第18話 ダイヤアアアアアアアアアアアッ!!
サトリがまたやらかします。
そして長いです…1万2千、すいません。
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
(サトリ視点)
「うぁーーーひまぁだぁーーー」
俺は研究室の金に物を言わせて買い揃えた革張りの座椅子で―――学長室の椅子よりも間違いなく贅沢な―――だらけていた。
魔導師派の連中はようやく重い腰をあげたのか、結局俺への謝罪と賠償を全面的に認めた。
よってオリハルコン二百キロは俺の物となったのだが、流石に二百キロも派閥内で集めるとなるとすぐには集まらないようで、現在派閥が総力を挙げてかき集めているらしい。
珍しいオリハルコンの皿に陶器、そして筆頭貴族であるレヴォルタ侯爵家からは篭手が集まっていて、それが大体で百五十キロほどになるらしい。
王家からは残りの五十キロを秘密裏に手を回して貸しを作る事にもなり、俺の平穏が無事に返ってきた。
まあ、オリハルコンが届くまで暇なんだけど。
「マスター、ウルスラがガラスの向こう側で構って欲しがっていますよ?」
「………ゴポッ」
ぷるぷると震えている赤い物体―――俺の使い魔二号であるウルスラは水槽の中で俺の眼の前で跳ねたりガラスにぶつかったりして構って欲しいのか騒いでいる。
最近は決闘の所為でちょっとほったらかし気味だったので、構って欲しいのだろう、愛い奴である。
「やばいわーウルスラがとってもキュートで癒されるわー」
最初はその内飽きるまで構ってやるかと思っていたウルスラだけど、今ではちゃんと俺の癒し枠として機能していた。
触るとひんやり気持ちいいし、手の汚れでも食べているのか触った後は手がスベスベだしある意味風呂要らず。
試しに風呂代わりにウルスラを使って見たらいつの間にか溺死し掛けてたくらい気持ちよく寝ていた。
もう離せません、可愛いし便利すぎる。
「マスター、お暇でしたら市場へと視察しては如何ですか?
今日は月に三度あるバザーも開かれていますし、珍しい物が手に入るかもしれませんよ?」
「そうだね、それもあるし行ってみようか。
隣国からの持ち込み品があればそれはそれで孤児院のいい土産にもなりそうだし」
俺は水槽からウルスラを引き上げると胸ポケットに収納する。
胸ポケットから少しだけ乗り出す仕草は実にキュートでにやけてしまう、愛い奴め。
「よし、じゃあ行こうかなバザーに。
フレア、鍵の戸締りしたらすぐに行くよ」
「直ちに取り掛かります、マスター」
なにか役に立ちそうなものがあればいいんだけど。
―――と、思っていたんだけど。
「あら」
「…なっ!?」
「……なんとまぁ」
中央広場に向かうと、見知った顔と出会ってしまった。
デイジーと見知らぬ女子生徒が制服を着て睨み合っているのに遭遇してしまったのだ。
うーむ、もしかして今日は厄日だったか?
* * *
その日、王都の中央広場では月に三度あるバザーが開かれて何十何百もの売り子たちがそれぞれ持ち込んだ商品を売っていた。
持ち込まれた商品は千差万別で見た目が華やかな食器から煤けたよく分からない塊までありその中から『本物』を目利きするのが商人やその家族、奉公人たちだ。
彼らは本物を他より先に見つけ、少しでも高く転売しようとバザーが始まってから色々な露店を巡っていた。
そんな中、一風変わった客がうろついて目を引いていて、一部の商人は目を見張った。
真昼間だというのにアッシュフォード学園の制服を着た黒目黒髪の少年が見目の整った紅瞳朱髪の執事をお供にして露店を巡っていたのである。
殆どの商人は、この二人がサトリとフレアの事を知っていた。
何せ一年ほどで巨万の富を生み出した発明家にして凄腕の錬金術師である。
その作品とされるフレアもまた一部の冒険者が発端となった噂でその戦闘能力の高さからサトリの師であるアニムスの持つ魔導人形と同様に近い将来物騒な二つ名が付くだろうとされていた。
後ろでは同じくアッシュフォード学園の制服を着た少女二人が少年と執事についていっていた。
金髪碧眼、釣り目がややとっつきにくさを醸し出している少女は見るからに整った顔立ちのクール系美少女で、少年と同じ科に所属しているのか、胸に同じ紋章が縫い付けられている。
デイジー・ラヴァリア・エプスタイン、錬金術師派筆頭貴族、エプスタイン家の次女である。
いつもはお供をしている執事のバルトがいるのだが、今日はデイジーの傍にはいなかった。
そして最後の少女なのだが、サトリはこの少女が誰なのか分からないでいた。
デイジーと違って飛び抜けた美人ではないが、妙に大人しくよそよそしい少女に妙な苛立たしさを感じたが、それがどういう訳か分からないのである。
「ところで、どうしてデイジー様と…えーと…あー誰だっけ?」
「マスター、先日の決闘をした魔導師です。
名前はアステリア・ラウシュ・ヴェスペリア様。
ヴェスペリア伯爵家の三女ですね、マスターに沈められた一人ですよ」
「いたっけこんな人?」
「…可哀想なアステリアさん、大人気なく魔導甲冑まで持ち込んだのにボロボロにされて、挙句一月もしない内に顔も忘れられたのね貴女」
サトリの反応がワザとではなく素で返しているのに気付いたデイジーが同情してアステリアに慰めの声をかけるが、本人はしゅんとしてうんともすんとも言わないでいる。
まるで憑き物でも落ちたかのような大人しさに、サトリは朧げながら『いたのかなーいたんだろうねー多分』と適当に返したのだった。
サトリが思い出せないのも当然で、当時サトリと出会い決闘をするまでのアステリアは性格の悪さが顔に出るほどで今とは似ても似つかない容姿をしていたのだ。
魔導師派が追い込まれるきっかけともいうべき最初の当事者の一人だと身内や親戚から精神的な袋叩きに遭い、ようやく自分たちの仕出かした行為に反省して行動していたのである。
濃かった化粧もせず、スッピンのままの彼女の表情からはまるで以前とはかけ離れていた。
「…ほっといてください、わたくしだって、好きでここにいるんじゃありませんわ。
バザーが開かれると聞いて、オリ…何か役に立ちそうな物がないかいるだけですから」
その言葉に、サトリはこの少女―――アステリアが魔導師派の人間なんだと思うと、オリハルコンを探しに来たのだなと思うのだった。
由来不明の品物もバザーでは時折露店に置かれていて、その中の極一部にオリハルコンを含んだ品物がある事もあった。
その『本物』を見つけ出し、年に一度王都で開かれるオークションに転売し大金を手にしたという話を聞いた事のあったサトリは少しでもオリハルコンがないかアステリアがオリハルコン目当てに講義をサボったのだろうと推測した。
その証拠に、周囲を見回してみると制服を着てはいないが綺麗な服を着た少年少女たちがお供を連れて露店をじっと見つめては違う露店に、お目当ての品物がなければまた違う露店へと回っているのを見て、『大変だなぁ』とまるで他人事のような感想しか述べないのだった。
時折サトリに気付いた少年少女が射殺さんばかりの視線を送ったが、異能の力を使っていない状態ではサトリは基本的に人の視線に気付きもしない一般人であるので、効果はまるで見られなかった。
「まぁいいや、探し物が見つかるといいね。
それじゃあ俺はこれで。
デイジー様はどうするの?」
「ヒマなら一緒にバザーを見ない?
貴方ならこの中から面白い物を見つけ出すかもしれないし、面白い物であっても貴方の興味がなくても私にとっては興味があるものかもしれないでしょ?」
「一方的に利用されるって面白くないんですけど?」
「エスコートさせて上げるのだから、それくらい安いと思いなさいな」
「そういうものなんだ?」
「そういうものなのよ」
女性との交流が前世から少なかったサトリにとって、デイジーの言葉はこれまで聞いたことがないくらい明け透けだったのだが、この世界の貴族女性にとってエスコートの価値観はそういうものなんだと思うことにしたのだった。
苦労性という不幸を背負っているデイジーだが、その内実はサトリとしても目を見張るくらい活発でいて高潔だ。
父親を反面教師にしてきたのだと思うくらいに彼女は誠実で真面目だった。
サトリにからかわれて面白枠に収まってしまっているが、サトリがいなければデイジーが錬金術科の首席の座についたことは間違いないくらいには優秀だ。
サトリもデイジーの優秀さは認めている、でなければ進んで話しかけたりもしないし、そもそも許したりもしていない。
だからこそ、この程度の気安いやり取りに不快感を覚えなかった。
「んーと、じゃあお嬢様、お手をどうぞ?」
サトリはデイジーと腕を組むと、バザーを回っていく事となった。
フレアとアステリアはその後ろで淡々と付いてきている。
フレアは基本的に用がなければ口を開かないが、アステリアはサトリが目を向ける品物に目を配っていた。
サトリほどの魔導師―――錬金術師ならば、物質鑑定といった魔法を使って品物の真贋を見極める事も出来るのではないかと考えたのだ。
もちろんサトリには完全にバレている、さすがに見ず知らずの他派閥の人間に気を許すほどサトリは善人ではない。
面白いものなら今のところいくつかあったが、それはサトリにとって面白いものであってアステリアにとって欲していた品物ではない。
そんな中、サトリはある物に目を向けた。
「………ん?」
サトリはそれを手に取ると、品物を露店の店主に見せて尋ねた。
楽しそうに露店巡りをしていたサトリの変わりようにフレアはもちろんデイジー、そしてアステリアまでもが品物に目を向けた。
「マスター?」
「サトリ、そんな物見てどうしたの?」
「あれは…画材に使っている…?」
サトリが手にしていたもの、それは『石墨』と呼ばれている鉱物だった。
石墨はその殆どがC―――炭素で構成されていて、サトリのいた世界では様々な利用法がある事をサトリは知っていた。
鉛筆の芯から始まり、果ては電子部品まで。
石墨はサトリのいた世界では広く重用されていた。
何よりもサトリが注目したのは、その殆どを構成している『炭素』についてだ。
サトリが肥料で金を稼ごうとしていた以前、それ以外の身近なもので大金を稼ぐ方法がないか模索していた頃があった。
そのうちの一つにあったのだが、結論としてその案件は白紙となった。
その計画の名は『人工ダイヤモンド生成』。
炭素をサトリの錬金術により人工ダイヤモンドにと練成し、それを世界中に売り捌くという人類史上未だかつてない暴挙であった。
サトリの前世ではダイヤモンドによる利権を知り、間違っても手を出せば―――そもそもサトリが手を出そうとしていた分野ではなかったが―――命がまずないということを知っていたので手を出さなかった。
だが、この世界は違う。
宝石の利権などあって無きが如しである。
宝石の産地と呼ばれる領地や国はなく、偶然鉱山で発見された物を職人が研磨加工して一部の上級貴族、そして王族のみが持っているだけだ。
だからこそこれは好機だと思ったサトリは手近にあった炭から生成しようとしたのだが、失敗した。
結論から言おう、当時サトリには人工ダイヤモンドを練成するだけの魔力が不足していたのだ。
結晶構造を変えることで炭からダイヤモンドにしようとしたが、変えるだけの魔力が足りなかった。
ならばと、サトリは手法を変えた。
人工ダイヤモンドを作るにはいくつか種類があり、その中から高温高圧法と呼ばれる生成法があった。
それをサトリは今度は魔法で実現しようとしたのだ。
しかし、千五百度に及ぶ高温を維持しながら、同時に五万ギガパスカル以上の高圧状態を維持するだけの魔力がここでも足りなかった。
魔道具で作ろうにもまず頑丈な魔道具を作ろうと考えたが、まず元手のないサトリでは材料を集める事や作る事も出来なかった。
魔力不足、設備不足、そして何より資金難、いくつもの難題の前にサトリの計画は諦める以外なかった。
だが、この石墨を目にしてサトリはかつて自分がしようとしていた計画を思い出したのだ。
近々サトリの手には大量のオリハルコンが手に入る。
魔法的な耐久度はもちろん、純粋な耐久度において伝説級のオリハルコンならば高温高圧に耐えうる事も可能だろう。
フレアという火系統魔法に特化した魔導人形もいる、あとはサトリが五万ギガパスカル以上の高圧状態を維持すれば、計画は成功するとサトリは確信した。
当時のサトリと違い、現在のサトリの魔力量は外法を使い上級魔法をいくら放っても疲れないほどの量を誇っている。
「いける…オリハルコンから魔道具を作れば、今後の計画が一気に進む。
フレア以外の魔導人形を作る分を残しておくとして、規模は小さくても高性能なものを作れば…いや、問題は魔石か。
最低でも一級クラスの魔石が必要になってくるな…いくつか予備も揃えるとして、初期投資にどれだけかかるのやら」
サトリがぶつぶつと石墨をじっと見つめながら口にしている計画はデイジーたちに駄々漏れだったが、誰一人としてサトリのいう言葉を理解出来ているものはいなかった。
だが、サトリのその真剣さから周囲の人間はサトリが何か大それた計画を立て、それが現実味を帯び始めているという超直感的な確信だけだった。
「…おじさん、これいくら?」
サトリは石墨を店主に見せると、金額を尋ねた。
店主は当初この石墨がサトリの次の発明の鍵になるのではと吹っかけようとした。
だが、後日その事がバレてしまい、王都にいられなくなるよりも正直に言った方がサトリと顔見知りになるという価値に思い留まった。
「こいつは絵描きの連中が買ってくもんでそれ以外に使い道がなくてよ、銅貨二枚前後でしか売ってねえぜ」
「おじさん、あるだけ…いや、少し残して、残りは全部俺に売って。
あと、他の人たちにも呼びかけて、これと同じものをたくさん集めてくれるなら一個辺り銅貨五枚で買うよ」
炭は既に肥料作りの材料として手元には殆ど残っていない以上、サトリはこの石墨を買って計画を進める事にした。
思い立ったら吉日というが、採算が確実に取れると確信した今のサトリはもはやゴールに着くまで止まる事のない絶叫マシンと化していた。
鬼気迫る豹変振りに、デイジーたちも何が起きたのかとサトリに尋ねるが、高揚になっているサトリの耳に届くことはない。
「それじゃあまた明日商業ギルドでねおじさん。
沢山集まればお礼に金貨十枚の報奨金を別で出すから、頑張ってね!!」
「わ、わかったぜ坊主!!」
店主の士気を上げる為の釣り餌にも余念の無いサトリは店主に声をかけ、デイジーたちの方へとようやく向き直った。
「お待たせデイジー様、ちょっと良い事思い出したからつい無視しちゃった」
「エスコートする相手を放り出すなんて…といいたいけどその顔、何かまたとんでもないものを作るんでしょうね。
ち…ちなみに、どんな物を作るのかしら?
(どうせ今の私には真似出来ないでしょうけど、サトリほどの錬金術師がどんな物を作るのか興味あるわね。
…まぁ、ずいぶんと無邪気な顔をして可愛らしいとは思ったけど。)」
デイジーはサトリの顔を、今まで見た事が無いくらい喜色に満ちた表情溢れたサトリの表情に顔を赤らめながら尋ねた。
自分に向けられたものではないと思いながらも、デイジーは突然のサトリの表情豊かな笑みにやられたと内心舌打ちしながらも錬金術師としての性なのか尋ねずにはいられなかったのだ。
「んーちょっとここで言うと拙いから、放課後俺の研究室に来てもらったら話すよ。
すごいよ、肥料もすごかったけどこれも凄い事になる事間違いなしさ!!
ふふっ、ははっ、あははっ!!
あーもうダメだ、笑いが抑えられそうにないよ、未来予想図がもう楽しすぎるっ!!」
サトリは口元を抑えて笑い声が漏れ出さないようにするが、目に宿った喜悦ともいえる色を隠す事は出来なかった。
何も知らない通行人からしてみれば間違いなく通報ものである。
幸いにしてサトリの事をよく知る商人たちばかりでその気配はなかったが、白い目では見られていた。
「そう、貴方からそんなすごい話が聞けるのなら、今日バザーにこれた甲斐もあったというものね。
放課後に研究室へ行くから、帰らずに待っていなさいよ?」
「大丈夫だよデイジー様、さすがにそこまで忘れっぽくないから」
「ご安心をデイジー様、講義が終わり次第マスターをお迎えしに参りますので、その際にご一緒すればよろしいかと」
「あら、それなら安心ね」
フレアの言葉にデイジーは安心すると、午後からの講義が終わるのを楽しみにするのだった。
「…なんだ、オリハルコンじゃなかったのですね…
(今の様子はそれはそれで気にはなるけれど…今はオリハルコンを探さないと…。)」
アステリアはサトリたちの会話からオリハルコンの話題ではあっても、この場にあるという話しでない以上興味が薄れたのか、軽く一礼するとその場から離れていく。
「アステリア様、またねー」
デイジーと同様、砕けた調子でサトリはアステリアに声をかけ、アステリアはかつての面影を感じさせない、控えめな会釈をしてバザーの人ごみに消えていた。
サトリたちも、まだ回っていない露店をまた巡りだすと、賑やかなバザーを楽しんでいったのだった。
* * *
サトリが面倒な座学を終えて放課後になったと同時にフレアは迎えにとやってきた。
―――何故か、ラインハルトとバルアミー―――当然だがお供の護衛はいる―――までもが一緒だったが。
「……よし、それじゃあ行こうかデイジー様」
「おい、なにさらっと俺とバルアミーを無視している?」
「面白い事をしようとしていると聞いてね、私たちも混ぜてもらえないかな?」
当然のように午前のサトリとデイジーたちの会話を盗聴でもしていたのか、ラインハルトとバルアミーはこの件に入り込んでいた。
「…サトリ、連れて行かないと困った事になるわよ?」
「主にデイジー様が?」
「そうね、他の派閥を差し置いて錬金術派筆頭貴族である私が貴方と二人きりで話し込むなんて事実が知れたら冗談抜きで今度こそ他の派閥から袋叩きに遭うわね!!
だから殿下とバルアミー様を連れて行きなさいよ?」
「うーん、ボロボロになる錬金術派っていうのも見てみたいんだけどなー?」
「面白そうだからってやろうとしないでちょうだい!!」
「残念、じゃあ殿下、バルアミー様。
俺の研究室までご案内します。
フレア、よろしく」
「はいマスター」
このやり取りに、ラインハルトとバルアミーが驚嘆していた。
サトリを巡る最初の騒動で黒幕の一族であったエプスタイン侯爵家の令嬢であるデイジーとサトリがここまで気安い関係になっているとはさすがに予想していなかったからだ。
間諜からの情報では良好とだけ書いてあったが、このやり取りを見てとても良好というだけでは思えないと二人は思うと、デイジーに対する警戒心を何段階も上げるのだった。
デイジーからすれば、間違いなくこのやり取りで二人が変な勘繰りをするだろうことを予測し、派閥に余計な負担がかかると嘆くのだった。
そして五分も歩かない内にサトリの研究室である大教室へとやってくると扉にかけていた結界をサトリは解除した。
「…デイジー嬢、あの結界陣知っているかい?
私は魔法にはそこまで詳しくないから分からないのだけど、かなり制御の難しいものじゃないかな?」
「難しいも何も、あれは最高クラスの魔導師が数人係りで起動する大規模結界陣ですわ。
確か先の戦争でも我が国の軍部がこの結界陣を起動したいからと陛下に上奏したという話を聞いた事がありますわね」
「ああ、これがその結界なのか?
一時期宮廷魔導師の殆どを戦場に送ったと兄上に聞いてそれほど戦況が悪いのかと思っていたが、結界の為の動員だったのだな」
「あの、入らないんですか?」
サトリが声をかけてようやく三人と護衛たちがサトリの研究室にと入室して、次の瞬間驚かされた。
「なにっ!?」
「こ、これは!?」
「ちょ、これってまさか!?」
「どうかしました?」
三人の驚嘆振りにサトリはどうかしたのかと首を傾げる。
護衛をしていた者たちもサトリの研究室の異質さに驚いて完全に声を失っていた。
「…サトリ、今度は一体何を作ろうとしているんだ?
この研究室に入ってから濃密な魔力に当てられて気分が悪いんだが
(毒かと思ったが…なんだこの異常な魔力は、気を失うかと思ったぞ。)」
ラインハルトが苦しそうな表情をしてサトリに尋ねる、バルアミーとデイジーたちは立っているのがやっとのようで表情が蒼白になっていた。
「ああ、ちょっと人工的にダイヤモンドを作ろうと考えていまして、その為の魔力を掻き集めていたんですよ。
デイジー様は知っていると思うけど、ダイヤモンドといえば最高クラスの護符を作る際に必要な触媒だからね。
ちょっと目処が付いたんで、試しに作ってみようと思ったんですよ」
サトリは大気中に充満している魔力を教室の端へと寄せると、イスを持ってきてフレアに紅茶を淹れるように命じた。
護衛の一人は魔導師だったのか、あまりにも無造作でいて無駄のないサトリの魔力操作に驚嘆して目が零れ落ちるのではないかと思うほどに見開いていたが、現在サトリは異能を使用していないのでその事を知ることはなかった。
ラインハルトたちがサトリの口にした計画を聞いたはいいものの、まだ調子が戻っていないのか大きく目を見開いているだけに済んだのだった。
「…それは、本当なのか?」
「…参ったね、サトリをこの国で御し切れる範囲内を確実に突破したよこれは?」
「人工的に作れるだなんて…もしかして今日露店の商人に頼んでいたあれで?
錬金術で…いえ、魔道具かしら?
でも、構成されている物をどうやればダイヤモンドに…そもそも色が違うのだけど」
「じゃあお披露目しますんで、よかったら見ていきますか?
出来たら後で研磨して三人に護符として差し上げますよ」
サトリは異次元鞄から一つの石墨を手に取ると、紅茶を淹れて待っていたフレアに声をかける。
「フレア、やるよ」
「マスター、温度はどれほどでしょうか?」
「大体千五百度で、高圧状態は俺が操作するから」
「了解しました」
フレアの高性能さはサトリとしても嬉しい誤算だった。
確認すると、フレアの火系統魔法は一度単位で修正する事が可能だったからだ。
あとは風系統に特化した魔導人形を作れば負担が減るなともサトリは思ったが、オリハルコンが無い以上新たな魔導人形を作る気にならなかったサトリは残りの担当を引き受けたのだ。
何よりも他派閥のトップが三人も揃っている中でのデモンストレーションなのだ、これほどの機会は滅多に無いだろうし、今後もあるか怪しいくらいだ。
だからなんとしても、サトリは今回の実験は成功させるつもりでいた
金属片を手に取ると、サトリは大気中に集まっていた魔力と自分に内包している魔力を使い全力で石墨に圧力をかける。
それと同時に、フレアがサトリの命令通り摂氏千五百度の高温を魔法で放ち、石墨に浴びせかけた。
本来ならばこの状態を長時間維持しなければならないが、サトリは石墨が溶解した状態で練成する事によってこの時間の大幅短縮する事に成功した。
溶解した状態ならば、ダイヤモンドに再構成するまで魔力の消費も減るのでリスク管理からの面から見ても十分な出来といえよう。
ラインハルトたちはサトリの見せる実験をただ食い入る様に見る事しか出来ず、その成功を祈った。
―――そして、
「んー、完成かな?」
サトリの間の抜けた実験終了の声と同時に、ラインハルトたちが駆け寄ってきた。
サトリの手の平に置かれている物体、まるで石墨が凝縮され四角になったその真っ黒な約十センチほどの石をじっと見つめている。
かつてサトリが大学時代に一度だけ見た人工ダイヤモンドの完成当時の記憶と同一のものを見て、大量に魔力を消費した疲労感も忘れて顔を赤くした。
「…サトリ、これが本当に人工的に作り出したダイヤモンドなのか?
確かに凄まじい魔力を発してはいるが…この黒い輝きとダイヤモンドではまるでものが違うぞ?」
「いえ殿下、サトリの顔を見てください。
やり切った顔をしていますよ、きっと私たちとは視点が違うんです。
錬金術師のあの表情を私はよく知っています、確信と自信に満ちた表情です」
「…サトリ、やり切って満足しているところで悪いけど、早く研磨して見せてくれないかしら?
待たせるのは意地が悪いわよ?」
ラインハルトとバルアミーの言葉より何段か冷めた表情のデイジーが悦に浸っていたサトリに声をかけた。
サトリは張り付いていた核部分を取り去ると、残っている魔力で表面を削り始める。
少し離れたところでサトリはガリガリと火花を散らす人工ダイヤをじっと睨んでいた。
サトリがしようとしているのは表面を削り、宝石のような輝きを見せるためのラウンド・ブリリアント・カットと呼ばれている状態のダイヤを作ろうとしていた。
専門家でも無いサトリとしては、かつて前世の母の持っていた指輪の形状を記憶から引き出し、同一のものにするしかないからだ。
集中力が途切れれば高速回転している魔法に手が削れてしまう危険性を孕んでいたが、サトリの集中力は周りの雑音をまるで感じさせず五分ほどで工程は終了する。
「…これはすごいな、もうその一言しかない
(国が買い取るとなればどれくらいで買い取る事が出来る?
生産量や流通を考えると、出来れば王家主導でしたい所だが…流石にこれを特許をとるとは思えないな、完全に秘匿技術となるだろう。)」
「正直言って絶句ですね、サトリの錬金術師としての腕前はもう国家錬金術師の枠を大きく上回っているといっていい
(あぁ、また父上に報告する事が増えた。
サトリの事だから後先考えず…いや、この調子からすると今ある資金を利用して本気で経済支配をしかねない勢いで金が集まるだろう。
ただでさえサトリに集まっているのに、これで更に増えるだと?
…ハイエナが増えるだろうな、可哀相に。)」
「……ダメね、私の魔力じゃどうやってもサトリの作った生成法を模倣できないわ。
…ホント、嫉妬する気も起きないとはこの事ね
(…あの欠片を軸に超高温の炎と…圧力…風系統魔法なのかしら?
それを石墨に囲むようにしていた…無理ね、魔力量からして魔法使いが数十人いないとまず出来ないし、魔力の質が一人一人違うのだから足並みが揃う筈がないから模倣しようがないわ。)」
「おめでとうございますマスター」
四者四様の言葉を述べ、サトリはカッティングした人工ダイヤを高く掲げた。
眩く光るダイヤは本物と比べてもそん色なく、それどころか魔力を多く含んでいることから考えてもサトリの作った人工ダイヤの方が価値として遥かに上だろう。
宝石としての価値、護符としての価値としても最高級のものだろうことは間違いないとサトリは確信していた。
「………いくらで売れるかなぁ
《多分だけど聖金貨で売れるのは間違いないよね?
聖金貨五枚…いや、六枚?
いや、ここは思い切って十枚で…。》」
「「「ちょっと待った!!」」」
皮算用を始めようとしたサトリの思考をぶった切るかのように、三人から待ったがかかる。
サトリの表情から、とてつもない額でこの人工ダイヤを吹っかけようとしているのが分かったからだ。
「サトリ、まだこの人工ダイヤの値段は決めるな。
間違いなく経済が破綻する!!」
「今度父上に呼ばれると思うから、その時にじっくり話そう!!」
「これだけの成果をすぐに世に出す前に、しっかりと考えた方がいいわよ。
あと、この事は賢者様にも報告すれば大層お喜びになると思うわね」
三人ともサトリがこの件にいつもの自由気ままな行動で自体が大きくなるのを避ける為、あの手この手で止めにかかった。
更に学園内で指定されていた場所以外の場で規定外の魔法を使ったということで指導官が現れて厳重注意を受け、渋々といった態で諦めたのだった。
かなりの魔力を使った所為か、疲労が蓄積されて、あとはこの人工ダイヤの状態の観察ながら記録し、人工ダイヤを精製する為の魔道具の設計図を書き上げようと思考を切り替えた。
「《設計図書くのはいいけど、こういう時ってやっぱCADがあれば楽なんだけどなぁ。》」
手間のかかる作業に辟易しながら、サトリは今後の予定を立てていくのだった。
やっちゃいました、人工ダイヤです。
基本工業系でしか使われていないようですが、宝飾として出ればこれまでの利権が吹っ飛ぶ…なんて話を耳にして、今回盛り込んでみました。
他にもルビーやサファイヤも出そうと思いましたが、今回はダイヤです。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想ご指摘お待ちしています。