第17話 むしりますよ、骨の髄まで
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
サトリと魔導師科の決闘騒動から五日後、第三王女エリザベータと第四王子ラインハルトは学園へと戻ってきた。
エリザベータは交換留学の件において有意義な話ができたし、ラインハルトの視察も資料としての情報と実際の細かな差異が知れて充実出来ていた。
問題は、その最中にとんでもない横槍がやってきたことだ。
エリザベータはイーブル皇国の大使と最後の調整をしている最中に、ラインハルトは模擬戦を観戦している途中に知らされて我が目を疑った。
「…あいつ、やりやがったな」
そう口にしたのはサトリから覇王少年と密かに呼ばれているラインハルトだった。
ラインハルトはサトリが何らかの問題を起こす、または巻き込まれるだろうことを最初のお茶会の段階で気付いていた。
だが、真正面から貴族を潰しにかかるなどという想定外な事態に、思わず『死ぬ気かこいつは』と本気で口にしてしまったくらいなのだ。
実際、サトリのやった行為は一歩間違えれば死を招く行為であることは確かだ。
絶対王政を敷いているこのレイヴァン王国において、真正面から貴族に反旗を翻すような行為をして平民のサトリが生きていける道理など本来はない。
騒乱罪や反逆を適用されて、死刑台に直行である。
だが、サトリには世界各地で問題となっている『食糧事情を爆発的に向上させた錬金術師』という肩書きのおかげで生きていられるのだ。
それがなければ、今頃サトリが断頭台の露となり葬られていてもおかしくない。
「まだ会った事ないけど、これがなかったら関わりたくなかったわね本当に…」
白い肌、澄んだエメラルドの瞳は光を反射して、普段はキラキラと輝いていた筈の声はどこか暗雲が立ち込めていた。
レイヴァン王国第三王女、エリザベータ。
生徒会長をしている彼女はサトリの仕出かした『行き過ぎた報復』の事情を聞くべく生徒会室でラインハルトと共にお気に入りの紅茶を飲んでいた。
いや、お気に入りの紅茶を飲まないとやっていられない心境にさらされているといっていい。
少し学園から離れて帰ってきたら、魔導師科の生徒の殆どが自主休講して実家に帰っているのだから。
残っているのは魔導師科の中でも平民生徒や派閥に属していない変わり者の貴族生徒くらいだ。
そして王宮からの報告では、思わず目を背けたくなるほどの情報が上がってきていた。
商業ギルドがサトリからの要求を正式に受け、魔導師派に属している貴族領から商業ギルドの全ての支部が撤退を始めたと記載されていたのである。
いくらなんでもここまでやるかと思いたくなるほどの苛烈さに、王宮からは『なんとしてでも説得して事態を収めろ』という板挟みにエリザベータは卒倒しかけた。
四方にいる騎士たちも普段見せない疲れた表情をするラインハルトとエリザベータに同情していたが、彼らにはこの事態を収める事は出来ない。
『―――失礼します、お呼びとあったので参上しましたサトリです』
そして件の生徒、学園史上最大最悪の問題児がやってくる。
いつものように魔導人形のフレアがお供としているが、持ち物検査などはしない。
今回ラインハルトたちに武力をちらつかせる気はまるでないからだ。
そしてサトリの方も手を出さない限り基本的に攻撃などしてこない。
護衛騎士は―――ラインハルト付の目つきの悪い少年ザックス―――不満そうな顔をしていたが、現段階でサトリと事を起こす気はラインハルトも、その上にいる王族もない。
ただ、穏便に事態を解決したい、それだけなのだ。
ラインハルトとエリザベータの頭の痛いお話が始まる。
* * *
往々にして交渉とはお互いの利益を追求し合い、いずれかの妥協を探す為の対話、議論、取引だ。
そしてサトリが対するラインハルトとエリザベータの要求は到底サトリの受け入れられるものではなく、たとえ王族であろうと関係なく拒否してしまった。
「…まぁ、お前が断るのも分かる。
正直言って今回は魔導師派が悪いのは明らかだし、それを運悪く仲裁出来なかった俺たち王族にも非がないとは言い切れない。
…だが、お前がやっているのは貴族だけでなく国全体にも影響を及ぼしていて、過激な貴族からは反逆罪を適用してでもお前を止めろという意見が出ているんだ、これは本当だぞ?
(それをしたが最後、こいつは師である賢者に置手紙でもして雲隠れするのが目に見えているがな。
そしてどこかの国で悠々と暮らしているだろう、レイヴァン王国にとんでもない報復をしながら。
今回の報復度合いから見て、そうするのは目に見えているだろうに、子供と思って侮って何を考えているのやらあのバカ共は。)」
「(もう聞くだけでいやだわこの状況。
なによこれ、一国だけで世界にケンカ売るようなものじゃない!!
国益も大事だけどもっと視点を外に向けないと間近な脅威が迫ってくるでしょう…最悪だわ、この交渉うまくいく気がしないわ。)」
ラインハルトと話始めてから一言も口を開かないエリザベータの内心を聞いて、やはりやり過ぎたんだなと思った反面、止める手段ならあるじゃないかと思い至った。
一方ラインハルトとエリザベータの政治感覚が高い水準にある事を察すると、派閥に属さずとも情報を仕入れたり昨今の政治事情や周辺国の状況を知る為にも距離感を図らねばと企むのだった。
「だったら、いっそのこと損害賠償を自分が求めて示談で手打ちにした…っていう筋書きなら内外でも納得してもらえるんじゃないです?
相手が自分の求めている物を持っていればの話ですけど
《正直無理言っても俺が今後生み出すものを考えれば一時的な出費と内乱起こされるくらいの荒廃と天秤にかけたらすぐに承諾すると思うけどね。》」
「たとえばどんなものだ?
賠償金……金貨など有り余っているのだから、錬金術に使えそうな珍しいものか?」
「もし魔導師派にないのなら裏から王家の方から融通するという手もあるわね。
そうすれば王家から魔導師派に恩を売れるし楔を打ち込めるから今後貴方に手を出すような真似をさせないという事も可能ね」
「それはいいな姉上、そういう訳でサトリはそういう方向で損害賠償を請求してもらいたい。
質と量を兼ねればまず間違いなく魔導師派はこちらに泣きを入れてくるからな」
サトリに提案されたアイディアにラインハルトとエリザベータはすぐに喰い付いた。
二人の明け透けな会話に、サトリも若干引き気味となるが。
「《目の前に俺がいる事忘れてないかこの人たち…って、提案したのが俺だし取り繕う必要がないからか。
それじゃあ思い切っておねだりしようかな》
じゃあ……オリハルコン二百キロください」
「ふざけるなっ!!」
「無理言わないで!!」
と、張り切ってサトリの要求したオリハルコンは間髪入れず二人の悲鳴を以って却下された。
「…ダメですか?」
ワザとらしく首を傾げたサトリの姿は見る者の庇護欲を誘うには十分な仕草だが、その正体を知っているラインハルトや報告で事情を知るエリザベータから見ればふざけるなの一言で切り捨てられるだろう。
要は挑発しているのだ、『え、無理なの?』と煽っているのである。
だが、二人の猛烈な拒否反応は当然といえよう。
オリハルコンとは古代文明があったとされる時代に作り出された伝説の魔法金属である。
主に武具として用いられ、現存しているものは世界を探しても十もないだろう。
有名なのはイヴェルダ教国にある勇者が持っていたとされる『聖剣オルランド』だ。
優れた魔法耐性を持ち、ミスリルを上回る軽量性と硬度を持つオリハルコンは古代文明が滅びたと同時にその精製法が失われていて、世界中を探し回っても残っているのは僅かだ。
そして幸運な事に、レイヴァン王国にはオリハルコンのインゴットが多数所有されている。
国内に古代文明の遺跡が発見され、オリハルコンが保管されていたのを王家が徴発したのだ。
サトリとしては宝物庫にホコリを被っている希少金属を有効活用してあげようという上から目線な意図と、師であるアニムスの持つ魔導人形レトを超える性能まで引き上げようという意図があった。
そして、二百キロもあればフレア以外の魔導人形を作るに十分な量だ。
ラインハルトの口にした『質と量を兼ねた』提案だったのに何故断られたのか、サトリは不思議でならなかったのだ。
「我が王家が保有しているオリハルコンのインゴットはおよそ八本、重量にして約二百キロだ。
そして魔導師派が持っているだろうオリハルコンは…まずこの量よりは少ないだろう」
「他にも理由があるけど、これだけのオリハルコンを個人の錬金術師に渡すとなると、他国の目があってきついものがあるわ。
オリハルコンの主な使い道は武具なのだから」
オリハルコンほどの魔法金属となると、鍛冶師ではまず加工する事が出来ない。
ドワーフの持つ古の技法も、ことオリハルコンに限っては古代文明同様に失伝しているのだ。
物質を再構成や変質させる事が出来る錬金術師のみが操れる魔法金属だからこそ、厳重に管理されている。
加えていえば、オリハルコンを変形させるには魔導師としての実力もかなりの技量を必要としていて、オリハルコンの錬金に成功すれば名実共に世界クラスの錬金術師兼魔導師として名を馳せる事になるのだ。
「んー、レトみたいな総オリハルコン製の魔導人形を作りたかったんですけど、それでもダメなんです?」
「余計に危険だろうな、賢者殿の持っている魔導人形も他国では危険視されていて、【虐殺人形】と呼ばれているくらいなのだ。
そして弟子がそれを真似て同じオリハルコン製の魔導人形だと?」
「あ、人工頭脳に関しては確実に師匠の以上になるんで、性能は格段に上がりますよ」
「…聞きたくなかったわね、そんな素晴らしい事実なんて
(個人が持つには過ぎた代物になるわけね。
もっとも、既に彼は手を出すこと自体禁忌扱いにされ始めているし、それに今更危険物がいくつか増えた程度で騒いだりは…騒ぐのはよほど頭の足りていない連中だけでしょうね。)」
輝きを徐々に失わせていく二人にサトリもどこか罪悪感めいたものを感じたが、すぐに頭を振ってそれをないものとした。
エリザベータの皮肉もあまり効を為さず、サトリは更に追い討ちをかける。
「んーだったら尚更要求したほうがいいかもしれないですね。
御二方も知っていると思いますけど、自分実は世界各国ですごい扱いをされているようで…実際今回商業ギルドが撤退したのも、一国の国益よりも他国からの圧力に乗じて同調したっていうのもあるんですよ」
バルアミーにも説明したことをここでも話したサトリは『一国の最低限の面子と世界を天秤にかけてみなよ』と迫ってみると、二人ともそうだったといわんばかりに苦りきった顔をしていた。
「あぁ、そういえばそれもあったか…となると、こちらがオリハルコンを提供するにしても魔導師派の持っているオリハルコンを限界まで賠償させれば少しは他国の溜飲も収まるか?
(情報が漏れすぎだ、商業科の連中サトリに恩を売った気でいるな?
いつか絶対泣きを見せてやる、これで勝ったと思うなよ…くそが!!)」
「さすがに他の派閥のオリハルコンの在庫がいくらあるのかは把握できていないのよね…せめて百キロあれば残りの百キロを裏から手を回して渡すのだけど
(正直宝の持ち腐れだし、彼にも恩を売れると思えば悪い取引では…ない筈よね?
国外からは公平な裁きを見せる事で最低限評価はされるだろうし…頭が痛いわ。)」
サトリとしては泣きをかくまでオリハルコンを賠償してくれてもう二度と『手を出したい』という選択肢を思いつかなくなるまで徹底的に追い詰めたかったのだが、一ヶ月と経たないうちにこのような事態になるのなら仕方ないと思うことにした。
最終的にオリハルコンが手に入れば貴族たちが爵位を手放そうと野垂れ死になろうと知ったことではないと切り捨てているサトリからすれば、こんな七面倒な問答をさっさと終わらせたいのだから。
権力者となるべく係わり合いにならない、それはサトリがどれだけ気分を変えようと絶対に曲げないルールだった。
唯一の懸念といえば、逆恨みを溜め込んだ連中が更に増えどこかで契合しようとするのではないかという事だ。
この国には闇ギルドという秘密組織がある。
名から察する通り、後ろ暗い事を専門にしている非合法集団である。
彼らが裏で手を結び、闇ギルドに暗殺なり非道な事を依頼でもすれば、面倒極まりない事になるのは間違いないだろう。
「……なるべく問題は起こすな、今回は相手に非があるのでこの示談で済むだろうが、お前の立場は国内では未だ微妙なものだ。
国に仕えるか、それとも師である賢者殿と同じく国家錬金術師資格だけ取って店でも開くかでもしない限り、この手の問題はおそらく尽きないだろうな。
まぁ、お前ほどの有名人となればたとえ国に仕えていても勧誘は尽きない気もするがな。
(もう派閥とかは入らなくてもいいからせめて大人しくしてほしい。
父上…俺が間違ってました。
これは俺でも…俺でなくとも手に余る規格外だ。)」
「一番ありえるのがあなたの故郷であるイーブル皇国ね。
おそらく近隣で一番困窮しているだろうあの国だと、しつこい勧誘もあるかもしれないわね
(最近イーブル系の商人もかなり国内入りしていると聞くし…十中八九サトリ関係よね。
素性を確かめて、経歴を辿って親類を見つけ出して彼らからサトリを説得させて帰国させる…なんて手も使ってきそうだわ。
………もう私は知らないわ、私の管轄は学園だもの、外交は学園関係までよ。
後はお父様に丸投げしましょう、うん、それがいいわ!!)」
「わぁめんどくさ」
ラインハルトが勧誘を諦めたのに諸手を挙げて拍手をしたかったサトリだが、エリザベートから聞こえてきた情報に『その手があったか権力者ってホント怖いね』と辟易した。
「マスター、本音が駄々漏れです」
フレアに指摘されたサトリだったが、本心である以上否定しようがなかった。
やはり権力者と関わると碌な事がないと再度認識し、サトリは席を立つ。
「それでは自分はこれで。
今日は図書館で禁書読みたいんで失礼しますね」
「ああ、こちらもお前の要望をなるべく早く叶えよう。
だからもう少し穏便に物事を済ませろ
(もう疲れた、この件が早く解決する事を祈ろう。
あとはもう知らん。)」
「努力します」
「今まで聞いてきた中で一番信用ならない言葉ねそれ
(教会に行って御祓いでもしてもらおうかしら…。)」
誠実なようでその実投げやりなラインハルトと、エリザベートの哀愁溢れる嘆息が年頃の少女な筈なのに似合い過ぎるところを見せてきたところで話し合いは終了した。
サトリにとっては満足のいく結果で、ラインハルトやエリザベータ、そして魔導師派にとって頭の痛い結果を残したのだった。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想ご指摘お待ちしています。