第16話 お茶会―――腹黒メガネ《面白枠》編
()=○○の心の声です
《》=サトリの心の声です
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(サトリ視点)
やらかした、と思ったが俺は別に後悔していなかった。
とはいえ、本当はもう少し穏便に済ませてやろうという気は少しはあったんだ、イヤ本当に。
けど状況が悪かった、決闘の後公爵家とのお茶会を控えるているのならあれくらいの報復は妥当と思ったんだ。
商業ギルドには大きな借りが出来てしまったけど、まぁ今後のお付き合い上Win-Winな関係を作っておかないといけないし当分はこれでいいだろう。
まぁ、まさか商業ギルドが魔導師派のある領地に支部を置いている商業ギルドから撤退を始めたなんて事態にまで発展するとはまるで想像していなかったけどね。
何でもギルバートさんによれば俺の存在は既に世界規模で知られているらしい。
あの発明―――肥料を作り特許を取った事で情報が公開され、これが世界中の商業ギルドを経由して国中にその情報が齎された事で、近い内俺はそこらの商会をちょいと睨めば潰せるほどの資金を得る事になるらしいのだ。
自前で作り売ったものでも十分な収益はあったが、今度は世界規模で支払われた特許料を俺に送るために護送馬車が何台も列を成してやってくると聞いて俺はその時固まってしまったものである。
つまりはだ、それだけ俺は世界中の国々から注目されているわけでして、そんな俺に危害を加えた連中に生温い制裁なんてして国外からいちゃもんつけられる訳にはいかないという理由から撤退という話になったらしい。
うーん、経済破壊までする気はなかったんだけど、まぁ俺のさじ加減で商業ギルドは戻す如何が決まるらしいし、謝れば許そうかなとは思った。
流石にこんな状況になれば一ヶ月も待たない内に王都に貴族が俺に会いにぞろぞろやってくるだろうと思うし。
うーん、それにしても文官科棟ってすごいな、錬金術科棟と違って建物自体が何故だか綺麗だよ。
まあ掃除に使うより研究費に充てたいんだろうなぁという意味で分かり易かったけど。
別に錬金術科棟がものすごく汚い訳じゃない、最近はフレアとか錬金術科の保有している魔導人形が清掃活動してくれているし。
まぁ、こんな綺麗な棟だけどいる連中は専ら貴族ばかりで変な欲目で見る生徒が多い。
おそらく俺の後ろにいるフレアに気が向いているのだろう、学園には基本的に執事服を着た人間が中央棟以外は入れないからな。
俺はケリィに案内された一室に到着すると、そこには腹に一物二物三物と抱えていそうな胡散臭い笑みを張り付かせた緑髪のメガネ美青年がテーブルで優雅に紅茶を飲んでいるのを見て、そして心の内を覗いて確信する。
―――なるほど、こいつが、
「はじめましてバルアミー様、サトリと申します」
「はじめましてサトリ君、私はバルアミー・サミュエルス・ケルヴィンだ」
なんとも味気ない挨拶を交わし、俺とバルアミーのお茶会が始まった。
* * *
用は済んだとばかりにケリィは退室していき、サトリはバルアミーと側近の二人以外の人間しかこの場に残った。
フレアは一言も話さず、ただ入室した時から身体強化をし続けていつでも攻撃されてもサトリを守れるよう側近の二人を睨み付けている。
「…フレア、そんな固くならなくても平気だから。
すみませんバルアミー様、うちのフレアが側近のお二人に不躾な目で見てしまって」
「構わないさ、こちらの二人もサトリ君の魔導人形に興味津々でね。
あまりの出来栄えに本当に魔導人形か疑っていたんだ、こちらこそ側近が失礼をした
(正直あの戦闘力を見ていなかったら私でさえ疑っていただろうからね。
それにしても、サトリ君の錬金術師としての実力は卓越し過ぎている、本当に十一歳なのだろうか?
成長の遅い種族ならいくらか心当たりがあるのだが、イーブル系の特徴をした種族は聞いたことがない。)」
内心を覗きながら、サトリはバルアミーがどうして決闘の際にケリィを付添い人にしてまで自分と話をしたのか、その真意を尋ねた。
「そうだね、正直にいえばこれは僕個人が開いたお茶会なのではなく、父からの…アルマンド・サムスエル・ケルヴィン公爵の依頼で受けたお茶会なんだよ」
「公爵閣下の?」
アルマンド・サムスエル・ケルヴィン公爵、文官派筆頭貴族にして現宰相である彼はサトリとの面識はなかった。
サトリが国王であるレイクロードとの謁見の際は折り悪くイーブル皇国に赴いていて会う機会を逸したのである。
能力主義を掲げるアルマンドは本当にサトリが世間の噂通りの天才児にして画期的な発明者なのか、バルアミーに代理としてその真偽を確かめさせようとしたというのが、このお茶会の真の目的なのだという。
「本来ならば父上が…宰相閣下自身が話したいとのことだったけど、今宰相閣下はいくつも重要な案件を抱えていてね。
遠くない内に宰相府から呼び出しがあると思うけど、その前にサトリ君の人となりを少しでも知りたかったというのがこのお茶会なんだ。
だから、宰相閣下からの意向もあるのにこの場で派閥の誘いなんていう勧誘行為をしないのはそういう事さ
(もっとも、公爵家の素晴らしさをこの少年に教えるな、とは言われていないからもちろん宣伝はするけどね。
何事も小さな事から一歩ずつ、というものだよ。
魔導師派の彼らも強引に押さえつけようとするからあんな事になるんだ、もっと頭を使わないと。
あと、あの決闘の余波があまりにも国益を損なうから、それとなく緩和してもらうようにと父上は言っていたが、魔導師派がボロボロになるまでサトリ君は許さないと思うんだがなぁ。)」
バルアミーは巧妙にもサトリにその事を知られまいと確かにアルマンドからこのお茶会を開きサトリの天才児としての真偽を測るためのものだと口にしたが、その隠された真意を知りどう反応してやろうかと考えた。
バカ正直に話して落胆させるもよし、その異常性を知らしめ毒にも薬にもなる存在に見せるもよし。
そして魔導師派への対応の軟化をどのタイミングで切り出そうかといういくつかのパターンを想定し始めているバルアミーの思考速度にサトリは舌を巻いた。
「そうでしたか、では何なりとご質問ください。
答えられる質問でしたら、何でも答えましょう」
「では先ずは一つ。
サトリ君は将来は何になりたいのか聞いてもいいかい?」
「国家錬金術師になって、自分のお店を開いて悠々自適な生活を手に入れることですね」
「魔法省へは入らないのかい?
あそこなら研究費なんて国庫を傾かせるようなものでなければ自由に研究が出来るよ?」
「んー、それも悪くはないとは思っているんですけど、やっぱりああいうお堅いところは自分は苦手でして。
バルアミー様の前で口にするのも憚られるのですが、どうも自分は貴族の方々には良い目で見られてないようなのです」
遠回しにサトリは『あんたら貴族がちょっかいかけるからその巣窟である魔法省なんていきたくねえんだよ』と返した。
確かに魔法省直下の錬金術部門ならばよほどの禁忌性を秘めていたり、国庫を揺るがしかねないほどの財源を必要とする研究以外ならば国は現実的な出資をしてくれるだろう。
サトリほどの才能のある者ならば、優先的にしてくれる可能性もある。
だが、その機会は永遠に失われている。
かつて起きた錬金術派の起こした騒動の所為で、サトリは貴族に対して警戒をしたままだ。
あの一件は既に手打ちとなり、バルアミーから見ても不思議な事にその黒幕ともいえるエプスタイン侯爵家の次女デイジーとサトリの仲の良い様子を何度か見て本当に気に入った者と以外ロクに口を利かないサトリの偏執ぶりにどう手を打ったものか考えあぐねていた。
「なるほど、確かにそれは一貴族として国民である君に対してした行為は許される事ではないね。
そうなると、将来は王都に店を構えるのかな?」
「いえ、おそらくは王都を出ると思います。
なるべく田舎の…そうですね、近場に強くて手に入れ難い魔物の素材のありそうな土地があればそこで研究をしながら店を開くかもしれません。
王都にい続ければ師といつまでも研究談義が出来るのは楽しいかもしれませんが、いつまでも頼っていると依存しそうになると怖いので」
「そうなのか…残念だな、王都にいれば王国の繁栄はこれまでない物となり、戦争で疲弊した国力を早期に取り戻せるのではと思ったのだけど…こればかりは仕方ない、気が変わるまで我々は静観するとしようかな
(辺境か、ならば公爵家でもいくつか候補が出そうだな、どこが良い?
利便性を考えるとアベルザーク辺りも良いが、あそこは近くに蛮族がいるから難しいし…ファルコスなら近くに森もある、その森の奥には確か古い魔物が住み着いているとかいう話があった気もするな。
それにしてもやはり錬金術師は扱い難い、魔法省にいる錬金術師もそうだが、どうして錬金術師はこうも自由気質な者が多いのか。)」
バルアミーはサトリがもし店を構えるとして、土地の候補がないのならいくつか紹介しようと申し出た。
これは内心を知っているサトリでもありがたい話ではあった。
何せ公爵家の領地にいればある意味安泰だ、大体の面倒はある程度の謝礼を用意すればケルヴィン公爵家が引き受けるだろうし、顔も繋げる、そして何より公爵家の後ろ盾があれば煩い騒音も入り難くなるだろう。
「いえ、まだ先の話なので」
だが、サトリはその申し出を断った。
この時点でバルアミーのサトリに対する印象は『理解出来ない珍獣』になった。
何せ相手は公爵家の名を持つバルアミーの申し出に対して、サトリは特に申し訳なさそうな顔もせず、緊張した様子もなくただ断ったのだ。
せめて取り繕うように謝意を示すのは当然だろうというバルアミーの想像を超える返しにその笑みに一瞬ヒビが入る。
「そうかい?
まあいい、それじゃあ…」
気にした素振りを見せないバルアミーに、サトリは芸達者な人だとなんとも残念な目でバルアミーを見ていた。
これまで見た人間の中でもトップクラスの優秀さを見せたが、その内実を知るサトリから見れば殆どの交渉相手は道化に成り下がる。
バルアミーは道化ではないが、どこか笑いを誘うその内実にデイジーを髣髴とさせサトリを面白がせた。
「バルアミー様は気持ち悪くないですか、自分みたいな理解出来ない存在を相手にするのは?」
故に、自体を更に面白く加速させようとサトリは特大の爆弾を放り投げる。
会話の優位性を図る為に。
「…いや?
そんな事はないけど、そんな態度を私は見せていたかな?
(…おかしい、私はそんな素振りを見せてはいなかったはずだ。
まだ話し始めて一時間もしていない、たったそれだけで彼は私の心の内を悟れたというのか?)」
バルアミーはおかしな素振りなどしていなかった。
サトリのいう胡散臭い笑みを張り付かせていたが、それはバルアミーが周囲に見られる『貴公子』然とした姿だ。
それが見破られたのかと疑ったバルアミーがサトリの真意を探った。
「知っていますかバルアミー様?
バルアミー様は自分の好みではない話になるとティーカップに力を入れて少し勢いよく飲むんですよ。
あとは仕種ですね、学生服が丈に合っていない筈もないのに、何度も肩を張ったり手首を回したり…いや、興味のあるのは自分が王都を出る時候補地の紹介をするしないの時だったので思わず素で返してしまいましたよ」
貴方は分かり易い、と暗に言われ羞恥心が一気に上ってきたのか、バルアミーが側近にも今まで見せたことがないくらいに赤くなった。
側近の二人もバルアミーが耳まで赤くして手で顔を隠すという事態に呆然として、サトリの無礼も見逃すほどの出来事なんだと張本人は思うのだった。
「……サトリ君、君は良い性格をしているね」
「ありがとうございます?」
「マスター、誉められていませんよ?」
魔導人形のフレアに突っ込みを入れられ、微妙な空気が部屋に充満するがサトリはその空気を無視し、口を開く。
「という訳でバルアミー様、正直に仰ってください。
迂遠な言い回しが貴族の常とは知っていますが、今の状況下でそんなに時間をかけても意味はないでしょう?
バルアミー様が相手にしているのは平民なんですから。
もっと正直に言ってもいいんですよ?」
「(…分が悪いな、こんなに一方的にしてやられたのは父上以来だ。)」
心の内で両手を挙げて降参したバルアミーは胡散臭い笑みを剥ぎ取り、どこか傲慢に見える笑みを浮かべた。
それはラインハルトも見せた自分に絶対の自信を持っている強者の顔つきで、しっかりと心のある人間なんだと思わせる顔つきだった。
とはいえ、サトリからすればまだまだ青く、振り回しやすいのは変わらない。
「……その、さも分かっていますよ的な顔はやめろ悪魔め、不愉快だ」
「酷いですねバルアミー様、まだ自分は子供だから小悪魔ですよ?」
「その前に悪魔と言われて否定しないところがますます可愛くない、実は大人が化けているんだろうそうだな?」
「正真正銘ピッチピチ十一歳ですよ?」
「今はじめて神に罵倒したい気持ちに駆られたよ」
「良かったですねー(棒読み)」
「おめでとうございます(棒読み)」
「ええいっ、話を脱線させるな!!
お前が戻したのにどうしてまた脱線させるんだ!?」
「面白くって、つい」
「私はお前の玩具じゃない!!」
「それじゃあ話を戻して…あれ、何の話をそもそもしていたんだっけ?」
ワザとらしく首をかしげるサトリに業を煮やしたのかテーブルを叩いたバルアミーは以前デイジーも使った風系統魔法を使って外に声が漏れないようにすると声を上げた。
どうやらバルアミーも魔法の素養があるのだと知ったサトリだったが、『貴族の人ってこの魔法と食いなんだろうなぁ』とどこか場違いな感想を思い浮かべていたのだった。
「魔導師派への仕打ちの件だ!!
さすがに商業ギルドを撤退させるのはやり過ぎだ、即刻先の申請を取り下げて欲しいと宰相閣下や他の重鎮たちが言ってきたのだぞ!?」
「いやー、最初は自分もやり過ぎだとは思ったんですけど、どうも俺の扱いに他国の大使館の人たちがキレて、『見せしめ』も兼ねて最低でも二ヶ月は帰ってこないっていわれたんですよ。
知ってます?
自分ってば他国ですごい人気らしいですよ、昨日知ったばかりですけど」
「もう情報が漏れていたのか!?」
「最初は謝りにきたらそれで手打ちにしようとは思ってたんですよ?
けど商業ギルドに行ったらもうギルドの人たちは動き始めているし、伝書鳩も既に飛んでましたからね、びっくりでした。
商業科の人たちがやったんでしょうね、俺に恩を売ったと思ってるんじゃないです?」
「あの連中、地方を荒廃させる気か?
商業ギルドが欠ければ次第に冒険者ギルドも撤退を始めて領地の荒廃が止まらなくなるんだぞ?
何とか出来ないのか?」
「俺の手からは離れてますから、あとは魔導師派の人たちが分かりやすいように俺に対して謝罪してくれれば事態は治まると思いますよ?
まぁ俺としてはもう少し後悔してから謝りにきて欲しいですけどね」
「そんなに今回の決闘はお前に…サトリにとっては不快な出来事だったんだな」
いつしか名前呼びになった事に気付かず、サトリはバルアミーのようにテーブルを叩いていきり立った。
「当ったり前ですよ!?
何ですかあれ、自信満々に宣戦布告しておいてあの体たらくは?
俺あの決闘が始まるまでの一週間、殆ど不眠不休でフレアの礼装作って手持ちの礼装を作り直していざという時の対上級冒険者用の魔道具まで作ったのに、開いて見ればあっさりご自慢の魔導甲冑の腕ぶった切れるし取り巻き弱いわ詠唱だらだら続けて隙だらけだわでこれのどこが決闘って思いましたよなんですあの茶番は!?
俺の貴重な一週間をあんな下らない茶番に付き合わせるしフレアの対人戦闘を見るための計画もご破算ですよ、赤字、赤字、大赤字だ!!
ご大層な御高説は一体どこいったんですか、腕一本なくした程度で気絶するとか命懸けの決闘舐めてるんですかって話ですよ!?」
「いや、今時の決闘は命は賭けないのだが…?」
思わずバルアミーがサトリの悪辣さと容赦のなさに至極真っ当に返してしまったが、それはかえって火に油を注いでしまった。
「意気込みの問題ですよ、意気込みの!!
俺くらいの錬金術師を配下にしたいのなら多少の犠牲くらい覚悟でやってくるでしょう?
それが…あの無様な結末?
ああもうっ、何で俺がイライラさせられないといけないんですか!?」
一度火が点いたら収まるまで延々とバルアミーたちはサトリの鬱憤を聞かされ続けた。
やれ腹黒タヌキのやり口が苛立たしい、やれぐうたら師匠の突然のベヒモス退治による出奔に歯噛みし、挙句茶番に付き合わされる自分の不運を嘆いた。
おまけとばかりに覇王少年に目をつけられて怖いし面倒だと情緒不安定なサトリにバルアミーたちは途中からドン引きしていた。
噴火の止まないサトリが落ち着くまで、ただとばっちりがこない事をバルアミーたちは祈った。
何度かサトリを止めようとしないフレアを睨むが、フレアはいつの間にかサトリから距離を置いていた。
どこぞの執事と似たような行動をとる辺り、執事にとっての処世術なのかもしれない。
「どいつもこいつも自分の都合ばかり押し付けて、俺は錬金術で自分の生活を豊かにしてお金を適当に稼いでまったり田舎で過ごしたいだけなのに!!
二つ名とかいらないんですよなんですか『豊穣の錬金術師』って!?
お腹いっぱい食べたいし、ついでに小銭稼ぎで特許とったら国どころか世界中からも感謝されて一躍億万長者?
何でこの程度の事に世の農夫とか錬金術師とか学者は気付かないんですか馬鹿じゃないの!?
俺は農学者じゃないんですよ作物のことを尋ねられたって分かる訳ないじゃないですか!!
普通に自分たちの経験くらい記録しておけよ見てもいない土地の事情を聞かされて何を当然のように答えが返ってくるって思っているんですか!?
俺が今何を期待されているか知ってますか?
次に作る発明はもっと効率よく農作業ができる魔道具や魔力を使わない道具の発明ですって?
何で自分で考えないんだよ頭捻れよ捻り出せよあんた等の方が専門家だろうが作りましたけどね!?」
「「「(((…あぁ作ったんだ。)))」」」
バルアミーたちは心の内で揃って同じ感想を思い浮かべていた。
サトリは千歯扱きを試作したり魔導式で田植え機ならぬ麦植え機が出来たりしないかと試作したりと、なんだかんだで期待に応えてしまっている自分に叱咤しながらこれは『俺が作りたかったものじゃない』とテーブルに小さな手を打ち揺らした。
また農業関係の発明をしてしまえば、サトリの『豊穣の錬金術師』の二つ名はただでさえ磐石だというのに、もう否定しようのないほどの偉業となるだろう。
サトリが作りたかったのは『生活を豊かにしたいものを作る』事であって、間違っても農業方面に特化した道具作りではない。
実際チェスやオセロ、将棋にとボードゲームといった娯楽方面の物だって作りたいし、とかくサトリは今の人生を自由気ままに満喫したいのだ。
それを勝手な期待を押し付け、色眼鏡で見られては楽しい筈がない。
「美味しい紅茶とお菓子をご馳走してもらったお礼に今更かもしれない忠告ですけどね、貴族の意識改革をもう少し真面目にしないと今にとんでもない事になりますよ?
ちょっと毛色の珍しい、金目になりそうな子供一匹に目くじら立ててたった二年ほどでよってたかって群がって、挙句大恥かくとかご先祖様に申し訳ないとか思わないんですか?」
ぐうの音も出ない言葉にもはやバルアミーやその側近たちもこの場から逃げ出したいくらいの威圧を受け、逃げられるものなら謝罪してでもという気持ちに駆られていた。
「んー、言い切ったー。
やっぱ溜め込むのは良くないですね、健康に悪いです」
「…ようやく終わったのか」
背伸びして紅茶を飲み干す姿にバルアミーたちはほっと一息つき、そしてフレアもいつの間にか近くまで寄ってきていた。
「…それでは俺はこれで失礼しますね」
「本当に言いたいことだけ言って帰るんだな」
「だってもう十分俺の人となりとかは分かったと思いますし、バルアミー様の胡散臭い笑顔を引っぺがせたし満足しましたから」
「本当に好き放題してくれたな!!」
「そういう人間なんで、まぁ今回の件が終わって気が向けば何か相談に乗りますよ?
最近自分の周りをうろついている女子生徒が鬱陶しいからその対処法はないかとか、ケリィ義兄さんの持っている認識阻害の魔道具が欲しいから作って欲しいとか、用向きは何でもいいです。
バルアミー様はデイジー様と同じく面白枠入りしましたから、ラインハルト様よりも優先的にお願いがあれば聞いてあげます」
バルアミーは誰にも口にしていない悩みを暴露されて思わず目を見開き、それをかき消すかのように大声を上げる。
「殿下が聞けば怒髪天を衝くような事を言うな、恐ろしい。
あと、誰が面白枠だ!?」
「それじゃーまた、面白かったですよバルアミー様、そっちの方が胡散臭くなくて素敵ですよー」
「失礼しました」
バルアミーの言葉を聞かず、サトリとフレアはお茶会の席を立った。
実に温まるお茶会ではあるが、二時間という短いお茶会だった。
礼儀作法も何もない、ただ平民の友人同士が交わすように好き勝手に話し飲み大声を上げて冗談を交える―――途中からサトリの独壇場になったが。
バルアミーの経験した事のない、思わず釣られてしまうくらいサトリとの会話はバルアミーの心を弾ませていた。
溜め込んでいた鬱憤もいつの間にか一緒に吐き出していて、気が楽になったと気付いたのは少し後のことである。
これを切っ掛けに、バルアミーはサトリを何度も呼びつけて裏表のない会話のキャッチボールをするバルアミーを側近たちは何度も目にするとはまだ誰も思っていなかった。
読んで頂き、ありがとうございました。
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