリは思うのだった。
読んで頂き、ありがとうございました。
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