第15話 悲惨散々無惨
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(サトリ視点)
魔法合戦をする際、大抵の魔導師は初手で風系統の魔法をよく使ってくる。
これは魔法の攻撃速度に重点を置いたもので、相手が未熟な魔導師ならばこの段階で威力次第ではあるが大小の怪我を負うだろう。
不可視な風の刃が俺を襲ってくるが、見えない壁に阻まれたのか霧散してしまう。
「―――まぁ、そもそも魔導師よりも先に錬金術師な俺は小手先の魔法で破られるような護符を作っていない訳でして、この程度の魔法護符で十分なんですよ」
護符万歳である。
「これで無様に地を這えばいいものを…五人はわたくしに近付けないように。
わたしくしは上級魔法で仕留めます」
「「「「「わかりました!!」」」」」
がしゃがしゃと魔導甲冑を着込んだ五人が俺たちに襲いかかってくる。
ふむ、この決闘では殺しはご法度だと審判からの説明で聞いたんだけど、これは事故に見せかけて俺を殺そうとしているのだろうか?
上級魔法なんて直撃したら魔法耐性の低いヒューマン種は確実に死ぬんだが。
審判も注意しようとしないしどうしようか…逆に殺しちゃっても、正当防衛しちゃっても良いかな?
迷うところである。
「マスター、指示をどうぞ」
フレアから指示を求める声が聞こえたので、とりあえず当初の目的通り戦闘データを取るために自由にさせる事にした。
「敵対象六人の完全沈黙。
ああ、殺しは控えるようにね、全力を出しつつも最後は手加減して。
簡単に言うと………殺さなければ腕が切り落とされようと全身が丸焼けになろうと、生きてれば良いよ、生きていれば」
いざとなれば回復の魔法を使えばいいかな、とりあえず心臓が動いていればいいか。
「よろしいのですか?
そこまでの大怪我となると例えこの決闘に勝利した後、あちらの親族から恨みを買うのではないでしょうか?
現状戦力では貴族と敵対するメリットが思い浮かびません」
実に思考プログラムが快速で回っているだけあって、疑問が浮かべばすぐに質問してくれる、できた魔導人形である。
確かに今の手持ちの戦力じゃまともに貴族とやりあうのは拙いか、最強の盾である師匠もべへモス退治で王都にいないし。
「じゃあ予定変更、とりあえず反抗不能なレベルまで追い込んで。
腕の一本くらいもいで、喉を焼けば戦闘続行もできないでしょ」
腕もいだら痛くて詠唱なんて出来ないだろうから喉を焼く必要もないかもしれないけど、念には念を押しておくに越したことはない。
「…了解しましたマスター、ではそのように対処します」
フレアもこれくらいなら了承してくれたし、これぐらいがちょうど良いんだろう。
今後貴族生徒が襲ってきたら、これぐらいで対処することにしようかな。
俺は襲いかかってくる五人をよそに異次元鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出した。
戦闘は完全にフレアに任せて、俺はその戦闘データを記録する係りになる事にした。
頑張れよフレア、対人戦闘の初戦が戦争に持ち出すような代物出してきたんだ、長く戦って有意義な戦闘にしてくれ。
「―――劫炎のフレア、参ります!!」
……うん、期待しておこう。
* * *
名乗りと共に飛び出した執事服を着た魔導人形にアステリアの取り巻きの一人、魔導師科三年ディービスは自ら壊されに来た愚かな人形を嘲笑いながら破壊しようと詠唱を始める。
将来は軍属魔導師となり数々の手柄を上げて魔導元帥の座に就こうという野心を持っている彼は魔導師科の中でも攻撃魔法を得意としていた。
「炎を司る大いなる神マグナスよ、我が魔力を―――」
魔導甲冑を着込んでいる彼はろくな装備をしていない魔導人形など自分の魔法で一撃だと疑わなかった。
「―――蒼焔剣、起動します」
だが、ディービスの期待は大きく外れた。
フレアの両手にはいつの間にか蒼く熱い炎の剣が握られていて、ディービスの目の前に迫っていたのだ。
「なっ、にい゛ぃっ!?」
急加速したフレアに反応し切れず、ディービスは思わず詠唱を止めてしまう。
現状を理解できず、ディービスはフレアに向けていた右腕を魔導甲冑ごと焼き切られた。
電源を落とした機械のように、痛みから逃げるようにしてディービスはその場に倒れ気絶する。
約千五百度の炎でその身を焼かれてしまえば、気絶するのも当然だろう。
焼き切られた腕からは血は出ておらず、それだけが彼の生死の境を分けていた。
先頭を走っていたディービスが早くも脱落してしまい、他の五人は慌てた。
「あの急加速は…身体強化と似ているぞ、魔導人形がそれを?」
「だが、魔法も使っている…魔導人形に魔法を使える筈がない!!」
「じゃあ魔道具なのか?
だが手には何も持っていなかっただろ?」
「内蔵型に決まってる!!
靴に魔術刻印を刻み込み、手の内部構造に炎の剣が出るように細工したんだ!!」
四人はこれまでの常識が邪魔をしているのか、自分を納得させるのに集中して立ち止まってしまった。
その四人の慌てようにフレアは戦闘中に何を雑談しているのかと不思議そうに首を傾げた。
だが、足を止めているのならちょうどいいと、ディービスの兜を取り去ると、剥き出しになった首に手をかける。
「―――焼け」
たった一言、それだけの詠唱で魔導人形の魔法は発動する。
フレアの手から炎が溢れ出し、ディービスの喉を焼いた。
「ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛―――っ!?」
あまりの仕打ちに観客の一部から悲鳴が上がるが、フレアは気にした様子もなく自分の手際に満足するとディービスを放り投げた。
現実から夢に逃避していたディービスが無理やり現実に呼び戻されるが、あまりの激痛についには声も出せなくなった。
「おいきさま何をするっ、ディービスはもう戦闘不能だっただろう!?」
あまりの出来事に、アステリアも詠唱を中断して固まっているが、サトリやフレアはまるで気付いた様子もない。
「はい、たった今戦闘不能になったので、私はこれ以上これに攻撃は加えません」
噛み合っているようで噛み合っていない会話に埒が明かないと取り巻きの一人、魔導師科三年のヴィグザムが苛立ってサトリに向かって大声をかける。
戦闘に参加せず、羊皮紙と羽ペンを持って何か書いているサトリに苛立ちながらも、詰問せずに入られなかった。
「おい、既に戦闘不能だったディービスにどうして攻撃を仕掛けた!?
答えろ!!」
「…なんでって、反抗不能な状態に追い込めって命令したからですけど?
いいじゃないですか別に、死んでいないんだから。
そもそも、上級魔法を平気で使うって事は、そちらも殺す気でこの決闘を利用しているんですよね?
だったら腕一本で済んでいるんだから、ガタガタ言わないでくださいよ。
ほらフレア、あとまだ五人も残っているんだからさくさくやらないと」
「はいマスター、お任せください」
サトリの言葉にヴィグザムや他の取り巻き、それにアステリアも揃って誤解だと叫んだ。
そもそも全身を護符で防御しているサトリの防御力を『計算して』サトリたちを敗北させようとはしていたが、間違ってもアステリアたちはサトリたちを『意図的に』殺そうとしてなどいない。
彼女たちはサトリの実力を過小評価などしていなかった。
錬金術師の戦いとは魔道具を駆使した戦い方が基本だ。
特に魔導師同様防御面に弱い錬金術師は自らを守る為に使い魔や護符で身を固めるのである。
ならば、上級魔法を使ってその護符を引っぺがすという行為は戦術的にも効果的で且つ危険行為ではない。
特にこの国での決闘はお互い死者の出ないものだ。
過去殺し合いという名目を利用し、合法的な殺人を犯すという暗黒時代が一時期存在したが、それ以降は殺し合いではなく戦って最後まで立っている者が勝者となる、そういう取り決めになっているのである。
例え勝者といえど、敗北させる為に殺しては勝者といえど罰を受ける事になるので、それ以後決闘による死亡事故は激減した。
サトリは攻撃を仕掛けようとしていたフレアを止めると、審判を睨んだ。
「………審判さん、そういう説明受けてないんですけど?
殺すなとは言ってましたけど、これは抵抗をさせない為の行為ですよ。
殺しとは違うんですけど、こういうのはダメなんですか?」
それまで青褪めてサトリに注意しなかった審判はここでようやく我に返り、サトリの行為を強く糾弾した。
「あ、当たり前だ!!
危険行為は一律警告だ!!
例え抵抗させない為だろうと、それが決闘後の生活に支障が出てしまえば意味がないだろう!?
そんな事も知らないのか!?」
「けど、普通決闘ってそういうものじゃないんですか?
お互い命懸けなんだから、そういうのって折込済みな気がするんですけど」
「抗議は受け付けない、これ以後は決闘相手を殺人又はそれに類する行為は一切禁止である!!」
なんて面倒な、という表情をあからさまにしたサトリはフレアに向かって命令の撤回をした。
命懸けの戦闘にもならないのなら、戦闘データを取る価値などないと判断したのだ。
「せっかくフレアの対人戦闘の記録が取れるからやっていたのに、これじゃあ割りに合わないったらない!!
面倒だ、僕が出るからフレアは下がれ。
こんな茶番さっさと終わらせよう」
「…畏まりました、マスター。
マスター、間違っても過剰な事は無き様にお願いいたします」
羊皮紙と羽ペンを仕舞い直すと、サトリはフレアを下がらせた。
予定外の事態にフレアも自分の性能を試す機会を失った所為か沈んでいたが、そんなのは二の次だ。
「とりあえず誤解した事には謝罪します。
まさかシナリオがご破算に成るとは思いもしませんでしたよ。
フレアが傷つけた人は後で自分が治しておきます。
焼き切ったとはいえ、焼き切った以外の場所はまだ新鮮ですからね。
なのでさっさと始めましょう、観客も待っていますからね」
軽く挨拶を済ませ、サトリの宣言から決闘の再開である。
アステリアは再度上級魔法の詠唱に入り、ヴィグザムたち四人はサトリの周囲を囲んで一斉に飛び掛る。
ヴィグザムが見たところ、サトリはディービスやヴィグザムのような戦闘経験の浅い素人で、周囲を守っている護符がなければ満足に詠唱さえも出来ないだろうと、そう判断した。
護符が限界になるまで攻撃を加え、あとはアステリアの上級魔法を放ち王手だ。
「―――沈め」
だが、サトリがパチンと指を鳴らすとアステリアたち五人が一瞬にして地面に沈み込み、首を残して体が固定化されてしまった。
「なっ、一体何がっ!?」
アステリアたちが首だけの状態で身を動かそうとするが、びくともしない。
手も足も、自分の物の筈が動かず、ヴィグザムたちも驚愕した。
何より一番驚愕したのはサトリの魔法だ。
たった一言、『沈め』と口にしただけでアステリアたちは地中に引き擦り込まれ拘束された。
まさに瞬殺である、一切の抵抗も許されず、一方的に終わってしまった。
はなから戦いにすらなっていない結末に、周囲も静まり返ってしまうほどだ。
「何って、魔法ですよ魔法。
簡単に対象を戦闘不能、且つ命の危険が少ない制圧方法として、この手段をとりました。
正直言って本来は地面に引き擦り込んで窒息死させるまでがこの魔法なんですけど、殺したら失格みたいだし、これで勝利確定でしょう。
ああ、抵抗しているようですけど無駄ですよ。
ガチガチに固めてますからねそこは、魔法で破壊しても拘束させる為の土はそこら中にありますからいくらでも抵抗してもらっても構いませんよ、体力の無駄ですけど。
さぁ、さっさと降参してください。
俺はこの決闘が終わり次第研究がしたいんです」
―――詠唱破棄、優れた極一部の魔導師が使うとされる高等技法で、魔導師科でも使える生徒はたった二人しかいない。
一人がアステリア、そしてもう一人は魔導師科首席であるアルヴィレオ・ツァーク・レヴォルタという青年である。
そしてアステリアたちの前にもう一人、その高等技法を操れる少年が現れた。
「…あなた、何で錬金術科にいるのです?
これだけの実力…、魔導師科でも十分やっていけるでしょうに」
ここに至ってようやく冷静になってきたのか、アステリアが抵抗を止めてサトリに質問した。
首だけの姿で失笑しそうになるサトリだが、鬱憤晴らしも兼ねて丁寧に返す。
「なんでって、錬金術師になりたいからに決まっているでしょう?
魔法はただ錬金術に必要だから制御しているだけで、それで生きる気はさっぱりありません。
まぁ物作って特許とってお金儲けしたいから…というのが正直なところですかね」
正確には、サトリは全てを語っていない。
アステリアの言った通り、サトリはたとえ錬金術科から魔導師科に転科しても十分に通用するどころか、首席であるアルヴィレオに匹敵、あるいはそれ以上の魔導師となるだろう。
だが、魔導師科の進路というのは狭い。
成績優秀者が魔法省に入り、エリートコースへ進む者。
軍属魔導師となり軍部からのし上がろうとする者。
それ以外の者は冒険者や傭兵になり、将来貴族の私兵になろうと野心を持つ者。
いずれかの三種である。
特に冒険者や傭兵になるのは将来功績を立てて貴族に私兵として取り立ててもらう事を目的にしている平民生徒多い。
軍属魔導師となるのは専ら貴族の炙れた三男や四男といった実家に居場所のないもの達が数多く所属していた。
サトリの実力ならば、魔法省入りしてエリート街道が待っていたかもしれない。
しかし、魔法省はその大半が貴族で構成されている。
異物であるサトリが入ってしまえば、良からぬ面倒に巻き込まれる可能性も高い上に、前世の経験から特に国家機関とは距離を置いておきたかったサトリは魔法省入りを諦めた。
次に軍へ所属して軍属の魔導師となる道だ。
サトリの魔法技術ならば、いざ戦争となれば戦局を左右するほどの大魔法を放つ事も可能だろう。
何せ平穏な生活を送りたいが為に外法を使ってまで魔力を増大させ命がけの荒行を積んだのだ、その程度は造作もないことである。
だが、サトリが魔法の技術を高めたのはあくまで錬金術を学ぶにあたって効率化を図っただけの副産物だ、人を殺す為に修行していた訳ではない。
よって軍属も方向性の違いで候補から外れた。
そして冒険者や傭兵となる道だが、そもそもサトリは錬金術師である。
『闘う者』ではない、最初から前提が間違っていたのだ。
功績を立てて貴族に取り立ててもらい、私兵として高給取りになるなどという生活など自分で稼げばそれ以上稼げるだろう。
何よりこれらの場合、自分よりも『上司』という命令を下す存在がいるので尚更サトリは組織に所属したくなかった。
つまり、どれもこれもがサトリには将来まったくもって役に立たない学科に一分たりともサトリが所属する理由にならないのだ。
「審判さん、もう判定勝ちでいいですか?
なんだかあちらの人たち口利いてくれないんで」
サトリの理由に、アステリアたち一同は固まってしまっていた。
一部の耳の良い者たちもサトリの言葉に固まっていて、ケリィやデイジーたちは『サトリらしい』と苦笑いをしていた。
審判は当初サトリの魔法が危険行為だと糾弾しようかと悩んだが、アステリアたちの無抵抗振りを見て、これ以上贔屓が出来ないと悟るとサトリが勝者であると宣言した。
まばらな拍手、特に魔導師科以外の生徒たちの拍手をサトリは受けると、アステリアたちに近付いて一人ずつ兜を外していく。
さすがにまだ拘束を解くことはしない、これから『トドメ』を刺そうというのに、無駄に抵抗されて時間をかける気はなかった。
「それでは敗者であるアステリア様以下六名のみならず、魔導師科に所属する全ての貴族生徒の方々にご報告いたします」
一体何を始めるのか、サトリの行動に観客たちは首を傾げた。
だが、この状況下でサトリがどれだけ容赦のない行動をその目で見た全員はろくでもない事が起きるということだけは確信して注視していた。
「自分はこれから商業ギルドへ赴き、ギルド側に要求します。
今日からこの国における『魔導師派』と呼ばれる貴族の方々には、これから先自分が発明するだろう魔道具や商品の一切を普及させないことを。
簡単に言いますと、これから先魔導師派に所属する皆さんには自分の商品をビタ一つお譲りする機会はないという事です」
ご理解いただけましたか、とデイジーに指摘された胡散臭い笑顔を張り付かせると、魔導師科だけでなく、全ての観客が絶叫した。
突然の暴挙にふざけるなと魔導師科の生徒たちがサトリを怒鳴りつけるが、サトリとしてはこちらこそふざけるなという話だとどうして分からないのだと不思議に思った。
今回の一件に魔導師科全体が関わっているのをサトリは気付いていた。
錬金術科にいながら派閥に入っていない上に干渉されておらず、国王であるレイクロードにも目をかけられるサトリを派閥に組み込めば、派閥競争のトップに立てると画策したのがそもそもの発端だ。
魔導師科首席にして現在の派閥の代表をしているアルヴィレオが自領地へと一時帰省している時期に行われたこの計画だが、アステリアたちには自信があった。
魔導師という花形よりも錬金術師という縁の下を好むようなサトリを油断出来ない相手と見ているようで無意識の内に下と見ていた所為か、魔導甲冑で使い魔のフレアを破壊すればすぐに棄権すると予想していたのだ。
だが、結果はまるで違っていた。
本気で命のやり取りをしようとしていたサトリとフレアに手加減されてという屈辱的な敗北がその身を貫いたのである。
戦ったのはアステリアたちであったが、その責任は魔導師科全体が引き受けるものだろうとサトリは思ったのだ。
それに、現在のサトリの気分は最悪であった。
これまでの一週間、念の為にと防御礼装にテコ入れして強化した挙句まともな戦闘に発展もせず、不完全燃焼で終わったのである。
勝者の余韻などはなからなく、ただ時間の浪費をした嫌悪感しか胸中にはなかった。
「魔導師科全体が今回の一件に絡んでいるのは知っています。
でしたら自分にとって魔導師科に所属する皆さんは俺の敵です。
俺は基本的に敵に容赦は一切しません、存在する以上息の根が止まるまで…はやり過ぎか、派閥全体が敗北宣言するまで攻勢を止める気はありません。
自分たちの都合の為に、俺の貴重な時間を浪費させた皆さんを許す気はありません」
容赦のない断罪に、観客たちは誰一人として口を開こうとしない。
「け、決闘後の規則でその後の生活に支障をきたす行為は禁止されている!!
そんなことは許されない!!」
泡を喰って審判の男がサトリを制止する。
こんな事が明るみに出れば領地の衰退のみならず、下手をすれば領民の流出という事態になり兼ねないとすぐに気付いたからだ。
分かりやすく例を出そう。
隣の領地ではサトリの作った発明品が普及して発展している。
対して自分たちの領地は何故かその発明品がなくいまいちな生活を送っているのだ。
そして将来は生活がままならなくなるとすれば、その格差が目も当てられないという不安から土地を捨て隣の領地へ移住しようとする領民が出ないとは否定しきれない。
領地間の移住を禁止する現行法はない。
それはつまり、魔導師派の持つ領地の衰退を意味していた。
「…なるほど、でしたら少し変更しましょう。
決闘後の禁止事項は決闘をしたこの六人に被害が及ばなければいいのなら、この人たちの家以外に全てを被ってもらいましょう。
これなら禁止事項に抵触しませんよね?」
「うっわえげつないなぁ、サトリそれ助け舟どころか追い討ちしてるよ」
「そんな事したら派閥内部の抗争が起きるの分かっていての発言ねあれ、衰退どころか完全に派閥を潰す気満々じゃない。
…賢者様より性質悪いわね、サトリと敵対しなくて本当に良かったわ」
サトリが決闘法の隙間を縫う形で審判の発言は回避されたのみならず、救済策と見せかけて実は魔導師派の命脈を絶たんとする一撃となったのに気付いたのはケリィとデイジーだけではない。
今回の場合実行犯がアステリアたちであり、黒幕は魔導師科全体という形である。
指示されて動いたアステリアたちを許し、それ以外を糾弾するとなれば、派閥内での不満は同じ派閥にいる筈なのに、何故かうまくサトリからの報復を回避したアステリアたちになるだろう。
アニムスは形はどうあれ問題が片付けば後に引くような裁きをレイクロードに要求しなかった。
だが、サトリはまるで違う。
真綿で首を絞めるかのような、相手の息が止まるまで時間をかけるような報復を望んだのである。
「…では自分はこれで。
フレア、いくよ」
「…はい、マスター」
観客が沈黙する中、サトリはフレアを供にその場から去っていく。
観客も自分たちに被害が及ばないと一安心したが、それでも戦慄せずにはいられなかった。
この一件で、サトリに関われば瀕死の一撃を負わされる危険人物だという印象を付けさせたのである。
そして魔導師科以外の生徒たちは安堵した、自分たちがサトリに手を出そうとしていなかった事に。
この時、ラインハルトや生徒会長である第三王女エリザベータがいればまだ話は変わっただろう。
だが、王族である二人も毎日学園に通っていられるほど時間はなかった。
ラインハルトは南部の砦の視察に、エリザベータはイーブル皇国からの交換留学生の受け入れの件で大使と会食をしていて、学園にいなかった。
こうして決闘は終わったが、魔導師科の受難はこれから始まったばかりであった。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想ご指摘お待ちしています。